第67話 死した英雄
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「やあぁ!!」
迫り来る人形を両断して、時計の怪物をバラバラに切り刻んでいると、アナウンスが第二波が完了したことを伝えた。
コアはミカちゃんの所に現れたみたいで、しかも討伐もしてくれたみたいだ。
「ミカちゃん達も頑張っているんだから、私も負けられないね!」
気合いを入れ直した私は、剣の中に反射する私の姿を見つめた。
…少し無茶をし過ぎたみたいだ。
身体は擦り傷や裂傷を幾つか負っていた。
そして、若干右足首が痛むから、捻挫した可能性がある。
「フフっ。お困りのようですね?…私が治療しますです!」
回復のポーションに口を付けようと蓋に手を添えていると、シルミアちゃんが横から現れた。
シルミアちゃんも結構傷だらけなのに、私のことを優先してくれるなんて、とっても強い。
精神的に彼女はとても強いのが分かる。
私も見習わないといけないね。
「生命と救済の神よ、傷付き倒れた者の為に、この物を癒したまえ。(ライトヒール)!」
治癒の呪文が唱えられ、シルミアちゃんが優しく手で触れると、傷があっという間に癒えてHPも瞬時に回復された。
「ありがとう!これでまだ戦える!」
私がお礼を伝えていると、シルミアちゃんがヒョイと私のスカートを巻くった。
そして、青くなった私の足首を見定めると、シルミアちゃんは労る手付きでその怪我に触れた。
「生命と救済の神よ、骨を砕けた者の為に、この者の骨を補強したまえ。(パワフルボーン)!フフっ。急に失礼しました。…でも、これで歩いても痛む事はありませんです!」
骨折まで直してくれたシルミアちゃんが、手を口に当てながら微笑する。
いや、微笑しているのはニイュちゃんだ。
事情があって彼女達は一つの身体を共有しているから、こうして話しているとちょっと不思議な気持ちになる。
だけど、二人ともよく似ている雰囲気だから、ついついその事を忘れてしまう。
「シルミアちゃん、本当にありがとう!…ニイュちゃんもさっきはありがとうね!」
他の人には聞こえないように、私はニイュちゃんにお礼を伝えた。
あの不思議な術で、厄介な≪スクラップゴーレム≫の集団を文字通り押さえてくれたから、私はそこまで苦労する事無く殲滅する事が出来た。
その時はシルミアちゃんの名前でお礼を叫んだけど、今考えてみれば、あの術はニイュちゃんの物なのだと気付いた。
だから、改めてお礼をこっそり伝えたんだ。
「フフフっ。こちらこそ。わざわざ私達の為に気を遣ってくださり有難いです。」
そう言ってニイュちゃんが、小さな手をヒラヒラさせながら微笑みを返した。
彼女とは殆ど話した事は無いけど、とってもお淑やかで落ち着いていて何だか安心感がある。
今度、ゆっくりお茶でも飲みながら話したいな。
「そろそろ第三波じゃ。馴れ合うのは後にするのじゃ。」
ハローさんの言うとおり、そろそろ試練が訪れる時間だ。
さっき巡回途中のアンリちゃんとシフちゃんから貰った補給品から、交換する武器や使えそうな道具を見繕ってから揃えた。
私が選んだのは、銀の大剣と銀の短剣を6本、疲労回復効果のあるポーションと回復効果のある錠剤だ。
【教会軍のツヴァイヘンダー】
(攻撃威力 650)(魔法回復力+50)
(《神聖な武器》この武装による物理攻撃の属性が神聖属性になる。)
(《生命の祝福》 この武装を身に付けている時、HP+60%の効果を得る。)
【聖刃のナイフ】
(攻撃威力)
(《神聖な武器》 この武装による物理攻撃の属性が神聖属性になる。)
大剣を背負い、ナイフをスカートの内ポケットに仕込んで、ポーションをグイッと飲み干した。
万全の準備を終えたちょうどその時、再びあの不快な気配で満ち満ちた。
『色とりどりな感情を表し続けていたい。』
空から、森から、ヒラヒラと舞い踊る蝶達が現れた。
それらは≪エレメントバタフライ≫と呼ばれる下位元素生命体だ。
マリアの故郷である[エルフの森]に生息するその魔物は一見すると神聖に見える。
けれど、明確な殺意を持って私達に様々な属性の魔法針を撃ち出して攻撃してきた。
「生命と救済の神よ、残されたこの場所を守り通す為に、何人も立ち入らさせぬ防壁を顕現せよ。(ガードオブサンクチュアリ)!」
シルミアちゃんが前に飛び出して祈祷の詠唱を終えたと同時に、黄金色の輝くドームが私達を覆い魔法の針の雨を完全に防いでみせた。
「主である儂が命ずる。冷たき魔の氷よ、凍て付く冷気を集束させ、敵を凍て抜く氷柱となり、極寒の氷華を咲かせよ。(ローズオブダイヤモンド)。」
ハローさんが小さなステッキを振るったと同時に、鋭い氷柱群が地面から生え貫き蝶の大群まで伸びていった。
鋭い氷柱がびっしりと生えた道が出来て、何本かの氷柱が浮遊する蝶を貫いた。
