第50話 被食者の恐怖…捕食者の憂鬱…。
この話は4600字程度あります。
馬車の中で揺れながらうわの空でいるところに、アンリは少し眠たいようで私達に交代を持ちかけた。
ずっと馬車の中でいるのに飽きた私は、席の場所をアンリと交代した。
隣にはハローが馬を操縦しており、私には一切目を向けてこない。
私のすぐ横にはシフも座っているが、ずっと下を向いている。
私も大して興味がないので景色を堪能することにした。しかし、草原はやはり見るモノが大してない。
たまに道の端を歩いている冒険者や旅人を見かけたり、野ざらしの骨や武器を墓標に見立てて突き刺して合ったりするのを見る事ができる。けど、あんまり代わり映えがないから飽きてしまう。
退屈のあまり眠気が誘ってくるが、もしこの場で寝たらきっと落ちてしまう。
これは確かにアンリが交代を提案するわけだ。
何と無く後ろを振り返ってみると、アンリが身体を傾けながら眠りこけていた。
マリアはアンリの支えになりながら拾った武器の手入れをしていて静かだった。
シルミアはどうやら、神話の話をしていてコロロが相槌を打ちながら聞いていた。
私も暇をつぶすために、本を取り出して読むことにした。
本は鞄ではなく、スカートの裏地のポケットに収められている。
忘れたわけじゃないけど、この服はマリアから借りた物だ。
マリアは武器をスカートに仕込んでいたりするので、きっとこのポケットは仕組みの一つなのだろう。
ポケット以外にも釣り金や留め金も付いていて、武器や道具を引っ掛けれるようだ。
万能さを実感しながらも、目的の本を取り出すためにスカート内に手を入れた。
えーと…確かここに………あった。
スカートの中は見えないし流石に捲って確認するわけにもいかないので、取り出すのに手間がかかった。
取り出した物はこの前読んでいた本で、読みかけのページには布製のしおりが挟んである。
私は続きから読むために、本のページを捲ろうと手をかけた。
「……ちょっと聞いてもいいデス?」
ちょうど開こうとしたタイミングで、隣にいるシフに話しかけられてしまった。
こちらは本を読むところであるため、断ろうとして口を開いた。
断っても責任を感じなくてよいので、私は遠慮なく断るつもりだった。
「な…なに?」
しかし、私は脊髄反射で返事をしてしまった。
声を掛けられたら無視するか返答をするかの二択しかしてこなかった私の悪癖だ。
返事をしてしまったからもう断れないので、仕方なく話をすることにした。
「さっき後ろで言ってた事聞こえたけど…仲間に入るって本気デス?」
シフはどうやら、コロロの仲間になる宣言の真偽を確かめるために私に質問をしたようだ。
わざわざ聞いたのを察するに、コロロのあの言葉はシフと相談せずに言ったのだろう。
「多分…本気だと思う…わからないけど……」
「……ミカはいいのデス?わたし…いろいろしたけど…不服じゃないのデス?」
若干不安そうな声色でシフが聞いてきた。
正直言って私はシフの事はそこまで良い印象はないけど、ちゃんとおとなしくコロロの尻に敷かれているし、アルブでは見捨てることなく私達を助けてくれたから、信用はある程度できている。
「一応、アルブで助けられたから…私は…別に………。正直…みぃが助かればそれでいいから…。私達は試練に挑むために………少しでも戦力が欲しい…。だから…戦えれば…問題ないんじゃないかな……」
包み隠さずにありのままの意見を伝える。
これで納得してくれるだろうと私はシフの反応に期待した。
「し…試練デス!?待って、わたし戦えないデス!」
しかし、シフは私が想定しなかった反応を見せてきた。
なんと、シフは戦力になることを明確に拒んだ。
