第58話 試練に向けて修練!
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時間は午後1時38分。私達は試練に向けて、修練を本格的に開始することになった。
今回はハローさんから剣術を学ぶのと、ついでにみんなの実力を確認することが目的だ。
あんまり人を評価するのは失礼な感じで好きじゃないけど、世界の命運がかかっているから、そんな理想を語ってられない。私は甘い考えを一旦捨て去り心を鬼にした。
全員集まったのを確認したハローさんは、鞘から鉄の太刀を抜き出して軽く一振りした。
「良いか?まず刀というのは打つ・斬る・刺すの三つを可能とした理想的な設計となっている。…そう一般的に言われているが、それは大きな間違いじゃ。いや、誤解と言うのが正しいかの。」
ハローさんはそのシワだらけの指で刃に触れて、ゆっくりとなぞって見せた。
「刀というのは斬れやすい分とても脆いのじゃ。よく丸太や鎧を真っ二つに断ち切ると言われているが、あれはちゃんと決まった力の込め方と斬撃の入れ方がある。間違っても見よう見まねで出来る所業ではないのじゃ。それを勘違いした素人は乱暴な扱いをして、すぐにダメにしてなまくらにする。」
リンゴを一つ取り出したハローさんは、力いっぱい空中に投げた。
獣人の力で投げたから、リンゴはとても高いところまで飛んでいき、重力に従って落下していった。
「だからこそ、玄人は何年も修練を重ねていくものじゃ。才能のある奴なら1年未満、才能が無い奴でも3~4年程まじめにやっておれば、これくらいはできるようになる。…はっ!」
ハローさんは落下するリンゴを、その鋭い太刀筋で切り裂いた。
そのリンゴは丁度人数分に切り分けられながら地面にぼとぼとと墜落していき、ハローさんはとっても満足そうに笑みを見せた。
「どうじゃ?こんな年を取って腕が鈍った儂でも、こうやって器用に綺麗な断面図で斬ることもできる。太刀とはそれだけよく切れるわけじゃ。それに長年の経験が合わさればこんなことだってできるのじゃよ!ささ、召し上がるとよい!」
自信たっぷりな表情のハローさんは、話しながら刃に付いた果汁を布で拭きとった。
…リンゴは確かに綺麗に切り分けられていたけど、地面に落ちたから土で汚れてしまっている。
「あ~…おじ様~流石に地面に落ちたのはちょっと不衛生だと思うよ~…」
誰も手を付けなかったからか、コロロちゃんが苦い顔で…それでも極力人のよさそうな顔で、やんわりと指摘した。
「うっ…考えが回らんかったわ。…と…とにかくじゃ!刀術を取得したいのなら、時間をかけて修練するしかない!今回はあくまでも皆に合う戦技を教え込むだけじゃ。まあ、才能が無ければすぐには習得できんじゃろうが、それでも簡単な動きくらい覚えておいて損は無いじゃろう?」
少し恥ずかしそうに目をそらしながらも、ハローさんは一旦話を締めくくった。
少し熱くなったのか、ハローさんは帽子を脱ぎ額の汗を手拭いで拭きとった。
「さて、シルミア殿よ、お前が得意な武器はなんじゃ?」
唐突にハローさんは、少し上の空だったシルミアちゃんに尋ねた。
まさか声を掛けられるとは思っていなかったのだろうね。
シルミアちゃんは虚を突かれたようにビクリと肩を震わせた。
「え?えっと…一応メイスと槍をそれなりに習いましたです。私の本領は祈祷ですので、あんまり武器は不得意なのです。」
しかし、さすがは青色信徒のシルミアちゃん。不意の質問にも冷静に対応して答えて見せた。
シルミアちゃんの返答を聞いたハローさんは、少しの間沈黙して回答を導き出した。
「ふむ。ならば、槍を伸ばすとよいだろうな。極力相手から距離を保ち、祈祷による攻撃を主軸として見方の支援に特化させるとよいかもしれぬの?槍は支援攻撃に適しておる。よく言うじゃろう?横槍を入れると。」
「なるほどです…!皆様の攻撃の隙間を私が埋め合わせるように意識すればよいって事でしょうかです?」
ハローさんの助言を聞いたシルミアちゃんは、まるで真理を悟ったかのような反応をした。
わなわなと可愛らしい反応をするシルミアちゃんだけど、ハローさんは少し落ち着いた雰囲気だ。
「そういう事じゃ。」
シルミアちゃんに伝え終えて、次の相手に再び質問した。
「さてと、マリア殿は何が最も得意であるか?」
「そうですね…わたくしは何でも。強いて言うならば、弓でしょうか。わたくしはかつて故郷で動物や外敵を狩っておりました。最近はあまり使っていませんが、おそらくは一番得意でしょう。」
マリアは少し考えこんでから、正直に答えた。
そう言えばマリアは弓が一番得意だったって、昔ご主人様から聞いた。
そう言えば、昔マリアから弓を教わったこともあったっけ?
