12.犬人間
12.犬人間
どこにでも勘に障る人間はいるものだ。そんなことを思っていると、痩せっぽっちでヒョロリと細長いスーツ姿の男が、俺の方を向いて手招きしているのに気がついた。何だ、俺を誘っているのか?面識のない男だが、面白い事をするな。男に向かっていくと、彼もまた少し進んで振り返る。ついてこいと言う事だ。しばらく追いかけて見ると、どんどん人気のない場所になっていく。最終的に辿りついたのは、寂れたビルの非常階段だ。ここが目的地か?
「おい」
三階分登ったところで、男の背中に声をかけた。興味本位でついてきたものの、そろそろ大人しくしているのも面倒になってきた。それにこの男、足音がないし匂いもしない人間じゃあないな。死者、幽霊か。その時、突然男の首筋が大きく膨れ上がり、巨大で真っ黒な犬の頭に変化した。人間の頭の横に大きな犬の顔がある形だ。
「イタダキマス」
男が無機質な声でそういうと、犬頭は大きく口を開けて俺に向かって噛みついてきた。ふざけやがって、俺を餌だと思ってやがる!犬頭の上顎と下顎をそれぞれ右手と左手で押さえて、しっかり握りしめ大きく開く方向へ力を込める。バリバリと妙な音を立てて顎が引き裂かれて、上顎と下顎が離れ離れになった。犬も顎が外れるんだな。
「おい、犬畜生が俺を喰おうっていうのか。少しは飼い主が躾をしたらどうだ?」
そう言って男の方の顔を見るが、その表情はうつろで虚空を見つめている。何だ、こいつ意識はないのか?そう思った瞬間。長い腕が男の腹から三本同時に生えて飛び出して突き飛ばされた。手品師か!恐るべき力で俺の身体は押し出されて、階段の手すりを突き破って空中に投げ出される。おい、三階だぞ。
「グゥゥゥゥオオッ!!」
腕を伸ばすが何も掴めず、無慈悲に俺の身体はビルの間を落下していった。ガシャン!!という音とともに背中に衝撃を受ける。どうやら車を下敷きにしたらしい。けたたましく防犯ブザーらしき音が鳴り響く。クソ野郎が、俺にここまでやっておいて、生きて帰れると思うなよ。砕け散ったフロントガラスの上に寝ながら、俺は腹の奥底から燃えたぎる怒りを感じていた。