四肢が無い女。僕は彼女のいいなりで従うより他ならない。
今々の話ではないが、三年前ゴミ捨て場で恋人を拾った。
多くの人が思うに、それは奇怪で気持ち悪いほどの出来事だっただろう。
生ゴミと燃えるゴミと共に悪臭を放った彼女はそこにいたのだ。そのときの彼女は人生のどん底にいたと語っていた。
レインメーカーは静かに、ゴミ捨て場に燃えるゴミを放り投げた。深夜三時、あまりいいやり方ではないが、昼間は寝ているため致し方ないことだった。元々大家にも前日の夜に出すことは許可されているため、今更文句を言われることもない。
強いて言うなら、歩き煙草だろう、レインメーカーの顔には赤い燻った光が強弱を付けながら頬を明るくしている。
暗い歩道、車は断続的にテールライトをレインメーカーに浴びせる。冬の寒さが身に染みる今日この頃、決して良い仕事に就いているとは言えない彼が向う先はコンビニだった。
夜勤特有のけだるけな男子大学生のアルバイトの挨拶を横目に、レインメーカーは雑誌コーナーで雑誌を漁る。最近は大人向けの雑誌が排斥されつつあるのか目当てのものは見つからなかった。
何かの参考になれば良いと思ったが、物がなければ意味が立たないのである。静かな店内は音楽チャンネルをBGM代わりにしているのか聞き覚えのある曲が垂れ流されている。
レインメーカーはサンドイッチとおにぎりと適当にチョイスすると、レジへと向う。店員に煙草を指示し会計に混ぜる。
支払いを済ませコンビニを後にすると、帰路となった。
この辺りでは一番家賃の高いマンションの最上階にエレベーターで上ると薄明るい空を見ながら、ため息をついた。
家の電子ロックを解除するとドアが自動で開く。家の中に入ると靴を脱ぎ、レインメーカーの靴しかない下駄箱に靴を収めると廊下を進む。
5LDKの間取りはレインメーカーに取って手の余る物だったが、この家の一角に身を置かせて貰っている分際で贅沢な事は言えない。
リビングに入ると、床暖房にエアコンがしっかりと効いており、心も体も解れた。ソファーに腰掛けると、右腕が床からソファーに伸びていた。
「レインメーカー、助けてくれ」
女の声がレインメーカーに指令を出した。もちろん彼は「はいはい」と答えて右腕の主を抱きかかえ、自分の膝の上に乗せた。
「そこまでして欲しいとは言っていない」
照れくさそうに彼女は言う。
「まぁ、そう言いなさるなって」
「うとうとしてソファーから落ちたよ」
「不便だねえ」
「全くだ、でもまぁ、今は悪くない」
「そういや、次は何時頃やる?」
「帰って来るなりお盛んだね」
黒い長髪を撫でながらレインメーカーは彼女に聞く。
「欠損女子のロストパーツ様の名演技にご期待下さいってね」
「右手しかないからね」
ロストパーツは三年前、とある事件に巻き込まれた。ハンドフッドと自称する殺人犯に襲われ、手足を切断されたのである。レインメーカーはたまたま近くを通り過ぎ、ハンドフッドが逃げ出した結果、ロストパーツを救ったのである。もしあのままだったら大量出血で今頃彼女は死んでいた。
その現場こそ、あのゴミ捨て場だ。
さて、ここで注意喚起ではあるが、ハンドフッドの事件とこの物語は関係ないのである。そんな経緯があったただの一解説に過ぎない。
「義手義足は欲しくないのかい?」
レインメーカーは幾度となく聞いた質問を口にする。
「丁度良いのがいるじゃないか、煙草臭いのと勝手にどこか行く以外は概ね使える義手義足がね」
「良く言うもんだな」
「煙草は止めたらどうだい? キスする身にもなって欲しい」
「勘弁してくれ、一日三本で我慢しているだろ?」
「大差ないさ」
「違いない」
「さて、レインメーカー、横浜駅帰りに申し訳ないが、トイレに連れて行ってくれ」
「断ったら?」
「今日の配信は、便器配信に変更するよ」
「尿って意外と苦いんだぜ?」
「あの光景は中々、そそる物だったよ」
「勘弁してくれ」
レインメーカーは軽口を続けながら、彼女を抱きかかえてトイレまで連れて行くと便座に座らせて、ズボンとパンツを脱がせる。
よほど我慢していたのか、レインメーカーの声より大きな音で排泄音がトイレに響いた。
「ヘンタイ」
「そりゃあどうも」
