第53話 解呪。
この話は4900字程度あります。
暗い夜道を馬車で駆け、明け方になるころには森の入り口辺りまで着いた。
ここから先はハローにとって未知であり、みぃの館の道順を知っているマリアがナビゲートする事になった。
前席ではマリアが的確に進行方向を指示し、ハローが不服そうな顔をしながらも、ちゃんと指示に従っている。そのおかげで、予想よりも早く帰還する事ができた。
夜中でも休憩を最小減にするようにハローに口添えしてくれたコロロには感謝してもしきれない。
馬車を降りた私は扉の前に立ち、軽く深呼吸してから押し開けるため扉の側面に両手を置いた。
「ミカ様、ドアノブを回さなければ開きません。」
「………!」
マリアから小声で指摘された私は少し耳の端を赤くしながらも、正しいやり方で扉を開けた。
広いエントランスが迎えてくれたがみぃはいなかった。
私達はそれぞれ背負っていた荷物をドサリと降ろした。
すると、奥の方からバタバタと騒がしい足音が聞こえて、それがだんだんと大きくなっていく。
エントランスの少し奥の中央の階段…私達から見て正面の二階に繋がる階段を駆け下りる稲穂色の狐の少女が目に入った。
「みんな!帰ってきてくれたんだね!」
「みぃちゃん…!」
みぃの元気で耳を優しく包み込むような声を聞いた私は、目頭が熱くなるのを感じた。それは安堵の感情と悲しみによるものだった。みぃの顔は確かに明るかったが、右肩を包む包帯が悲愴にも赤黒く染まり上がっていた。
「貴女様がみぃさんですね?私は元青色信徒のシルミア=エレフィーレです!ついさっき仲間に引き入れてもらいましたです!それで、みぃさんの傷を癒しますので、傷を見せてくださいです!」
シルミアが簡潔に名乗り、みぃに傷を見せるように願い出た。
いきなりの事でみぃは少し動揺したが、すぐに飲み込んで素直にうなずいて聞き入れた。
「わかった!じゃあシルミアちゃん!治療をよろしくお願いします!」
「はいです!」
みぃは包帯を外して悲惨な傷を見せた。時間が経っているにもかかわらず、血が溢れ傷口は開いたままであった。シルミアは固唾を呑んで傷口に触れた。
「これはひどいです。傷口が少し化膿していて…しかも…これは呪痕です?しかもこの型式の呪痕は……まさか、吸血鬼です…?噛み痕もありますし…間違いないです…。すぐに解呪しますです!」
シルミアは不穏な独り言をしたと思うと、懐から青い水液の入った瓶を一つ取り出し、コルクを開けて傷口に流し込んだ。みぃは少し顔に苦しみが浮かびながらも、声を上げず痛みに耐えて見せた。
「ごめんなさいです!…傷口の一部を切り落とします。すみませんです…私の祈祷術では腐敗した肉を回復させられませんです…」
深々と頭を下げて謝ったシルミアは、鞄の中をゴソゴソと弄り、銀の短剣を一本取りだした。
短剣の白刃は光に照らされて、冷たく反射している。シルミアがこれから行う事は善意でやる事であり、前世でいうところの医者によるオペのようなものだ。だから、心配する必要はないのだけど、それでもやはり心に来るものがあって辛い。それはシルミア本人も同じようで、ナイフを持つ手が少し震えている。
それを見かねたみぃは、太陽のように眩しい笑顔を向けた。
「大丈夫…私はもっと痛い事にも耐えてきたから!我慢できるから、シルミアちゃんは気にしなくていいよ!」
「みぃさん…わかりましたです!できるだけ苦しめないよう…努力しますです!」
激励を受けたシルミアは、自身の服の袖をみぃの口元に向けた。
「とても痛いので噛み締めてください…。…いきますよ!生命と救済の神よ、命消えかけた者の為に、この者に安らぎを与え続けたまえ!(キュアブレッシング)!」
おそらくは麻酔代わりとして祈りを施したシルミアは、少しの間を開けてからナイフを傷口に押し当てた。その間にみぃは差し出されたシルミアの左袖を咥えて覚悟を決めた。