私は弓はそこまでうまくなかったけど、マリアのおかげでそれなりにできるようになった。
まあ、結局は剣術の方が上手くできて良いんだけどね…。
「ふむふむ。そうか。…ある程度他も使えて弓が一番得意となると……。両方使うというのが良いかもの?」
「両方と言うと?」
マリアが訊き返すとハローさんは少し考え込んだ。
「ふむ。これは口で言うよりも、直接見せた方が良いかの?」
そう言ってハローさんは右手に太刀を握り、左手に鞘を持った。
「この鞘を弓だと思って見よ。これは戦場で戦う弓兵の戦術じゃ。右手に武器を持ち、左手に弓などの遠距離武器を持つことである程度の戦況に対応しやすくなる。もちろん、本来なら空いた左手は盾などを持つべきだが、そう言う固定概念にとらわれるのはお勧めしない。近くの敵を右手の武器で撃退し、離れた敵を弓で打ち抜く。」
「なるほど。…確かに今まで考えたことすらなかったです。勉強になりました。」
マリアの感謝を聞きながら、ハローさんはまた次の相手に訪ねた。
「アンリ殿は…マリア殿と同じく万能型か?」
「ああ!まあ、そうだな!一応得意な武器って言うと…使いやすいナイフとかだな。」
「なるほど。ならば、短剣をより伸ばすと良いかもしれんぞ?短剣の強みは繊細な動きがしやすい所じゃ。暗殺者や殺し屋が良く短剣を好んで使うのはこれが理由だとされておる。まあ、実際は隠し持つことができるからじゃが…とにかく取り回しがしやすいというのは重要じゃ!」
「なるほどな!わかったぜ!」
アンリちゃんに言いたいことを言ったハローさんは、今度は私の方に体を向けた。
「みぃ殿は刀術を習いたいのだな?」
「うん!そうだよ!私にぴったりな刀術って…何があるかな?」
「ふむ。………。狐人の女性であるなら…柔らかさと瞬発力を最大限に活かせるものが良いだろうか?」
考えながらそのままミカちゃん達の方に顔を向けた。
私のことは放置のようだ。…ちょっとだけ微妙な気持ちになった。
「ミカ殿は武器が扱えないのじゃったな?」
「はい。」
「ふーむ。……それなら護身術を使うと良い。シフ殿も戦うのが苦手なんだろう?二人には同じく護身術を教えよう。」
「ありがたき幸せです。」
「わかったデス。」
ずっと喋り続けていたからか、ハローさんは少し疲労の色を表情に出していた。
手拭いで額を拭き、疲れた様子でため息を吐き出した。元気がないのか狼の耳は若干垂れ下がっていた。
「さて、だいたい決まったの。ただ教える内容がバラバラで、ちと面倒じゃな。やはり儂一人だとしっかりと教育できないな。教え込むのなら粗を出さないようにするべきじゃ。よって、マリア殿も協力してもらう。儂はみぃ殿とアンリ殿を教える。マリア殿は残った者を教えると良い。どう教えるかは、まあ、任せる。儂が言ったことを教えてくれるとありがたいの。」
「わたくしが…でしょうか?」
「そうじゃ。マリア殿はこの中で一番戦闘技術を持っておるじゃろう?何を教えればよいか、どう教えたらよいのかわかるじゃろう?まあ、無理には頼まん。心苦しいが、コロロちゃんに頼んでもよい。」
ハローさんの提案に、マリアは少し考え込んだ。
黙考をへて、マリアは自分の考えを導き出したようだ。
「わかりました。やってみましょう。」
「助かるのじゃ。では、みぃ殿とアンリ殿はこっちに来るのじゃ。」
