第40話 生命の信仰者の街、アルブ。
架空の宗教を作る時ほど、楽しい事はあんまり無いと…御狐は思います!
数時間も馬車の中で揺れていると、目眩がしてくる。ルマルド平野を超えて、アルブミル山岳地帯の入口を通り抜けた事で目的地間近だ。ただ、コロロが言うにはアルブまであと、1時間程は掛かるらしい。
私はボルトによって開いた隙間から外の景色を見る。山頂に白い雪が積もっている青白い山岳が目に入った。山肌が太陽に反射してキラキラと光っていて、まるで通りがかる人たちを歓迎しているようだ。
その幻想的な美しい自然に私は息を吞む。
「綺麗…!キラキラして輝いてる…」
前世ではもう存在すらしていなかった美しい自然の山、その感動のあまり心の声を漏らしてしまった。
私の独り言を後ろで聞いていたマリアが、私の髪を編みながら話を切り出した。
「そうですね。…あれは剥き出しになった銀鉱石が反射したモノなんです。」
「へぇ…そう…なんだ。」
「アルブミル山岳には巨大な銀鉱山が大量にあるそうです。生命の信仰者達はその山から掘り出される銀と水晶を他国に売り、一国家に匹敵するほどの財力を築いたそうですよ。」
「そう…なんですか…。マリアさん…物知りですね…」
私が言葉を返すと、マリアは少し嬉しそうに微笑んだ。
マリアは後ろにいるから、今どんな表情なのかは見れないけど、なんとなく微笑んでいる気がした。
「何度も…来てますから。前に来た時に、生命の信仰者の方から沢山教えてもらいました。…生命の信仰者の方々は親切な方が多いですから、そう緊張なさらなくても大丈夫ですよ。」
マリアは優しく後ろから髪を整えてくれた。
「出来ました。少し時間がかかってしまいましたが…お気に召しましたか?」
そう言いながらマリアが上品に小さな手鏡を向けてくれた。
「わぁ……すごい…!」
私は鏡の中の姿を見て嘆息を漏らした。
マリアが綺麗に髪を編んでくれた。腰くらいまである長い後ろ髪の上半分を丁寧に編んでちょこんと尻尾みたいにしてもらった。花冠を被っているみたいで、お姫様…じゃなくてお嬢様にでもなった気分だ。
これは…ハーフアップって言うやつだ!
知識がなさ過ぎて正式な名称がわからないけど、とても可愛いし大満足だ。
頼んでもないのにこんな素敵な事をしてくれるなんて…すごい嬉しい。
まあ、最初はちょっと不安だったけど結果的に良くなったから、素直に喜んだ。
「マリアさん…ありがとう…!これ…とっても可愛い…!」
私は素直にうれしい気持ちを笑顔に転換させて、ダイレクトにマリアに伝えた。
「…!そ…そうですか…!……失礼。あまりにも笑顔がまぶしくて…つい反応に遅れました。」
マリアは照れくさそうに目を下に向けた。羞恥心で正面から目を合わせられない様子は乙女チックで、見ている私までもがドキッとする。外の美しい山々の風景も相まってより一層美しく見える。これがゲレンデ効果ってやつなのかもしれない。ゲレンデ効果の意味はよくわからないけど…。
「ちけっ…。ぎゃへっへへ…げへぇ…!『ちっ、人前で惚気やがって。すげえうぜえ…!』」
「なんて言ってるんだぜ?」
「すごくロマンスを感じてキュンキュンするって~。シフたんも乙女なんだね~♡」
「んなこと言ってないデス!捏造するなデス!」
後ろの方でコロロ達がワイワイと楽しそうに話している。
シフは順応したようでもう打ち解けているようだ。正確にはコロロにイジられているだけで順応したわけではないけど…。傍から見ればなれ合っているように見えるので、打ち解けたことにした。
………。
………………。
三股の水晶の形のシンボルマークが描かれた旗が架けられた白い石のレンガの門を潜り抜けて、生命の信仰者の街、アルブに到着した。