シルミアのナイフは腐りかけた肉だけを慎重に削ぎ落削し、生きてる肉は極力傷つけないように器用に動かしている。祈りの力で一応痛みは軽減されているのかもしれないが、みぃの顔に余裕の色は無く、シルミアの左袖を噛み締めて目を閉じて激痛に耐えていた。
切除された肉は空になった瓶に次々と入れられた。
「生命と救済の神よ、致死の傷を負った者の為に、この者に奇跡の癒しを施したまえ。(メディカルヒール)!」
シルミアの祈りに答えるように、みぃの傷口は優しい光に包まれた。
そして肉が紡がれ開いた箇所が埋められて、その上を皮膚が覆い被さり傷を塞いだ。
「これで呪いは取り除かれ、傷も塞がりましたです!ただ…すみません。傷跡が…残ってしまいました…。」
シルミアは残念そうに目線を下に下げて告げたが、そんなシルミアの右手をみぃは優しく包み、もふもふの尻尾を降った。
「傷跡なんて気にしないから、落ち込まなくていいんだよ?私の為に治してくれてありがとう!」
「みぃさん…!こちらこそありがとうございますです!」
素直に感謝されたシルミアは、少し恥ずかしそうにはにかんだ。
シルミアの年相応の笑顔を朗らかな表情で見守りながら、私達にも目を向けた。
「えっと…初めて見る人達だね!」
そうだった。
みぃはここで待っていたのだから、コロロたちを知らないんだ。
知らないうちに仲間になったと知ったらどう反応するのだろう?
「もしかしてミカちゃんやアンリちゃんのお友達かな?じゃあ…自己紹介かな?私の名前はみぃ!炎の加護を持った狐人の剣士だよ!今は亡き…ご主人様の意志を継いでここを守っているんだ!」
なんとなく状況を把握したのか、みぃは無邪気な笑顔と共に明るくて聞き取りやすい声で名乗った。
「お初にお目にかかるね~。旅する魔法使いのコロロだよ~。みぃ君の予想通り~ミカたんのお友達だよ~♡試練の事は~マリアから聞いたよ~。居候させてもらう代わりに~それなりに貢献してあげるね~!」
「ハロー…ハロー=シルヴァーニじゃ。こんな家名じゃが、儂はもうただの商人じゃ。試練の件は聞いておる。一応、刀術も嗜んではいたが…あんまり期待しないでほしいのじゃ…。」
「は…初めましてデス。…道中訳あって仲間に入れてもらった…シフ、普通の、至極平凡な女の子デス。だから、期待しないでほしいデス。」
2人が続けて名乗り出て、少し遅れたタイミングでシフも名乗った。
軽く素性を明かした二人に対して、シフは流石に元の素性は明かさなかったようで、少し濁した感じの自己紹介だった。
しかし、みぃはそこには深堀せずに明るい笑顔で名前を復唱して、無邪気に対応した。
「コロロちゃんにハローさん!それと…シフちゃんとシルミアちゃん!みんな覚えたよ!仲間になってくれてうれしいよ!みんなで力を合わせて、試練に勝とう!ところで~シフちゃんって、もしかして亜人なの?」
みぃは激励の言葉をサラリと言い、シフに話題を振った。
「え…?あ…亜人?わたしは…見ての通りゴブリンのメスデス。」
「やっぱり!ねえシフちゃん!シフちゃんって普通に公用語話せるけど、亜人語も使える感じなの?」
「亜人語…もしかして…非人語の事デス?それなら…一応、話せるデス。」
シフは少し気まずそうに目をそらしながら髪を構う。
目線の先が尻尾に行っていて、何か我慢するような表情で喉をうならしている。
「私ね!亜人語を勉強しているんだけど、よくわからなくて…もし良かったら、先生になってくれないかな?」
みぃはシフの目の前まで移動して上目使いでお願いした。
彼女に誘惑する意図はないのだろう。
しかし、その光景は横から見ている私ですら悩殺してしまうほど可愛かった。
狐のモフモフと身体が動くたびにちょっと揺れる美乳、そして無垢で太陽のような輝きを放つおねだり顔はまともに見れば思考能力を消し飛ばすだろう。
「モ…モフモフ…!……わ…わかった、いつでも教えてやるデス!そ…その代わり報酬を用意するって約束するのデス。」
