原始人令嬢、婚約破棄され集落を追放されるも、一人でマンモスを倒せる屈強なナイスガイに助けられる
「レーア、お前との婚約、破棄する!」
集落の長ブギンは骨つき肉を下品に食べながら言い放った。狩猟や採集で食料を獲得しなければならないこの時代にあって、彼の体はたっぷりと脂肪がついている。
「そ、そんな! なぜ!」
毛皮を胸と腰に巻いた美しき娘レーア。
彼女もまた集落の有力者の娘であったが、過酷なこの時代である。父も母もすでに命を落としてしまっている。
「お前の両親、もういない。お前と結婚するメリットない。それに俺、もっと若くていい女、見つけた」
ブギンが手招きすると、一人の若い女が彼の横に座った。
確かに容姿は整っているが、顔には意地の悪さがにじみ出ている。
「よりいい女とよりいい子産む。これ、集落の長として当然のこと」
両親という後ろ盾がないレーアは、ブギンの言葉に従うしかなかった。
しかも、ブギンはさらなる追い打ちをかける。
「ああ、そうそう。レーア、お前集落から出ていけ。お前いると、この子も気まずい」
そう言って新しい女の頭を撫でるブギン。
「ま、待って! ここから追い出されたら……!」
「大丈夫、他にも集落ある。お前、そこで新しい幸せ掴め」
確かに他にも集落はあるが最低でも歩いて一週間はかかり、その間に野生動物に襲われる可能性の方がはるかに高い。もし他の集落にたどり着けたとしても、どこも自分たちが食べるだけで精一杯である。レーアを受け入れる余裕などないだろう。
若い女性一人が集落から追い出されるというのは、事実上「野垂れ死にしろ」と宣告されているも同然なのである。
「分かったら、とっとと出てけ!」
ブギンの強い言葉に何も言えなくなり、レーアはその日のうちに集落を出た。
当てのない死への旅路が始まった。
***
レーアは他の集落を目指し、三日三晩歩いた。
食料を持たせてもらえなかったので、ほとんど何も食べていない。
だが、彼女は歩き続けた。
「死んで……たまるか……」
彼女にも有力者の娘として生まれたプライドはある。両親から受け継いだ血を自分で絶やしてなるものかと気力を振り絞る。
「お父さん……お母さん……」
亡き父母の顔を思い出し、懸命に歩を進める。
当然ながら道らしい道などなく、舗装も全くされていない。彼女の足はボロボロになっていた。
それでも歩く。
だが――
「パオオオオオオン!!!」
凶暴な鳴き声が耳に入ってきた。
レーアが振り向くと、そこには――
「マ、マンモス……!」
巨大なマンモスがいた。
いつの間にか縄張りに入ってしまっていたようだ。
圧倒的な巨体と強さを誇るマンモス。レーアがいた集落でも「絶対にマンモスには手を出すな」と男たちが言い含めるほどの存在だった。
もし襲われればひとたまりもない。
「逃げなきゃ……」
走るレーア。
「パオォォォォォォォン!!!」
マンモスが追いかけてくる。
向こうの方が速い。
レーアも力を振り絞るが、巨大な足音が背後からどんどん近づいてくる。
「あっ!」
レーアは石につまずいて転んでしまった。
迫るマンモス。
もはやどうしようもない。レーアは目をつぶり、マンモスに踏み潰されるであろう自分の姿を想像した。
ところが――
レーアを守るように一人の男が立ちはだかった。
「え……?」
「これはうまそうなマンモスだ」
男は巨大な石斧を振りかぶると、それをマンモスの顔面に真正面からヒットさせた。
「ブモオオオオオッ!?」怯むマンモス。
男は追撃を仕掛けようとするが、マンモスはそれを鞭のようにしなる鼻で迎撃。大きく吹き飛ばされてしまう。
レーアはそれを見て、男は死んでしまったと直感した。
しかし、吹き飛ばされることこそ男の狙いだった。
「よっしゃあ!」