ハローさんは軽く感謝の言葉を残して、私達を少し離れた所に先導した。
戦技を習うから、動いたりしてぶつからないように間を開けたのだろう。
私とアンリちゃんは三人でハローさんからご教授してもらった。
………。
………………。
2時間くらいかけて一通り教えてもらった。
「よし。ではこの案山子を敵だと思って制圧して見せろ。まずはシルミア殿からじゃ。」
ハローさんは鞘に納めた太刀をシルミアちゃんに向けて指示を飛ばした。
「は…はいです!」
シルミアちゃんは槍を両手で構えて、標的に向かって突撃した。
腰の引けた突きは標的の表面を少し穿っただけに留まった。
だが、それで終わりではなかった。シルミアちゃんはそのまま体重をかけて標的を押し倒し、跨がって槍を上からザクザクと啄む。その攻撃方法は一見すると地味であったが、標的の案山子をボロボロにすることはできた。
「悪くはないが…まだまだじゃな。…次はアンリ殿だ。」
「わかったぜ!」
指名されたアンリちゃんは短剣を片手で構え、標的と対峙した。
じりじりとにじり寄り、アンリちゃんは一気に加速して標的の腰辺りを通り過ぎ際に斬りつけた。
そのまま後ろに回り込んだアンリちゃんは、標的の首を両手で固め短剣の刃を押し当てた。
そうして、そのままの動きで標的の首を切り裂いてみせた。
「やるな、悪くない。では…みぃ殿、やって見せよ。」
ついに私の番だ。
私は小さく息をついて、落ち着いた気持ちで「はい」と答えた。
「行くよ。…!」
私は標的まで駆け抜けて一気に距離を縮めてみせた。
そして姿勢を出来るだけ低くして、鞘に手を添えて剣を滑らせた。
「(蛇口裂き)!」
深い横一線の斬撃は、標的の腰を深々と切り開いた。
そこで終わらないのが私だ。私はさらに剣を持ち直し、勢い良く標的の胴を突いた。
そして刺さったと同時に、手に力を込めて一気に突き出した。
「(毒牙突き)!」
私はさらに追い打ちとして、刺さった剣を両手で持ち直し、なんとそのままグリグリと回した。
「(傷蛇掻き)!」
私は今回覚えた刀術の内3つも使って見せたのだ。
私の読み通り、ハローさんはかなり驚いた顔をして、みんなは拍手を送ってくれた。
「素晴らしいのじゃ!粗が無いと言えば噓にはなるが…ほぼ完璧じゃ!突きをもっと鋭くすれば完成されるじゃろう!精進するように。」
ハローさんは歓喜余って興奮して私のことを褒めてくれた。
しかし、完全に肯定的ではなく、しっかりとダメなところも見抜いていた。
「ん…えへへ!ありがとう!もっと頑張るよ!」
それでも褒められたと言う事実はとても嬉しくて、ついつい緊張していた顔がほころんだ。
私は賞賛される喜びの余韻に浸りながら、ミカちゃんの方に目を向けた。
「い…行くデス!」
「………。」
ミカちゃんはシフちゃんと対峙していた。
持ってる武器は短剣で鞘を被せたまま構えている。
どうやら、模擬戦闘をしているようだ。
シフちゃんが走り出した。その速度はとても速かったが、足の踏む力はちょっと軽い。
そして、ミカちゃんはとっても冷静だった。
ミカちゃんはまるで道端に生える雑草のように、風のようなシフちゃんの突進をゆらりと躱した。
「へっ?う…受け流され…!?」
そのまま流れるようにミカちゃんは、動揺するシフちゃんの腕を両手で掴んだ。
そしてそのまま持ち上げて、ストンと地面に叩きつけた。
あれは…体術の(背負い投げ)だ!