「え…?私たちを襲ったのに…?」
シフは私達を襲った略奪者の一員であった。あの略奪者達はクロスボウや骨製の武装で、確かに私たちに危害を加えてきた。なので、シフの発言は矛盾しているとしか思えなかった。
「わ…わたしは見張り役デス…わたし戦えないからチーフにお願いして…見張り役にしてもらったのデスよ。」
切実そうにシフは事情を明かした。
思い返してみればシフは見張り役で、確かにシフ自身は直接手を出していなかった。
しかし、それが戦えない理由になるのだろうか。もっとちゃんとした理由があるのだろうと私は睨んだ。
「なんで…戦えないの…?」
攻撃できない理由が気になり、私は直球に問いただした。
シフは少し苦い顔をしながらも一つ一つ言葉を紡ぎ、理由を述べだした。
「それは…怖いからに決まってるデス。考えてみろデス。敵が殺そうと殺意を向けて襲い掛かってくるのデスよ?殺意を向けられたらわたし…怖くて逃げたくなるのデス。」
シフの恐れる事に私は少し共感した。たしかに、冷静になってみればここは殺すか殺されるかの世界だ。
ゲームみたいな法則のせいで現実味をあまり感じれず、仲間がみんな強くていまいち実感が沸きずらかった。普通、脅威となる者に殺意を向けられたら逃げるものだ。シフの意見はまっとうだった。
「刺されたら痛いデス…血が流れたら怖いデス…目の前が真っ暗になったら………嫌デス。どんなに強い奴でも死ぬときはいつだって怖がるのデス。弱者の死なんて…想像もしたくない程に怖いに決まってるデス!だから…わたしは……死にたくねえデス…。」
シフはスカーフを上げて口元を隠し、体育座りになって下を向く。
その姿はとても哀れで情けなくて、なんだか自分を見ているように感じて心がどんよりとしてくる。
「…魔物のくせに死を恐れるとは情けないの。」
唐突に、ハローが悪意を込めてシフの意見を切り捨てた。
いきなり会話に割って入られて意見を否定されたシフは当然怒り、ハローを強く睨みつけた。
「はぁ?ジジイは殺されるのが怖くねえのデス?死ぬのは怖いから、護衛付けていたんじゃねえデス?」
罵倒を織り交ぜたシフの問いに、ハローは鼻で笑いながら返してきた。
それがとてもウザく感じたのは気のせいだろうか?
「あれはコロロちゃんのお願いだったから付けただけじゃ。そして、死ぬのが怖いと言ったか…死などいつ来てもおかしくない現象じゃ。死ぬときは潔く覚悟すれば、案外怖くはないのじゃよ。……儂が一番恐ろしいのは…殺すことだ。」
声のトーンが一つ下がり、場の雰囲気が少しだけ冷え込んだ。
「殺すこと…?」
「そうじゃ。儂はこの手が血で汚れるのが恐ろしく…殺した者の断末魔を聞くのが悍ましく…殺人を正当化する群衆が醜く…間違った正義に溺れる自分が怖いのじゃ。…太刀を持つだけで手が冷え込む…相手の血に触れるだけで心臓が燃えるように感じる…残された者の恨みと狂気の混ざり合った目を向けられると胃をかき乱される…。殺されるよりも殺すのが恐ろしいのじゃ。しかし、どうしてもやらなければならぬ時だってある………だからこそ、殺すという行為はいつだって悍ましく醜い所業じゃ。」
ハローの語った内容は難しくて良くわからないけど、これだけは分かった。
ハローは恐らく…ただの老人ではない。
ただの老人にしては異様に恐怖が具体的過ぎた。
この言いようはまるで、本当に人を殺してきた者の証言のようだった。
「ジジイ…お前何者デス?」
「………。儂の名は、ハロー=シルヴァーニじゃ。エターナルスノゥ地方を支配する帝国…シルヴァーニの王じゃよ。…もっとも、失脚し亡命してその栄華は過去の物じゃ。」
素性を明かしたハローは、最後の一言で自虐的に呟いた。
