ミカの悪夢 刺さるような鋭利な言葉。
今回の話はミカが虐められる話です。
苦手な方はご注意ください!
太陽の光も届かない真っ暗な牢獄…これからここが私の世界のすべてとなる。
奥の方から扉が開く音とハイヒールの踵が地面を鳴らす音が響いた。私は痣だらけの体で起き上がり、鉄格子からできるだけ離れた。そして、ボロボロでカビ臭い毛布で身を包み部屋の隅でうずくまった。
お願い…来ないでください。…こっちに来ないでください。
私はガタガタと震えながら、心の中で必死に祈った。私が知る全ての神や偶像、天使や使徒と呼ばれる頂上的存在、この世界で崇拝されている神など…ありとあらゆるモノに祈り助けを求めた。けど…誰も私の祈りに答えてはくれなかった。
「お願いします…お願いします…助けてください…救ってください…!」
複数の足音とランタンの光そして、何かキャスターの付いた物を押してくる音がこちらに近づいてくる。心臓の音と私の呼吸音が頭に響いていく。恐怖のあまり私は気絶しそうになる。
「…やだ…嫌だ…嫌だ嫌だ…!来ないで…!神様…天使様…誰でもいいから…誰か…!」
ついにあの赤い悪魔…サディが私の牢屋の前に着いてしまった。サディの近くには不気味な服装をした男達がいる。その男達は顔にペストマスクと呼ばれる鳥の顔のようなデザインのマスクを付けていて、綺麗な白衣を着ていた。見ただけでその男が医者であることが伺える。サディは牢を開けて中に入ってきた。
「おはよう。よく眠れたかしら?」
サディはゆっくりと私に近づき、毛布を奪った。私はびくびくと怯えながらもサディを睨みつけた。鮮血のような真紅の髪と鋭い目、整った顔にモデルのような容姿、それらを飾る化粧と少し露出度の高い服。何度見てもサディだ…。ただ今日は白衣を着ていて頭に大きなゴーグルを付けている。
私が睨んでいると、サディは分かりやすいほど不快感をあらわにした。
「奴隷が主人を睨むなんて、教育がなってないわね。最近の庶民は礼儀すらも習わないの?」
呆れたように言いながら、サディは何の前触れもなく私のお腹に蹴りを入れた。
「がぅっ!…ぁ…げほっ…がほっ…!」
蹴られたところを抑えながら、私はうめき声をあげてうずくまった。
「アハハ!ほんっと無様ね!たかが一回蹴られた程度でこのザマだなんてね!……押さえつけなさい。」
サディが指示を飛ばすと、白衣の男達が私の体を拘束した。
「………っ!私に…な…何をするつもり…?!」
「これから楽しい実験をするのよ。被験体はもちろんアンタよ!」
そううすら笑いを浮かべながら、錐のように太い針をした注射器を見せびらかした。
う…噓でしょ…?そんな…太い針を…私に刺すの?
私は身を捩って全力で抵抗した。けど…大の男の力に、ひ弱な少女が勝てるわけがなかった。サディは黒いゴム製の手袋を装備して、錐のような注射器を手に取った。
装備の仕方が緩緩で妙にワザとらしくて、それが余計に恐怖感を刺激する。
「これはね、私が作った薬液よ。【ファンタジーマッシュルーム】って言う幻覚作用のあるキノコをすり潰して出た液と、安眠効果のある薬草の【ブルークローバー】を煮出した汁を調合した画期的な物よ!」
目を輝かせながら力説するサディに、マスクを付けた医者達が感心するような声を漏らした。
「く…狂ってる…!みんないかれてる!そんな変なもの…本気で私に入れるつもりなの!?」
「ええ、もちろんよ。何か言いたいことでもあるの?」
「あるに決まっている…!そんなヤバそうなものを私に入れて…何が楽しいの?!こんないかれた事…許されるわけがない…!」
私は荒々しく内に秘めていた本音を吐き飛ばす。
プレッシャーのせいで理性がうまく働かなくなりつい感情的になった。こんな状況で取り乱すのは悪手だ。だけど、私は仲間だと思っていた人に嵌められて、二日も玩具以下の扱いを受けているのだ。感情的に捲し立てても仕方ない事だ。
「楽しいわよ。自分が作ったものをたくさん試せるのだから。それに、成功したり新しい発見があれば、私は賞賛されるのよ!きっと私の名前は女傑として本に載るでしょうね!」
サディはまるで酒に酔ったような蕩けた表情で答えた。サディの自惚れている様子が心底不愉快で、私は思いっきり睨みつけた。
「ふざけるな!何が女傑だ!この…クソ売女!」
私は目の前の赤い悪魔に向かって、下品に罵倒した。すると、惚けた表情から一変して般若のような恐ろしい顔になった。ナイフのように鋭くて冷たい目で睨みながら、サディは私の顔をメスで斬り付けた。
「ぃたい…!」
焼けるような痛みと共に、傷口から血が溢れ出した。若干血の味がするのを察するに、唇を斬られた。
