10.希望
10.希望
「希望とはどう言うことだ」
気がつけば、数人の幽霊男たちが集まって来ている。ぞろりぞろりとどこからか湧いて出てくる。ほとんどが昨日見た者達のようだが、いちいち顔を覚えている訳でもないから確証はない。
「俺たち幽霊を生きている人間の世界に繋げてくれるんじゃないかってね。飯も食えなけりゃ、眠ることもない。物を動かす事も出来ないし、声も生きている人間には届かない。決して生きている者に関わることができない。俺たちには見えているのに、一方通行で何も出来ないんだ」
その話はもう聞いた。不便だそうだが、俺にはこいつらは見えるし触れられる。あんまり実感はない。興味がないと言っても良い。
「でも兄貴は違う。この世界に生きているのに、俺たちの声を聞くことも、この魂だけの身体に触れることもできる」
「心臓は動いていないがな」
「肉体があればってことさ」
肉体があれば。確かに肉体すらないこいつらよりは恵まれているのか?しかし肉体があるからこそ、それに引っ張られている気もするが。
「それで?希望の星のこの俺に何をしろと言うのだ」
「いや、何も望まないさ。どうせ俺たちが何をやったって通じないし、ただできればここに住んで欲しいナ。兄貴の存在があるだけで俺たちには希望なんだ。この世界と繋がれるかもってね」
火傷の男の言葉に、周りの幽霊たちもウンウンと首を縦に振っている。何も望まないか。どちらにせよこの寝床は気に入った。出ていけと言われても出て行く気はなかったし、文句は無い。ただ、しかし今はとにかく腹が減った。
「お前の話はわかった。もう消えて良いぞ。俺は出かける」
「どこかに行くんスか?」
「腹が減った。外に出てくる。こんな場所じゃあ、ゴキブリかネズミくらいしか食える物は無いだろう。俺はグルメなんだ」
そう言って、骸骨の王が描かれた玉座から立ち上がると、パーカーのフードを被った。別に素顔に自信がない訳ではないが、有象無象どもに奇異の目で見られると思うと勘に障るからな。
「あぁ今日はひょっとすると、それいらないかもス」
火傷の男は、俺の頭のフードを指差してそう言った。どう言う意味だ。俺の面を馬鹿にしてくれたのか?
「何?」
「いや、繁華街にでも出ればすぐにわかると思いますヨ」
「ふん」
言葉にもならない返事を返すと俺は廃墟の城を後にした。なんだか分からんが、この身体すぐに腹が減る。いや、常に腹が減っていると言って良い。生前、食い物にでも苦労したのだろうか。ゴミ溜めで目覚める前の記憶はいまだにない。忘れてしまったのか、元々存在しないのか。人通りの多い通りに出ると、火傷の男が言った意味はすぐにわかった。通りには若者がごった返して、それらが妙な風体をしている。ゾンビ、骸骨、吸血鬼にスーパーヒーローまでいる。まるで百鬼夜行だ。確かにこの中にいれば、多少ショッキングな俺の顔面も目立ちはしないだろう。
「ハッピーハロウィン!お兄さん、めちゃ背高いね。顔すごいじゃん、リアル。それ特殊メイク?」
魔女か。黒い帽子と黄色いローブを着た女達が声をかけてきた。三人いるが三人とも同じ格好をしている。流行っているのか。
「いや、自前だ」
そう言いながら俺はフードを脱いで、大きく口の端を吊り上げて笑った。