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カミーユとロザリーの話  作者: 十月猫熊
第1章 ロザリーのお話
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「先輩、これおいしいでふ」


ちょっとピリッと来る辛さがあとを引く、肉を一口大にして串に刺して焼いたものをもぐもぐしながら言うと、エールをあおったカミーユに、「食べながらしゃべるのはお行儀が悪いよ」としかられた。


だって美味しかったからその感動を伝えたかったのに。


「うん、口に合ったようで良かったよ。引っ越し祝いを兼ねて、あらためてカンパーイ!」

「ひゃっほうー」


私と先輩がエールのジョッキをぶつけ合ってごくごく飲んで、ぷはー、ってしてるのに、カミーユってばノリが悪い。


「あのさ、今日って帰ったら誰かいるの?」


「ううん?いないよ?お母様たちが荷物の搬入して、帰ったら寝るだけにしてくれてるはずだけど。あのお父様大好きなお母様が、お父様が帰ってくる家にいない、なんてするわけないじゃない?で、アンヌはみんなのご飯作らないと、だし、クロードはお父様とお兄様を迎えに行かなくちゃ、だし。うち、貧乏だから使用人はこの二人しかいないから」


「だったらさ、あんまり飲み過ぎない方がいいんじゃない?明日起こしてくれる人はいないんだよ?」


「せ、先輩!カミーユがお母さんみたいです!」


私は泣きまねをして先輩によよよ、としなだれかかって、それから、てへ、とエールをあおる。


実は私、ワインよりエールが好きなのよね。

この店のエールはかなり私の好み。そして、料理もエールに合うものが多い。


「私このお店気に入っちゃいました!お給料との相談になるだろうけど、通っちゃいそう」

芋をカリカリかつホクホクに揚げて塩を振ったものは、さっきから手が止まらない。


「あら嬉しい。どうぞご贔屓に、可愛らしいお嬢さん」


女店主さんが魚を一口大にして揚げたものと小瓶を持ってきてくれたところだった。


小瓶に入っている酢をかけて食べると美味しいとのことで、言われた通りにすると、魚の臭みは一切なくて、サクッとした衣の中から、ジューシーな白身魚のうまみが広がる。


淡泊になりがちな白身魚だけど揚げることでここまで美味しくなるものだとは。アンヌに教えねば。


「こんなに美味しいものばっかり食べられるなんて。絶対また来ますー」

可愛いお嬢さんだなんて言われて気を良くした私は、女店主さんにまた来る宣言をする。


ハフハフと魚にかぶりつきながらエールを流し込んでいた私は、隣のカミーユが何で機嫌悪くなってるんだろ、カミーユってエール苦手だったっけ?とかちらっと考えたけど、まあ、いいか、疲れてるのかもね、と気にするのをやめた。


昔から今みたいにわけもなく不機嫌になることは良くあって、仕事するようになってからも、謎の不機嫌になることはまだあって。

そういうときって理由を聞いても絶対に教えてくれないの。

まだ思春期なのか、早く大人になれよ、と、内心成長を応援はしてるんだけどね。



良心的な価格設定だった、赤猫亭という名の店でさんざん食べて飲んで。

それでも所長からもらったお金にちょっとお金を足すぐらいで済んだらしい。

その足りなかった分は先輩が出してくれた。


一番地味で大変な仕事を一日引き受けてくれた上に、お金まで出してくれるなんて、何て良い人なんだー、ジョルジュ先輩サイコー!


…などと酔っ払いの私はつい大声で言ってしまったりして、カミーユに口を覆われる。


先輩とはさっき大通りでそれぞれの家の方角が違うので、別れた。

で、いい気分で新居に向かっている私に、なんでかカミーユがついてくるのだ。


「はれ?カミーユん家ってどこ?こっちだっけ?」

「…そうだよ」


「そういえばカミーユも家族と離れて暮らしてたんだったねえ、あはは、私の家、こっちなんだー…ん?いや、あれ?ここどこ?」


「…はあー、やっぱりそんなことだろうと思ったんだ。新しい家の住所、言える?」


「ええーと、王都大通り北…むぐ…」

せっかく住所を言えというから言ったのに、また口を覆われた。


「そんなに大声で言うなんてバカなの?」

「ううう、とうとうカミーユにもバカって言われたぁーあはは、やっぱり私ってバカなのかぁ」


なんだかおかしくってけたけたと笑いが止まらない。


「もう仕方ないな、これに住所書ける?」

カミーユが鞄から手帳と鉛筆を出してきたので、さらさら、と新住所を書きつける。


えへん、バカでも勉強はできたからね、新しい住所はなんだっけ、にはなりません。

カミーユは、どや、と手帳を返した私を見て、手帳に記された住所をみて。


「…全く方向違うんだけど」

そう言ってため息をつくと、私の手を握って歩き出した。


まだ見慣れない町って、昼間と夜だと違って見えたりするじゃない?きっとそれで間違えたんだねえ、とか、今閉まってるけどあそこにパン屋があるね、きっと明日からお世話になるんだーとか、手を引かれながら何も考えずにしゃべりながら歩いているうちに、見知ってる建物が見えてきた。


