第69話 討たれる無敗の勇者
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「みぃさん…後は……お願いします…!……!…頑張ってください!!」
健気な声援を贈ってくれたシルミアちゃんが、ハローさんにお姫様抱っこされて戦線を離脱した。
強力な打撃でお腹を潰されたのに、シルミアちゃんは再び持ち直して、しかも敵に手痛い連撃をお返ししたんだ。
「私も負けられないね!≪盾砕きの英雄≫!確かに貴方は強敵だけど、全っ然、ご主人様の足元にも届いてないよ!」
刀身がひび割れてもう限界を迎えてしまった大剣を地面に突き刺し、私は鞘に収めていた剣を真っ直ぐ向ける。
「私はご主人様に…あの剣聖クレインに認められた戦士なんだよ!!無敗の勇者がなんだ!私が!貴方の初めての敗因になってやる!!」
『……!!!』
私が挑発すると敵は…勇者コルドーが覇気をこちらにぶつけてきた。
心臓がキュッと締まるような気分だ。
プレッシャーで息をする事も忘れて震えたくなる。
でも、私はその恐怖を噛み砕くように、歯を噛み締めながら低く唸る。
尻尾の毛が逆立っているのがわかる。
全身を小さく震わすコレは恐怖では無い…昂りだ!
「いくよ!《遠吠え一閃》!!」
加護によりこの身で再現された戦技を使い、強敵との間合いを俊足で縮めその隙を突いた。
本来は扱えない英雄の戦技を加護の補助で、無理矢理再現しているから身体にかなり負担が掛かっている。
だからこそ、一気に短期決戦に持ち込む!
「(毒牙突き)!」
鋭く突き出し、そのまま深く突き刺す。
一度の突きで二度穿つこの剣術は、たとえ相手を貫けなかったとしても、とてつもない衝撃を与えられる。
昔、「板金の鎧を着た敵には衝撃を与え続けると良い。」ってご主人様が教えてくれた。
金属の鎧は堅固で確かに物理的な攻撃には強いけど、その分重いし衝撃が響きやすくなっているんだ。
だから、凄い高い鎧は複雑な造りに成って衝撃を逃すように成っているんだけど、今回相手の着ている鎧は板金を重ねて造っただけの無骨な鎧だ。
「つまり、衝撃にヨワヨワって事だね!」
私は力を込めて、鎧に蹴りを入れる。
肉弾戦だとやはり鎧を着た相手が有利だけど、私はお年頃の狐人なんだよ!
鎧の防御力以上の攻撃を与え続けてやる!
「やぁっ!!」
何度も蹴りと剣の柄による打ち付けを繰り出して、休み無く衝撃を与え続けていく。
もちろん相手だって勇者、鉄槌を振り回してこちらを磨り潰そうと抵抗してくるけど、柄の長さが邪魔をして上手くこちらに回らないね!
「響き渡れ!!」
鎧兜で覆われた顎を下からぶち抜いて揺さぶった。
鍛えられた獣人の蹴りは、人の命くらい簡単に吹き飛ばす程に危険な攻撃だ。
これだけ喰らわせれば、流石の勇者も限界が近いだろう。
「魔の炎よ、今一度私の為に具現化し、敵を倒す力をこの物に宿せ!」
だから私はこの苛烈な戦いに終止符を打つ。
相手は震動で目を回している最中だ。
この隙に武器に魔法を付与して、その首を裂き刎ねてあげる!
「(ファイアウェポ…!」
燃え盛る炎を刃に宿らせようとしたその瞬間、敵は私の剣を蹴り上げて高く弾き飛ばした。
そのまま詠唱を中断されたけど、私は穴が空く程に敵を凝視した。
振るいかぶる巨槌がほぼ目の前まで迫っていた。
間近まで槌の面が迫ったその刹那、私は身体を捻りその強打撃を紙一重で回避した。
そして、ちょうど近くに刺して置いた大剣に触れて、強引に引き抜いたんだ!
「(ファイアウェポン)!!」
中断していた詠唱を高らかに宣告すると、刀身に橙色の灼熱が帯びていく。
そのまま振り上げて、敵の胴体に斬撃を叩き込んだ!
「うゃああぁああああああ!!!!」
重心にしている足が地面を削り体勢を崩しかけ、衝撃で肩と腰に痛みが迸って響いていく。
それでも私は食らい付いた。
全身全霊の力をこの斬撃に込めて、もう後が無いことを覚悟して、全てをこの一撃に賭けたんだ!
