第60話 穢れの書物…です?
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ようやく邪悪な存在を倒し終えた私達は、お互い座り込み息を切らせていました。
「はぁ…この身体、ちょっと燃費悪いな……。はぁ…まあ、私の身体よりかは元気ですよ…。俺の身体と比べるとかなり弱い…この先が心配だ。…まあ男の人の身体と比べたら~そうなりますね…。はぁ…気持ち悪い…うへ…」
気分が悪そうに独り言をしながらミカさんは、燭台を地面に投げ捨てました。
ミカさんは一切躊躇う事無く捨てましたが、あの燭台は私の私物です!
「ああ、私の燭台が…。」と慌てて拾おうとしたら、当のミカさんに制止されてしまいました。
「ダメ!!…うぷっ。浸食が起こっている。もし触っちゃったら、身体が崩壊しちゃいますよ!うぁ…ヤバい吐きそう…」
私はビクリと手を引っ込めて、驚きのあまりに後ずさりました。
「ひ…!?す…すみませんでしたです!………ぅぅ。」
確かに良く見ると、壮美だった銀の燭台は暗色に黒ずみ、ボロボロに崩れていました。
浸食による崩壊現象です…初めて見ました…
魔法や魔術は酷使し過ぎると、触媒となった物や術者の肉体の一部が暗色に変化し、ボロボロと崩れ落ちるのです。
この不可解な現象を(浸食)と、それにより肉体や道具が崩れ落ちる事を(崩壊)現象と、主にマギア魔術協会に所属する魔法使いの人達はそう呼称しています。
私達のように魔法や魔術を使わない…祈祷のみを使う者にとっては無縁の現象であり、ついうっかり触れてしまいそうになりました。
名残惜しみながらも私は、仕方なく燭台を捨てることにしました。
しかし、もし注意を受けなかったら、何も知らずに伸ばされた私の指は悲惨な目に合っていたでしょう。
「まあ、勝手に使っちゃったお詫びとしてはなんですが、そこのパンドラの箱は全て、聖シルミアさんにあげようと思います。ああ、俺もそれで良いと思う。」
私が指をくわえて崩壊する燭台を名残惜しそうに眺めていると、ミカさんは横にある5つの箱を示しました。
私は頷き【パンドラの箱】と呼ばれる珍妙な箱を手元に寄せて、見やすいように持ち上げてみました。
すると、パンドラの箱はゆっくりと開いて、一つの物を吐き出しました。
それは金属的な光沢をするステッキでした。
しかし、その性能は並の杖よりもかなりの高性能で、私でもこの杖が高等級だと察しました。
私は楽しくなり、全ての箱を開封しました。
【ドゥームステッキ】(攻撃威力 50)(魔法威力 1000)(MP 500)
(《ディメンション・ポーチ》 小さな結界を作り、手元に結界の入り口を開いて道具などを入れて保管する。使用すると1時間、目眩と頭痛に苛まれ疲労する。また入れられるモノとその量には制限がある。)
【ドゥームヘビーソード】(攻撃威力 1200)(HP 100)
(《ソードブレイカー》 相手の武装を破壊する縦斬り。技名を宣言することで発動する。ただし、使えば疲労する。武器破壊成功率は30%。所持者の器用値10ごとに成功率プラス1%追加。最大で80%まで上昇。)
【レミィ歌詞集】(攻撃威力 3)(魔法威力 5)(魔法回復力 20)
【ドゥームソード】(攻撃威力 500)(速度 15)
(《バタフライスラッシュ》 光の力の宿った剣で交差して斬る二連撃。全て命中時、(光斬撃属性ダメージ100・固定)を追加で与える。技名を宣言することで発動する。ただし、使えば疲労しMPの最大値の5%を消費する。)
【24型クロスボウ】(攻撃威力 3)(射撃威力 480【固定】)
パンドラの箱を全て開けて確認していると、ミカさんが横から顔を覗かせてきました。
「あらら~…二つハズレを引いたみたいですね。…まあ気にする事は無い。売れば金になる。」
「え…?ハ…ハズレなのですか?!ど…どれでしょうかです?」
私が訊くと、ミカさんはクロスボウと本を静かに指さしました。
何を基準にハズレと判断したのか私にはよくわかりませんでしたが、ミカさんはそんな私を置いてけぼりにして古びた井戸の前まで歩いて行きました。
ミカさんは壊れて朽ち果てた井戸を指して、手を引きました。
相も変わらず、エスコートされるがままの私ですが、不思議と嫌な気分にはなりませんでした。
「ここに私達にとって必要な本があるのです。聖シルミアさんも来てください。」
「は…はいです!」
井戸の奥には隠れた扉がありましたが、もう古すぎたのでしょう、朽ち果てた木の扉の入り口はすでに曝け出されていました。
中へ入った私は、不本意ながら興奮しました。
そこには隠された書斎があったのです。
少し広いこの場所には、小さな机と崩れた本棚がある程度でした。
目を奪ったのは、床に落ちている禍々しい羊皮紙の表紙の本でした。
「【穢れの書物】です。…そう呼ばれている本だ。」
また突然、ミカさんは語りました。
ミカさん曰くこれには、呪術が書かれている書物で…かつては偉大なる魔女が書き記したものらしいです。
もっとも、ここにあるのは魔女の書いた原本の複製品や弟子たちが書き記した書物らしいですが、正直何が違って何がすごいのか、無知な私にはよくわかりませんでした。
私は何となくその本を手に取ろうとしました。
しかし、ミカさんが私の手を掴んで止めさせました。
「これは危険なものですよ。この体のように、生命力が膨大で穢れに耐性を持っていないと~…腐敗した亡者になり果てるだろう。」
そう言ってミカさんは一瞬躊躇して、その穢れた本を拾いました。
すると一瞬で顔色を悪くさせたミカさんは呻き声を漏らし、口から吐瀉物を吐き出して地面に手をつけてぶるぶると震えました。
「はっ…はっ…おげぇっ…は…はやう、はやく回復ひて…!!」
「えっと!生命と救済の神よ、苦痛に喘ぐ者の為に、この者に癒しを施したまえ!(ライトヒール)!」
切羽詰まった様子で頼まれた私は、慌てて回復の祈りで苦しむミカさんを癒しました。
この回復の祈祷は、瞬間的に減少した生命力を治癒するのです!
