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カミーユとロザリーの話  作者: 十月猫熊
第1章 ロザリーのお話
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何かいい匂いがする。


そう思って目を開けると、寝室とリビングの間のドアが少し開いていて、リビングから灯りが漏れて来ていた。


窓の外は暗い。

時計を見ると、深夜で、日付も変わっていた。


徐々に思い出してくる頭で、そうか、半日眠っていたか、と思い、そして、ハッと気が付く。

一緒に寝ていたはずの、ヤツのことを。


そして、リビングの灯りは、彼が灯しているに違いなかった。


慌てて飛び起きて、リビングに顔を出すと、うっすら香っていたいい匂いが本格的に漂っていた。


この家は、数部屋ある集合住宅のうちの一室で、本来は新婚さんから子供がいても幼児まで、の家族向けのタイプだ。なので、単身者用にしては広い。そしてキッチンも本格的で風呂もあった。


私が将来的にずっと住むつもりで借りたので、少し奮発したのだ。


他の部屋は単身者用らしく、この集合住宅に住んでいるのは大体、独身の魔術師や文官、官僚らしい。

ここは研究所にも庁にも塔にも近いので、とても便利な場所だから。


勿論、こんないいところを借りられたのは、お義兄様の伝手のお陰だ。

しかもお義兄様の口利きのお陰で、家賃も値引いてもらっている。


で。

その、本格的なキッチンで、私のエプロンをつけた妖精さんが、ご飯を作っていた。


わあ、真夜中に妖精さんが仕事を手伝ってくれるっていう童話は本当の話だったのね…。


ってそんなわけあるか。


「あの…カミーユ?」

「あ、おはよう?かな?勝手にキッチン借りてごめん。お腹すいて死にそうだったから」


「ちょうどできたよ」そういって塩漬け燻製肉と野菜のスープを、勝手に探し出したと思われる私のお気に入りのスープ皿二つにもりつけて、ダイニングテーブルに運んでくれた。


「こういうのから食べちゃわないと、だめになっちゃいそうだからさ」

そういって、先輩が差し入れてくれていた、こんがり焼かれた薄切り肉がたっぷり挟まった薄焼きパンを皿にのせる。


必死だったときはろくに空腹を感じなかったくせに、料理を見た途端に、お腹がぐー、と鳴った。


「なんか手伝わなくてごめん」


ここ数日隣にいたカミーユと、ダイニングテーブルを挟んで向かい合って座ると、何だか変な感じがする。


学生時代もカミーユが私の右隣りだったし、職場の机でも私の右隣だし、とにかく隣が定位置になっていた。


そんな思いを抱きつつも、家主でありながら何にもせずに寝ていたことに恥ずかしさを覚えて謝ると、「僕も家主を起こさずに食糧庫とか食器棚を勝手にあさってごめん」そう言われて、なぜかさらに恥ずかしくなる。


「とりあえず食べよう、作ってくれてありがとう」


私も塩漬け燻製肉と野菜のスープは作れる。短時間で美味しくできるからだ。


でも、一口食べて、「んん!」と唸ってしまった。


「ほいひい!」


何?


なんなの?

この子が作るとコーヒーや紅茶だけでなく、スープまでが美味しいの???


柔らかく煮えた野菜もスープの味が染みて美味しいし、野菜の厚さも大きさも絶妙だから、口の中でどの野菜も一緒にとろけてなくなっていく。


夢中でスープを食べ、そうだった、とパンに手を伸ばすと、どうやら温め直してくれていたようで、あったかい。


冷えて固くなっているだろうと思ったのに、出来立てのように美味しく温め直されている。


うまうま、とひたすらお腹に詰め込んで、ひとごこちついたところで、ハーブティーがカップに注がれた。


…何?


私、どっかのお姫様かお嬢様になって、お世話される係になってる????


カミーユの淹れたお茶だから間違いないだろう、と一口飲んでみて、ああ、私が今まで自分で淹れていたハーブティーは一体何だったんだろう、と遠い目をせざるを得なくなった。


「あの、ありがとう、こんなに美味しいご飯を食べたのいつぶりかな」


「赤猫亭以来なんじゃない?」


「そ、そうね…そうだ、ご飯のお礼にお風呂に入らない?この家お風呂があるのよ!」


私は家主として、カミーユに何かお礼をせねば、と考えて、お風呂なら大抵の家にはないものだし、ここ数日の疲れもとれるし一石二鳥!と早速準備に取り掛かった。


バスタブに水をためていきながら、水に浸した手にうっすらと炎の魔法をまとわせる。


一瞬で水蒸気になってじょわじょわいってうるさいし、視界も湯気で全くなくなるけど、今のところこれが一番早いという経験則で、こうして沸かしている。

本当は、魔力を使えない平民ならキッチンで沸かしたお湯を何度も運び入れてお湯をためるし、魔力持ちなら魔力を込めた魔道具を使うものなのだけど。


疲れてたからか、ぼーっとしてしまい、気が付いたらとてもじゃないけど入浴には熱すぎるくらいの温度まで上げてしまっていたので、慌てて手を引き抜いて、ある意味好都合だったので、水がめに熱いお湯を汲みだして、あとは水を足しておく。


せっかくだから、買っておいたハーブ入り石鹸を新しく出して、タオルやバスローブを棚にセットして。


「カミーユーお風呂できたよー」


食器を洗い終えて拭いていたらしいカミーユの肩がびくっとして、一瞬こっちを見た顔の頬が少し赤く見えるのは気のせい?