「あ!あれだよ、あった、私の家!」


カミーユが玄関先でライトの魔法を使ってくれて、その灯りで鞄をガサガサ探して、ようやく家の鍵を見つける。

鍵を開けて、ドアを開いたところでカミーユを振り返ると、もう数歩先まで歩きだしていて、「また明日ね」、という声が聞こえたので、「ん、お休みー」と私も手を振って、家の中に入った。


すごーく眠かった。

玄関のカギをかけて、玄関でブーツを脱いで、室内履きに履き替えようと思ったのを最後に、気が付いたら朝だった。



「…という訳でしてね、先輩、残念ながら夕べは酔っぱらっていて、赤猫亭から家までの距離がさっぱりわからなかったんです。しかも、目が覚めたら玄関って!新居で初日が玄関って!もう、まだ新居の洗面所しか使ってないんですよ!なんか損した気分じゃないです?でもね、目が覚めた時間が、実家だったら遅刻確定の時間だったんですけど、ってまあ実家だったら家族にたたき起こされるから寝坊で遅刻はあり得なかったんですけど、近さで選んだ物件だけあって、ちゃんと間に合ったんですうー、しかも、朝ごはんを買ってくる時間すらあったんですよー!あー引っ越してよかったー」


「そうかそうか、それは良かったね。じゃあ、僕は別件に移るけど、基本的には席にいると思うから、なにかあったらくるんだよ」


「はーい」

「カミーユも頭痛に気を付けて」

「御心配ありがとうございます」


先輩が出て行って、会議室に二人になったところで、「何?二日酔い?」私が首を傾げると、「違うよ、いつものやつ」そういって、胸ポケットからメガネを取り出してかけた。


そういや学院を卒業してずいぶん経つからすっかり忘れていたけど、この子ってば目があんまりよくないのよね。

その、焦点がおぼろな感じが、見た目の妖精さんぽさに拍車をかけるので、同僚でカミーユを狙っている子は多い。

去年の新人の娘なんて、私に直にカミーユと付き合ってるのかどうか、確認しにきたもんね。


そういや、カミーユも学院にいる間に伴侶を見つけられなかったみたいだなぁ。


どんなタイプの女の子が好きなのかもそういや知らないな。

後輩ちゃんのアタックの結果はどうだったんだろ。

実はうまく行ってて、こっそり付き合ってるのかもね。

でもカミーユは人見知りだから難しいかな?


まあ、とにかく短時間の書類作成とか程度なら、魔術で一時的に見えるようにして済ましちゃうので、卒業してからはあまりメガネ姿を見ていなかった。


一日中文字とにらめっこのときは、魔術での強制的な視力回復は負担になるらしく、メガネの出番。

でも、一日中メガネをかけていると、それはそれで頭痛がしてくるのだそうで…。難儀なことだ。


カミーユが学院時代に主席になれなかった理由の一つが、多分この視力のせい。根を詰めて勉強できないのよ。

私みたいに、目もいいし体力もあるし、だったらきっとカミーユが一番だっただろうと思う。


そうそう、この子ってば体も弱くて、冬になると毎年必ず何度も風邪をひいて、その度に10日くらい休むのよ。夏にも夏風邪ひいて休むし。

休んだ分のノートはもちろん貸してたけど、私みたいに休んだことないのより、絶対不利だったよね、だって10日とか休んだら、平気で一単元くらいはまるっと習わないままになったりもするわけで。


休んだ後は実技系だと補習受けてるとこを何度も見たし、よく放課後に先生に質問しに行ってたっけなあ、気の毒に。


そうそう、今でこそひょろりとこんなに背が高くなったけど、入学したころは女の子としても小さい私よりさらに小さくて華奢で、かわいかったのよね。声変わりもまだしてなくて。

魔術学院は制服のない学校だから、カミーユはキュロットみたいなのを履いてて、てっきり可愛い女の子だって思い込んで、お友達になりたくって、めっちゃ話しかけたのよね。

そして一週間くらいしてから、男の子だったってわかって、ものすごーくびっくりしたのを覚えてる。


「…なに?」


昔を懐かしむあまり、じろじろと見過ぎたらしい。訝し気に顔をあげられて、慌てる。

「カミーユのメガネ姿見てたら学生時代に戻ったみたいだなってなんか懐かしくなってたの。さて、期限までにやり切れるか自信ないけど、頑張るしかないよね」

カミーユの苦笑と共にもれた息を合図にするかのように、私も本に集中した。



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