異常な10歳と一流の条件
帝歴346年11月3日
ケイは10歳になった。
ある1つの節目を迎えた気分だ。
今日も変わらず森で修行している。
もうこの森の魔物では相手にならず、単に覚えた型の試し相手程度にしかならない。
いつかの地龍の時とような、命をかけて戦うことも最早あり得ず、ケイの冒険心を満足させるものはいなかった。
「万里繊月」
『葬送流剣術』の型の1つを繰り出し、『トロール』の首をはねた。
『トロール』は中級の人型の魔物であり、並みの『冒険者』でも苦戦する、強力な魔物だ。
なぜ苦戦するか。
それは『トロール』が驚異の再生能力を持ち、魔術と武術を使ってくるからだ。
そんな『トロール』の首をはねた『万里繊月』はケイの得意な型の1つだった。
『万里繊月』のテーマは斬撃の拡張にある。
この型は、魔力を込めるほどに魔力で刀身を作る。
その反面、魔力を込めるほどに魔力刀身の持続時間は減少していく。
しかし刀身に伸長に魔力を割かずに、魔力を切れ味の上昇に使うこともできる。
ケイにとっては実に使い勝手の良い型だ。
この型はうまく長さと繰り出すタイミングを合わせないと、刀身を伸長させたはよいが、敵に当たる前に刀身が消える可能性すらある。
ケイも始めはよく失敗したが、森の魔物で練習するごとに上手くなり、今では十八番にすらなった。
「この型って直接的な戦闘だけでなく、暗殺とかにも使えそう。ヤバ、夢が広がるなぁ」
そんな物騒なことを嬉々として呟き、周りの残った『トロール』たちも片付けていく。
「ブオォォォォッッォォ!」
『トロール』たちが叫びながら迫ってくる。
手に持つ棍棒が赤く光っている。
基本的な武術の1つ、『斬撃強化』だ。
これは武術の型ではなく、武術士が覚えるべき基本的な技だ。
もちろんケイも使える。
常に黒桜に自身の黒い魔力を纏わせて、強化している。
基本的な技なので、そこまで強力ではないが、『トロール』の強靭な肉体から繰り出されると必殺になる。
ケイは、そんな強力な一撃を軽々と避けた。
「万里繊月」
ケイに避けられ、隙の生まれた『トロール』の首をはねる。
「学習能力が乏しいな。さっきの『トロール』と同じじゃないか。はぁ、この森の修行は限界だなぁ」
そして性懲りもなく向かってくる『トロール』たちに向かい、違う型を使う。
「迅雷風烈」
ケイの周りに、強烈な風は起こり、体と刀身が雷を纏った。
ケイに一番近い『トロール』が理解したのはそこまでだった。
ケイが目に止まらぬ早さで、『トロール』の首を切り落としたのだ。
「さて、残り6体。さっさと済ませるぞ」
そう言うと、黒桜を構え、息を深くは吐き、魔力は高めた。
「『宇迦御魂』神速六斬」
一瞬で6体の『トロール』の首が宙を舞った。
すべての『トロール』は自身に何が起こったのかわからずに、一瞬で死んだのだ。
斬られた首と胴体には、まるで雷に打たれたかの焼き傷だけが残っていた。
『迅雷風烈』は自身の周りに魔力で風を起こし、高速移動の障害となる風の壁と熱の壁を無効化し、さらに自身の魔力を雷に
変化させ、体と刀身に纏わす。
それにより、超高速移動を可能にし、一瞬で敵に近づき、雷で強化されたら刀身でなぎ倒す、一撃必殺の技だ。
そう、この型は一撃なのだ。
ではなぜ、6匹の『トロール』で一瞬で死んだのか。
それは型の応用にある。
本来型とは万人が使えるように規格化されたものなのだ。
そのため型が使えるといっても、自分用ではないのだ。
だから型を応用して、自分に適した型にするのだ。
そうすることでいっそう強力な技になるのだ。
自身の習った型をいくつか自分の型に応用してこそ、一流を名乗れるのだ。
そういう意味では、ケイはもう一流の剣士に近づいていた。
『宇迦御魂』とは、一撃必殺のために発生させた風と雷を数撃のために留める技だ。
ケイは先ほどの『トロール』を、まず一体斬り捨て、その後、魔力で発生させた足場を蹴り、二体目、続けて三体目と斬っていったのだ。
それ斬劇は瞬きの間で終わった。
そのためまるで一瞬で6体が同時に斬られたように見えたのだ。
「あー、やっぱりこの技、体への負担が大きいな。体、重っ」
強力な魔力を纏うため、体に無茶をさしているのだ。
魔力もかなり使う大技なのだ。
そう言いつつも、ケイは『トロール』を解体して、魔石を取り出していった。
本当なら『トロール』の肉も美味しいため、回収したいところだが、一人では量的に無理なので、ここで食べるしかない。
すべては無理だが、食べれるだけ食べておく。
もう夕方を過ぎ、夜と言ってもいい時間帯だ。
ケイはこの森に滞在して三日目になる。
この頃ケイは家に帰らずに森にこもって修行していた。
ケイの相手になる歯ごたえのある敵が、森の最奥にしかいないため、移動だけでそれなりの時間をくう。
いちいち家に帰っていると時間が勿体ない。
だから森にこもることにした。
こんな魔物が発生するような場所で、なんの準備もなく寝るのは自殺行為としか言えないが、ケイは嬉々として森に止まった。
そのような修行を続けているため、ケイはいっそう魔物の気配に敏感になった。
魔力探知をするまでもなく居場所を特定できるようになったのだ。
そんなこんなで、ケイはいっそう強くなっていた。
では問題です。
ケイの家族は、ケイを心配しているでしょうか?
答えは簡単です。そんなわけがない。
なんなら死んだ方が食いぶちが減るとまで思っていそうだ。
しかし、フェリルは心配してくれる。
以前一週間ほど戻らなかった時、彼女は自らケイの捜索を行ってくれていたのだ。
そんな無駄なことに時間を使わせるのは流石に忍びなかったので、フェリルのみに森にこもるときは伝えているのだ。
「明日には帰るか。朝から走れば、夕方ぐらいには家に着きそうだ」
そう思い、ケイは就寝した。