第52話 乙女の証言と不吉な予感。
この話は2800字程度あります。
「それで、てめーが言った事は本当なんだな?」
アタシ、≪教会の剣≫ヒューリーは脱いだ服を着直しながら、赤く火照った顔で伸びる無能野郎に聞いた。
先ほどキュアミュゥに聖なる裁きをしながらもアタシは聞いていたが、一応念のために再び確認した。
「はい…。ごめんなさい…ヒューリーさん…。まさか…虚空から現れるなんて…それも英雄クラスの強者だったとは…想定外でした………」
キュアミュゥは消沈しながらも、アタシに説明をした。
その内容を整理すると、突然何者かが虚空から現れてキュアミュゥを圧倒。
そしてどういう訳か後悔と罪悪感を強く感じて、囚われた器候補のシルミア=エレフィーレを解放しようと牢まで歩いて行ったという。
その行動がその侵入者を案内する結果となったのは火を見るよりも明らかってやつだ。
キュアミュゥの証言はここまで、この続きはラハブから聞いた物だ。
ラハブがカタコンベに来た時には既にシルミアも侵入者も行方知れずとなっており、周囲も瘴気で覆われて穢れた状態だった。
周囲のスケルトンやゴーストは瘴気の影響で上位種と変異しており、黒星の眷属である≪名前を知らぬ者≫が3体いたと言う。
ラハブは上位アンデットのほぼ全てと2体の眷属を処理して残った眷属をある程度追い詰めたらしい。
最後まで処理しなかったのはキュアミュゥを守りながらであったからだ。
逃げる隙を作って、そのままキュアミュゥを担いで逃亡していたところアタシとバッタリ遭遇って事だ。
結局侵入者の正体は不明だ。一番怪しいのは茨騎士団の連中だが、確証はない。
落ちていたフラスコに付いていたシンボルが茨騎士団のものであるだけで、これでは証拠として処理するには情報が足りない。
とは言え怪しいのは変わりないからお偉いさんに報告をして、指令を受けるまでアタシは待機する。
「しかしな。てめーの二つ名はなんだ?飾りか?少しは抵抗しろよ。それが無理なら走って逃げればよかっただろ。なんで簡単にヤられちまうんだ?しかも、ご丁寧に侵入者を案内するとは…本当使えないな?いっそ≪無能の乙女≫に改名したらどうだ?」
余りの面倒ごとに嫌気がさし、ついつい原因に対して罵倒してしまった。
「うう…申し訳…ございません。」
「…ヒューリー、それは結果論よ。キュアミュゥの身体能力じゃ逃げられないし、最低限の武装しかないからまともに戦うのも難しいわ。それに…今回は相手が悪かったわ。おそらくは相手は黒星の眷属…それも、まだ存在すら確認されていない上位個体よ。勇者クラスのキュアミュゥには厳しいわ。だから、あんまり責めないでやって?」
アタシが責めると、見かねたラハブが擁護に出てきた。
キュアミュゥの目線だと、ラハブは弱者を救済する聖女様なんだろうな?
実際にラハブは自称・心優しい聖女なんだからな。間違いではないだろう。
全く、ラハブお嬢様は相変わらずお優しいですねぇ?
ピンク色の若干ウェーブがかった癖のある髪を片手で掻き上げるような仕草をするお嬢様を見ながら、アタシはふと思った。
こんな身内に甘々だから、面倒な仕事を押し付けられまくっているのだろうな…と。
しかしまあ、確かに言い過ぎたかもしれないから、今度からはもう少し遠回しに非難しよう。
「はぁ………こんな忙しいって時に≪嘆きの乙女≫が動けないようじゃあダメだな。」
「忙しいって、何かあったのかしら?」
「そう言えば言ってなかったな。聖都に器が来たんだよ。それを知った教皇が指示を出し、子犬…メリーが回収に向かった。アタシはいつも通りお偉いさんの御接待をしてたんでそれ以上のことは分からない。」
アタシの簡潔で丁寧な説明を聞いたラハブは浮かない顔になった。
まあ、実際にはヴェールで見えないから表情は分からんが、雰囲気は落ち込んでいる。
「そうだったのね…。メリーが行ったの…。」
「そうだ。なんだ…心配してるのか?あの≪鉄球投げの聖女≫を。」
「そうよ。だってメリーはまだ9歳よ?いくら才能があるからって…まだ子供よ?失敗して怪我をするかもしれないわ。責任だって…あの子には荷が重すぎる。」
ラハブは子犬を憂いて、目に手を当てる仕草をした。
これは、気分が悪くなると無意識に行う彼女の癖であり、周りからはクールを気取っているとか、賢者妄想症候群だとか影口を叩かれている。ちなみにアタシもウザいとは思っている。
「じゃあさっさと手助けしに行けばいいんじゃねえの?こんなところでお坊ちゃんへのお仕置きを見てマスかいてるんじゃなく、さっさと行けばいいだろ。」
アタシがバッサリ正論をかますと御下劣な言葉に慣れていないのか、高潔なるお嬢様が精人特有の尖がった耳を赤く染め上げた。
普段はクール気取りの彼女だが、こういう反応はお嬢様って感じで好感は持てる。
「うちはこれでも光の使者なんだけど…?白銀信徒ヒューリー!口の利き方に気を付けなさい!」
「そうでしたね~。じゃあさっさと行って来てくださいませっ。≪冷たい鼻先の聖女≫様っ。」
「な…!?どこでその名前を聞いたのよ!答えないと氷漬けにするわよ!?」
「狂犬からだよ。」
「ああ………あの子ね……あの子は人の気持とかわからないのかしら…?」
狂犬の単語を聞き取ったラハブは、額に手を置いて天を軽く仰ぎ愚痴と共に嘆いた。
あの狂犬に共感性を求めるとはお気楽だな。
一般人をノリで斬殺するようなイカれた殺人鬼にそんな上等なもんはない。
あの最強に固執する狂犬の頭の中にあるのは、満たされない闘争本能と歪んだ加虐心そして…尽きない殺人衝動だけだろうな。
そう言えば最後に会ったのは5週間前だったが、あの狂犬は今何をしているのだろうか?
正直、好き勝手されるのはかなり迷惑だ。
この前は勝手にマギア魔術協会の拠点である[星天の摩天楼]に殴りこんで、不良とは言え星の魔術師団を6つも壊滅させやがったんだ。
それらの後処理や責任問題の話し合いは光の使者の仕事だが、それによって生まれるストレスのはけ口はアタシだ。
正直勘弁してほしいが、アタシの立場じゃ文句も言えない。
アタシができることはあの狂犬がどこかで野垂れ死んでくれる事を神に祈ることだけだ。
もっとも、あの化け物に限って死亡なんてことは絶対にありえないのだろうがな。
「さてと、アタシはお偉いさんに報告してくるよ。お嬢様は子犬の支援にでも行ってきな。」
「言われなくてもわかってるわよ!キュアミュゥごめんね。聖水はここに置いておくから、灰色信徒の方に頼んで看護してもらって。じゃあ、行ってくるわ。」
互いに言葉を残したアタシとラハブはそれぞれの目的のために、キュアミュゥを置いて部屋を出た。
途中までは一緒だったが、アタシは教皇らのいる教会堂へ、ラハブは子犬の援軍に駆けて行く。