男はその勢いを利用して、マンモスの頭に乗ったのだ。そして、石斧でマンモスの頭をガツンガツン殴る。
やがて、男の攻撃に屈したマンモスがついに崩れ落ちた。
一対一でマンモスを倒してしまった男の勇姿に、レーアはただ「すごい……」と声を漏らすしかできなかった。
***
男の拠点は小さな洞穴だった。ここで一人暮らしをしているとのこと。
男は手際よくマンモスを解体し、木をこすり合わせて火を起こす。
やがて、焼き上がったマンモス肉をレーアに差し出してきた。
「食え」
「いいの?」
「男が女助ける、当然のことだ」
男の頼もしい言葉に、思わず涙をこぼすレーア。
そして、マンモスの肉にかじりつく。
「……おいしい!」
「だろう」ニヤリと笑う男。
「マンモス、こんなにおいしいものとは知らなかった」
「それは不運だ。俺、しょっちゅう食べてる」
レーアはまじまじと男を見る。
腰に毛皮を巻いている男の肉体は、彼女がいた集落の男たちのものとは一線を画していた。決して体が大きいというわけではないのだが、筋肉の質が違う。そう感じた。
またよく見ると、男は精悍な顔立ちをしていた。本能を刺激され、レーアは頬を染める。
マンモス肉のおかげで、腹いっぱいになった二人。
男から自己紹介を始める。
「俺、バルドという。お前は?」
「私、レーア」
「レーア。なぜ、あんなところを一人で歩いてた?」
「それは……」
レーアは自分の身の上に起こったことを話した。
バルドは顔をしかめる。
「事情分かった。ひどい連中だな」
「仕方ない。私、親なくした。追い出されるの、当然のこと」
うつむくレーアに、バルドはこう告げる。
「よし決めた。お前、俺の女になれ」
「え……?」
「嫌か?」
「嫌なんかじゃない! だけど、私なんかでいいのか?」
「俺が旅をしてた理由、いい女と出会うため。お前、いい女だ。だから俺、お前と一緒になりたい」
レーアは婚約破棄され、集落を追放され、自分に価値などないと思っていた。しかし、目の前のバルドという男は自分の価値を認めてくれた。
「いい女」だと――
「ああっ……!」
バルドにしなだれかかるレーア。
「これからここで、二人で暮らそう」
バルドはそんなレーアをそっと抱き寄せた。
***
それからしばらく、二人の幸せな日々は続いた。
バルドはレーアを守りつつ狩りをし、レーアも植物などを採集して夫を支えた。
レーアが採った草や木の実を石包丁で切り、食事を作っていると、
「戻ったぞ、レーア!」
「バルド! 今日はマンモスが獲れたのか!」
「ああ、これでしばらく食事に困らない!」
焼いたマンモスの肉はまさしくこの時代では最高の美味であり、レーアもバルドも満面の笑みで肉にありつくのだった。
しかし、そんな生活に思わぬ横槍が入ることになる。
ある日、レーアが住処である洞穴で留守番していると、聞き覚えのある声がした。
「よう、レーア」
「お前は……!?」
そこにいたのはなんとブギンであった。集落の男数人を引き連れている。
かつて自分をどん底に突き落とした男の登場に、目の前が真っ暗になるような感覚を抱くレーア。
「なぜここに……!」
「別にお前に用あるわけじゃない。用があるの、マンモスの肉だ」
「マンモスの肉……?」
「今蓄えてるマンモス肉、全部よこせ」
ブギンたちはマンモスを恐れているため、マンモス肉を食べたことがない。が、風の便りで単独でマンモスを狩っているバルドのことを知り、それを奪いにきたのだろう。
しかし、いくらこの時代とはいえ、食料の強奪など許されない。せめて物々交換をすべき場面である。まして、この肉は夫が命がけでマンモスと戦って得たものなのだ。
「ダメだ、渡せない!」両手を広げ、拒否するレーア。
「生意気な。だったら、奪い取るまでだ」
そこへバルドが帰ってきた。
「待て!」