「うるさい。下種者の分際で、この私に汚らしい唾を飛ばすな。…ひん剝きなさい!」
怒号とともに手が空いていた男が、命令を遂行するべく私の服を破り取った。布を割く音がしたと同時に、牢の冷たい空気がむき出しになった素肌に当たった。
「ひ…!」
「…昔、アンタみたいなメスガキに同じ事を言われたわ。売女って、何度も何度も言われたわ!たかが下級貴族の娘のくせに、無駄に頭数だけ揃えて…コソコソと嫌がらせばかりしてきてウザかったわ!…ま、結局アイツらは没落したり破産したりして、娼婦に落ちぶれたわ。…アンタもそうなりたいかしら?」
サディの昏い憎悪と裸にされた事で、本能的な恐怖を実感した。そして、自身の発言と軽率な態度を後悔した。
「ご……ごめん…なさい…」
私はすぐさま謝罪する。だけど、サディは不快そうに口元を歪め眉を吊り上げた。鋭いナイフのような目で睨みながら私の髪を乱暴に引っ張った。
「あぅ…!痛い…っ!」
「私はね、アンタみたいな性根が捻じれたガキが一番嫌いなのよ。口だけはよく回るくせに、いざ立場が危うくなったらそうやって逃れようとする。…ああ!ほっっんと不快だわ!アンタを見てるとあのクソガキを思い出すわ!アンタの声を聴いてるとあのメスガキを連想する!アンタのその腐った根性と態度を見てると無能な大臣どもを思い出すわ!」
サディは握る力を強めていき、強くなればなるほど痛みが強くなっていった。
「初めてアンタと会った時から気に食わなかったのよ!まるで自分が中心だと思っていて、自分にとって都合の良い事が起こるのが当たり前だと思っているような…そんな腐った思想と歪んだ人格が見え透いていて気色悪かったわ!!」
サディは私に、鋭いナイフのような言葉を浴びせ続けてきた。言葉一つ一つが悪意を持っていて、私の心を少しずつ削いでいく。
酷い…あんまりにも酷すぎる…。
そんな事、見ただけじゃわからないのに…なんでそうだと言い切れるのだろう?
あまりの不条理さと恐怖で私は泣きそうになる。
「…。まだ勘違いしているようだから言ってあげるわ!…アンタはね!主役なんかじゃない!!どこにでもいるような有象無象のクズの一人よ!!!それなのに…!自分が中心だと思っている様がほんっと!吐き気がするほど不愉快だわ!!」
まるで猛獣のような気迫でサディは憤慨した。サディの憎悪の籠った発言がとても鋭く、私の心に深く突き刺さった。その瞬間、私の心がついに許容限界を迎えた。
「ひ…っ…く…ぅぐす…っ…。う……うぅあぁあああ…!ああぁああああああっ…!!!」
あまりのプレッシャーに、精神的な苦痛に、恐怖に、怒りや悲しみによって、様々な要素によって、私はついに泣き出してしまった。惨めったらしく情けなく、幼い子供みたいに声をあげて泣いた。
「殿下!流石に言い過ぎではないでしょうか?」
あまりにも見るに堪えないものだったのだろう。鎧を着たサディの側近の一人が、サディに非難した。
「何?別に本音を言っただけでしょ。拾われのくせに、主人に口答えするんじゃないわよ!」
サディは私の髪を乱暴に放して、騎士の方に体を向けた。
「で…ですが!今回行う実験は、対象の精神が安定していなくてはいけなかったのではないですか!?それは貴女が言ったことですよ!」
「……っ!……確かにそうよ。この薬品は精神に作用する物のはずだから、それを検証するために実験体の精神は一定でないといけないわ。……冷静じゃなかったわね。…でも、当たるくらいいいでしょ?私だって色々大変なのよ。護衛ならわかるでしょ?」
サディは、ハっと我に返ったが、まるで叱られた子供のように言い訳をし始めた。
「わかっています…。けど、どうか落ち着いてください。私達、茨騎士団は優しく理性的な貴女に忠義を誓ったのです。…弱いモノに怒りをぶつけるような非理性的な酷い貴女は見たくありません。」
「ただの移民の…それもガキ風情が偉そうに…。……実験は2時間後に再開するわ。…開放して良いわよ。」
サディが雑に指示を飛ばすと、男たちは拘束を解いた。
「ふん…どうして男どもはメスガキの涙に弱いのかしらね。」
そう捨て台詞を言い残して、サディは男たちを率いて去っていった。
ランタンの灯りが遠のいていき、牢の中は真っ暗になった。
「ああぁあぁああ……!!うああぁああぁあぁああん!!!」
私は…独り裸で冷たい牢の床に座り込みながら泣き続けた。
誰も助けてくれる人がいない。誰もわかってくれない。だれも…救ってくれない。
その最悪な事実が、私を苦しめ続けた。
ここには味方が誰一人もいない。ここに居るのは…人の心を持っていない敵と苦痛だけだ。




