第62話 意地悪な毒舌家のアドリー。
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どこまでも透き通るような場所に永遠と落ちていく。そんな夢に私は囚われている。
背景には私がこれまで見てきた記憶の映像が、まるでパソコンの画面に映し出された動画のように、永遠と再生されている。
私はそんな映し出された記憶を見ながら、落ちていくだけであった。
「愉快だな。こんな無気力な奴と協力しなければいけないなんてな。…運命とは不思議なものだ。」
そんな中で、知らない誰かの声が聞こえてきた。
まるで常に何かに呆れているような聞いてるだけで憂鬱が移りそうなダウナーな声だった。
けどその割には聞き取りやすく、本人なりにハキハキと話しているのがこちらにも伝わった。
ただ、届いた声が私への蔑みでなければ良かったな。
「いつまでそうして流れに身を任せているんだ?」
声は嫌味を溢しながら、パッと私の足首を掴んだ。
今まで落ちていたのに急にそれを止められた事で、頭に軽い反動を受けた。
「う…っ!な…何?貴方は誰?」
宙ぶらりんになりながら、足をバタバタさせて逆さで見下ろした。
その人物は、まるで残り火のような男性であった。
ぼろ切れを纏って背が高くて、鮮血のような赤髪と鋭いナイフのような目が特徴的だった。
中性的な顔立ちで涼しい顔であったが、憂鬱そうに私を見下す目にはどこかで見覚えがあった。
「まあ、簡単な自己紹介をしよう…俺の名前はアドリー。偉大なるあの方の一番弟子。そして、最後の呪術師だ。よろしく。」
アドリーと名乗った彼は、随分と端的な自己紹介をした。
あの方とは誰のことを指してるのか疑問に思ったが、それ以上に気になる単語が耳に入った。
呪術師、この単語を聞いて私はふと、前に見た夢の声を思い出した。
「貴方…は、もしかして夢で見た…あの影?」
「ああ、そうだ。アレは俺だ。」
アドリーは淡々と肯定し、その燃えるような冷たい目で私を見下していた。
位置的な関係でどうしてもこうなってしまうのは理解しているが、実際にそう言う目で見下ろされていると何だかムカついてくる。
「貴方は何者なの?どうして私に付き纏うの?それにここはどこ?」
「質問が多いな。そして…ふむ、お前はまるで俺が変態のストーカーみたいに思っているようだが、それは間違っていると否定させて貰う。何故ならストーカーと言うのは好きな相手に纏わり付く変態を指すからだ。そして純粋なる器よ、俺は本音を言うとお前が嫌いだ。」
「つまりこの時点でストーカーではない」とアドリーは理論を展開して否定した。
わざわざ嫌いだと言い切られるのは、良い気がしなかった。
「む…いきなり失礼…。」
「結構だ。…俺はお前の味方であり、お前に力を貸してやる良き協力者だ。説明はそれだけで充分だろ?」
アドリーはそれ以上自分を語らなかった。
なんて言うか、物理的にはこんなにも近いのに距離感を感じる。
そんなことを思い浮かべていると突然、通路のようなモノが眼前に広がった。
「そしてここはお前の夢であり、俺の心情風景でもある。つまり、俺のプライベートゾーンで…自室みたいなものだな。」
それは私が歩むべき道で、美しく舗装されていた。
しかし私はただ逆さに釣られているだけで、一切歩むことが出来なかった。
もどかしさを噛み締めながら、私はただただ存在するだけの道を眺めていた。
「お前は俺の願いをただ聞いて、命令通りに行動をすれば良いだけだ。指示待ち人間にとって簡単な事であろう?」
そう言ってアドリーは、まるでシャカシャカポテトの紙袋を振るように私を上下に揺さぶった。
グルグルと目を回していると、その光の道は閉ざされてしまって、再び透き通る世界に戻った。
「協力はしてやるし、お前に力を貸してやる。だからお前も努力しろ。」
目を回して参っているのも相まって「努力をしないといけないのか」と、心の中でぼやいてしまった。
それが顔にでも出ていたのか、アドリーはゴミを見るような目を私に向けて、隠すことなく舌打ちをした。
心の中で呟いたのに、アドリーはそれを見透かしていたのだ。
「まさか努力もせずに力を得られると思っていたのか?…どの世界にも怠け者がいるようだな。お前の世界の言葉であだ名をつけてやろう。お前は純粋なる器改め、≪クソニート≫だ。」
目の前で悪態をつかれて、私のこの青年への第一印象が決定した。
そのぼろ切れを纏った青年は、どうやら私が思ってた以上にかなりの毒舌家のようだ。
こんな陰湿な男が、私にどうやって協力すると言うのだろう?