「お前は……?」とブギン。
「俺はバルド、レーアの夫だ」
バルドはすぐさま状況を察する。
「お前たち、マンモス肉欲しいのだろ。だったら譲ってやる」
「物分かりいいな」
「お前たちと戦っても仕方ないからな」
これを「お前たちには敵わない」と解釈したブギンは気をよくして笑う。
「ガハハ、一人でマンモス倒すなんていうからどんな男かと思ったが、とんだヘタレだったようだな。よしお前ら、マンモス肉全部持っていけ!」
「へい!」
ブギンは部下に命じて、レーア達が貯蔵していたマンモス肉を根こそぎ持っていってしまった。
彼らが去った後、レーアがバルドに謝る。
「すまない。私がいた集落の者達、ひどいことを……」
「かまわない。あいつらやっつけることもできたが、俺の石斧、あんな連中倒すためのものじゃない。それにマンモスならまた狩ればいいし、お前が無事ならそれでいい」
レーアを安心させるように抱きしめるバルド。
「さあ、ご飯にしよう」
「うん!」
食料を奪われたぐらいでは、二人の絆はビクともしなかった。
***
一方、ブギンたちは奪ったマンモス肉を存分に平らげていた。
そして、すっかり美味の虜になっていた。
「うまい! まさかマンモス肉、ここまでうまいとはな! これを味わったら他の肉、もう食えないぞ!」
「どうします、ブギンさん。また奴らから奪いに行きますか?」
「いや、あんなところまでわざわざ行くの、面倒だ。そもそも、俺たちはマンモスを恐れすぎていた気がする。なにせ、あんなヘタレでも倒せるぐらいなんだから」
ろくに抵抗せず、マンモス肉をあっさり譲ったバルドのことを思い出すブギン達。
「それ言えますね!」
ブギンは決心する。
「よし、俺らもマンモス狩るぞ! さっそく縄張り乗り込む!」
意気揚々と集落を出発する男たち。
さて結果はというと――
ブギン一行は荒れ狂うマンモスに散々に蹴散らされた。
マンモス狩りにはバルドのような屈強な心身か、あるいは罠などの入念な準備が必要である。どちらも欠けている彼らがマンモスに勝てる道理はなかった。
肥満体で足手まといにしかならないブギンは、あっさりと仲間たちに見捨てられた。
「おい、お前ら待て! 俺を置いてくな!」
マンモスがブギンに気を取られている間に逃げろと、みんな逃げていく。
「待てぇ! お前ら、ただじゃ済まさないぞ!」
この局面で「集落の長」という立場などなんの役にも立たない。マンモスが迫ってくる。
「く、来るな! 来るなぁ!」
そんな叫びが怒るマンモスに届くはずもなく――
「来るなぁぁぁぁぁ……!!!」
***
しばらくしてレーアとバルドは子供を授かり、一大集落を築いていた。
なにかと過酷なこの時代、赤子までいる身でやはり二人だけで生きていくのは難しいと判断したのだ。
もちろん、集落の長はバルドであり、彼は率先して狩りに参加し、なおかつ他の集落からの落伍者を見捨てなかった。
ゆえにどんどん勢力を増していった。
先日もある食糧難に陥った集落が、ぜひ仲間に入れて下さいと言うので、まとめて面倒を見ることにした。
レーアはそんな夫が誇らしかった。
バルドが集落の男たちに向けて吼える。
「行くぞ、野郎どもォ!」
狩りに向かうバルドに、男児を抱いたレーアが優しく微笑む。
「行ってらっしゃい、あなた」
「ああ、でっかい獲物狩ってくる。集落のみんなでも食いきれないぐらいのな!」
石斧や石槍を振りかざし、雄叫びを上げながら男たちが狩猟へ向かう。
レーアとバルドの遠い遠い子孫はやがて国家を建設し、それが現在においても世界屈指の強国として名高い「バルレア王国」の礎となっていく。
もちろん、原始時代をたくましく生きるレーアとバルドがそんなことを知るはずもなかった。
完
お読み下さりありがとうございました。