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新 不思議な犬

作者: つらら

(どうしよう………お母さん許してくれるかな、、、許してくれるよね)


まだ幼いアユミは、一生懸命考えていた

家はもうすぐだった




小さな指先が、戸惑いながらチャイムを押していた

いつもの明るい表情とは違い、緊張しているアユミだった




ベランダにいた真佐美はチャイムを聞き玄関に向かっていた


玄関に向かう途中で時計を見たら、アユミの帰りがいつもより少し遅いのに気づいた




真佐美がドアを開けたが、アユミはすぐに入って来なかった


「どうしたのアユミ

ただいまでしょ」


アユミの様子がおかしかった

いつもは、ちゃんと言う娘なのに


変に思った真佐美が次の言葉を言う前にアユミの後ろに何かがいるのが見えた



下を向いたまま、黙ったままのアユミの後ろに犬がいた


茶色の柴犬だった

子犬ではなかった

立派な成犬だった


驚いた真佐美を柴犬は首を傾げ見ていた

首輪はしてなかった


「アユミ!中に、早く中入りなさい!」


慌てる真佐美にアユミが口を開いた


「何も、何もしないよ、お利口さんだよ

アユミのこと好きなんだって」


真佐美は答えようがなかった

お利口さんだから、

アユミを好きだから


だから、どうしろと言うのか

真佐美は、我が子と柴犬を交互に見ていた


振り向いたアユミは柴犬を撫でようとしたが、真佐美に止められてしまった

嫌がるアユミを中に入れ、真佐美は柴犬を睨みつけていた


怖かった、怖かったが娘に怪我をさす訳にはいかない、アユミが噛まれるくらいなら自分が噛まれよう、睨みつけた真佐美の拳は震えていた




そんな真佐美を


柴犬は首を傾げたまま見ていた









睨み合いは続いていた


ただ、犬の瞳は優しいものだった

アユミの無事しか頭にない真佐美は、そのことに気づいてなかった




そこに昌枝が帰って来た

最初は驚いた昌枝だったが黙って犬を見つめていた


暫く見つめたあと、犬に近づき頭を撫で始めた

犬は激しく尻尾を振り昌枝に甘えていた


「お母さん、知ってる犬だったの」


犬は昌枝が差し出した手の匂いを楽しんでるようだった


「どこの犬?利口そうな顔してるじゃないの」



「知らないの!?知らない犬なの!」

真佐美は飽きれていた 初めて見る、しかも野良犬に触るなんて



ドアの隙間からアユミが見ていた


(お婆ちゃんには気にいって貰えた)


アユミ微笑みを浮かべていた


(ヨシ!あとはお父さんだ、お父さんに

好かれたら大丈夫)