普通の(ヒール)ではじわじわとしか回復しませんので、今回みたいな急を要する場合に使います。
ようやく体力が回復したミカさんは、本を開いて私の隣に座りました。
ペラペラと私のペースに合わせてページをめくってくれましたが、内容が意味不明で全くわからなかったです。
と言うのも、書かれた文字が全て古いルーン文字でして、私では解読出来ませんでした。
「ああ、読むだけではダメですよ?内容を理解して、筆者の心情も感じ取らなければいけない。…小説を読むようにして読むのです。」
そう言われましたが、何度読んでも結局頭が痛くなるだけで、収穫はありませんでした。
見かねたミカさんは、本といくつかの物品を集めて上がっていきました。
「…これでもう、ある程度分かってくれたとは思うが…私達、俺達はお前たちの味方だ。俺達はお前たちと最終的な目的は同じだ。フフっ。まあだから、お互い協力しましょう?」
ミカさんの提案を私は考えました。
私は協力しても問題ないと判断しました。
それは簡単で、私を助けてくれたと言うのが理由です。
それと少なくても敵では無いのは確かでしょうし、万が一何か問題があったら私が責任を取ります。
まあ、完全な独断ですが、きっと問題ありませんでしょう!
「はい。わかりました!協力しましょう!」
私はミカさんの手をぎゅっと握り、ブンブンと振りました。
「ありがとう。さてと、じゃあ、聖シルミアさん。早速だがお願いを聞いてくださいね?」
ミカさんはじっと青い目で私を見つめました。
片方の赤い目は、少し下の方を見つめていて、まるで俯いているようにも見えました。
「私を貴女の中に入れて。そうすれば、聖シルミアさんは今よりも強くなれますよ!」
「い…入れる…です?私の中に入る事なんて…そんなことできるのですか?」
私が訊き返すと、ミカさんは軽く説明をしてくれました。
どうやら、私にも器としての適性があるため、ミカさんのような事が私でも可能のようです。
肉体に別の人の魂が入り込む事を私達は憑依と呼びますが、どうやら仕組みとしてはそれと同じのようです。
ですが、憑依とは一方的に自我を上書きするもしくは乗っ取り身体を奪うことを指すようで、これからすることは(同調)と呼ばれるらしいです。
何でも、一つの肉体を共有して、その能力を限界を超えて扱えるようになるらしいです?
とにかく強くなるみたいです。
「…わかりました。」
当然、私には拒否する理由などありませんでした。
意外かも知れませんが、私は他者と過ごすことに抵抗があんまりありません。
仲間と同じ屋敷に住むのと、仲間と肉体を共有するのなんて大して変わらないことでしょう?
