第56話 ≪最強の剣姫≫メアリー=スノゥ。またの名を狂犬、またの名を…。
この話は3500字程度あります。
異常事態を報告しに教会堂へと足を運んだヒューリーは、教皇のいる最高礼拝所にまで歩いて向かっている。
本来なら最速で向かうべきなのが事項だろうが、これから起こることを考えると自然と速度が落ちてくる。
と、言うのも、ここに着くまでに新しい問題を伝えなければならなくなったからだ。
ついさっき、子犬こと≪鉄球投げの聖女≫を泣きながら運んでいるラハブから、新しい問題を伝達されたんだ。
乱心していたお嬢様の伝言を超要約すると、メリー率いるパラディンは全員返り討ち、そしてメリーは特に重傷を負ったようだ。
つまり、教皇直々に出した指令を受けておいて、盛大に失敗したのだ。
器は教会にとって絶対に必要だった。そして、器が手に入るチャンスは二度もあったにもかかわらず、アタシらは訪れたチャンスを掴むことができなかったってわけだ。
きっと、面倒なことになるだろうな。もしかしたら、器を取り返すために強硬手段をとるのかもしれない。
もっとも、それらを遂行するのは決まってアタシらなんだけどな。
「はぁ…」
怠い気持ちで最高礼拝場に続く回廊を歩いていると、目の前の通り道に見知った少女が突っ立っていた。
最悪。こいつと対面するとは本当にツイてねえな。
目の前の少女は、輪郭がぼやけていた。
黒に限りなく近い銀色の毛をした狼の耳と尻尾を持っている。
小さな背中にはとある言葉が彫られているが、着ている服によってうまく隠されていた。
本来の顔はきっと年相応の…だが少し生意気そうな乙女の顔であっただろう。
だが、奴の顔は醜悪な狂人の表情で片付く。
赤くギラついた目は奴の醜悪な人格により歪んでおり、口角が不自然なまでに吊り上がっていてヨダレがダラダラと垂れていた。
服装は統一感があまり無いが、唯一の共通点は恐らく誰かから奪った遺品である事だろう。
そしていろいろ混ざった強烈な血の匂いと、吐き気のするような殺気を放っている。
≪最強の剣姫≫…メアリー=スノゥ。教会の実力者第一位の狂犬!そして、世界最強の殺人狂!
「~♪~~~♪♪」
狂犬はくるくると回りながら、何かの歌をアカペラで口ずさんでいた。
優雅だが力強い印象を受けるその歌は、少し聞いてるだけで記憶に残る。
少なくても、アタシの好みの部類であった。
「良い歌でしょ♡教会の剣ちゃん!これはね、ロシアの民謡だよ。名前は確か、カシューナッツだっけ?そんな感じの題名だった♡キャハ♡」
聞いたことのない単語が聞こえた。恐らくはどこかの国の名称だろう。
詳しく詮索してみたくなったが、こいつに限っては虚言の可能性がある。
それに今は狂犬の戯言を真剣に考える余裕も、狂犬と音楽を語り合う時間も無い。
「なんでお前がここに居るんだよ。指令はどうした?まさか…全部終わらせてきたのか?」
「うん。そーだよ♡」
メアリーはくるくると回転しながら、体をぐるりとこちらに向けてニタニタと嗤った。
「海賊団の殲滅約3分で完遂、黒星の魔術師達の公開処刑約5分で終了、ジャガーノートを3体を約37秒で処理、ハウンドオブザティンダロスを2分で殺害してからの体液の採取、敵対的な吸血鬼10体の処刑約1分、命の生産者36名の排除と≪命の設計者≫エルフを計70回殺害…これは大体1時間ちょっと掛かったかな。言われた通り全部終わらせてきたよ♡あとついでに余った期間を使ってパンドーラちゃんのところで4日ほど修行してきて、いくつか神話武装の厳選もやってきたんだ!それでね!帰り道で外なる神々の降臨現場を目撃したから、38分程遊んできたんだ♡…あとね、なんか知らないけど~、イブニーグの軍隊にケンカ売られたから、全員殺してあの臆病者をわからせてやったよ♡キャハ♡あの王子様ったらね、ビビッて失禁してたんだよ♡やっぱいいもの食ってたんだろうね!小水の匂いも一般人や他の英雄気取りのバカよりも格が違ったよぉ♡キャハハッ♡」
いっぺんにまくし立てられたが、アタシは慌てずに冷静に整理した。
まずジャガーノートってのは最上位のデーモンでやばいくらい強い。
具体的に説明すると、奴らはでっかいダンゴムシみたいなバカみたいな姿をしている。
