第36話 体は清潔に…です?!あと、神の器計画…です?
少し長めのお話ですが、結構重要なお話ですので、飛ばさずに読むことを推奨します!
(ミカが投獄されてから3日後)
湿った冷気で満たされた地下牢の中で、私はいつも通り神話を暗唱していました。
まだまだ未熟者な私は、時々言葉を詰まらせてしまうことがあります。いつか詰まることなく綺麗に詠めるようになりたいものです。
いえ…綺麗に詠めるようなりましょう!私に許されたものは、これくらいしかありませんから…
少し気が散りましたが、何とか最後まで読み切れました。私はこっそり拳を作り静かに胸に当てて、神に自慢しました。
「ふぅ…。今日の練習は終了です。昨日よりも上出来です!」
私は少し微笑んでから、牢の外に男性の方がいないかを確認しました。
「………。……いない…です?」
いくら確認しても、男性どころか人はいませんでした。代わりに骨が擦れる音を立てながら徘徊するプレイヤスケルトンと、何か嘆くような囁き声を出し続ける≪グリーフウィスパー≫達が少しいる程度でした。
これは…今しかありませんです!
私は急いで周りを片付けました。パンが入った麻袋を古いベッドの上に置きました。
そして、あまり意味がありませんが、もう一度だけ誰もいないかの確認して…服の留め具に手を掛けました。
すると、服はパサリと音を立てて地面に落ちていきました。冷たい空気が肌に触れ少し身震いをしました。
「はぁ…ふぅ……はぁ…」
私は息を乱しながらも心を無理やり落ち着かせて、恥部を隠す肌着に手を掛けました。
「はぁ…はぁ…。…ん。」
下を脱いだ私は、少し緊張しながらも上の肌着を丁寧に外しました。
生まれたばかりの姿になった私は、素早く服をたたみ、まとめてベッドの上に置きました。
そして、一呼吸おいてから祈祷術を詠唱しました。
「せ…生命と救済の神よ…はぁ…疲労する信徒の為に…ん。…この私を清潔な薬液で…包みたまえぇ…(メンタルソープ)!」
詠唱を終えたと同時に、私の体がたくさんの薄緑色の小さな泡で包まれました。
この祈祷術によって生み出される泡は、体の汚れを落とし、体の疲労を回復させる効果があります。
そう、恥ずかしながら私シルミアは、ここに投獄されて以来ずっと体を洗っていませんでした…。
今までは手持ちの火消し布で体を拭いたりして誤魔化していましたが、最近は…その…臭いとかが気になりだしました。それで今回、祈祷術で体の汚れを落とすことにしました。
ただ、少し難点があります。それは、この汚れを取り除いた泡を落とす手段が無い事です。
一応、時間が経てば自然に消失してくれますが…それまで私は、この場で裸で待っていなくてはいけないのです。
「誰も来ませんように…です!」
私は体を手で擦って洗浄しました。薬液が広がって、汗や汚れが落とされて行って少し気分が良くなってきました。しかしその分、泡が薄れていき恥部が少し見えちゃっています。私は神に祈りました。もし、この姿を男の人に…特にゲイル青色信徒に見られたら…恥ずかしさのあまり自害を選んでしまうかもしれません。生を尊び死を恐れる…そんな生命の信仰者が死を…それも自決による死を考えるのは立派な背信行為ですが…そう思ってしまう程、見られることが恥ずかしいのです。
「はぁ…はぁ…」
それなのに、私はどうしてドキドキと胸を高鳴らしているのでしょうか?
緊張によるものでは無いのはわかります。恐怖でもありません。これは…興奮でしょうか?
「はぁ…はぁ……ん。そ…そんなはずは…」
興奮するにしても理解できません。一糸纏わない姿を見られれば不快にしか感じません。
それなのに…どうしてでしょうか。
私は…ゲイル青色信徒に…何かを期待しているようです…?