「ありがとう!とっても嬉しい!じゃあ後で私のお部屋に来て!報酬も約束するよ!」
承諾を貰えたみぃは、尻尾を振ってその感動を表現した。
それを直で見たシフは顔を赤らめて、みぃが話し相手を変えた後も少し余韻に浸るような表情のまま惚けてしまった。
その様子に私は少しシンパシーを感じ取った。
今度みぃについてシフと語り合ってみようかな。
「えっと、ハローさんはもしかしてだけど…その…帝王様なの?」
そんなことに気付かないみぃはハローに話を振っていた。
「…元な。今は普通の商人じゃ。じゃから、どんなに頼んでも、地位を上げたり徴兵を撤回したりはできないのじゃ。もう儂にはそんな権限は無いのじゃからな…」
「別に大丈夫だよ!私、もうシルヴァーニの民じゃないから!でもちょっと頼みたいことがあるかも…」
「なんじゃ?言っておくが儂は料理か商談くらいしか請け負わぬぞ?」
それを聞いたみぃは少し残念そうな…それでも明るく振る舞いながら口を開いた。
「そっかー。出来れば刀術を教えてほしくて頼もうと思ったけど…無理だったらいいや。」
「………刀術か…できなくはないが、みぃ殿は剣を使えるのではないのか?」
「うん。でも刀術はそこまで得意じゃないんだ。だから、稽古をお願いしようと思ったの!あと帝王様にのみ伝わってる戦技とかあったら学びたいな!強くなってご主人様のかた…。…ご主人様の遺志をちゃんと継ぎたい!」
胸に手を当てて拳を作ったみぃは決心したような目をハローに向けて頼み込んだ。
その真っ直ぐな目はさすがの陰気なハローも応えたようで、少し悩んだハローは深いため息をついて口を開いた。
「…他言無用じゃぞ?もし漏れて万が一にも現帝王に知られたら、英雄クラスの刺客を送られるからの。それと、教えるのなら全員纏めて教えた方が効率的じゃ。時間を作ってくれるのなら鍛えてやろう。」
「ありがとう!じゃあ今日は遅いから、明日のお昼辺りにお願いしてもいいかな?」
みぃが尻尾を振りながら質問した。ハローは少しぎこちなく頷いた。
そのまま次の相手にみぃはどんどん話しかけていく。
その様子を傍観している私は周りを見てみた。
すごい…みんな心なしか楽しそう。
まだ、会って間もないのにみぃはもう打ち解けている。
少し強引ながらもそのまま会話を展開して、雑談に持っていったみぃの手腕に私は憧れる。
私にもみぃみたいにコミュ力があったら…
誰にでも共感できる理解力と知らない人にも会話を試みれる勇気。
この二つの要素を持つみぃはやっぱりすごい。
私にも勇気と理解力があったら、前世でも現世でも傷付くことが無かったのだろう。
みぃを見ているとついないものねだりをしてしまう。
でも嫉妬をしないのは自分にしては珍しかった。
前世なら…いや今でも他人を妬む癖があったのに、何故かみぃにはそんな感情を抱けなかった。
ただ純粋に、尊敬の念と憧れの感情が溢れそうになるだけだった。
でも、本当に尊敬だけなのかな?本当に…それだけなのだろうか?
どうして私はこんなにも、みぃに思い入れがあるのだろう?
ふと、疑問に思った私は瞑想をする修行者のように、静かに考えに耽る。
みぃを見ていると、なんだか心臓が熱くなるような気がするのはどうしてだろう?
みぃの声が、他の人の声や音よりも鮮明に聞こえる気がするのはなんでだろう?
みぃの事を考えると…世界が止まっているように錯覚するのは…一体どういうこと?
脳内会議を繰り返してその要因を探していると、みぃの声が聞こえた。
「…そう言えばもう夜だったね。みんなお腹空いてると思うから、食事にしようか!」
どうやら夕食にするようだ。そう言えば最後に食事をしたのは数時間前だった。
まだ思索している途中だったけど、私はみぃの後に続いてダイリングルームまで移動することになった。
でも大丈夫、食事中でも考えることはできるし、時間はいっぱいある。
試練までじっくり考えて、みぃに対する思いを整理しよう。




