第59話 月夜の森で、だんすたいむ…です?(挿絵アリ)
4500字程度あります。
(…数時間前。)
「小さな村の貧しい家で生まれ育った少年ライフは、不思議な力を持っていた。その力はあの悍ましい呪術とは違う奇跡のような力であった。ライフはその力を使い、病で弱った母の生命力を増やし…病を治したと言う。母はライフを優しい子だと言った。…ライフの治癒物語第一節。」
小さな礼拝場で、私は神話の拝読を行っていました。
今の時間は深夜3時程でしょうか?そろそろ寝ないと健康に支障がきたしてしまうような、そんな時間です。
「ライフは父が大好きであった。父は村の守り人であり、村一番の力持ちでもあった。そんな父はある日、左腕の骨を折った状態で家に帰って来た。父が大好きなライフは急いで回復させようとした。ライフの治癒物語第二節…。」
しかし、私はもう少しだけ神話を詠みます。
なぜなら、私はもう青色信徒ではありませんから、早朝に集会の為に早起きしたり、先例に回ったりしなくても良いのです。
まあ、私を受け入れてくれた素敵な人たちのために、碧の聖水を作ったり銀製の装備を聖化させたりしなければいけません。
「しかし、父の骨は折れたままであった。ライフはまだ幼く力もまだ弱かったため、折れた骨を治すほどの力は無かったのだ。だが、ライフは諦めず、父の腕を癒し続けた。すると突然、父の腕が輝き折れていた左腕が治ったのだ。父は泣きながら感謝して、ライフを奇跡を起こす子だと言った。ライフの治癒物語第三節。」
しかし、それはお昼過ぎになってからでも問題ないでしょう。
朝の時間は、個人的なワガママになりますが、ぐっすり眠っていたいのです。
ぽかぽかとする朝日を浴びながら、惰眠を貪るなんて、この上ない幸せでありますから。
「村の噴水で空を見上げていると、一人の少女が近づいてきた。少女は真剣な顔でライフに言った。『姉を助けてほしい』…と。ライフの治癒物語第四節。」
きっとゲイル青色信徒がいたのなら、だらしないと指摘されたでしょう。
…本音を言いますと、指摘されたかったですが。寝ている間に耳元で囁かれ、羞恥心と動揺で目を覚ませたら…きっと私は…。
「はぅっ…!………いけません!こういう不埒な考えをするのは聖職者としてあるまじき行為です…。神への不敬です!…集中です!えっと…ライフは少女の家に入り、少女の姉を探した。服入れの中に姉と思われる少女がいた。しかし、少女の姉はまるで、飢えた獣のように叫びながら、ライフに飛びついた。…ライフの治癒物語第五節…です!」
私はふしだらな思考を捨て去るべく、神話の読経を再開しました。
「こんな時間にも読経とは、まあずいぶんと真面目ですね。聖シルミアさん?」
不意に美しい幼い声が耳元に囁かれました。
その声は人を誘惑するような危険な声だったのです。
「ぴゃぁあっ?!??」
私はつい驚いてしまって、情け無い悲鳴を上げて腰を抜かしてしまいました。
「フフっ…可愛らしい声ですね。こんな時間まで起きてるとは、悪い子ですね?」
「す…すみませんです。あ…ミ…ミカさんでしたか。…こんな時間に何のようでしょうか?」
ミカさんは冷静に手を顎に当てながら、その鋭利な目を輝かせました。
そしておもむろに、彼女は私の手を掴んできました。
「え?な…なんでしょうか?」
「恐れることは無いですよ?聖シルミアさん。お…私には貴女様のような清らかな人が必要なだけです。」
「私…ですか?」
私が聞き返すとミカさんは、優しく微笑みを見せました。
「はい。少しだけ、ほんの少しの間だけで良いので、このおれ……コホンっ…!この私に!付いてきて下さい。」
そう言った彼女は私の手にその口を近づけました。
ミカ様の唇はとても柔らかく、暖かい温もりがありました。