回転したシフちゃんは目をグルグル回していたけど、ミカちゃんはさらに追撃と言わんばかりに、シフちゃんのナイフを取り上げて首筋に軽く当てて見せた。
「そこまで。…お見事です。ミカ様、かなり良かったですよ。わたくしも見習いたいほどです。」
「いえ、私はそこまでですよ。ただ言われた通りの動きをそのまましただけです。」
マリアの言葉をミカちゃんはサラリと謙遜した。
「まだまだ未熟ですから、これからも毎時間練習して、身体に覚えさせます。」
あどけない笑みを浮かべたミカちゃんは、奪った短剣をシフちゃんに返したようだ。
実際は気絶するシフちゃんのお腹の上に置いただけだけどね。
それにしても…なんだか今日のミカちゃんは雰囲気が違う気がする。
何というか、ずいぶん大人びている気がする。
普段のミカちゃんが…失礼なんだけどちょっと子供っぽいから、今日の謙遜するミカちゃんが教養のある大人のように見える。
「なんかミカちゃん凄いね。なんか、かっこ良くなった気がするね!」
気になった私は、何となく独り言を言う。
「ん?そうなのか?確かにちょっと雰囲気が違うな。あんな目してたっけ?」
アンリちゃんもどうやら何か引っかかっているようだ。
アンリちゃんに言われて、私はミカちゃんの目を見つめてみた。
確かによく見ると、ミカちゃんの目は少し鋭くて赤い気がする。
普段のミカちゃんは透き通った灰色で少し落ち込んだようなネガティブな雰囲気の目をしている。
それはまるで目だけが別人の物に入れ替わっているように見える。
「そ…そうでしょうか?私には普通に見えますが…」
シルミアちゃんは気づいていないようだ。
けど、どうしてだろう?シルミアちゃんの心拍数が若干上がっている。
ミカちゃんの話題を出した瞬間から、異様に心拍数が上昇して呼吸も乱れたのだ。
まるで、何か不都合なことを知っているかのような反応だ。
「………。…ねえ、シルミアちゃん。もしかして…何か知ってるの?」
私はシルミアちゃんと距離を縮めて、こっそり耳打ちした。
「へっ?!えっと…その…言ってもいいですか?」
「話したくなかったら別に良いけど…出来ればシルミアちゃんから聞きたいな…!」
お願いをすると、シルミアちゃんは少しだけ悩んだ。
黙考の末、どうやらシルミアちゃんは話してくれるようだ。
ただかなり小さな声で、私のような獣人の聴力で無ければ聞き取れない程だった。
その上で、シルミアちゃんは「私達だけの秘密にしてください。」とまで言われた。
私はこくりとうなずいて、シルミアちゃんから真相を聞いた。
………。
………………。
その真相は、私の予想をはるかに上回る事であった。
現実離れしたような、まるで子供の奇妙な夢を見ているような気分だ。
私はまだよく理解していなかったが、それが本当であるのかを確認するために、ミカちゃんに近づいた。
ミカちゃんは、あどけない顔でキョトンとしていたけど、私は構わずこう言って訪ねた。
「ねえ、ミカちゃん。…今のミカちゃんは誰?」
その言葉を聞いたミカちゃんは、まるで別人のように不気味な笑みを浮かべた。
嘲笑をするミカちゃんは、顔を私に近づけて囁いた。
「気づいていたんだ。そう、今のミカはお前の知っているミカでは無い。けど、案ずるな。これはお前には関係ない事だ。まるで気づいていなかったように、普段通りにしろ。」
「貴方は誰?…敵ではないの?」
私が質問すると、ミカちゃんは小さく微笑んだ。
まるで人を馬鹿にするような笑い方で、少しだけ気に障った。
「ああ、俺達は味方だよ。正確には利害の一致による一時的な協力関係に近いんだが…お前たちのような凡人には関係ない事だ…。とにかく心配するな、お前たちの知るミカは今もずっといる。何なら交代しようか?」
「交代…?そんなことが…出来るの?」
「ああ、出来るよ。まあ、ちょっとした惨事にはなるが、俺の知った事では無い。」
そう言ってミカちゃんは、一歩だけ私から離れた。
静かに深呼吸をして、ゆっくり目を閉じた。
手を胸に当てて、瞑想するように精神を統一している。
そうして数秒経ったかと思うと、ミカちゃんが急に地面に倒れ込んだ。
「わ…!ミカちゃん!」
私は慌てて倒れ込むミカちゃんを受け止めて、ミカちゃんの青白い顔を覗き込む。
流石に周りのみんなも異変に気付いたようで、心配の表情で駆けよって来た。
私は事情を伏せてみんなを安心させてから、ミカちゃんを運んで行った。
そして運びながらシルミアちゃんから聞いた事と今この目で見た出来事を頭の中で整合して、この状況を整理して私なりに理解しようとした。