「ここでは最高の褒め言葉だからな」
ロストパーツは清々しい表情でレインメーカーの頭を撫でる。
「さて、風呂に入ったら、仕事だ」
「オーケー」
彼女を抱えると、風呂場へ向った。浴槽に半身が浸かるほどのお湯を張ると、ロストパーツの服を全て脱がし、レインメーカーも服を脱いで彼女を抱きかかえる。
広い浴槽は二人が湯船に浸かっても余りあるほどのサイズだった。
「やはり仕事前は体を綺麗にしないとな」
「そうだな、俺も不衛生な状態で仕事をしたくない」
温かい湯の中で彼女の体を隅々まで洗いながらレインメーカーは話をする。
「さて、今日もいつも通り一時間雑談、三十分本番だ。シチュエーションはどうしようか」
「前回は際どいのやったし今回は純愛系で行くか?」
「前から抱き合う感じで行こう」
「オーケー、ロストパーツ、楽しく行こう」
「全ては金の為、今日も荒稼ぎするとしよう」
高らかに歌うようにロストパーツは浴場に声を響かせる。ボディソープ、シャンプー、リンス、コンディショナーを彼女の指示した通りレインメーカーは慣れた手つきで彼女の必要な部分に必要なだけあてがう。
彼女の大きく膨らんだ胸に脂肪を集めるように指で流れを作りながらじっくりとプロのマッサージ師のように丁寧に仕事を施していく。毎日これを繰り返すことでバストラインが整い、脂肪が集まる、乳腺が刺激されるなどで大きくなるとロストパーツが言っていた。
全身洗い終えるとレインメーカーは自分用のシャンプーとボディソープで体を洗い流し二人はタオルで水気を拭い、スキンケア用品で自分たちの体を仕上げる。
それから自分たちがスタジオと呼んでいる部屋の一角に入る。中は一台何十万もするパソコンと四台の高画質対応のディスプレイ、立体音響対応マイクが部屋のあちこちに設置されている。
そして極めつけがカメラである。こちらも金に糸目を付けておらずこの部屋の機器だけで百万は悠々に超える。
カメラのレンズが捕らえる先は、ベッドと机、この部屋で二人がすることは、アダルト動画の配信である。
ロストパーツとレインメーカーは個人撮影をインターネットのライブ配信サイトに投稿している。もちろん四肢が欠損した女の配信は一般受けなどしないが、世界規模で配信者が少ないため世界中の奇抜な性的嗜好を持った者たちが彼女を愛してやまない。マイナージャンルの女王的な者である。それ故か、ライブ配信中にチップ機能で彼女は一夜で何百万の富を得ることが出来る。容姿端麗で綺麗な肌に大きく膨らんだ胸、そして欠損した左腕、両足のおかげで彼女の生活は成り立っている。
レインメーカーはその相手役として雇われている。彼自身もまた奇抜な性的嗜好の持ち主である。彼女にとってもそれ以上でもそれ以下でもない。
ロストパーツが慣れた手つきで右手をマウスとキーボードを行き来させながら一般向け動画配信サイトに入り、生配信の準備をする。
基本的な流れとして、一般向け動画配信サイトで軽く前戯のような形で視聴者をちょっとしたコミュニケーションを取る。だいたい一時間ほどである。それからアダルト配信サイトに場所を移して本番行為の配信を行う。
この時レインメーカーはロストパーツの後ろで煙草を吸っているかスマホをいじっている。決して自分からは言葉を発しない。ロストパーツが聞いてきた時だけ話をする。
何故そうするのか、単純な話で男役になるべく個性を持たせず、背景、または薄らとしたキャラ付けをするためだ。
しかし、チャンネル登録者数が増えるにつれて、レインメーカーのファンも全体の三割ほどいる。
確かにレインメーカーもそれなりに引き締まった体に、なかなかのルックスを持っている。何よりもレインメーカーの特色は色気のある低い声である。重低音でありながら、艶やかでまさにコバルトの様に青く透き通る声なのだ。
過去に一度だけ、一般向け動画配信で女性向け台詞回をロストパーツは悪ふざけで行ったが、切り抜きされるほど人気を博した。
レインメーカー目当ての女性ファンもいるが、肝心のレインメーカーは時より来るプレゼントに形式上のお礼を言う程度の関心である。何せ彼は手足のない女性にしか興奮しないのだから。
