第34話 私、子供じゃないから!
日が落ちて、辺りが夜の闇によって黒く染まった。
私達は石と小枝で作った即席の薪を取り囲むように座り、料理ができるのを待った。
料理を作っているのはハローだ。大きな鍋を木のスプーンでゆっくりと混ぜていて、混ぜるたびに濃厚で少しつんとするような刺激的な香りがする。
この香りは……もしかして…カレー?
私は香りを嗅ぎながら、鍋の中を覗き込んだ。
鍋には小さく切られたニンジンやジャガイモなどの野菜と野草のような物が、茶色い汁と一緒にグツグツと煮込まれていた。ハローは混ぜながら時折、小さな赤い実のような物をそのまま入れていった。
赤い実が追加されるたびに鍋の中の料理は赤くなっていき、同時に辛味のある香りも強くなっていった。
「ん~…おじ様~【ファイアボール】はもう充分じゃないかな~?」
「そ…そうかの?儂はまだ足りないと思うのじゃが…」
「ん~アタイは食べられはするけど~ミカたん達のことも考えないと~。あんまり入れすぎちゃうと、ミカたん~食べられないかもしれないよ~?」
コロロが私達を気遣って、ハローに進言してくれた。
ただハローは何故か私を一瞥して、少し不機嫌そうな表情を露わにした。
「そ…それなら、食わんきゃ良いのじゃ!まあもっとも…この程度の物ですら耐えられぬような小娘に、この先の護衛は務まらないじゃろうな!」
ハローはまるで拗ねた子供のような端的な理論とともに、私を見ながら挑発的な小言を言った。
「な…!子ども扱いしないでください…!…私、辛いの強いですから…!」
「ほお~?それならもっと辛くてもいけるのじゃな?」
「よ…余裕です!」
私が強がってみせると、ハローは不吉そうに笑いながら赤い実を一気に6つ投げ入れた。
すると、料理が赤く濁り、刺激的な香りがあたりに充満した。
「げほっげほっ…!」
風が吹いて辛味を含んだ湯気が、たまたまマリアの座っている方へ流れていき、湯気を吸いこんだマリアは少し涙目になりながら咳き込んだ。
「だ…大丈夫か?」
「……大丈夫です。…お気遣いありがとうございます。」
アンリがマリアの背中を優しくさすった。
「さて…できたのじゃ!」
鍋を10回ほど混ぜてから、木のお椀に人数分、装っていった。
私は赤いカレーのような物が入ったお椀と、真ん中が横に真っ二つになった黒い固焼きパンをハローから受け取った。
「ちゃんと残さず食べるのじゃよ?くっくっくっ…」
「な…舐めないでください…!………ん…はむっ…!」
私はスプーンで掬い口の中に運ばせた。赤いカレーのようなものが舌に触れた。
瞬間、刺すような鋭い刺激が舌をしびれさせた。私は一瞬だけ身もだえた。
辛い…!…舌がひりひりする…!
私は辛さで顔が火照り、汗を流した。その様子を見たコロロが「大丈夫~?」と声をかけてくれた。アンリとマリアは、心配そうに私を見ている。そしてハローは…少し赤みがかった顔でカレーを食べながらこちらを見ている。その顔は少しにやけていて私をバカにしているような気がする。
うう…ムカつく…!…絶対勝ってやる!
