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カミーユとロザリーの話  作者: 十月猫熊
第1章 ロザリーのお話
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ふと目を覚まし、カーテンの隙間からこぼれる日差しを目にして、私はごろり、と寝返りをうって、毛布を肩まで引き上げると二度寝を決め込むことにした。


休みの日に昼まで寝る。


これ以上の至福の時間があるものか。

幸せを噛みしめながらうとうとしていると、廊下が騒がしくなり眠りを妨げられた。


アンヌなら、休みの日の私の安眠を妨げることはないはずなんだけど…。


そう思いながら、心地よい眠りの世界にもう一度旅立とうとしたとき、ロザリーの部屋のドアがノックもなしに開けられた。

続いて勢いよくカーテンが開けられ、ついでに窓も開け放たれて、冷たい空気が部屋に流れ込んでくる。

春とはいえ、外の空気は冷たい。


「お姉様、さーむーいー」

目を開けなくてもわかる。

こんなことをするのは、ルイーズ姉様ぐらいだから。


目も開けないまま毛布を鼻先まで引き上げていると、毛布を剥がれた。


「ロザリー、起きなさい!いくら働いているからと言って、休みの日に昼まで寝ているようでは、嫁の貰い手がなくってよ!」

「あああー寒いーやめてー」

「シャルルがあなたと遊ぶのを楽しみにして来たのよ、さっさと身支度してちょうだい」


可愛い甥っ子の名前を出されると弱い。


渋々起き上がって時計を見ると、もう10時を過ぎている。

お姉様と一緒に部屋に入ってきていたアンヌが「お茶と軽食をお持ちしますね」と出て行った。

まだ半分寝ぼけている私が顔を洗ったりしている間に、お姉様が今日着る服を選んでベッドの上に出しておいてくれていた。


着替えが済むと、昔のように、私の髪をお姉様が梳いて、可愛らしく結ってくれる。


我が家は、歴史だけはある貴族であるものの、貧乏で、使用人も最低限しかいない。

いや、最低限とも言えないかもしれない。


家の中のあらゆることをしてくれるアンヌと、本来は執事なんだろうけど庭の手入れなどの外回りから馬車の御者までするクロードの二人しか、我が家にはいないのだから。


なので、自分たちでできることは大抵自分たちでこなす。


「もう、20歳にもなって、相変わらず髪を首の後ろでひとくくりに結わえるだけしかしないだなんて、不器用な男性並みね」

「ええーだって、邪魔にならなければそれだけで良くない?」

「私は、私の可愛い妹が、可愛い方がいいです!」


そうして結んでくれたのは、見覚えのないリボン。

きっとお姉様の今日の手土産だ。

シンプルに見えて、生地と同色の糸で刺繍がされてあって、光の当たり具合で立体的に模様が浮き上がるというものだ。

間違いなく高価だ。


お姉様が嫁いだエーメ伯爵家は、領地に港があり、領都も商業都市として賑わっているし、事業も上手くいっていて、お金持ちだ。


なので。

熱烈にルイーズお姉様を愛しているダニエルお義兄様は、保養地として有名なところにお姉様の為の別荘を買ったり、お姉様が自由にできるお金をかなりすごく莫大にお姉様名義にしていたりする。


ダニエルお義兄様は、お義兄様だけでお会いしたら、とてもしっかりした、聡明な、見目もいい、素晴らしい男性なのだけど、どうしてかお姉様と一緒にいるときは残念感が漂う。


常にお姉様に触れているし、隙あらばお姉様の髪やら手やら頬にキスをしているし、子供もできたっていうのに落ち着くどころかイチャイチャ度が増している気がする。


まあ、あの可愛いシャルルを産んだという事実だけでも、お姉様を女神だと崇める気持ちは私も分かるけど。


それにしても…お義兄様ってば、お姉様との婚約を勝ち取った喜びのあまりなのか、私たち兄妹の学費をぽん、とまとめて出してくださるとか。

何度思い返しても愛は盲目。


この国の貴族の子どもであるなら13歳から5年間通うことを義務付けられている全寮制の学院は、そこまで学費は高くないはずなのだけど、貧乏な我が家には死活問題だったのだ。


でも、お兄様と私はそのお義兄様の支援のおかげで、学院に何の苦労もなく通えた訳で、有難くて足を向けて寝られないし、申し訳ない、という気持ちもあるし、いつか返さねばと思っているのだけど。

お義兄様は「ヴィリエ家に堂々と援助できるなんてむしろ誉だから」などと訳の分からないことを言って、働き始めてからの私が、分割払いで返そうとしているお金を受け取ってくださらない。