「あーあーあー、さて、喉もマイクも良好だ。リスナーな皆々様、今宵もディープでチープなアンダーグラウンドの界隈へようこそ、穴のロストパーツと」
「棒のレインメーカー」
小気味よいテンポで合いの手を入れる。
下世話な台詞と共に二人の仕事が始まる。
「さて、今回は女性の恋愛相談だ。異常性癖のレディアンドジェントルマン、コメントは丸く、炎上させず、チップを贈ってくれたまえ」
ロストパーツは楽しそうに言葉を紡いでいた。
「今回のお便りは、神奈川県厚木市在住のメンヘラマグロビッチさんからの投稿だ。えっと何々、ロストパーツさん、レインメーカーさんこんばんは。うん、こんばんは」
「こんばんは」
「最近、気になる男性がいるのですが、一緒に居て落ち着いて幸せいっぱいです。ですが、彼とデートした帰りにしきりにホテルに行かないかと誘ってきます。私は彼のことが好きですが、性的な目で見ることが出来ません。どうしたらいいでしょう? だそうだ」
「どう思うレインメーカー?」
「金が目的なら最初からそう言えばいい」
「相変わらずだね、私も同感だ。一般的に恋愛の果ては結婚、生物的には生殖が付きものだ。つまるところセックスに行き着く。まぁ、人間は知能が高いせいかそうじゃない結婚も今は増えているが私から言わせて貰えば生殖を求めない時点で生物としては終わっているな」
「過激だな」
「ではレインメーカー、生殖しない生物は存在するか?」
「いいや、いないね」
「だろう?」
「ただ生殖しないでも後生にその生き方、その在り方、つまり考え方は後に繋がる。それこそ子供のようにな」
「なるほど、一理ある」
「もしも、そのお便りが無性愛者で理解を得られているならこのままでもよかった。しかし文面から察するにそうではないように聞こえる。ぶっちゃけりゃ火傷する前に別れた方が良い」
「そこには同意だ。では我々からのアドバイスは、別れちまえだ。以上次のお便りを読もう」
ロストパーツは次の投稿が書かれていた質問をウィンドウに出す。
「ええと、次は何々っと……ロストパーツさん、レインメーカーさんこんばんは、うん、こんばんは」
「こんばんは」
「最近、好きな女性ができましたが場所がなんと自分の住むアパートの近くにある自動販売機だったのです。人生って何があるかわかりませんね、そこでですがお二人が初めて出会った場所はどこでしょうか? だそうだレインメーカー」
「答えはゴミ捨て場」
「詳細は内緒だ。各自、お好きな妄想に耽りたまえ」
「さてロストパーツ、時間だ」
「おおっともうそんなにか、では諸君、雑談に付き合っていただきありがとうございます。それではサイトを変えてまた合いましょう」
そう言うとロストパーツは配信を終了する。
「さて、今日の質問は微妙だったな」
「もうちょっと良いのを選ぼうぜ」
「全くだ、じゃあ終わっている者同士、行為に耽るとしよう」
「オーケー、百万の変態に見せてやろう」
「そうだな」
二人の関係はこのまま永遠に続く。
レインメーカー、彼女を愛し、そして抱きながら夜を明かす。
決して、普通ではない日常にお互いの体をドロドロに交えながら二人は横浜の一角に消える。
お互いの過去を知らずに、お互いの未来も考えずに、お互いの真実も知らずに。
行為を終えると二人は配信を切り上げるとくたくたの体をそのままに眠りに落ちた。
昼過ぎになるともそもそと二人は起きてブランチの用意を始める。
ロストパーツは新聞を読みながらコーヒーを飲む。いつも通りの昼である。
「あっ、ハンドフッド捕まったようだ」
「よかったじゃないか」
「失った物は帰ってこない。それよりコーヒーが足りないのだが?」
「直ぐ用意するよ、ちなみに今日の目玉焼きの加減は?」
「半熟にしてくれ、嫌いだから」
「畏まりました」
「そう言えば、君宛に手紙来ていたな、久々に仕事したらどうだい?」
「レインメーカーはお断りさ、仕事ってのは情熱と愛がないとやってられない」
「そうか、ということは私のナカをかき回すのは情熱と愛があるということか」
「そりゃあ、いずれは妻にと思っているよ」
「なっ……恋愛感情はないって言っていたよな」
「結婚願望はあるさ」
「良く言う、次回の配信シチュエーションは寝取りものだな」
「嗚呼、無情」