しかしその口付けは騎士が姫にするような忠誠心を示すための口付けでは無く、まるで男の人を誑かすような悪い仔猫のする魔性の口付けのように感じました。
「フフっ…こんな事も一度はやってみたかっただけですよ。…さあ、こっちに付いてきて下さい。」
私は言われるがままに、ミカさんに導かれました。
………。
………………。
ミカさんは私の手を引きながら、お屋敷を抜け出して森の中を進んでいきました。
暗い森は月明かりに照らされて、灰色の大樹が不気味な雰囲気を作り出していました。
「この森は古の竜の時代からある神秘の秘境なのです。それゆえにこの森はあの悍ましい黒い星の汚染に耐えたのですよ。」
突然語り出したミカさんはくるくると回りながら前に進んで行きました。
私の手を引きながら、まるでダンスを踊っているようです。
「しかし汚染しないからとは言え、この森には未だに邪悪が棲み着いているのが現状ですね。フフっ…まあその恩恵を享受している私が言うことではありませんがね。」
ミカさんは妖艶な笑みと仕草で、この月明かりに照らされた灰色の森を踊っていました。
「この森の…ちょうど私達が向かっている場所に、とても重要な本があるのです。それは君にとっても役に立つでしょう。聖シルミアさん。」
「私ですか?この先に一体何が…」
言いかけた私の言葉は、目の前の光景によって阻まれました。
目の前に、信じ難い景色が支配しておりました。
一歩先に行ったミカさんはクルリと私と向き合い、悪戯にぺろりと舌を出してきました。
「フフっ。聖シルミアさん。何が見えますか?」
「こ…れ…は……!あ…あなたは…一体…誰?ここは一体何なんですか?!」
私が声を上げると、ミカさんは…いえ、ミカさんの姿をしたナニカは無邪気な笑みを浮かべました。
「そうだね、私はかつて≪灰の魔女≫に仕えていた村の聖女さんで…俺はあのお方の一番弟子である最後の呪術師だ。そして、ここはお前達…聖職者共が荒らした……私の故郷であり、追放されて流れ着いた俺達を受け入れてくれた……私の俺の大切な思い出の村だ。」
私の視界に写ったのは、古びた廃村跡でした。
しかし異質なモノが中央に鎮座していたのです。
ソレは…吐き気のするような腐臭のする悍ましい肉の大樹でした。
まるで幾つもの屍が積み重なり、腐った手が絡み合って出来たようなソレは、見る者の心を不安にさせるような…異物感を感じます。
ミカさんは鋭い視線をその大樹に送りました。
「黒星の眷属…≪抱き合う祈り手≫。フフっ。聖シルミアさん。私と一緒に踊りましょう?」
「えっと…」
「心配しなくても良いですよ。俺がある程度エスコートする。聖シルミアさんはちょうど良い瞬間に祈祷を撃ってください。協力戦ってやつですよ。フフっ。」
そう告げたミカさんは私の手を引いたまま、その大樹の根元まで走り出しました。
「キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッッッ!!!!!!!!」
敵対的だと受け取ったその大樹は悍ましい金切り声を張り上げて、足元の地面から死体で出来た根を鋭く突き出してきました。
「おっと~…避けろ。」
「わ…」
ミカさんはトンと私を軽く突き飛ばして、根の刺突を避けさせてくれました。
「えっと~(マジックアロー)。」
ミカさんはいつの間にか手に持っていた銀の燭台を向けて魔法を使用しました。
あの燭台は私の私物です!いつの間にかミカさんに取られていたようです?
それはそうとして、青白い魔光の矢が死体で出来た根に命中しました。
命中した魔光の矢は弾けて、死体の根を傷つけました。
グチャリ…ビチャッ
すると根から死体の一部が剥がれ落ちました。
そしてなんと、その溶け落ちた死体は、意思を持って動き出したのです!