まさかのカミングアウトを聞いた私とシフは、驚愕のあまり声を詰まらせてしまった。
シルヴァーニ…私が投獄されていた時、サディ達がよく仲間内の会話で話題に出していた。
サディ曰く、世界で最も強大な獣人至上主義の軍事国家だと。
兵士一人一人が獣人であり徹底した教育や制度の中で育てられたため、たとえ銃弾の飛び交う中だろうと国歌を歌いながらサーベルを掲げ突撃する狂気性と凶暴さを持っているらしい。
また戦いの傷を慰めるためなら、平気で敵国の村を蹂躙する残虐性を持っている。
その圧倒的な軍事力と残虐な侵略行動を恐れられ、シルヴァーニは他国からは飢えた獣と呼ばれているらしい。
そんな帝国の元王様だと言うのだから、驚くのは当然でしかない。
「デ…デタラメ言うなデス!シ…シ…シルヴァーニのお…王族が戦争中に…っそれも敵国のど真ん中で商人しているわけが無いデス!!しょ…証拠を出せデス!」
「なら、証拠を見せてやろう。一瞬だけじゃ…」
ハローはコートの裾を少し持ち上げて、背中を見せた。
そこには、灰色の尻尾が確かに生えており、ハローが獣人であることを誇示していた。
まるで隠すようにコートを着ていることに気付いた私はもしやと思い、ハローの帽子を持ち上げて確認してみた。帽子の中にはぼさぼさした毛の獣の耳が生えていた。
「そのボフボフの毛並み…狐のように太い尻尾と耳…!そして灰色のような銀色の毛は…!!……ろ…狼人デス!?!!しかも、雑種じゃなくて純血の…!!」
「そうじゃ。わかってると思うが、暗い銀の狼人と明るい金の狐人は純血種の獣人じゃ。それ以外の狼人と狐人、犬人と猫人は雑種じゃよ。つまり…儂のこの毛色は純血でないと有り得ないのじゃよ。そして、長年近親婚による血の選別を続けている王族は純血しかおらん。これが儂が王であった証拠じゃ。」
純血だとか雑種だとか、まだまだ知らない単語が挙げられてきた。
なんとなく動物の血統をイメージした。近親婚だとか言っていたし本当にそれに近いのだろう。
しかし、まさか王族だったとは、さすがに予想してなかった。
けど、私は一つの疑問が浮かび上がる。
「ねえ。なんで…ハローは…わざわざ私達に……名乗ったの?」
「お前らの下に着くとコロロちゃんが決めたのでな。儂もわざわざ隠す必要もないと判断したまでじゃ。…ああ、もし儂の素性を他人に漏らしたらその時は覚悟するのじゃな?老いたとはいえ儂は純血の狼人じゃ。少なくても、あのマリアと一騎打ちで戦えるくらいには実力はある。」
説明をしながらもハローは漏洩対策として、私達に釘を刺した。
しかし、戦えると自慢するのなら、何で戦ってくれなかったのか、私は突っ込まずにはいられなかった。
「それなら何で戦ってくれなかったのですか…」
「殺すのは好かないと言ったじゃろ。それに略奪者に襲撃された時は、マリア殿が動いたからこそ儂は動かなかったが、ちゃんと機会をうかがってはいたのじゃ。パラディンに襲撃された時は、状況を理解できなくて、うかつに動くべきじゃないと判断したのじゃよ。じゃから、戦おうと思えば戦えるのじゃよ。」
私のツッコミに対してハローはもっともらしい理屈を並べたが、結局どう取り繕っても助けてくれなかったのには変わりない。
もっとも、私のこの考えは結果論でしかなく、私達はハローの護衛として乗せてもらっていたのだから、ハローが戦う理由は無く、こちらの方が間違いまである。
けど、私は実際に死にかけたのだから、多少は文句を心の中で愚痴っても良いだろう。
しかし、臆病な被食者と憂鬱な捕食者か。
二人とも私なんかよりも戦えるはずなのに、戦う気がないみたいだ。
戦力として期待できないのだろうと、二人よりも遥かにお荷物な私が心の中で嘯いた。