実はわがヴィリエ家は、有名な、魔術師輩出で知られる一族。


もとは特別な一族で、地位の高い貴族だったらしいのだけど、少しずつ没落し、それが決定的になったのは4代前。

魔術研究に没頭するあまりに領地経営がおろそかになって、借金が膨らみ、にっちもさっちもいかなくなったのだそう。

そのとき、持っていた男爵位と伯爵位で、高く売り払える伯爵位の方と領地を売ったのだそうで、今は領地なしの男爵位…という経緯だ。

ちなみにそのときの御先祖様はめっちゃ王様に叱られたんだとか。


平和が続くと、魔術師が活躍して褒美を貰う機会というのはなかなかないので、魔術の研究とその実施にしか能のない我が一族は、ジリ貧で貧乏になっていったようだ。

領地とか売り払ったお金はかなりの額だったはずなのに、お父様の時には既に貧乏だった、ってどういうことなんだか…。

賭け事や色事や酒にはおぼれないたちの一族なんだけど、活きたお金の使い方というのが下手すぎるらしい。


ちなみに、我が国では、貴族にしか魔力持ちは生まれない。

というより、魔力を持っている者が貴族なので、平民からは間違っても魔力持ちは生れない。

そして国は貴重な魔力持ちを囲い込むためか、魔力持ちが平民になることを許さない。

万が一、平民から魔力持ちが生まれたときは、それは間違いなく貴族の血を引いている。


魔力を持っているかどうかは、別に何かで測定しなくても、魔力持ち同士が道ですれ違いでもすれば、お互いに分かってしまうことなので、魔力を持って生まれたものがそれを隠してして生きることはできない。

それなりの術を身につければ、魔力の隠ぺいはできるのだけど、お母さんのお腹のなかにいるときから、胎児が魔力持ちかどうかはバレてしまうほどなので、無理なのだ。


まあそんな訳で、魔力持ちには希少価値があり、平民すれすれの男爵位になったヴィリエ家も、膨大な魔力量にだけは実績があるので、これ以上の没落はあり得なくて。


ただ、学費はなんとかなったにしても、日々のお金に困ることはあった。


お父様の魔術師の塔での研究者としてのお給料は、日々暮らすのには十分なのだけど、社交界にも顔を出すとなると厳しいものがある。領地がないので、そこからのあがりがないためだ。


そのせいか、ヴィリエ家の長女は、ここ数代はルイーズ姉様と同じような人生をたどるらしい。


鏡越しに私に施した化粧の出来栄えに目を細めているルイーズ姉様は、本当に美人だ。しかも、おっぱいも大きい。

美人でナイスバディで、おっとりしていて性格も良くて、しかも本人の魔力も強い。

その血を引くのでその子供はほぼ間違いなく、強い魔力を持って生まれる。


詳しいことは全く知らないけど、学院時代にルイーズ姉様をめぐる恐るべき恋のさや当てが繰り広げられて、見事にお姉様を勝ち取ったのが、ダニエルお義兄様、という訳らしい。


ルイーズ姉様にとっては、お姉様にメロメロのダニエル義兄様に、弟妹の学費を出させることなんて、町でクッキーを買ってとおねだりすることくらいに、たやすいことかもしれない。


そんな風に、お父様も、伯母様(父の姉)が全く同じような感じで学院卒業と同時に嫁いで、嫁ぎ先にお金を出させるという形でお父様の学費を工面したようだ。


そして、その美貌といいナイスバディぶりといい、伯母様とルイーズ姉様はそっくりだった。


その点、姉妹だというのに、私のなんと残念なことか。鏡に映る自分の胸元を見る。


無くはない。

断じてペタンではない。嘘じゃない。ほんとにある。

…が、お姉様の、私でも触ってみたいと思わせるようなふわっとふるふるした代物ではない。


セクシーでありつつ清楚で守ってあげたい美人なお姉様と違って、私はどうも母方に似たらしい。

お母様は、キュートで可愛らしいタイプだ。

そうだ、私もキュートであると信じたい。


参考までに、お父様は、いつも髪の手入れを面倒くさがって鼻のあたりまで前髪が垂れていて、いつも寝不足で顔色が悪くて、目の下にクマがあって、塔に閉じこもっているので青白く、猫背でひょろひょろしている。


この父に、姉のような子が生まれる遺伝子があるとはにわかには信じがたい。が、私もそっちが良かった。

ちなみに、アルセーヌ兄様は一目でお父様の子だと分かる容姿だ。

将来お兄様に娘が生まれたら、きっとルイーズ姉様のような子が生まれるに違いない。


でもまあ、容姿は残念だけど、私達三人の中で、一番の魔力持ちは私なので、そこはないものねだりをしないように、と思っている。

きっと生まれる前に、容姿に割り振る何かを全部魔力に振ったに違いない。


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