50何ですって…?
前話が短めだった分、長めです。
淫魔の討伐の一部の失敗については、所長がその責任をとってくれたようだった。
そして、僕に気を使ったのか、それとも僕らにマイナスの評価がついてしまったのか、夏ごろまでは僕らに討伐の仕事は回ってこなかった。
でもそれはそれで、暑くなり始めた毎日、快適な温度に保たれた研究所内で済む仕事ばかりなのは、楽でいい。
残業もほとんどないので、仕事帰りにタウンハウスから領地の様子を見に行って、植えられた果樹の確認をしたり、街道整備の進捗を聞いたりと、それなりに忙しく過ごしていた。
陛下からの特別任務もないし、忙しいながらも、珍しいほど平穏な日々だ。
そんななので、僕は合間に色々考える時間があったので、ロザリーの外堀をどんどん埋めていた。
以前採寸したサイズで発注したウェディングドレスも、デザインの細かいところまでチェックして、ほぼ完成に近い状態にまで仕上げた。
あとは、本番近くに試着して、サイズの微調整をするだけだ。
もちろん、ドレスに合わせるアクセサリーも発注してある。
ハーレ伯としてどうしても断れない夜会などに出席した時は、仕事の話以外では、それとなく婚約目前となっていることをほのめかした。
それだけで、誰と、といったことは一切口にしていないにも関わらず、僕のことを学院時代から知っている人は、ロザリーと婚約するのかと勝手に思い込む。
そのお陰で、もう社交界では、ロザリーが知らないだけで、僕とロザリーが婚約するのだろうという噂でもちきりだ。
ロザリーを狙っていた相手への牽制にもなるし、僕も夜会で僕を取り囲む人の種類が変わって、過ごしやすくなった。
でも、夜会でたまたま会ったロザリーの兄のアルセーヌ君は、僕が噂を否定せず、むしろ積極的に流していることに、眉をひそめていた。
研究所でも、所長に、もし僕とロザリーが結婚できたときは、どっちかが辞めなくちゃいけない、とか、配置換えがあったりするのか、を確認した。
こちらは研究所始まって以来の、同職種同士の結婚ということで、前例がないので検討する、という回答だ。
事務員の女の子と結婚した場合は、どちらも辞めていないところからすると、辞めなくてはならない、は無いだろうけど、確認しておくに越したことはない。
僕が着実にそうやって結婚に向けて動いているのに、ロザリーはのほほん、とまるで気が付かない。
でもまあ、僕なしでは生きていけないと思わせるには、もう少しこの状態を持続させておかないとだめだろうな、と長期戦は覚悟している。
そんなある日。
今日も暑くなりそうだと思いながら、ロザリーと出勤して、仕事の準備をしてたら、所長に呼ばれた。
「カミーユ、ちょっと話があるんだが…。ここじゃなんだから、所長室でいいか?」
「え?カミーユ何かやらかしたの?」
「まさか。いや、無いとは言えないけど…ロザリーじゃあるまいし」
ニヤニヤしているロザリーに見送られながら所長室に連れていかれて何事かと思ったら、もし僕とロザリーの婚姻がなされた時の職場での扱いについて、だった。
確かに、あれだけたくさん人がいるところでは話せない話題だ。
結論から言えば、やっぱりやめる必要もなく、配置も今のまま。
つまりはジョルジュ先輩と三人でのグループのままになるだろう、とのことで、ホッとした。
「ロザリーと仕事を組ませることができるのは、カミーユしかいないからな」
所長の言葉に、どういうことかと首を傾げたら…。
ヴィリエ一族について研究をしていた時期のある所長含め、ごく一部の者のみが知っている事実だそうだけど、ヴィリエは神獣だったときの名残で、自らの伴侶となる者を『番』として扱う、というのだ。
「つがい…?」
「そうだ、ドラゴンの番の話は有名だろう?あれとヴィリエは似たようなものなのだ」
ドラゴンは、自分の伴侶、つまりは番として認められる相手が見つかるまでは、繁殖行動を起こさない。
長命だからこそ、気長に相手を探せるからだともいえるのだけど…。
そして、その番とはとても深い絆で結ばれ、もし番を失うと、残された方もみるみる弱って死んでしまうことも多いのだ。
だから、結婚式や披露宴では、ドラゴンにあやかって仲睦まじく末永く暮らしていけるように、ということで、ドラゴンの意匠をあちこちに取り入れるのが普通だ。
って、その前に!
ヴィリエ、本当に神獣の末裔だったのか…いや、ロザリー見てたら、確かにそんな気もするな…。
一瞬思考が遠くに行きかけたけど、所長の話で考えが戻される。
「お前たちは鈍感で気が付かないようだがな、魔力切れのとき、お前がロザリーに食べさせたり、ロザリーがお前に食べさせたりするだろう?幼児の頃を過ぎると、ヴィリエは基本的に、そういった給餌行動を家族以外では、番と認めた相手としかしないんだよ」
「え?」
「なんでロザリーが自分もヴィリエなのにそのことを知らんのか知らんが、学院時代から既にそうだったんじゃないのか?お前たちを推薦した学校からの推薦書に、お前達は恐らく番である、と書かれていたぞ」
「…はあ?!」
僕は、思いっきりぽかーんとした顔をした。
僕達本人が知らないだけで、周りはそういう認識で僕らのことを見ていた、ということか…?