しかし、その堅牢すぎる外骨格によりこちらの攻撃がほとんど通じないんだ。
にも拘らず、その圧倒的な破壊力でこちらを一撃で粉砕する。
まあ、要するにこいつを倒すにはドゥームや神話武装級の強力な武具を持った英雄クラス以上の戦士が必要になる。
次にハウンドオブザティンダロスは宇宙ってところにある不浄の都にいる奇妙な獣で、情報によると瞬間移動とかができるらしい。こいつに関しては情報が少なすぎるので、割愛だ。
命の生産者とエルフは、妖精の力により永遠の肉体を手に入れたイカれた錬金術師共だ。
奴らは別名、食肉鬼とも呼ばれているが、まあその名の通り人や妖精を食らう。
ただそれだけなら良いんだが、問題はこいつらが元生命の信仰者だったって言う事実がある事だ。
こいつらの存在により、生命の信仰者の印象がかなり悪くなっているところがある。
だから、定期的に狂犬のような強力な刺客を送って殺しているんだが、なかなか消滅してくれない。
あと、任務外で討伐したと言う外なる神々っていうのは、異界に棲む人知を超えた化け物どもだ。
こいつらはたった一体地上に降臨しただけで、その近辺を蒸発しないといけなくなる程の驚異的な存在だ。
あのマギア魔術協会が五星賢者を派遣してその近辺全てを丸ごと焦土に変えて浄化させる程に、外なる神々は居てはいけない存在って訳だ。
まあ、長ったらしくなったんで簡単に言うと、こいつら全員英雄クラスどころから災害クラスでもきつい化け物共だ。
…にもかかわらず、狂犬は余裕で達成してきたらしいな。
ひとしきり報告し終えた狂犬は、満足そうな嘲笑を浮かべて無駄に体をくねらせていた。
「確認するが、一般人は何人殺した?」
「キャハ内緒♡ラハブ君になら教えてあげる。」
アタシの確認をやはりいつも通り、狂犬ははぐらかした。
この感じを察するに、まあ2桁は確実に殺しているだろうな。
また報告しなければいけない面倒ごとが増えた事で、アタシは軽い頭痛を患った。
「気分が悪い。さっさと報告してからシャワー浴びるか…。」
「…あ、そう言えば子犬君は元気してる?最近あってなかったけど、ちゃんと修行してるよね?」
迅速にその場を離れようとしたが、狂犬に声を掛けられてしまった。
仕方がないので、さっき聞いた事実を告げた。
「ああ、子犬ならついさっき任務に失敗して死にかけてたよ。」
瞬間、狂犬が一瞬…そう、本当に一瞬だけ、表情が死んだ気がする。
「ふーん。詳しく教えてくれないかな?」
狂犬が尋ねてきたので正直に言った。
アタシが知ってる限りの事実をそのままな。
嘘偽りを語ってこいつの機嫌を取りたかったがこいつに噓はかなり難しいだろうし、もしバレたらかなり手痛い目に合わされるだろう。
だから素直に告げたんだが、それが間違いだとすぐに気づいた。
「そっかぁ。何処の馬の骨かもわからない奴に返り討ちに会ったんだ?しかも、奇襲をして?はぁ。」
狂犬はゆっくりと手を上げて、そのまま静止した。
嫌な予感がしたアタシは、そのまま狂犬の左手を凝視した。
すると、奴の左手は急に鮮血が滴りだしたのだ。
アタシは冷静に自分の腹を押さえ、零れ落ちるモノをかき集めてそれら全てを中に押し戻した。
このイカレビッチが!やりやがった!アタシじゃなきゃ死んでたぞ!?
アタシは心の中で毒づきながらも、意識を集中させて祈祷術を使用した。
「(メディカルヒール)…!はぁ…」
口から漏れ出た血を袖で拭きとりながら、アタシは狂犬を軽く睨みつけた。
「すごーい!さすがは教会の剣ちゃんだね!お腹を割ってあげたのに顔色一つ変えてないね♡」
原因である狂犬は、相変わらずふざけた笑みを浮かべて唾液を口から零していた。
そして狂犬は自身の下半身を押さえながら、荒い息とともにヘラヘラ笑う。
「キャハハ♡やっぱり子犬君はあーしが付いてないとダメだねぇ♡あーしがじっくりと、お仕置きして…あ・げ・る♡キャハハハハハハハ!!」
ヘラヘラ笑いながら勝手に盛り上げってる狂犬を背に、アタシは本来の目的を果たしに行った。
「≪最強の剣姫≫…またの名を≪狂犬≫。またの名を…≪外道幼女≫。………はっ!化け物が。」
小さく毒づいたアタシはあの狂笑を聞き流しながら、教皇共が居る最高礼拝場に入室した。