「引き…っ!!千切れろっ!!!」
最後の一踏ん張りで私は堅牢な鎧ごと、負け知らずだった勇者を真っ二つに断ち切った!
それと同時に大剣は完全に折れてしまい、最後の役目を果たして壊れていった。
『……見事。』
刹那、誰かが私に賞賛を贈ってくれた気がした。
声の聞こえた方に向くと、切り飛ばされた勇者の亡骸が目に入った。
ボロボロと崩れて色褪せていくその姿は、なんだか英雄の衰退を表しているように思えた。
『しかしこの破滅へと歩む世界で、それらには果たしてどれほどの価値が有るのだろう?そうして一人の子供は疑問を抱いた。』
アナウンスが木霊したと同時に、試練によって産み落とされた怪物達がボロボロと崩れて灰になった。
それは確かに試練の終焉を如実に表していたんだ。
「勝った…勝ったんだよ!ご主人様!私達は勝ったよ…!ご主人様!みんなぁ!!」
歓喜に声を震わせて、この喜びと達成感を心で感じ取った。
あの恐ろしいと思っていた試練を乗り越えたんだ。
『明けない夜は無い。朝日は昇り、子供達は安念の中で、恐ろしい悪夢から醒める。けれど、安心してはならない。いずれ太陽は沈み、また夜がやって来るのだから。』
最後にそう告げた声はまるで最初から存在しなかったかのように、完全に沈黙してしまった。
「悪夢から醒める…か。」
特に深い意味なんて無いであろう言葉を自分の口で呟いた。
私はまだ悪夢から醒めていない。
試練への恐怖は確かに少し無くなったけど、まだ心の中にある恐怖までは消えていない。
今回は”憂鬱”の試練が来なかったから良かったけど、もし次の試練で来てしまったら、私はどうするのだろう?
あの≪悪夢の従者≫が憂鬱の試練で顕現してしまったら、ご主人様の仇が現れたら、今回みたいに上手く冷静でいられるのだろうか?
冷静でも仲間を守り切れなかったのに、冷静さを失って復讐心に飲まれてしまったらきっと仲間をあの毒血から守れないだろう。
「…たとえ憎悪に飲まれても、仲間を守り切れる力を手に入れないといけないね。」
そのためには修練を重ねて、経験を積んでいかないといけない。
けれど、今日は休もう。
次の試練まできっと時間があるから、それまで休みながら特訓していけば良いだけだ。
「………。」
夜風に吹かれて前髪を除けていると、不意に奇妙な感覚を覚える。
試練に勝利して気を楽にしても良いはずなのに、どう言う訳かいまだに心がざわついている。
不意にマリア達が帰って来た時のことを思い出した。
あの時、マリアはシルミアちゃん達を連れて来たけど、実は衝撃的な凶報も持ってきていた。
その時はあまりのショックで、私は一時的にその報告内容を頭の隅にしまっていた。
やっぱり、不都合な問題から目を背けてしまう癖は直っていなかったみたいだ。
「…生命の信仰者がミカちゃんを狙っていた。」
だから私は都合が悪くても、この残酷な現実から逃げないために、敢えて言葉に出して噛み締めた。
生命の信仰者は、昔からご主人様によく会いにやって来て、よく色々な手土産も持ってきてくれる良い人達だった。
私が幼い時は、その人達と遊んで貰った事もあった。
だから、マリアから敵対したと告げられた時は信じたくなかった。
「でも、噛み締めるしか無いよね。…人の心は天気のように変わりやすいって、ご主人様も言っていたんだから。」
私は灰の山まで歩きながら、最悪の可能性を予見した。
もしも、ミカちゃんを狙ってここに訪れたら?
あるいは、マリア達への報復をしにやって来たら?
とても話し合いでは解決出来ないであろう事は、もう既に判りきっている。
最悪の場合、全面的に争う事になるかもしれない。
あくまでも可能性でしか無い、でも万が一に備えるのも決して損では無いはずだ。
覚悟を決めて、灰の山に埋もれていたマントを引っ張り取る。
灰塗れの真っ赤なマントには、インモラルシス王国の騎士団の紋章が描かれていた。
騎士団の持つ熱い守護の意志をはっきりと表したこの紋様が描かれたマントを見つめていると、心の底から情熱が燃え上がって恐怖と憂鬱を上書きしてくれているような気がした。
きっとこれは、あの勇者が勝者の為に残してくれた送別品だろう。
その込められた意志を継ぐように、私はこの情熱的な真っ赤なマントを羽織った。