「…どうして誰もそういうことを教えてくれなかったのでしょうか…」
「ううーん?まあ、いずれそのうち、収まるところに収まるだろう、時間の問題だろう、と思っていたからじゃないか?ちなみに、俺がヴィリエについて研究してた時の共同研究者は、ガストン先輩だぞ」
「え?父、ですか?」
「ガストン先輩は子どもの頃から神話とか建国史に興味があったらしくてな。さらに学院に通っていた頃に、ロザリーの父親でもあるベルナール氏と親しくなったらしいから、よりのめり込んだらしい。まあ、領主として忙しくなってからはあまり論文を発表したりといったことはしてないが…ん?どうした?」
「あ、いえ。父も本当に何も言わなかったな、と思って…」
「ああ、ロザリーだけでなく、カミーユも普通じゃないからな…。呪いのことも、就職してから聞かされたくらいだろう?きっとタイミングを見計らっていたんだと思うがな。まあ、それにガストン先輩はお前達が給餌行動をとりあう仲だということまでは知らなかったんだろう」
「はあ…」
「ま、とはいえ、ドラゴンと違ってヴィリエは人間なので、番認定した相手が、実際に結婚する前にいなくなったりしたら、次善の相手を見つけ出すこともあるからな。実際に『そうなる』までは知らなくてもいいということでもある」
「…じゃあ、なんで教えたんですか」
「いや、だってお前はロザリーと結婚する気だろう?俺から見ても、多分ロザリーの番はお前だからな」
「そ、そうですか…」
思わぬ太鼓判を押してもらって、顔が赤くなる。
そうか、僕達は番だったのか。
道理で、僕にとってロザリーの魔力が心地いいはずだ…。
「で、だな。急にこんな話をした理由の一つに…お前達のどちらかに、命がけの仕事をしてもらわなくてはならなくなった、ってことがある」
「命がけ?」
「詳しいことは、ジョルジュから説明してもらうことになっている。第2小会議室に、ジョルジュとロザリーが行っているはずだからお前も行って話を聞いて、どちらが行くか決めてくれるか」
「わかりました」
第2小会議室なら所長室からも近い。
所長はどちらが行くか、という言い方をした。
つまりは、いつものように、三人のチームでの討伐などとは違い、僕かロザリーだけが受ける仕事だということだ。
すぐに向かいながら、どんな内容にしろ、僕達のどちらでもいいというなら、僕がその仕事を受けなくては、と決意する。
会議室には、ジョルジュ先輩によって僕ら三人しか入れない結界が張られていた。
防音なども施されているので、ドアをノックしたりするのは無駄だ。
中に入ると、先輩とロザリーが会議机を挟んで向かい合って座り、その机には以前僕らが作った暗殺者集団の邪神の経典の暗号表があった。
「……の場所が分かってね。で、精鋭を選りすぐってそこを叩くことになったんだけど…」
先輩の話の途中からしか聞いてないけど、机の上の暗号表と、そこを叩く、という言葉から、すぐに暗殺者集団に関わる仕事なのだな、と分かった。
「僕が行きますよ」
とりあえず、立候補をしておく。
ロザリーを危ないところになんか行かせられない。
「うん、まあそれでもいいんだけど…とりあえずカミーユも座って」
僕が座ると、先輩が改めて説明を始めてくれた。
「以前二人に訳してもらった邪神の経典があるだろう?その邪神から、暗殺者集団は特異な能力を得ていることが分かっているんだ。それで、彼らがその能力を使えないように、神殿を叩いて彼らと邪神とのつながりを絶つことになったんだけど…その神殿っていうのがね、ダンジョンの奥にあるんだ」
「うわあ…厄介…」
「で、しかもトラップ系ダンジョンなんだ。既に攻略は始まっているんだけど、攻略に必要な謎解きの文章やヒントが、例の文字や暗号で書かれているんだ。暗号表を持っていってはいるんだけど、見ただけで読み下せるほど、この文字と暗号に通じている者は、まだ君たちしかいない」
「なるほど、暗号表を確認しながら解読するような時間も与えられずに発動するトラップが多いということなんですね、で、僕かロザリーかを解読係として連れていきたい、と」
「そう。で、出来るだけ少人数の方が攻略しやすいタイプのダンジョンだから、人数を増やしたくないので、どちらか一人だけ、ということなんだ」
僕もロザリーも、ダンジョン攻略をしたことは、まだない。
ダンジョンというのは、自然の理とは異なった現象が起こる、魔物の出る迷宮のことをいう。
基本的には地下に潜っていくものだけど、幾つか、地上にある古代の建築物内部がダンジョン化しているものも確認されている。
そして、いくつかあるダンジョンのタイプの中で、一番厄介だとされているのが、このトラップ系だと言われている。
ロザリーは以前から冒険者にあこがれているから、きっと行きたがるに違いない。
「あ、私が行きます」
やっぱりすぐにロザリーが行くと言い出した。
「僕が行くってさっき言ったけど?」
人の話を聞いてないのか。
「え、だって私ゆくゆくはドラゴンキラーになることを目指しているし。すっごくいろんな経験できそうじゃないですか」
「それで死んだら元も子もないだろ。先輩、僕でいいですよね」
「ああ、確かに攻撃力でみれば断然ロザリーだけど、その、君は結構うっかり、だし、回復も苦手だろう?トラップにかかって一人で飛ばされた先が深層だったとき、生き残れる可能性はカミーユの方が上だと僕も思う」
「うっかり、じゃなくて、ガサツ、ってちゃんと言っていいんですよ、先輩」
ロザリーをそんな危ないところに行かせるわけないじゃないか。
ロザリーは数回に一回は回復魔法を失敗する。
戦闘中だったらさらに失敗の確率は跳ね上がる。
いくらロザリーがヴィリエだとしても、死ぬときは死ぬのだ。
「はあ、これも適材適所、かあ…残念!もっと鍛えなくちゃ」
ロザリーが、諦めたように呟いたので…僕はホッとして肩の力を抜いた。