パンを食べる犬を、アユミは微笑みながら見つめていた


「ミルクも飲むんだよ、ノド詰まっちゃうから」



母親になったような言い方のアユミを見て昌枝は可笑しくてしょうがなかった








「いいじゃないか」


ことも無げに言う、隆史に腹がたった真佐美だった


「あなたよく見たの子犬じゃないのよ、

それにアユミが学校に行ってる間、誰が面倒見ると思ってるのよ、私なのよ」


「お母さんにもなついたんだろ、お前も気にいられるよ」


真佐美は思った

この人は義母に気を使ってるだけだ


私は犬に好かれたいなんて思ってないわ


口には出さず真佐美は呟いていた







言い合いをしてる、両親のことなど知らずにアユミは犬と遊んでいた


アユミと遊んでいるときの犬は子犬に戻ったように無邪気だった


アユミの手の温もりに、遠い母親の姿を見ていたのかもしれなかった



結局、犬は飼うことになった


反対したのは真佐美一人だから仕方ない

買って来たばかりの首輪とリードを見つめ溜め息が出ていた



「首輪は赤色ね、それから、ヒモは黄色のがいいの」今朝学校へ行く前のアユミの注文だった



一人っ子のアユミにとっては弟ができた

そんな思いだったのかもしれない


いろんなことを思いながら犬を見ていた真佐美だった






その日の夕方から、散歩が始まった

幼いアユミを一人で行かすことは出来ない、誰かが一緒に行くことになる

真佐美は憂鬱になっていた



新しい首輪をつけた犬との初めての散歩が始まった

リードを持つアユミは満面の笑みを浮かべ歩き始めていた


アユミの後ろを歩く真佐美は近所の人達に犬を買ったことを説明するのに忙しく話していた

真佐美には疲れる散歩だった




犬は利口だった

決して急に走ったりせず、アユミの歩調に合わせていた


時折、振り返りアユミの笑顔を確認するように犬は歩いていた 犬にもアユミにも幸せなときだった






食事のときにもアユミの話すことは犬のことばかりだった

憂鬱な思いの真佐美の隣りで、隆史は笑みを浮かべ時々頷きながらアユミの話しを聞いていた


アユミの話しが犬小屋のことになった

庭に小屋を作って欲しいと

絵本で見た小屋がいいと



隆史は子供の頃から工作が苦手で好きではなかった

夏休みの工作も父が作ってくれるのを見てるだけだった



真佐美に続き

今度は隆史が憂鬱になってしまった



真佐美は笑いたくなるのをこらえて二人の会話を聞いていた




「名前つけないといかんね」


昌枝がアユミに言う


「もう決めてるの、初めて見たときから決めてたもん」


犬を見ながらアユミは言った


「ユウタ!ユウタに決めたもん!」





真佐美には聞き覚えのある名前だった

二年前まで近所に住んでいた

アユミと一番仲の良かった男の子だった


父親の仕事の都合で引っ越してしまった


忘れてなかったんだユウタ君のこと

まだ幼いアユミの心の中には今もユウタ君がいるんだ




「ユウタ!」



アユミのユウタは、首を傾げみんなを見つめていた




柴犬に三度めの名前がついた




真佐美は感心していた


ただの野良犬だと思っていたが、本当に利口な犬だった


アユミだけではなく家族の誰にでも従順な犬だった


無駄に吠えたりせず悪戯もしない

散歩に行けばアユミを守っているようにも思えた


利口どころか


不思議な犬だった




「いい、お母さんが帰って来るまで待ってるのよ、


わかった?なるべく早く帰るからね」



「は〜い、」



昌枝は友人と旅行中だった


ユウタの散歩は真佐美が帰って来てからになる


アユミはユウタと遊び始めた






散歩に行く時間は過ぎていた

何度、時計を見ただろう

アユミは待ちきれなくなっていた



陽が傾き始めていた




鍵を持ちアユミは、ユウタにリードをつけていた


玄関の鍵を確かめ、アユミは歩き始めた

アユミとユウタだけの初めての散歩だった








玄関を開け中に入った真佐美はリードが無いのに気づいた

いつもあるはずの所にリードは下がってなかった


犬小屋を見に行ったが、やはりユウタはいなかった

当然アユミの姿もなかった



真佐美は玄関に向かいながら不安になっていた


早く帰るつもりが、久しぶりに会った友達と話し込んでしまった

そのせいで帰りが、予定よりかなり遅くなってしまっていた


不安を胸に真佐美はいつもの散歩コースに向かって走り出していた




陽は既に沈んでいた









帰りは近道をした

暗くなってきたので少しでも早く帰ろうと、アユミは近道をしていた


ユウタには初めて歩く道だった







いるはずのアユミもユウタの姿もなかった 道は間違えてない 毎日歩いている道だった


毎日、同じ道を往復する散歩だった

追いつけなくても、帰ってくるアユミ達に合うはずだった



アユミの姿は見えてこなかった










近道したつもりが、アユミの思ってた道とは違っていた


友達と通った時とはあきらかに違う道だった


学校からの帰りに、近道しようと誘われ初めての道を歩いて帰っていた


その道のはずだった


まだ幼いアユミには昼間の景色しか記憶になかった


すぐ先を行くユウタの姿さえも、闇に包まれ始めていた







真佐美は泣きだしそうだった

同じ道を往復していたが、アユミにも、ユウタにも会わない


街を闇が覆っていた一人で、わき道に入り探すのは無理に思えた


泣き叫びそうだった



(しっかり、、

しっかり、私が、 しっかりしないと)



必死に涙をこらえ、真佐美はわき道に、入って行った







今自分がどこにいるのか分からなかった


どれくらいの時間が過ぎたのかも分からない



ただ、、

分かったのは、冷たい闇の中だった

動こうとしても、

動くことができない闇の中にアユミは、いた


握ってたはずのユウタのリードもアユミの手にはなかった


そして腕が痛かった

今まで感じたことがない痛みだった


目を開けてるはずなのに真っ暗闇な景色の中、アユミの意識は遠のき始めていた







涙が頬を伝っていた

わき道に入り、アユミの名を呼ぶ真佐美の声は、悲痛な叫びになっていた


(アユミ、アユミ)