「はぁ…ふぅ…はぁ…き…期待?」
いったいどうして…そんなことが頭によぎったのでしょう。
確かに私は、昔からゲイル青色信徒に尊敬の念を抱いていました。
ゲイル青色信徒は、聡明でとても真面目な人でした。白色信徒の時、よくゲイル青色信徒が開いていました勉強会に参加して、色々学びました。当時のゲイル青色信徒は…お世辞にも愛想はよくありませんでした。ですが、教え方はとても丁寧でわかりやすいものでした。その時から、私はゲイル青色信徒を尊敬していました。
青色信徒を目指したのはお母さんへの尊敬が理由ですが、実はゲイル青色信徒に憧れて青色信徒になりました。
ゲイル青色信徒のように、毎日聖堂で子供たちの前に立ち、難しい講義をしたい。そんな思いで、私は青色信徒になったのです。
そんな恩師でもあるゲイル青色信徒に、私の裸体を見せて何が起こるでしょうか。
ただでさえゲイル青色信徒は私のことを不愉快に思っていますのに、こんな貧相で卑しい体を見たって喜ぶはずがありません。
…私は何を期待しているというのですか。
考え込んでいてつい手が止まっていました。私は体を洗うのを再開しました。上半身と足元はだいぶ洗い終えましたが…まだ洗い終えていない部分があります。
「……っ!こ…ここは…少し恥ずかしいです…っ!」
ずっと昔にお母さんから、ここはとても恥ずかしいトコロだと教わりました。そして、安易に触れてはいけないトコロとも教わりました。ですので、私は普段ここを洗う時は軽く流すだけにしています。
しかし…今は水がありません。時間も経っていますし、何より…私も人ですから、用を足したりして少し汚れているかもしれません。
ですから、洗わないという選択は絶対にありません。
「…い……いきます…!」
私は覚悟を決めて洗浄を始めました。
恥ずかしい部分とは言え手を抜いたりはしません。
入念に…洗っていきます。
…ふと、思い浮かびました。
もし、今ゲイル青色信徒がこの場に来て私を見たらどうしましょう…まだ若い乙女なのに、こんな裸になって…恥ずかしい事をしているのを見られたら…。
「はぁはぁ…はぁはぁ…っ」
そう考えると…急にドキドキしてきました。そして…不思議な感じがして、凄く頭がフワフワします。
「ぁ…ゲイル…青色信徒…っ!わ…私は……わたしは…」
頭がぼやけてきました。頭の中で私と言う理性が雑念と言う黒い霧で隠されて、思考が低下してきます。
私は、ゲイル青色信徒の事が…ゲイルさんの事を…!
「よい…しょっ!はぁ…。ようやく着きました…。シルミアさん、起きていますでしょ…う…か……?」
聞きなれない少し低い声が、私の耳を刺しました。そして、私の理性を現実に引き戻しました。
「え…?」
私は理性を取り戻したと同時に、冷水を頭から被ったような衝撃を受けました。
さっきとは違う感じに、ドキドキと心臓が激しく鳴ったのを実感しました。
…ひ…人に見られてしまいました…!
ただ、目の前にいる方はゲイル青色信徒ではありませんでした。
淡い青色の艶やかな長い髪をしていて、とても気の弱そうな今にも泣きそうな目をしています。私から見ても華奢な体つきをしていて装飾がされた美しい修道服を着ています。
胸の部分が大胆に開けられてスカートの丈が丁度良いくらいの高さに仕立てられていますが、服の大きさが合っていないのでしょう…開いている部分には少し大きな隙間ができてしまっており、可愛らしい下着で隠された平凡的な胸…とは言え私よりも大きい胸がしっかり見えてしまっています。
本人は気づいているのかはわかりませんが、少し恥ずかしい姿をしています。
ですが、あの服は確か【特級聖女の修道服】と呼ばれる物です。
白銀信徒と一部の青色信徒の女性しか着れない物です。
そんな服を着ているという事は、彼女はかつての私以上の地位にいる方でしょう。
つまり…私はとても偉い少女に裸体を見られているという事です。
「え…え…?」
私と少女は互いに目を合わせ沈黙しました。そして、先に声を出したのは相手の方でした。
「あ…あわわ…!な…なんて破廉恥な格好をしているのですか…!いったい貴様は何をなさっているのですか?!」
泣きそうな眼をしている少女は、顔を赤らめ両手で目を隠しました。
