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カミーユとロザリーの話  作者: 十月猫熊
第1章 ロザリーのお話
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昨日はせっかくの休みだったのに、寝倒すはずがうっかりシャルルと戯れてしまい、お昼寝もしそびれた。

充実はしたし、心は満たされたけど……眠い。


私はうちの一族に多い、寝ても寝ても眠い体質をしっかりと受け継いでいる。


お姉様はそれを継がなかったので本当に羨ましい…。


お父様やお兄様がいつも目の下にクマなのも、人並みに寝ていても私たちには足りないからだ。

それでも、私もお父様やお兄様に比べたら、短くて済むのだけどね。


ああ、天使をとるか睡眠をとるか…悩ましかった。まあ、天使をとったわけだけど。


「ふぁ…」

書類で顔を隠しつつも、思いっきりあくびをしたら、右隣の席のカミーユが「コーヒーでも淹れようか」と席を立った。


相変わらずできる子だ。


カミーユは学院時代からの腐れ縁だ。

5年間クラスも選択授業も一緒で、就職先も一緒だった。


やっぱり同じ選択科目をとるような奴は仕事に求めるものも一緒なんだな、と感心したものだ。


「ん、カミーユ君すまぬのう」

「はいはい」

カミーユが淹れるお茶やコーヒーは就職してから飲む機会が増えたけど、これがまた、淹れるのが上手い。

悪いけど、うちのアンヌより上手。


一番下っ端だった時、残業の合間にお茶を淹れるときは、自分だけでなく先輩たちにも声をかけていた。

日中は雑務をこなしてくれる美人事務員さんがいるので、彼女たちが頃合いを見計らってお茶を淹れてくれるのだけど、残業の時には彼女たちがいないので。


でも、私の淹れるお茶やコーヒーは正直飲めなくないけど美味しくもない代物で。

そんなある日、たまたまカミーユが淹れてくれたお茶のおいしさに、職場に衝撃が走ったのだ。


それから先輩たちはカミーユがいるならば私ではなくカミーユのお茶を希望し、何なら私もその方がお互い幸せだから、とカミーユの分の仕事をするから、とお茶を淹れてもらうようになった。


カミーユにとって、お茶を淹れるくらい、どうってことないことだというのだ。

私があんなに細心の注意を払って、美味しくなれぇ、と念を込めながら淹れたお茶があの体たらくだというのに。


でもまあ、私は物心ついた頃から、魔力量を増やしたりすることに時間を費やして生きてきたので…お茶などを自分で淹れようかと思ったこともなく生きてきた。


魔力量は先天的なものが全てで、後天的にはその持って生まれた魔力量を、鍛錬で最大値まで伸ばすかどうか、だけだ。

先天的に100の能力を持って生まれても、努力しなければ凡庸な30とかしか使えないし、先天的に30しか持って生まれなければ、努力しても30止まりだ。


だから、先天的に魔力の最大値に恵まれた私は、他のことをする暇があったら魔力量を増やし、魔術の腕を磨くことに時間を割いて生きてきたので、お茶を淹れること以外にも、女の子らしい他のことに取り組んでこなかった。


だから、適材適所で、と割り切っている。

苦労せずに美味しいお茶を淹れられるカミーユがお茶を淹れて、苦労せずにオーガとも渡り合える私が戦えばいいだけの話だ。


ちなみに事務処理能力はお互い同じくらいの能力なので、ここも同期としてお互い助け合えるので助かっている。

今も、カミーユがコーヒーを淹れに行ってくれたお礼に、私は彼の机にあった書類を何枚か取り上げ、代わりに処理をしておいた。


カミーユとは仕事のチームも一緒なので、彼が書こうとしていた報告書は私にも書けるものだからだ。

一応、カミーユの名前で提出するものなので、書いたものをカミーユの机に戻して、あとは署名すればいいだけ、にしておく。


「あ、ありがと」

「こちらこそ」

コーヒーの入ったマグカップを両手に戻ってきたカミーユは、私が代わりに書いた書類にすぐに気が付いてお礼を言ってくれる。


細かいことにもすぐに気が付く子なのだ。


就職で塔に行かなかったのは、コミュニケーション能力の低そうな人が多かったのもあったのを、ふと思い出した。


そういや、お父様もコミュニケーション能力は高くないし、見た目も貧相なのに、明るくて快活なお母様をよく射止めたものだなあ、と首を傾げる。


幼い頃、学院時代にお母様がお父様に一目ぼれして、お母様が猛烈にアタックしたのだと教えてもらった時には、のけぞって驚いたものだった。


そういや、お父様もお母様も、お姉様もなんなら伯母様も、みんな学院在籍中に相手を見つけて結婚に至っているけど、私もお兄様もそういう浮いた話無かったな…もしやこれは良くない流れなのかな…ふと不安になる。


アルセーヌ兄様、跡取りなのに大丈夫かな…。


私は家も継がないし、ルイーズ姉様みたいに誰かのためにお金持ちに嫁ぐ必要もないし、という訳で、結婚するつもりはない。これは、学生時代からそう決めていることだ。


「結婚前の娘が討伐の最前線なんて」と初めて討伐に出るときに心配してくれた既婚の女の先輩もいたけど。

「大丈夫ですー私強いんで」と笑って返すと、「もう!それはわかっているけど」と髪をくしゃくしゃされた。


別に結婚するつもりもないのだから、顔やら体に傷がつこうが関係なくない?それより、人の命を守る方が大事だよね!


