第33話 裏のある偽りなき優しさ。
「コロロちゃん…!籠…持ってきました…!」
「ありがと~!ミカたんお疲れ様~!食事の時間まで~休んでて良いよ~。」
頼まれた荷物をコロロに渡した私は、息継ぎをして呼吸を整える。
少ししか走っていないにもかかわらず、まるで本気で受けた体育の授業後のように疲れた。
やっぱり…新しい体に転生して…身体能力が低くなったのかな…?
心の中で肉体の弱体化を再認識した私は、呼吸のテンポを戻した。コロロの方に目を向けると、鼻歌を歌いながら洗濯物を洗い始めていた。籠には結構な量が入っているが、もしかして全部ひとりで洗うつもりなのだろうか?
「あの…もしかして…それ…全部洗うのですか…?」
「うん~!そうだよ~!食事の時間まで~少しあるから~時間を有効に使っているんだ~!」
コロロは無邪気な笑顔でそう答えた。私は「そうなんだ…」と言葉を返した。
空いている時間を使ってできる事をする、そんなコロロの勤勉さに私は感心した。
こういう風に…進んで仕事をする人って…かっこいいな…。
コロロの勤勉さを目の当たりにした私は居ても立っても居られなかった。私は勇気を振り絞って切り出した。
「……あの!…私も…手伝っても良いです…か?」
「いいの~?本読んで待ってても~良いんだよ~?」
コロロは洗濯する手を止めずに私の言葉を確認する。
「本は…いつでも読めるから…大丈夫です…!……手伝っちゃ…ダメですか…?」
私は純粋にコロロのお手伝いをしたいだけだ。けど、コロロが必要ないと言ったら私は大人しく本を読んで待つつもりだ。コロロは私を軽く一瞥して、少しわざとらしく考えるような仕草をした。
「ううん。別に~ダメじゃないよ~!じゃあ~ミカたん~いっしょに洗うの手伝ってくれる~?」
「はい!よろしくお願いします…!」
私は袖をまくって洗濯物を手洗いする。洗い方はコロロの見よう見まねで洗い、協力して洗い物を減らしていった。洗ったものは籠に戻していってそのままにした。コロロ曰く、魔法の水だから時間が経つと消えるため勝手に乾くらしい。魔法とは本当に便利だと実感した。
………。
………………。
洗い物をすべて洗い終えた私は、背伸びをしてリラックスした。
「お~かなり早く終わったね~!ミカたんのおかげだよ~!ありがとね~」
「いえ…私はほとんど洗っていません…コロロちゃんが…一番…頑張っていました…!」
「そう~?でも~ミカたんが~手伝ってくれたからやる気が出て~頑張れたんだよ~♡」
「そ…そうですか…?………」
私はついつい嬉しくなって微笑んだ。それを見たコロロは満足そうな顔になった。
「ん~♡可愛いね~♡…そ~だ!ねえミカたん~手伝ってくれたお礼に~いいモノあげるけど~どう?」
「え…?いいモノですか…?」
「うん~けどその前に~一つ確認~!ミカたんは~何の魔法が~使えるのかな~?」
「え…?えっと…マジックアロー…と言う魔法が使えます…」
唐突に持っている魔法について聞かれて、私は少しだけ困惑した。
だけど、私は言葉を詰まらせずにすぐに答えた。
「なるほど~。…ちなみに~それだけ~?」
「…はい。…これしか…使えません。」
「なるほど~…じゃあ~ミカたんにこれあげるね~。」
そう言ってコロロはポンチョの内ポケットから羊皮紙を一枚だけ取り出した。その羊皮紙には幾何学的な図形が描かれており、ミミズのような書体のルーン文字が書かれていた。何の紙か一瞬だけわからなかったけど、数秒見つめていたら思い出した。それは、ずいぶん前に私がアンリの店で買った…マジックスクロールだ。
「これって…マジックスクロールですか…?」
「うん~そうだよ~。これは~マジック系魔法の中級魔法の~マジックスピアの紙だよ~」
「ええ!?ち…中級魔法…?そんなすごいもの…私なんかが貰ってもよいのですか…?」
中級魔法は取得が大変だと、前にサディが言っていた。
その理由は、中級魔法のマジックスクロールはそれなりに高価で、一般の店にあまり置いていないからだ。しかも、中級魔法は取得が確実ではない。どうやら20パーセントの確率で取得に失敗するらしく失敗すると、そのマジックスクロールは使用済みとなりただの羊皮紙に変化してしまうらしい。
「このまま渡しても~失敗するかもしれないから~アタイが確実に取得させてあげる~!」
「え…どうやって…。そもそもそんな事…可能なのですか……?」
「うん!アタイの持つ~ゴブリンロリータの力を使えば~造作もないよ~」
コロロは腰に手を置いて胸を張って見せた。これは…古典的なドヤ顔だ!
