第3話 はじめての冒険!だけど・・・あれ?!
無事、よろず屋[旅人の通り道]から脱出した私達は検問所の前にいる。
どうやら城下町から出るには、衛兵の許可が必要らしく、それがかなり時間がかかるらしい。
今、サディが見張りの兵士と交渉をしている。
「…まだ、時間がかかりそうですね。」
「そうだな…」
私とダストは近くにあったベンチに腰を掛け、許可が下りるのを待つ。
異世界の空は前世と比べて随分と澄んでいた。
車の排気ガスも工場の煙も一切存在しないからだろう。
「…あの、ダストさん…少しいいですか?」
「ん?どうした?」
私が不意に投げた言葉をダストは聞き逃さなかった。
声をかけて反応してくれるとは、それだけで私は嬉しかった。
「ダストさんはどうして旅人になったのですか?」
「…知りたいか?」
ダストが少し険しい表情で確認する。
まるで、あまり触れられたくない話題を聞かれたような反応で、ついつい恐縮した。
「はい。もしかしたら参考になるかもしれませんので…」
けど、私は訂正することなく、素直に聞いた。
前世なら絶対に出来なかっただろうけど、今の私は三日月海ではなくてミカなのだ。
だから、こうやって強気な行動もとれる。
その事に気が付いて、一人心の中で感激していた。
「…参考にならねえかもしれないが…まあ話してやるよ。」
そうこうしている内に、ダストは決心が付いたみたいだ。
ダストが頭をポリポリとかきながら、一つの身の上話を話し始めた。
「ただ単に金が欲しかったからだな。…ガキの頃、ごみが溜まってひでえ臭いが充満した路地裏に捨てられて、ゴミを漁って生きていくようなクソみてえな毎日を過ごしてきた。…そんな中、俺はいつも思っていた…大きくなったらたくさん稼ごうってな。だから、俺は14の時に旅人になった。」
「…。」
私は言葉を失った。
私もかつて耐えがたい苦痛を受ける毎日を過ごしていた。
だからこそ、ダストの境遇にかなり同情した。
傲慢だろうけど、私は自分の不幸と他人の境遇を同一視したのだ。
「え…えっと…その…」
何か慰めになるような言葉をかけようとした。
でもそれは言葉にならず、結局、何も言えなかった。
「ハハハ…なんか辛気臭いことを話しちまったな。気にするな!」
ダストは頭をかきながら、元気いっぱいにそう私に気を遣った。
「「…。」」
気まずくなり互いに沈黙した。
そよ風が吹いて互いに目をそらし合う姿は、まるで映画のワンシーンのようであった。
「ごめんね!少し遅くなっちゃったけど、ちゃんと許可が下りたわ!」
私達の沈黙を破ったのはサディの黄色い声だった。
「お!そうか。じゃあ早速、レベル上げでもしに行くか!」
「はい!行きましょう!」
ダストに続いて私とサディは検問所を通過する。
「それにしても…この壁とても高いですね。」
私は検問所を通る際になんとなく呟いた。
鉄骨と石レンガで積み立てられた城壁は、まるで外からの部外者を拒む拒絶心のようなものを感じさせる。
「…ええ、そうね。邪悪なモンスターや凶悪な暴徒達から国民を守るために作った…らしいけど、牢屋にいるみたいでとても狭く感じるわ。アンタもそう思うでしょ?」
「え?そうですかね?私はそうは…いえ、そう思います。そう思います!」
サディが睨んできたので私は慌てて言い換えた。
共感を得るために、わざわざ威圧するなんて…やはり合わなさそうだと、心の中で再認識した。
「……。」
赤茶色の制服を着て、鉄製のヘルムを被った警備兵が私たちに向かって、無言で頭を下げる。
「あ…どうも…」
私はぺこりと、軽く頭を下げた。
…城下町を出ると、草原が広がっていた。
ほんの少し、草の匂いがするそよ風が吹く。そして日光がとても心地よい。
「ここら辺に棲むモンスターは比較的弱いけど、凶暴だから気をつけてよね。」
「はい!」
私はきょろきょろとあたりを見渡しモンスターを探す。
「はは…やる気満々だな…」
あまりにも私が真剣に見えたのかダストが苦笑する。
「あ!何か見つけました!」
私は少し遠くにいる球体のようなモノに近づいた。
近くで見て私は息をのんだ。
なぜなら、その球体が……その球体がとても可愛らしかったからだ!