あ、でも、仕事で死ぬつもりは一切ないけど。

そこは一応自分が大事だし、自分の大切な人達を悲しませたくないし。


コーヒーの匂いを胸いっぱいに吸い込む。

「ふああああーいい香りーなんでおんなじ豆で淹れてるのにこんなに違うんだー解せぬー」


そして、ひと口すすって、苦みだけでなくうっすらとした酸味とうまみ、さわやかさまで感じることにうっとりと目を閉じる。


「はーおいしー」

「喜んでいただけて何よりです」


カミーユはにこっと笑うと、私が書いておいた報告書に軽く目を通し始める。


青みがかった珍しい髪色をしているカミーユは、そうやって黙っていると、ちょっと神秘的な雰囲気をまとう。


青い髪に緑の目とか、その繊細な体つきとか、なに、妖精さんなの?


男なのに私よりよっぽど美人さんだわ…と、初めて出会ってから何回思ったか分からないことをまた考える。


これでも、カミーユは常に魅力減退と気配遮断をアレンジした魔道具を身に着けていて、その美貌のせいで注目をされないように気を付けている。


多分、本当の魅力を100とすると、今は10以下には軽減していると思う。

多分、としか言えないのは、魔道具を着けていようがつけていまいが、私の目に映るカミーユに何の変化もないからだ。

私のヴィリエ一族の血のせいで。


カミーユは、学生時代は似た効果の魔法を毎日自分で自分にかけていたんだけど、魔道具ほどの効果ではなく、せいぜいが魅力半減、というところだった。だから色々大変だった。

その魔法が無かったころはもっと、もっと、ものすごく、大変だったけど。


ちなみにその魅力を減退させる魔道具は、入所のときに所長から特別にプレゼントされたもので、ピアス型だ。

最初耳にしようとしたら、お洒落度が増して、魅力減退効果が下がるってことになって、へそピアスになりました。


おへそにピアスなんて怖いから嫌だ、と涙目で駄々をこねるカミーユを私が昏倒させて、意識失ってる間に上着をまくってつけてやりましたけどね。


嫌がって涙目でうろたえているカミーユなんて、あのとき初めて見たもんだから、おお!カミーユが小さい時に駄々こねたらこんな感じだったのかも、なんて思って、すごく面白かったから忘れられない。

13歳で出会ったから、それより前の幼い頃のことは、お互いに話でしか知らないから。


カミーユがその魅力減退魔法をまだ使えなかった学生時代の前半は、クラスメートたちがカミーユが気になって授業に身が入らなくて、カミーユは常にみんなに注目されていて、どっちも気の毒だった。


所長が働き始めるときに魔道具をくれたのも、職場で学院でのときみたいな混乱を招きたくなかったからだと思っている。


過去を思い出せば…本当に色々あって大変だったんだよね…。

男女問わずに惹きつける、かわいそうな奴なのよ、カミーユって。


そういえば働き始めたばかりの新人だったときなんて、魅力減退魔道具を身に着けているにもかかわらず、仕事で一緒になった複数の騎士さんたちが、女の私を差し置いて、男のカミーユを狙っていて。


純粋箱入り息子のカミーユは、下心になんて全然気が付かないから、危うく騎士さんにぱっくりいかれそうになったのを何度私が阻止したことか。

多分カミーユは今でも親切な騎士さんだと信じているんだろうけど。


去年も、宮廷魔術師さんたちに言い寄られていても気が付いていなかった。


そして、カミーユは国王陛下のお気に入り、でもある。

陛下からの直々の呼び出しで、特別な仕事をこなすことが良くある。

その場には私はいられないので、その仕事の時に陛下に口説かれているのではないといいなあ、と陰ながらこっそり心配している。


カミーユは、男女どっちからも言い寄られるから、そのことに気が付きにくいのかもしれない。

お年頃の女の子だけが言い寄ってきたらさすがに気が付くのかもしれないけど、言い寄ってくる相手の性別も年齢も幅広いから。


前に断れない王家主催の夜会に、私も男爵令嬢として行ってみたら、当然その夜会にはカミーユもいて、砂糖に群がるアリのようにカミーユの周りに人が群がっているのを見て、可哀想で泣けた。

カミーユ本人が、相手が欲望と下心を隠せもしない顔で寄って来ているのに、なんとなく居心地の悪い顔をするだけで気が付けないのが不憫だった。

深層の令嬢か。


魔道具つけててこれなんだから、幼い頃のカミーユの恐怖は想像するだけで涙を禁じ得ない。


だから、気を許した人以外には人見知りなのも、仕方ないかなと思っている。

人嫌いだったのが、この頃は人見知り程度にまで軽減したんだから、御の字ってくらいで。


ちなみに私は初めてカミーユに出会った時、美人だなーと思った程度だった。

いや、見た瞬間にお友達になりたい!って思ったから、やっぱり私も軽くカミーユの魅力にやられていたのかもしれない。

その辺りは自分でもはっきりしない。


でも、私には魅了も、魅力減退とかの魔法も効かないからねぇ。


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