「生命と救済の神よ、か弱き者のために、この物に神聖なる力を与えたまえ!(プリーストウェポン)!」
私はメイスに奇蹟の力を付与して、そのまま大振りで振り下ろしました。
ガッ…ドシャァァッ ビチャビチャビチャッッ
血と肉が弾け飛ぶ音と衝撃で手の痺れを感じながら、私はミカさんに支援しました。
「生命と救済の神よ、襲撃されし弱者のために、この者を障壁で守りたまえ!(プロテクション)!」
聖なる障壁により、ミカさんは前方からの攻撃を防げるようになりました。
…ちょうど、大樹の吐き出した黒くてドロリとした飛沫を防ぎました。
「フフっ。ありがとう。感謝する聖シルミアよ。」
ミカさんは踊り舞うようにクルクルヒラヒラと優雅に回って、腐った根の衝き上げを回避していきました。
そのたびにミカさんは魔法を当てていき、死体を剥ぎ落としていきました。
そうして分離した死体を私が追撃していきます!
「生命と救済の神よ、悪しき者共を破壊する、断罪の鉄槌を振り降ろしたまえ!(ホーリースマイト)!」
神聖なる光の破撃は、脆い死体を吹き飛ばしてくれます。
死体の数を減らした大樹は、どんどんと萎れて行きました。
「いやん。変態さん…だね。くそっ…聖シルミアさん~私を助けて~。早く助けろ。」
しかしミカさんは大樹の猛撃を避けきれずに、足を根によって押さえられてしまいました。
根は真下から現れたために、ミカさんの服が下から持ち上がってしまっており、女の子にとって恥ずかしい状態になってしまっています。
「生命と救済の神よ、悪しき者を射殺す、神聖なる裁きの矢を放ちたまえ!(ディバインアロー)!」
私はミカさんを捕らえる不埒な根をその聖なる太矢で吹き飛ばし、ミカさんの貞操と安全を守って見せました!
「ありがとうね。それじゃあ、とどめを刺そうか。」
「わ…わかりました!」
ミカさんと私は、萎れた大樹に向かって走り出して前進していきました。
大樹はかなり死体を多く失ったのか、本来は隠されているはずの部位が見えていました。
その部位はいくつもの心臓と脳味噌が寄せ集められたモノで、まるで大樹の心臓のようでした。
「ごめんなさいね…ちょっと無茶するね。…愛を知った私が命ずる。私の体を張り巡る感覚を供物として捧げる。私を慰愛に溺れさせる悦楽の火種を灯せ。そして、私を恋に酔わせ。(ラヴエクスタシー)!」
聴いた事も無いスペルを詠唱したミカさんの頭上に、紫色の妖艶な煙のようなモノが沸き出されました。
そしてミカさんの胸の中心に紫色のオーラのようなモノが集束して、ハートの形を作ったかと思いきや一点に注がれていきました。
「…っ!うぷ…おぇ。はぁ…っ(マジックスピア)!…(マジックスピア)!…おぇ(マジックスピア)!!…(マジックスピア)~!」
若干青白い顔になったミカさんはなんと、詠唱短縮でしかも連続で中級魔法を発動させました。
その結果、いくつもの魔光の太矢が放たれて、大樹の心臓を次々と穿っていきました。
それはまるで、蒼白の流星群のように壮観で目の離せないような情景でした。
しかし、ミカさんは無理をしすぎたようで、青白い顔で嘔吐して地面に手をついて崩れてしまいました。
「生命と救済の神よ、愚かなる者を処断する、厳然なる光の刃を放ちたまえ!(グリムエッジ)!」
私も負けずと高威力の祈祷攻撃を行使して、その醜い臓腑を切り裂きました。
そうして、大樹はついには形を保てなくなり、グズグズと崩れ落ちていきました。
最後に手を空へと伸ばし、救いを求めるような断末魔を上げました。
しかしその絶叫もいずれ枯れていって、やがてか細い悲鳴となって最後には何も聞こえなくなりました。
一気に静寂に包まれた廃村で、私はしばらくの間呆然と立ち尽くしていました。
空っぽの吐瀉物を吐き出してゼイゼイと嗚咽を漏らしている音だけが、この場所に木霊しておりました。
2023/6/11 17:32 文章の修正とタイトルに(挿絵アリ)の表記を入れました。