私は謎の対抗心を燃やしながら、カレーをかき込んで食べた。
よく味わってみると、野菜の味がちゃんとしているから、食べられない程の辛さではない。
黒いパンを齧って、辛さを薄めながら飲み込んだ。
ちなみに、この黒いパンは恐ろしく不味かった。パンとは思えない程堅く、ゴムみたいな味がする。
後で知ったことだが、このパンは私が牢に幽閉されていた時に出された物と全く同じものだ。
確か…サディは【土パン】って呼んでいた。
味と食感を捨てた代わりに、保存性が良く栄養バランスも優れており、満腹感もあるらしい。
そのため、各地を旅する旅人や行商人の携帯食や、囚人や捕虜達の食料にもなっているらしい。
そんな不味い黒パンだけど、カレーと一緒に食べると意外とおいしい。
カレーの味が濃いからちょうどよく薄まり、しかもパンが少しだけふやけるため、ものすごく食べやすくなる。
「……美味しい。」
私は咀嚼しながら感想を呟いた。私の様子を見てマリア達はそれぞれ食べ始めた。
「あむっ…ん…。ん~!辛いけど美味いな!」
「ん~。ちょっと辛いけど~やっぱおじ様の料理美味しいね~!」
アンリとコロロは美味しそうに料理を頬張る。
「……っ!…!………!!!」
…マリアだけは、辛そうに震えながら食べていた。顔が火照っていて、目に涙を浮かべている。
少し可哀想だけど、ちょっと可愛いと思ってしまった。クールなメイドさんが辛そうにカレーを食べる様子はギャップを感じる。これが萌えって奴なのだろうと、私は認識した。
皆、残そうとせずちゃんと食べているからとても感心する。
私も…負けられない…。
再び黒パンと一緒にカレーを咀嚼した。
よく味わってみるとこのカレー…やはり前世で食べたことのあるカレーとは違う。
なんかこのカレー…ハバネロのような味がする。
もしかしたら【ファイアボール】と呼ばれたこの赤い実は、ハバネロのような物なのだろう。
ただ、前世のハバネロよりかは辛味が控えめな気がする。
似ているものでも若干違うから、やはり異世界と前世は全く違う世界なんだなと、私は改めて実感する。
「…はむっ…。ん…んぐっ…。はむっ…ぁむっ…!……んっ…。」
食べ終えた私は、口の中に残った料理の味を楽しみながら皆を見る。
「おっさん!この料理は自作なのか?アタシの知っている限りじゃ…こんな美味い料理、見た事ないぜ。」
アンリが興味深々と言った様子でハローに問いただした。
すると、上機嫌になっているハローが赤い葡萄酒を飲みながら語った。
「ふふそうじゃ!これは儂が長年かけて作った究極の料理じゃ!名は…そうじゃな。【ハローのピリ辛ソース】とでも名付けよう!この素晴らしい至高の料理にはの…39種類の香辛料と8種類の薬草を混ぜた物が使われておるのじゃ!儂はソレを【ハローの究極の調味料】と呼んでおる。」
ハローはコートのポケットから小さな袋を取り出し、私達に見せつけた。
「この袋に入っておる粉末を入れて肉や野菜と一緒に煮込むと…【ハローのピリ辛ソース】ができるのじゃ!ちなみに煮込む時間を長くすれば長くするほど美味くなるのじゃ!」
「へえ~ちなみにだが、どんな物が使われているんだ?」
「【ダークペッパー】に【ゴールデンジンジャー】…【コトリドマリの実】や【シナモンパウダー】など…異国の地でしか売っていないような貴重な物から、【エメラルドハーブ】や【レッドリーフ】などのどこでも取れるような物が使われておるな!ああ…あと、【塩】や【小麦粉】なども入っておる!」
「おお!そうなのか!凄いんだぜ!」
「そうなのじゃ!くふふっ!そうじゃ!儂は凄いのじゃ!」
ハローは葡萄酒を仰ぎながら上機嫌に自分自身を肯定する。
顔がワインの色と同じくらい赤くなっているけど、大丈夫なのだろうか?
「ああ!おっさんは本当、すげえぜ!行商なんかやめて、飲食店を営んだほうが儲かるんじゃないか?」
「本当はそうしたいのじゃが、このアーゴットの地じゃ無理じゃな。」
アーゴット…初めて聞く単語だけど、前後についている言葉を察するにここの地名だろうか?
しかし、なんで無理なのだろう?
「そりゃあ…なんでなんだぜ?何か理由でもあるのか?」
私と同じく疑問に思ったようで、アンリがハローに訊いた。
「……それは、儂がシルヴァーニの…」
「(スリープウェーブ)~。」
ハローが何かを言いかけたその時、耳に残るような甘い声が聞こえた。
それと同時に強烈な睡魔に襲われ、視界が一気に霞んだ。
「んがっ…」
「な…んだ…?急に…眠く…」
話していたハローとアンリも同じく眠気を感じたようだ。どうやら、私だけじゃないらしい。
「ふぇ…?な…に……」
状況を理解するべく、頭を回転させようとしたが…うまく頭が回らない。
何かが起こった。そう思考が行き着くころには、意識が泥沼のような眠気に飲まれていた。