そして、何故かしゃがんで身を縮めてしまいました。
「ご…ごめんなさいです!…誰もいないと思って体を洗っていましたです…」
私は泣きそうな少女に説明をしました。すると、少女は目をそらしながら袋を渡しました。
「…この中には水が入った革袋があります。本来は飲用ですが…これで流しなさい。そして、体を拭いてすぐに服を着なさい。…ああ、哀れで慈悲深き神よ、どうかこの者をお許しください。我ら罪人をお許しください。」
「ありがとうございますです。んしょ…」
私は水で泡と汚れを流し、袋に入っていた布で体を拭きました。
うん、やはり水で流した方がすっきりしますね。
着替えていると、少女が水晶製の瓶を渡してくれました。
「これを飲みさい。…私が作った【碧の聖水】です。精神を穢す瘴気を払ってくれますよ。」
「あ…ありがとうございますです!えっと…お名前は何と言いますか…です?」
私は聖水を両手で受け取りながら、少女に名前を訊きました。
すると、少女は少し曇った表情で口を動かしました。
「…キュアミュゥです。…偽名などでは無く、これが本名です…。家名は…すみません、隠させてください。…本日から私が貴様の必需品を持ってきます。宜しくお願い致します。」
キュアミュゥと名乗った少女は、とても淑やかな動作でお辞儀をしました。
「あ、はい。よろしくお願いしますです。…あの、キュアミュゥさん、ゲイル青色信徒は…」
「……ごめんなさい…。ゲイルさんはもうこれ無いと思います。」
「…っ!どうしてですか…?」
「それは…」
キュアミュゥさんは教えてくれました。どうやら、ゲイル青色信徒はある計画に参加させられていて忙しくなり私に会う余裕がなくなったようです。それで、時間のあるキュアミュゥさんが、ゲイル青色信徒の代わりを務めてくれるみたいです。
「そうなのですか…。………その…計画って何です?」
「…。…神の器計画です。」
「か…神の器計画…?」
「はい…。数日前、インモラルシス王国にある少女が出現しました。その少女は…かつてあの悍ましい黒星に身を捧げこの世界を救った≪波動の天使≫によく似た姿をしています。そして、なんと器の適正もあるみたいです。…その少女は膨大な生命力と穢れへの耐性を持っていて、教皇様はその少女を器にするつもりのようです。」
「器…?」
「教皇様は器を使い、また試練を回避するつもりです…。そして、ゲイルさんはその少女を迎えに行くため、回収隊に抜擢されたようです。ですので、恐らくは数日後にかの国へ向かうでしょう。」
キュアミュゥさんは目じりに付いた涙のしずくを指で取り、神に祈り出しました。
「哀れな神よ、私達はまたしても過ちを繰り返してしまいます。どうか、罪深い私達をお許し下さい…。哀れな犠牲者達に、救いがありますように…。」
キュアミュゥさんは涙を流しながら、懺悔をしています。また繰り返してしまうと、キュアミュゥさんは嘆いています。きっと、その神の器計画は何度も行っているうえに、懺悔するほど罪深いモノなのでしょう。…と、キュアミュゥさんの発言から私は推察しました。
そこで、私は少し疑問に思いました。
「あの…どうして私なんかに教えてくれたのですか?」
私は嘆くキュアミュゥさんに質問しました。神の器計画はおそらくですが、極秘の計画なのだと思います。多分、白銀信徒と一部の青色信徒にしか知らない情報のはずです。それをどうして私などに教えたのか、私には理解できません。
「…シルミアさんは…神の器計画の被害者ですから…貴様もついさっきまで器の候補でした。それに…貴様の母親も……。………いえ…さすがにこれはまだ言えません。とにかく貴様には知る権利がありましたから…私は伝えました。これは……私なりの罪滅ぼしのつもりです。」
そう礼儀正しく言ってから、キュアミュゥさんはこの場から去りました。
色々な事がありすぎて頭が混乱しているのか、それともこの場を満たす瘴気で知能が下がったのか、キュアミュゥさんの言った事が理解できませんでした。
…しかし後に、私は思いがけない人物から、真実を知らされてしまいます。
そして…私はその時に、この先の運命が決まるような重大な選択を迫られます。
黒き星を鎮めるのは 星界から舞い降りた白い巫女 我らの為にその身を捧げる。