「ありがとう。じゃあ、一緒に名前を名乗ろう。これはお互いを受け入れるために必要な儀式みたいなものだから。絶対に本名を言ってくださいね?」
そう説明したミカさんは、私への信頼を証明するかのように先に名乗りました。
「私の名前はニイュ。小さな村の見習い聖女さん。そして…フフっ。恋を知って愛を学ぶ前に肉体を失った永遠の8歳の天才乙女です。」
ミカさんは、いや、ニイュさんは手を差し向けて私に順番を譲りました。
「私はシルミア。生命の信仰者、元青色信徒です。そして、≪蒼白なる祈り姫≫の娘です!」
契りを交わした私の身体に、その少女の霊魂が入って来ました。
まるで凍りかけた冷水を灼熱の中で飲み込むような、不思議な感覚でした。
そうして、私はこのニイュさんと肉体を共有する事になりました。
………。
………………。
自室に戻った私は、再び読経を始めようと聖典を手に取りました。
すると、私の脳内に直接語りかけられました。
『余計なお世話かも知れないけど、もうそろそろ寝た方が良いと思いますよ?フフっ。折角の可愛さなのに、お肌がボロボロになっちゃいますよ~?』
ニイュさんがまるで、私の耳元で囁いてきているようでした。
けど、何度見渡してもニイュさんの姿を知覚出来ません。
けど、私の近くにいるという感覚は確かにあります。
とても不思議な気分です。
「分かりましたです。…あの、ニイュさん!少しだけ、お訪ねしたい事がありますです!」
私は虚空に向かって質問を投げ掛けました。
第三者から見れば、私は少し変わった不思議さんに見えてしまうでしょうが、幸いにも深夜のチャペルには私と私の中の人しかいませんです。
『何でしょうか?フフっ。私に答えられる事なら何でも聞いて良いですよ?』
ニイュさんは人当たりの良い優しそうなトーンで囁きました。
「ニイュさんは聖女様だったのです?その、どんな神様を信仰していたのでしょうか?」
私は聖職者としての興味で、彼女に質問を投げたのです。
私の問いにニイュさんはフワリと抱き付いて答えました。
目では見えませんでしたが、頭の中でそのような情景が浮かんだのです。
『私…実は神を信じていませんよ?フフっ。正確には、神と言う存在は確かにいると認めておりますが、私は神に一切の期待をしていないのです。神の存在は信じ、神を敬わない聖女…変ですかね?フフっ。神を敬わない聖女さんなんて…異端でしょうか?』
ニイュさんは私の周りを流れるように、揺らめいていました。
『フフっ。失望…しちゃいました?』
まるでお酒を飲んで酔っ払ってしまった主人のようにフラフラと、けれどその目だけはずっと真剣そのものです。
見えているわけではないのに、そうだと確信を持てるのは、きっと心と魂が繋がっているからでしょうか。
私はそこにはいないけど、確かに目の前にいるニイュさんに向かってきっぱりと伝えました。
「異端なんて私は思いませんです!それに異端なのは私の方です。私は敬愛すべき教会に背きましたから。」
そもそもニイュさんは別の宗教の聖女様であるため、異端ではないですが異教徒ではあります。
しかし、だからと言って私はなんとも思いません。
個人の思想はそれぞれ尊重されるべきだと、ゲイル青色信徒が私に教えてくれましたから。
感想を黙って聞いていたニイュさんは、ジッと私と目を合わせました。
そうして優しい表情で、心地良い声で私の耳を食みます。
『そうなのですか。…フフっ。おめでとうございます。聖シルミアさんは合格です。』
しかし、言われた言葉が、想像していた物とは違い、私はついついオウム返しをしてしまいました。
「へ?合格です?」
『はい。聖シルミアさんは私を拒絶しませんでしたでしょう?心の底から私を受け入れているのが分かりました。だから、合格なのです。』
「どう言う意味なのですか?」と私が疑問を投げ掛けますと、ニイュさんは簡単に教えました。
何でも、この身体には私の人格とニイュさんの人格ともう一人誰かがいる状態なのですが、それらが反発し合わずに共存しているのは相性が良いみたいだからです。
思想が根本的に正反対であったり、主人格と人格に共通する要素が一切無ければ、繋がりはそもそもできないみたいです。
そして主人格の私がニイュさんを拒絶すれば、この繋がりが引き剥がされてしまうみたいです。
逆にどれか一つでも共通する要素さえ持っていて尚且つ主人格が拒まなければ、繋がりはより強固になりゆっくりと浸透していくみたいです。
ニイュさんはこれを『水と油』、『水と氷』で喩えました。
私が納得して頷いていると、ニイュさんが興味深そうな表情でゆっくりと猫のように近付いてきました。
そしてちょこんと私の膝の上に座るニイュさんは、両手で頬杖をついて私に顔を近付けてきました。
『フフっ。聖女シルミアさん…お話ししましょう?』
「お話ですか?」
『はい。恥ずかしいですが、私…人と話すのが久し振りで、ずっと誰かとお話したかったのです。』
ニイュさんはそう言って少し気恥しそうに微笑みました。
それは少女的で、だけど少し大人びたはにかみでした。
「わかりましたです!では、何の話をしましょうか…」
当然ですが、私がニイュさんと会話をしない理由も無く、快く会話を始めました。
『ありがとう!じゃあ…!相対性理論について語り合いましょう?フフっ。知ってますか?』
「い…いいえ?えっと、そおたいせえりろんって何でしょうか?」
『フフっ。これはですね…』
そうして、私達二人はお互いのコトを開示して、それぞれ意見と知識を何時間も言い合いました。
自分の知らなかったことを教えられて、仲間と打ち解け合えるのは新鮮な気持ちでした。
文字通り心を曝け出す事が出来たので、人見知りの不安から解放された気がします。
…結果として、私は寝不足になってしまいました。
さらに午後の修行に参加させられて、とても疲れてしまいました。
しかし…後悔はありません。
なぜなら、たった数時間で仲間の信頼を勝ち取ったのですから。
これで私も少しは…皆さまのお役に立てたでしょう。