眼前には美しい白銀の街が広がっていた。
白いレンガで建てられた家や銀の装飾がふんだんに使われた小さな教会、清楚な修道服に身を包み街道で談笑する聖職者達、三股の銀槍をもって見回りをする白いサーコートと銀の鎧を着た兵士、地面の建材やちょっと先進的な街灯の光等、全てが白と銀で太陽に照らされて輝いている。
「ようこそ聖都アルブへ!ここまで来るのにさぞ苦労したでしょう?」
白装束の金髪の男が快く出迎えてきた。首には旗に描かれた物と同じ形の白い三股の水晶をネックレスのように下げている。察するに生命の信仰者のシンボルなのだろう。
「ここは生命の信仰者の街です!私達生命の信仰者は生と光を敬い死と暗闇を恐れます。そして、≪生命と救済の神≫を崇拝しております。優しさは世界に平和を作り出して、喜びは人々の幸せに転換される。そして、信仰は人の秩序を守り、私達を愛しき母と偉大なる父のように愛してくれるのです。優しさが無い世界には平和などは無く人々は戦争に身を投じてしまい、喜びを忘れれば人々は心無い蛮族になり果ててしまい、信仰を失った時…世界は混沌と破滅により終末を迎えます。…私達はこの教えを守り日々精進して行っております!」
金髪の信徒は宗教の教えを私達に説いた。
その中で出た≪生命と救済の神≫…私はこの名前に聞き覚えがある。
確か、私にこの体を与えた少年がそう名乗っていた気がする。
その時は気にもしなかったけど結構すごい存在だったんだなと、今更気づいた。
「この聖都は異教徒や無神論者でも歓迎します!さあ、私の後に続いてください!馬車小屋と宿までご案内します!」
アルブに入ってすぐ、元気のある金髪の信徒に先導されて宿まで向かった。
宿屋の前で私達は馬車から降りて、ハローはそのまま馬車小屋まで馬を導いた。
「さて~アタイらは少し先の広場で露店を開いて来るね~。マリア達はどうするの~?」
「わたくしは碧の聖水の購入の申請をしてきます。ミカ様とアンリ様は…どうしますか?」
「私は…とりあえずマリアさんに付いていきます…。街で…一人で歩いていても…何もすることが…無いので…。」
「アタシもマリアに付いていくな~。まあ、退屈だったらどっか遊びに行くかもだぜ!」
「わかったよ~。じゃあいったん解散だね~また後でね~!」
私達は二手に分かれることになった。
コロロは手を振ってから、ハローとシフがいる馬車小屋まで歩いて行った。別れてすぐに、マリアは案内をしてくれた金髪の信徒に声をかける為に早足で近づいた。
「生命の信仰者様ちょっとよろしいでしょうか?」
「はい!なんでしょう?」
急に声を掛けられても、金髪の信徒は愛想よく返事をしてくれた。
「先ほどの案内に感謝します。わたくし、マリアと言います。ビショップに会わせていただきたいのですが…よろしいですか?」
「いえ…こちらこそありがとうございました!それで……どのようなご用件でしょうか?」
「少しお話がしたいだけです。特に深い意味はございませんよ。」
「そうですか…。ちなみにどの青色信徒との対談をお望みですか?」
「誰でも良いです。今すぐでもお話しできる方を所望します。」
「わかりました。…では、聖堂まで案内いたしますので!付いて来てください!」
金髪の信徒は私達を先導する。
私達は美しい街道を歩き、綺麗な景色を観ながら案内されるがままについていく。
案内された私達は小さな教会に足を踏み入れる。
外装はかなり質素で、入り口に生命の信仰者のシンボルが描かれた垂れ幕が架けられていて、一番高い屋根の一番上に小さな銀の十字架が避雷針のように付けられているだけだった。
内装も教壇と一体型の長椅子が少し置いてある程度で、外装以上に寂しい印象を与える。