「そうなんですか…。…あの、どうして…私なんかに…ここまでしてくれるのですか…?」
私はついコロロの厚意を疑ってしまった。
…最低だとは、思う。
けど、私は一度裏切られたことがある。その事のせいで、この高待遇に疑念を抱いてしまう。
そんな思いを持った私を見て、コロロは口を開いた。
「それはね~ミカたんが可愛いし、特別だから~貢ぎたくなっちゃったから~♡…あと~マジックアローだけしか使えないって、かなり可哀想だからね~。」
「そうなんですか…。………本当に……それだけ…?」
私が問い詰めると、コロロは少し困ったように声を詰まらせた。数秒だけ沈黙したが、コロロは渋々と口を開いてくれた。
「う~ん…。…まあ、ちゃんとした理由はあるよ~。…けど~ミカたんには言えないかな~」
「どうして?」と私が理由を聞く前に、コロロが先に口を開いて語った。
「どうしてかって言うと~アタイのことを疑っているからかな~。…あ、別にミカたんは正しいよ。だってアタイ達、出会って1日も経っていないからね~。心無い者達で溢れる蛮族の道にいる以上、人を疑うことは正しいよ~。だからミカたんを責めない。だけど~その代わり、アタイも同じくミカたんを疑わせてもらうよ~。秘密を話したら~ミカたんが、誰かに漏らすかもって疑って~アタイは秘密を話さない。それだけ。」
理由を説明しているコロロはまるで、これから悪戯をしようとする小悪魔のような魅惑的で少し怪しげな表情だった。
「……私が疑っていなければ…教えてくれたの…?」
「ん~そうだね~。心の底からアタイの事を疑わず、誰にも漏らさないって言う確証が合ったら教えたかもね~」
コロロの言う事は御もっともだと思った。確かに、自分を疑う人に自分の秘密を教えたりはしない。コロロがどんな秘密を持っているかは知らないが、きっと誰にも知られたくはないのだろう。
…私にだって知られたくない秘密はたくさんある。例えば、私が逃亡者である事や私が異世界からの転生者である事、この世界で神と崇められている存在に出会った事など、上げるときりがないだろう。
ちなみに、これらの理由を話したくない理由は…話した後の相手の反応が怖いからだ。
勝手な想像だけど恐らくはコロロも私と同じ理由で話したくないのだろう。
そう考えると、私はコロロの言い分に納得できる。
「…わかった。じゃあ、これだけは教えて…。私への優しさは…噓とかじゃ…無いんだよね…?私を嵌めるための…演技じゃないよね…?」
私は少しだけ震えた声で、コロロに尋ねた。
本当に裏切ってくる相手だったら、こんなこと聞いても耳障りの良い事しか返ってこない。
それに私には噓を見分けるすべを知らない。よってこんなことを聞くのは無意味だろう。
だけど、私はどうしても聞きたくなってしまった。…聞かずにはいられなかった。
私の問いに、コロロはじっと私の目を見ながら口をゆっくりと動かした。
「…優しさは噓じゃないよ~。あと、演技でもないからね~。アタイ、ミカたんの幸せそうな姿を見ると~とっても癒されるからね~♡」
そう言うとコロロはそっと、私にマジックスクロールを握らせた。
受け取った私はもう一度、コロロの目を見つめた。
琥珀色の目はまるで宝石のように透き通っていて、邪気の欠片も感じない。