カミーユの実家のお風呂と勝手が違っていたら申し訳ないので、簡単に説明をして、「じゃ、ごゆっくりー。ただし、あんまり長い時間水音がしなかったら、寝落ちしたと判断して、踏み込むからね?」と注意したら青い顔をしてコクコクと頷いていた。


私はその間にカミーユのパジャマに出来るものがあっただろうかと、クローゼットやら衣装ダンスをかき回し、五分袖のシンプルなワンピースを見つけた。

これは紐を腰の辺りで結ぶことでできるギャザーをお洒落に見せるつくりなので、ボタンなどもなく、身幅がたっぷりしていて、さらに私には普通にひざ下ワンピースだけど、カミーユにならチュニックにはなるだろう、と判断した。


私がパジャマを見つけて満足してリビングに戻ると、カミーユがバスローブを着て、リビングに出てきたところだった。


私には丈の長いローブなのに、この子が着ると膝丈って何?足の長さ自慢してんの?


落ち着かなげにしているので、パジャマとしてはこっちのワンピースを着るように勧めて、私も自分のためのお風呂の準備に取り掛かる。

カミーユがちゃんとお湯を抜いておいてくれたので、軽く中を清めた後、また水をためてさっきと同じようにお湯にしていく。


でも自分のためなので途中で面倒くさくなって、半分もたまっていないうちに裸になって浸かり、浸かりながらお湯に変えていった。


うん、いい湯加減になってきた。

まずは髪をわしわしと洗って、ハーブの石鹸がいい匂いだな、とほっこりする。


そういえばここ数日はお風呂どころか体を拭くこともしていなかったんだったな、と気が付く。


ああ、疲れた、ほんと大変だった…。


髪の泡をおとした後、ちょっとだけのつもりでこてん、バスタブのふちに後頭部をのせたら。


次に気が付いてみたら、バスローブを着て、ベッドに寝ていて、外が明るかった。


時計をみると、もう少しでお昼、という時間だ。


一瞬これは夢だ、と思いたかったけど、何度考え直してもお風呂の途中からベッドに記憶が飛んでいる。


…これは認めざるを得ない。


この場合、お礼を言うべきか謝るべきか。

ぐう、わからん。


でも、その前に、まだヤツはうちにいるのかを確認しないと…。


恐る恐るリビングへのドアを開けてみると。


いた。まだいましたよ。

私が夕べパジャマにするようにと貸したワンピースを着て。


なんで男の癖にミニスカートのワンピースがそんなに似合うんだ!美脚をさらすんじゃない!腹立つじゃないか!


そして、そのミニスカワンピの上から新妻のようにエプロンをつけて、鼻歌を歌いながら洗濯物を干すんじゃない!


ますます、ものすごく美人な奥さんにしか見えない。

いったんそう見えちゃったら、もう、美人新妻にしか見えないから!


なんか色々負けた気がして、「あの、おはよ」とリビングに出ていく。


窓の外の物干しには、私がためていた洗濯物のタオルやらが干されていて、室内の下着とかを干すための場所に、私の下着と、カミーユの男物の服が干されていた。


一応、私の部屋の窓の外に男物が干されているという状況はまずい、と思ってくれたらしい。


で、私は羞恥に打ちのめされて、その場にへたりこんだ。


「え、ロザリー大丈夫?お腹すきすぎて歩けないの?」


そんなわけあるかー!

たった半日で歩けなくなるほど飢えるはずがなかろうがー!!

夜中に一緒にがっつり食べたでしょーに!


…と言いたいところだけど、私は真っ赤になった顔を両手で覆って、「うう、ううー」と泣くしかなかった。


「ええと、なんだろう、お腹痛いとか?」


髪の青い美人な新妻風妖精さんが私のそばに駆け寄って、背中をさすってくれるけど。


違う、違うからー!


私は本気でめそめそしてしまった。

恥ずかしさのあまりに泣くなんて人生初。


洗濯物をため込んでいたのは確かに私、私が悪いの。


でもなんでそれをカミーユが洗濯してくれちゃってるの?


あなた一体どんな気持ちで私のおパンツを洗ったわけ?


一応は貴族の子息なわけでしょ、なんで洗濯なんてしちゃってるのよ…。


心の中で悪態をついて、もしかしたらこの子も、学院時代は寮で自分のものは自分で洗っていたのか、と思い至ったけど、パンツを洗われて恥ずかしいものは恥ずかしい。


「せ、洗濯を…」


なんとか紡ぎ出した単語に、私の横にしゃがみ込んでいる妖精さんは「ああ」と明るい声を出した。


「僕の服、悪かったけど洗濯させてもらったんだ。で、ついでだったからその、随分たまってたし、えーと…」


急に言葉に詰まって、顔を赤らめた。

どうやら私のパンツを洗ったことを本人も思い出したらしい。


「あの、ごめん?」


とりあえず謝ってみる作戦なのか。

私はまだ泣き止めてないし。


「その、洗濯だけじゃなくて、掃除して、ご飯も作ってあるんだけど、その、勝手にごめん…」


くそう、妖精さんの次は、しょんぼりした子犬か!

ぺたんとした耳と垂れ下がるしっぽの幻影が見えたわ!



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