第5話 はじめての…お風呂?!…ちょっと待って。
「…なさい。…起きなさい。」
誰かが私を揺さぶる。
…誰?
私はうっすらと目を開けて確認する。
その人は、赤い女性だった。
炎のように真っ赤で鮮やかなセミロングで、女優さんのように整った顔だった。
結構、高身長で鋭い目はルビーのように深みがある赤色。
私の仲間のサディだ。
「いつまで寝ているつもり?」
「んん~。…もう少し…だけ。」
「何?」
「もう少しだけ…寝かせて……ください…。」
私は、布団を深く被りそのまま二度寝を試みる。
「…はあ。…魔の水よ、今一度私の為に具現化し、目の前の敵を濡らせ…(ウォータースプラッシュ)」
意識が微睡の闇に飲み込まれようとしたその瞬間。
頭から水をかぶせられたような衝撃が全身に走る。
「うひゃう!!!?!!」
私は驚きのあまり奇妙な声を出しながら飛び起きる。
あ…サディと目が合った。
「お……おはようございます…!」
「おはよう。目は覚めた?」
サディは軽蔑のまなざしを隠す事無く、シニカルな態度だった。
「は…はい!覚めました…!」
「そう…ならよかったわ。…ついてきなさい。」
そう言ってサディは足早に部屋を出た。
何かを急いでいるようであったが、私には皆目見当がつかなかった。
「ちょ…ちょっと待ってくださいよお。」
私もサディの後に続く。
………。
………………。
早朝の廊下はほぼ静寂に包まれており、各部屋からはいびきや風の音が少し聞こえる。
…あと、微かに何かがきしむ音と卑猥な声が聞こえるが、あえて気にしないようにした。
というより、今の私には気にする余裕がなかった。なぜなら…
「うう…服が引っ付いていて気持ち悪いよお。」
そう今の私はずぶ濡れだ。下着まで濡れている。
しかも、服が白いせいで若干透けている。
つまり下着とか見えちゃいけない部分とかが見えちゃっている。
はっきり言ってすごく恥ずかしい姿をしている!
「我慢しなさい。もうすぐ着くから。」
「着くって…どこにですか?」
私が尋ねると、急にサディが立ち止まり私の方に向く。
何か気に障るような聞き方でもしたのかと思い、身体がこわばった。
「着いたわ。」
けど、サディの表情はずっと冷めているけど、苛立ちを感じなかった。
どうやら怒っているわけではないと気づいた私は、ホッと安堵の息をついた。
「ここは…?」
私はあたりを見渡した。
大きな棚に桶とタオルがたくさん並べられている。温泉などにある脱衣所みたいな場所だ。
「行水場…。体の汚れを水で洗い流すところよ。それぐらいわかるでしょ。」
「はい。わかりますよ。…ちょっと待ってください!何で朝早くに起きてまでお風呂に入らないといけないのですか!」
「? 女性が朝起きて体を洗うことは常識だからよ?」
「ええ?!そ…そうなのですか?」
これ常識だったんだ。
てっきりサディが連れション的な感覚で私を巻き込んだのかと思っていた。
「はあ…。早く入るわよ。」
思考して硬直している私をスルーして、サディがテキパキと服を脱ぎ始めた。
「-っ!!!」
そんな彼女に私はつい視線をそらしてしまった。
忘れてはいけないが、一応私は男だ。まあ…元だけどね。
身体はもう男性じゃないけど、心はまだ男性のつもりだ!
だから…女性の裸を見たら…その…えっと………
…興奮…しちゃう。
「いつまでそこにいるのよ!早くしないとほかの人が来ちゃうでしょ。」
「は…はい!今行きます!」
女性と一緒にお風呂に入るのはやっぱり抵抗があるが、ここは我慢するしかない。
しょうがない事だから。
そう強く思いながら私は桶とタオルをもって行水場に入る。
私はサディから十分な距離を取って、健全に体を洗うことにした。
肌を傷つけないように優しくタオルで拭き、温水で満たした桶を両手で持って、健全に頭にかける。
「ん…」
目に水が少し入ってしまいビクッと体を震わせるが、落ち着いてからタオルで顔を拭いた。
目を開けると鏡に反射した自分の姿が目に入る。
紙のように真っ白な長い髪、色白で大福餅のように柔らかい肌、人形のような可愛らしい顔、大きな薄灰色の瞳、触っただけで壊れてしまいそうな華奢な体、姿も性別も違うのに…何故か転生前の私の面影を感じる。
…何でだろう?
ジーと鏡の中にいる私を見つめているとサディが近づいてきた。
「そろそろ出るわよ。」
「あ、はい。わかりました。…ふえ!?」
私は緊張で固まった。うっかりサディを見てしまった。
サディの豊満な胸やすらりと引き締まった脚、あと…うまく言葉にできないアソコとか。
……う…生まれて初めて女性の裸を見ちゃった。
女性の体なんて中学生の時に保健の教科書でチラ見した程度だったから、いろいろと刺激が強すぎる。
羞恥心などの感情が頭の中をぐるぐると駆け巡る。
血流が速くなって体温が高くなる。
自分の呼吸音がうるさくて、静かにしようと息を止めたがそれが原因で逆に苦しくなって、過呼吸になった。
…らめえ…あたまがぱあになっちゃう。
「どうしたのよ。いきなり変な声出して…。」
サディの声を聞いてハッと我に返る。
「あ…え…えっと…えっと…」
ああ、サディが怪しんでいる。
何とかしてごまかさないと…私がそっち系だと思われてしまう。
「えっと…その…」
「? なに?」
「…………サ…サディさんって。その……ス…スタイルいいんですね!びっくりしちゃいました!」
何と無く言ったありふれた誉め言葉であった。
けど、サディは少し目をパチパチと瞬きして、一瞬だけだけど満更でもない反応をした…気がする。
「そ…そう?」
「そうです!私…羨ましいです!私もそうなりたかったなあ~。」
「そう。…アンタはこれから成長するから、そう悲観的にならなくていいわ。」
そう言い残してサディは行水場から出た。
後ろ姿が妙に決まっていて、クールな印象を受けた。
「…。はあ…。」
私は安堵のため息を漏らす。
…危なかった。
うまくごまかすことができてよかった。
…それにしてもサディの最後の言葉が何故か突き刺さる。
何でだろう?
私はもう一度鏡に眼をやり自分の姿を見る。
ただ、今度は、自分の容姿をよく見る。
とても華奢。まるで可憐な少女のような容姿だ。背は低く、体に余分な肉はない。サディとは違う、別の美しさがある。
…ひどく言えば、チビで、ツルペタで、サディと比べると圧倒的に女性として負けているような容姿。
つまり、発育していない少女…幼女ということだ…けど…。
「あ…」
何かを察した私は、心にいろいろなダメージを負って行水場を後にした。
この時私はきっと、初めての乙女的な瞬間を体験したのだろう。