その球体はオレンジ色の餅に、mの字を逆にしたような口と狐のような細い目を付けたような姿だった。
「ムニャ?」
球体はとても愛くるしい鳴き声を上げて私に近づいてくる。
「おー!よしよし、いい子だねー」
私は手を伸ばして球体の頭を撫でようとした。
町で見かけた野良猫に手を伸ばして愛でようとする小学生になった気分だ。
「キシャアアアアアアアア!!!!!!」
しかし私の心情とは裏腹に、球体は明らかに敵意マックスで叫び声を上げたのだ。そして…
「ヒィ…!」
愛くるしい姿から180度豹変した。そう文字通り。
可愛らしい口は大きく裂け、鋭い牙をのぞかせている。
愛くるしかった目は、不気味な黄色い目玉が中心に一つだけとなった。
鋭い牙を見せつける一つ目の姿は、誰がどう見ても凶悪なモンスターだ。
「そいつは≪バイトボール≫だ。攻撃力もHPも低いザコだが、かなり凶暴だし、嚙まれると痛いから気を付けろよー!」
バイトボールが「グルルルル」と唸り声をあげながら、じりじりと近づいてくる。
私は急いで、腰にかけてあった鞘から短剣を引き抜き、バイトボールに向かって振り上げる。
刃が当たるその瞬間!
バチッ!
静電気が走ったような痛みとともに、短剣があらぬ方向に吹き飛んだ。
な…何が起こった?!
私がアタフタしていると視界にウィンドウが表示された。
そこにはなんとこう書かれていた。
『アナタは武器を扱うことができません。』…と。
「はあああ!?」
意味が分からない。なんで使えないの!?いや…じゃあ、どうすれば攻撃ができる?
私は何とかしてバイトボールを倒す方法を考える。
そこでふと、私は思いついた。
武器が使えないのなら、魔法を使えばいい…と。
確か(マジックアロー)が使えるようになっているはず…
私はメニューウィンドウの使用可能スキルと書かれたアイコンに意識を集中させた。
そこには(マジックアロー)の具体的な説明が書いてあった。書かれていた内容はこうだった。
(マジックアローLv1)魔属性の矢を放つ初級攻撃魔法。消費MP10 魔法威力100
「…よし!」
私は無意識に頭に浮かび上がってきた呪文を詠唱する。
始めて口にする言葉なのに、まるで歌い慣れた音楽を口ずさむような感覚だった。
「内なる力よ、今一度私の為に具現化し、目の前の敵を貫け。」
手をバイトボールに向け、呪文の最後のスペルを言い放った。
「(マジックアロー)!」
瞬間、青白い光の矢が勢い良く放たれ、バイトボールを貫いた。
「ムキュ!?!!」
バイトボールの近くに100と赤色の数字が表示され、怪物はぐちゃぐちゃの残骸になった。
多分、これは私が与えたダメージを数値化して表示したのだろう。そしてバイトボールのいた場所に、金色で1ポイントと表示された。これは私が取得した経験値で、たった今、私のレベルがほんの少しだけ増えた。あと9ポイントでレベルが2になるようだ。
「はあ…緊張した。」
私は落とした短剣を拾い上げて、シュンとした気持ちで鞘に戻す。
「おーい。大丈夫か?」
ダスト達が駆け寄ってきた。
「ちょっと!なんで武器を投げ捨てたのよ!あのまま倒せたかもしれないのに…!」
「えっと…すみません。どうやら私、武器が使えないみたいです。」
「はあ!?いったいどういう意味よ!」
「えっと、そのままの意味です。」
「ー!…。はあ…わかったわ。それじゃあ、魔法を使って。ここら辺のモンスターならマジックアロー1発で対処できるはずよ。」
「わかりました。…なんかすみません。」
私はまたサディを怒らせてしまったことを気にしながら、次なる標的となるモンスターを探す。
「あ!いた…」
私は少し遠くにいるバイトボールを見つけ、すぐさま呪文を詠唱する。
「内なる力よ、今一度私の為に具現化し、目の前の敵を貫け。」
高らかに呪文のスペルを宣言して、大げさな動きをしてみせた。
自分がまるで、演劇の主人公になったような、甘い優越感に浸った。
「(マジックアロー)!…あれ?」
しかしカッコつけたにもかかわらず、何も起こらなかった。
気まずい空気が張っているこの間に、自由な風が悪戯に吹いて、スカートの裾をヒラヒラとなびかせるだけであった。
…魔法が使用できない。
「何がダメだったの!?」と、原因がわからず私がアタフタしていると、視界の左下に奇妙な物が映り込んでいた。
じっと見つめて見ると、ウィンドウが表示されそこに書かれていた内容に驚愕する。
【ミカ Lv1】
HP 5000/5000
MP 0/10
「…噓でしょ?!」
私は叫んだ。
原因はいたってシンプルで、ただただMPが枯渇しただけであった。
MPが足りず魔法が使えない…これではバイトボールを倒すことができない。
…いや、倒す方法は、一応ある。
けど…かなり時間がかかってしまうし、何よりも…私のイメージが変わってしまう。
「…!仕方がありません。こうなったら…。」
そう私には武器がある。その武器とは、私達人類が地上に姿を現したその瞬間から持っている、最初の武器。そう…それはー!