泣き叫びながら、、真佐美は歩くのを止めなかった


闇と涙が、真佐美の行く先を閉ざしてしまっていた








灯りが消えていた、いつもは明るい筈のリビングも真っ暗だった、不信に思った隆史はチャイムを鳴らさずに鍵を取り出していた


中に入り、真佐美を呼んだが返事はなかった


誰もいないリビングの床に、真佐美のバッグが落ちていた







子犬は草原にいた


一生懸命走っていた


母親の後を追いかけていた


母親は振り向きもせず走っていた


距離がだんだん開いていた


それでも子犬は走っていた


追いつこうと必死になって走っていた


さらに距離が開き

子犬は鳴き始めた


鳴き声が届かないほど離れてしまった


やがて


母親の姿は見えなくなっていた


子犬は


さらに鳴き


走り続けていた







ユウタの意識も



ゆっくりと薄れ始め



ていた









大通りに戻っていた

わき道に入ったが、アユミの姿は見つけられなかった


途方にくれる真佐美に声が聞こえた

自分の名を呼ぶ声だった




「どうした、何かあったのか?」


隆史だった


隆史の姿を見た真佐美は、その場に座り込んでしまっていた







隆史の通報で駆けつけた警察官がアユミ達を探し始めた


隆史に支えられ真佐美もまた歩き出していた







足もとが柔らかだった、温もりのある柔らかさだった


意識が戻ったアユミは、まだ闇の中にいたが温もりに包まれている気がした


温もりのある柔らかさの中から


ユウタの息使いが聞こえていた








闇の中に


声が響きわたった


警察官から知らせを

うけ、隆史達は走っていた




建設中のマンションだった

わき道から、さらに奥に入った場所だった

資材やビニールシートが無造作に置かれ近くに地面を掘ったところがあった


掘られた穴にアユミは、落ちてしまっていた




引きあげられたアユミは腕を擦りむいてはいたが無事だった


無我夢中でアユミを抱きしめ真佐美達は病院に向かっていた








アユミが落ちてしまった穴を警察官が、調べ始めた



調べていた警察官が何かを見つけていた


穴の底に


茶色い犬がうずくまっていた


穴の底はコンクリートの破片だらけだっ







アユミはユウタを呼んでいた


何度も、何度も呼んでいた


いくら


呼び続けても


ユウタの姿は見えて


は来なかった


泣きそうになりながら


アユミは眠りの中に


落ちてしまった











目覚めたアユミの目

には真っ白な世界が広がっていた


暗闇から抜け出したあとの白い世界だった


「アユミ!大丈夫?大丈夫?アユミ」



「ユウタ、ユウタはユウタどこ?」




突然のユウタとの別れだった


いつものようにリードを持ちユウタと歩いていた


近道しようとした、自分がいけなかった


見覚えの無い場所で突然ユウタが歩くのを止めてしまった


「ユウタ、どうしたの?早く帰らないとお母さんに怒られちゃうよ」


アユミは気づいてなかった


ユウタのすぐ前には穴があった


闇とビニールシートが、穴を隠してしまっていた


ユウタはアユミを、安全な方に導くつもりで止まっていた


そんなユウタの思いをアユミは分からずにいた


帰りを急ぐアユミはユウタのすぐ横を歩き出した


止まらないアユミにユウタは吠えた


ユウタがアユミに初めて吠えたていた


驚いたアユミだったが、歩き出した足は穴に近づいていた


踏み出した足の先は暗闇の空間だった



「あっ、 」



アユミが声をあげるより早く


ユウタは穴に飛び込んでいた







隆史は待合室にいた


「手術は行いますが難しいかもしれません、内臓も傷ついてます」


医者には、そう言われていた


ユウタの戦いが始まろうとしていた


最後の


戦いになるかもしれなかった







警察はビデオカメラを調べ始めていた

事故か事件かをまだ断定していなかった



建設中の現場には




資材や道具類がある


悪戯に遊び場に使う連中もいる


建設会社は何かあったときの為にビデオカメラを設置していた


映像が再生され始めた








病室に警察官がやって来た


真佐美は黙って話しを聞いていた


話しが終わる前に、真佐美は泣いていた

泣きながらユウタに詫びていた


自らが犠牲となり、アユミを助けてくれたのだ

ユウタが飛び込んでなかったら、、

腕の擦り傷だけではすまなかったろう


ユウタを受け入れてなかった自分を責め


真佐美は涙が止まらなかった







柴犬は思い出していた


初めて自分に名前をつけてくれた、裕


微笑みながら妻のもとにいった、米吉


幼いが母になってくれたアユミ


自分は幸せだった


いい人間達に


めぐり逢えた


自分は本当に


幸せだった


柴犬は目を閉じていた










マンションの前に立っていた


あの事故のあと

初めてこの場所に

やって来た


あの日のことが思い出され

ここに来るのが怖かった


幼いアユミの

小さな胸の中の

閉ざされた場所だった


自分が近道さえしなければ


事故は起きなかった


幼い心には


抱えきれない


傷となっていた




アユミは家に向かって走り出していた









「ゆっくり、そう、ゆっくりよ、」


真佐美は優しく語りかけた


芝生の上を懸命に歩く、ユウタの姿があった


片足を引きずりながら、少し、また少し前に進んでいった



足は傷ついてしまったが




ユウタの心に傷はなかった



もうどこへも行かない



柴犬はそう決めていた








「ただいま」



玄関にアユミの声が


響きわたっていた










エピローグ


拙い文章を読んで頂き、ありがとうございました


不思議な犬


シリーズは、これにて終了いたします。

次回作で、またお目にかかりましょう。


つらら


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