「あ、アコライトさんこんにちはー!」
青い衣に身を包んだ幼い少女が元気よく出迎えた。
少女はクリッとした青目で奥まで澄んでいる。口からは獣のような鋭い牙が二本覗かせている。雪のような白毛の髪で、後ろ髪は青いリボンで纏められている。そして、頭に生えている白毛の犬耳とお尻に付いた犬の尻尾が目を引き付ける。
本物のケモ耳シスターなんて…前世じゃお目にかかれない者だ。これが見れただけで、異世界の凄さを実感できる。もっと早く見れたら、もっと感動していたかもしれない。
既に狐の少女のみぃと出会った私は、そこまで感動はしなかった。
「こんにちは!メリー青色信徒、今お時間よろしいですか?お客人です。」
「ん。いいよー!えっと~メリーです!ワタイ、ビショップしてます!ほんじつはどのようなごよーけんでしょーか?」
寂しい教会の内装とは対照的な元気な犬耳聖女のメリーが稚拙ながらも丁寧に対応する。
「突然の訪問、すみません。少し頼みたいことがあってここに尋ねてきました。…この札をカルロス様に渡してください。」
マリアは懐から一枚の札を取り出した。その札は銀で出来ているようで、表面に生命の信仰者のロゴである三股の水晶が彫られている。そして、ロゴの下に人の名前が彫られていた。一人はクレイン、もう一人はカルロスだった。
「これは~?」
受け取ったメリーは札を下から覗き込んだり、裏を見たりする。
「カルロス様…教皇が直々に用意してくださった銀札です。くれぐれも扱いには気を付けてください。」
「えっ!?きょーこうさまのなの!?はわわ…!ご…ごめんなさい!ワタイ、したっぱだから、よくわかんなかったです!」
不用心な扱いをしたことを素直に反省したメリーが、頭を下げながら謝罪する。
尻尾と耳が少し垂れ下がっており、反省していることを如実に表している。ちょっと…いや、かなりかわいいと思ってしまった。私にはみぃがいるのに、浮気でもした気分だ。
浮気なんてしたことないから分からないけど…。
それに…付き合っているわけでは無いから、浮気にもならない。
「お気になさらずに。…とりあえず、メリー様はカルロス…教皇にお渡しできますか?」
「うん。だいじょーぶ!これをきょーこうさまにわたせばいいんだよね?」
「はい。」
「わかったー!じゃあワタイ!さっそくわたしてくるねー!」
私がどうでもいい妄想をしている間に、話が着いたようだ。
メリーは勢い良く手を振ってから、走って外に飛び出していった。
天真爛漫って言葉が真に似合う程、元気で溢れていた娘だった。
まだ会ったばかりなのに、もうそんな印象を私達は抱いた。
「なんか、落ち着きがない娘だったな…。あれ、大丈夫か?」
「大丈夫だと思います。……しばらくかかりそうですね。わたくしはここで待機しますが、お二人はどうしますか?」
「アタシは暇だから、おっさんの所を覗いてくるぜ!ミカも来るか?」
「え…?………う…うん。」
つい反射的に返事をしたが、よく考えてみると聖都なんて言う前世じゃ無かった所に来たのだから、いろいろ見たりしないと損だと思った。
それに一人で出歩くのはちょっと抵抗があるが、アンリも一緒なら安心できる。
「せっかく来たので…色々見て回りたい…です…」
「わかりました。日が沈み次第、宿に戻ってくださいね。」
「わかった…」
「了解だぜ!じゃ、ミカ、さっさと行こうぜ!」
マリアは一瞬だけ優しく微笑み、すぐにいつもの顔に戻した。
「行ってらっしゃいませ。」
マリアから淑やかな動作で見送られ、私は手をつながれ元気いっぱいなアンリに連れていかれた。
美しい自然の中にある白銀の聖都、ようやく異世界を満喫できる事に心が躍った。