KO.BU.SIだ。
私は、両手をグーにして胸のあたりでガツンとぶつける。
ドヤァ!
「「……。」」
ダストとサディが冷たい視線で見て来る。…ような気がする。
再び沈黙が支配して、またそよ風が私の髪とスカートを引っ張っている。
……。…恥ずかしい。…すごく恥ずかしい!!
「うあああああああ!!!!!!」
わ…私は、バイトボールに拳を一発お見舞いした。
「ムキュア!?」
バイトボールの可愛らしい顔に私の拳がめり込み、3と赤い数字が表示される。
…よく見るとクリティカルと小さく表示されている。
クリティカルでこのダメージ…期待できないかな。
そんな自分の貧弱な攻撃力への微妙な感想を考えながら私は、目の前の標的を殴り続ける。
一発、二発、三発と殴っているが、与えているダメージは1しかない。
…これは時間がかかりそう。
「キシャアアアアアア!!!」
当然、敵も殴られっぱなしじゃない。
バイトボールが牙をむき出し、私の腕に嚙みつく。
「痛…。」
嚙みつかれた瞬間、視界に黄色で5と表示された。
…猫に甘噛みされたように痛い。けど、我慢できない程ではない。
「-!この…!」
私は、再びバイトボールを殴り続ける。
敵が動かなくなるまで、ひたすらに殴り続けた。
………。
………………。
そして、激闘の末私は、バイトボールを負かした。
…実際は5分程、殴り続けただけだけど。
「はあ…レベル上げって、こんなに大変なんだ…」
「いや…普通はもっと簡単だぜ。」
「今日はこの辺で止めましょう!」
「いや!まだ始めたばっかりだぜ!」
全てをやり切った後のような顔をして、城下町に戻ろうとする私をダストがツッコミを入れながら止める。
「………こんなにも時間がかかるなんて、少し予想外だわ…。」
「…どうする?これじゃあ…間に合わねえぞ…」
「……仕方ないから、登録することにするわ。本当は不服だけど…ある程度上がってくれないと困るからね。ダスト君は…それで良い?」
「俺は別に良いぜ?」
「じゃあ…そうしましょう。」
二人が何かを話している。
登録と言っていた気がするけどそれってどういう意味だろうか?詳しく聞いてみよう。
「あの…少し良いですか?」
「なんだ?」
「二人が話している登録ってどういう意味ですか?」
私の質問に二人は顔を見合わせた。
「お前そんなこともわからねーのかよ!」
「はい、すみません。」
「はあ…俺達が話していた登録ってのは、パーティ申請のことだ。」
「パーティ申請?」
「これをすれば、パーティメンバーが…申請した仲間が手に入れた経験値…つまりパーティ申請した状態で俺らモンスターを倒せば、お前も倒したことになって、経験値が手に入るようになる訳だが…」
「問題はステータス可視化、アンタにわかるように言うと、私達にアンタのステータスと装備品が分かってしまうのよ。常識だけど、自分のステータスは個人情報よ。それを相手に知られるって、かなり最悪なことでもあるわよ。」
なるほど、つまり自分のステータス…私自身で例えると、HPが異常に高いことや、他のステータスが低いことがわかってしまうわけだ。
もっとわかりやすくすると、自分の長所や短所が分かってしまう。
「嫌かもしれないが…それでは、お前のレベル上げに時間がかかってしまう。…俺達は急いでいるんだ。だから…我慢してくれないか?」
「…はい。確かに自分のステータスが分かってしまうことは正直抵抗がありますが、私は、大丈夫です。」
「一応確認するが、本当にいいんだな?自分の弱点とかが俺達にわかるんだぞ。」
「大丈夫です。だって私達…仲間じゃないですか。」
2人が私の異常に高いHPを見て気味悪がられるかもしれない。
最悪の場合、私から逃げてしまうかもしれない。…そうなってしまうのがとても怖い。
けど、そうやって自分を隠そうとして、登録を拒否してしまえば、信頼を失ってしまう。
そうなってしまったら、見限られ私から離れてしまうかも。
それは、嫌…。
だからこそ、私はダストとサディを信じる。
ステータスを見られても、決して逃げ出したりせず、受け入れてくれることを私は期待したんだ。
「………。…そうか、仲間…か。信用しているんだな、俺達のことを。」
「はい。信用しています!」
「…。……とりあえず、登録の準備はできた。あとはお前が承認してくれれば、登録完了だ。」
ダストがそう言った瞬間、私の視界に『パーティに加入しますか?』と書かれたウィンドウが表示された。
「はい!」
私は、迷わず承認した。
「…ありがとう。これからもよろしくな!」
「…よろしくね。」
「はい!よろしくお願いします!」
私達は、互いに手を取り合い笑った。
この瞬間、私は実感した。
---嗚呼、これこそが信頼なんだな…。
このことは、一生忘れることはないだろう…。