抜かれた蝶は凍結し、鋭い氷針を生やして近くの蝶を貫いた。
そうして蝶達は連鎖的に魔氷により凍らされていき、そこにはまるで、氷で作られた薔薇の庭園のようになったんだ。
氷の魔法よりもずっと高度な技、氷の魔術を実際にこの目で見た私はその壮大さに興奮する。
「私も行くよ!」
興奮を抑えるついでに役目を全うするために、私はこの防御壁に侵入した蝶達と激突する。
蝶達の攻撃は魔法の針を飛ばすだけでは無い、その美しくも鋭利な薄い羽に魔法の力を宿して、こちらの首を刎ねようと向かってくる。
「やぁっ!!!」
大剣を力強く振り下ろし、一匹を叩き切る。
そのまま剣先が地面を擦った辺りで、私は大剣を跳ねるように切り上げてもう一匹の蝶を切り絶った。
「(燕返し)だよ!」
そのまま続けて私は大剣を思いっきり薙ぎ払い、蝶の大群を振り払っていく。
ヒラヒラ飛んでいる小さな蝶をこの重くて大きい剣先で当てていくのはとても難しかった。
かと言って、適当に振り回すわけにもいかないから、事前に蝶が飛ぶ位置を僅かな動きから予測して、剣をその場所に持っていって斬る。
視力に集中しているから出来る芸当だ。
蝶を斬っていると、足元に細長いモノが這い寄ってきて居るのに気が付いた。
≪ガストスネーク≫って言う魔風から生まれる元素生命体だ。
ガストスネークは鎌のように鋭い尻尾を振り回して、私の足を切り付けた。
「痛っ…!?この、お返しだよ!」
私は斬られた足を持ち上げて、蛇の頭を踏み躙った。
ガストスネークはそれで対処出来たけど、思っていた以上に深く斬られたみたいで私は足を振り下ろしたと同時に体勢を大きく崩してしまった。
「しまった!…っう!!」
その隙を逃すほど、敵も甘くは無い。
エレメントバタフライ達は鋭利な羽で私を切り刻みながら、優雅にそして容赦なく私の周りを飛び回る。
身体に切り傷が増えていく。
服がズタズタにされて肌が露呈していく。
傷を負えば負うほど私のHPはどんどん減っていった。
このままでは私はジリジリ追い詰められてしまう。
「はむっ!ん…ん…んぐ。」
さっき補充した錠剤を幾つか一気に口に放り込んで、ボリボリ噛み砕きながら水無しで飲み込んだ。
喉が粉っぽくて咳で吐き出しそうになりながらも、何とか体力を回復させる事に成功した。
「(八重斬り)!さらに(回転斬り)!(交差斬り)!!」
剣術と剣術を重ねて、鋭い鉄の風で自身を守る。
風すら切り裂く私の剣斬は、蝶の小さな胴体を斬り潰していき、容赦なくその蝶達を消していった。
そうして迫り来る敵の軍勢を討伐していると、何故か胸騒ぎがした。
この激しい侵攻がこれから起こる災いの予兆に感じて、何だかとても息苦しかった。
そして、その勘は不幸にも当たった。
突如として、天空から光が迸る。
歪んだラッパ音と鐘の音が耳の中で爆発して、みんな同じように耳を押さえながら藻掻いた。
私も不快感と不安感でお腹がゴロゴロと痛んできた。
『かつては凡人であった子供は、やがては人類に崇拝される神聖なる神になり、もしくは世界に祝福される偉大なる英雄になり、あるいは人々から恐れられる最悪なる悪党になる。そうして子供は多くの称号を与えられ、名誉ある名前を授かる。』
光が落ちた先に、球根のような物体が合った。
見方を変えれば蕾のようにも見えるそれは、若干の脈動とともに地面に根を下ろしていった。
『第一試練の使徒、勇者…ダル=コルドー。インモラルシス王国の国境を護り続け、最期まで敵に負けること無く殉死した騎士の象徴的存在。』
アナウンスが響く度に、蕾の胎動も大きくなり、私達の精神を圧迫させる。
『鎧と盾をその戦槌で打ち砕き、悪意と敵意の凶刃をその身に受け続けても折れること無く、鉄の如き忠誠心と鋼のような責任感だけで耐え抜いた。』
脈打つ蕾は咲き誇り、中心には誰かが跪いていた。
それは鎧を身に纏い、真っ赤なマントを肩にかけて、重厚な鋼鉄の戦槌を携えた騎士だった。
『そんな彼に手向けられた名前は、≪盾砕きの英雄≫。意志と盾を叩き砕く、前線の無敗の勇者。』
騎士は沈黙していた。
けれど、鎧の中から溢れるような戦意は、これまで殆ど感じたことの無いものだった。
ゆっくりと立ち上がるインモラルシス王国の勇者、≪盾砕きの英雄≫はその図体に似合う戦槌を担ぎ、一歩踏み出した。
『闇夜の試練は憤怒の難題と虚飾の戒律です。』
ナレーションはそこで区切られた。
それと同時に、ずっと沈黙していた騎士から、溜め息を含んだような声が聞こえてきた。
『R…E……A…D…Y……』
雑音混じりの人の肉声とは違う声で、彼は確かにそう言った。
それと同時に大きく振りかぶった戦槌が、目の前まで迫って来ていた。
私は大剣で防ぎ、思いっきり打ち返してみせた。
試練の使徒、死した英雄との闘いが今、始まった。