「……具体的に何をすれば良いの?」
「まずはお前は俺を受け入れなければいけない。俺は霊体だからな、俺自身はお前のように地面を蹴ったり、物を触ったり出来ない。だが、お前の肉体を使えば別だ。」
アドリーは逆さの私と目を合わせた。
ナイフのような鋭い目は冷たい炎のように、心が冷え込むようのを実感した。
「お前の魂と俺を(共鳴)させる必要がある。そうすれば少しは役に立つだろう。だが、そのためにはまず試練をどうにかしなければならない。…話はそれからだ。それまでは、文字通りお前の横で見物させて貰う。」
さっきこの青年は協力すると言っていたのに、今横で見物すると宣言した。
矛盾している事を指摘すると、青年は冷ややかな目を向けてきた。
いや、その目で見たいのはこっちだよ…
「まあいいや…それよりも、なんで私なの?他の人じゃ…ダメだったの?」
「それはお前が適していたからだ。……お前は謂わば空っぽのコップだ。コップはコップだけではただのインテリアにしか成れない。だが、そのコップに俺と言うコーヒーを入れれば、ただのコップでも役に立つ。それが本来のコップとしての役割だからな。」
詩的に表現する彼は、陰鬱そうに虚空を見つめる。
この先はちょうど私の目の届かないところで、彼が何を見ていたのか私には分からなかった。
「そして、お前はまっさらな紙だ。何も描かれていない、無知で無垢な人格だ。俺と言う人格を書き込むことで、お前は俺の権能や技術を共有する事が出来るようになる。これが(共鳴)だ。」
「上書きされて、乗っ取られたりはしないの?…さっきみたいに。」
私は少し前の記憶を思い起こす。
いきなり闇に墜ちたと思ったら自分の体が視界に入って、気が付いたら別の人達が私に成り代わっていた。
「さっきのは一時的に俺とニイュさんと(同調)した結果だ。お前が俺達を受け入れていないから、あのような状態になった。だが、お互いを理解し共感する事で、多少は応用が利くようになる。それはお前の努力次第だ。」
努力、私はこの言葉を言われるのはあまり好きじゃない。
前世でも散々、教師から言われて強要され続けてきたからだ。
…私のデキが悪いのは、全部努力が足りないせいだと勝手に決めつけていた。
当の教師本人は校長である親戚からもらい受けた地位で、その役職についているだけなのにね。
そんなことを回想していると、青年は不機嫌そうに眉をひそめた。
「…お前は、お前だけではただのクソニートでしか無い。なぜなら何の個性も無く、願望も無いからだ。………だが、それは何にでも成れると言う風にもとらえられる。お前は可能性の器なのだ。だから、純粋なる器と呼んだのだ。まあ、これからはクソニートと呼ぶことにしたがな?」
そうやって一方的に意図を伝えた彼は私に興味を亡くしたのか、ただ静かに手を離した。
そうして再び私は落下していって、奈落の底に打ち付けられた。
「う…う~…」
目が覚めると、静かな部屋の天井が目に入った。
小鳥のさえずりも聞こえて、本来なら優雅に目覚めるのが少女の定石なのだろう。
しかし、夢とはいえ落下死を体験するのは、気分的に最悪であった。
頭を強く押さえながら、私はベットから這い出ようとした。
しかし、それは柔らかく重い何かによって、押さえ付けられてしまった。
「ミカちゃん!動いちゃダメだよ!いろいろ出し切って、体力が消耗しているんだからね!」
耳に優しく馴染む声を聞いて、私は何となく察した。
どうやら、みぃが私のに乗っかかって、押さえ付けているようだ。
いや、実際には少し寄りかかっているだけであろう。
しかし、その豊満な胸が私を押さえる重石のようになってしまっている。
「心配だったんだよ!急に倒れちゃって…それに2時間も眠っちゃうなんて、あんまり無理をしちゃダメだよ!」
「うん…ごめん…なさい……」
私は申し訳なく思いみぃに素直に謝った。
2時間も付きっ切りで見てくれるなんて、初めてだった。
前世ではそんなことは一度だって無かったからだ。
地方の病院で入院したことがあったけど、医者とは点滴を交換するか見回り以外では会う事は無く、私に関心のある人は一人もいなかったから、お見舞いには誰も来なかった。
だから、みぃにつき合ってもらえて素直に嬉しかったんだ。
「ありがとう………。…?あの…なんで私…下着だけなの…?」
体を少し起こした事で布団に隠されていた自分の上半身が曝け出された。
そこで、みぃの目に反射した自分を覗いた私は、今の自分の服装に驚いた。
…私が最後に見た時はメイド服姿だったのに、今は薄ピンクのストライプ柄の下着姿だった。
アドリーに人格を交替され意識を失っている間、着替えさせられたのだろうか?
私が訪ねると、みぃは気まずそうに下の方に目を向けて、答えてくれなかった。
『ああ、それはお前に主導権を強引に渡したからだ。』
しかし、意外な人物が私の問いに答えた。
それは、さっきまで詩人のような言い回しで嫌味を言っていた毒舌の青年であった。
「ア…アドリー…!?えっと、どう言う事…?」
『あまり人前で俺の名を語るな。…強制的な同調はいろいろと不都合が生じる。その例として、人格交換時に肉体が嘔吐したり、失禁したり、場合によっては下痢を起こしたりする。…今回は全てだったようだな。』
淡々と並べられる言葉を聞いて、一瞬、朦朧として気を失いそうになった。
…つまり私は好きな人の前で粗相をして、さらには憧れの人に介抱までして貰ったと言うことだ。
恥ずかしくて情け無くて、涙が出そうになる。
『適当に名付けた渾名であったが…どうやらちょうどお前に合っていたな?クソニート…ハハハ!』
「うるさい…!死ね!」
『もう死んでる。』
私の渾身の罵倒は、憎らしい同居人によって何も言い返せない返答で返受け流されてしまった。
羞恥心と怒りの混ざった感情を発散すべく、目の前で心配そうに様子見していたみぃに抱き付いた。
「ぅわあぁぁあああん!!!」
そうして私は、この意地悪な青年と共存する事になった。
とてもじゃないが仲良くなんて出来無さそうで、幸先が不安であった。
しかし悲しい事に悠長にしている時間は…私達には残されていなかった。
…試練がやってくる。