私は嘘を見抜くことはできない。けど…人の悪意はちょっとだけ見分けられる。前世で人の顔色を見て生きてきた事とサディの持つ本物の憎悪に触れた事で、こんな第六感みたいなものが身に付いたのだろう。
私の直感を信じるのなら、コロロの優しさは本物なのだろう。
「…コロロちゃんは優しい…ですね…。…憧れます。」
「ありがとね~。アタイ、こんな可愛い娘から憧れられるなんて~思ったこともなかった~」
コロロは祈るように手を組み、組んだ手を自身の額に当てて目をつぶった。
「…その紙はミカたんのものだから~どう使っても良いよ~。ただ、もし魔法を確実に取得したかったら~ここでやってね~。」
「…ありがとう。…じゃあ、お願いします!」
私は羊皮紙に描かれた幾何学的な図形を凝視した。すると、視界にゲームとかでよく見るようなメッセージウィンドウが表示された。ウインドウには無機質な文字で、『習得しますか?』と書かれておりそのすぐ下に小さく『成功率80パーセント』と書かれていた。
「確認の文字は見えた~?取得するって強く念じたら、呪文が思い浮かぶと思うから~それをそのまま詠んじゃって~」
「わかりました。…えっと…内なる力よ、この魔法を私の魂に刻み込め!」
私が呪文を口ずさんだ瞬間、羊皮紙から光るルーン文字が浮かび上がり空中に漂いだした。
「魔法の言霊よ、大人しくこの者の一部となりたまえ…。偉大なる≪魔術と祈祷の神≫マギアよ、神聖なる魔導の力でこの者に術式を刻みたまえ…。慈しみ深い≪生命と救済の神≫ライフよ、魂にも干渉する奇跡の力でこの者に術式を記憶させたまえ…。そして、嗚呼…≪葬儀と浄化の神≫リリィ様!その優しい光の波動で、乱雑する文字を鎮めたまえ~!!」
コロロが何かの呪文を詠唱すると、光る文字が集束していき球状に纏まった。そして、光る文字は、一文字ずつ丁寧に私の胸に吸い込まれていった。
全ての文字を取り込んだと同時に、『取得完了』と無機質な文字が視界に表示された。
「取得されました…!すごいです…!コロロちゃんありがとう…!本当にありがとう…!」
私は玩具を買ってもらった少年のように喜んだ。そのままの気分でお礼を言ったから、ちょっと語彙が乏しい。けど、感謝の気持ちは籠めて伝えたつもりだ。その事に気付いたのかコロロは達成感のある表情を私に見せた。
「えへぇ…ど~も!…ん~可愛い~♡やっぱりミカたんって可愛いね~♡」
ちょっと惚けたような微笑みを向けながら、コロロが私の頭を撫でまわした。頭を撫でてくれた人は、これで二人目だ。…別にコロロを完全に信用しているわけでは無い。だから本来ならこんな無防備に撫でられるべきじゃないのは分かっている。けど…コロロのナデナデがとても心地よくて、私は首の裏を掻かれる子猫のように目を細めて、上機嫌に喉を鳴らした。
コロロは満足するまで、私の頭を撫でたり体を弄ったりした。コロロがもし、大の男だったりしたら、きっと地獄絵図になっているだろう。それくらいベッタベタだった。ただ勘違いされないために補足すると、同性同士のじゃれ合いってレベルの健全なものであり、オタクな人達が連想するような不健全な絡みとかではない。
まあ…それでも…中身が男の私からしたら…ドキドキしちゃうくらい刺激が強いけどね…。
私は心の中で、目の前にいるのは幼女だと自分に言い聞かせて理性を保った。私が必死に耐えている事に気付いたようで、コロロは手をパチパチと鳴らしながら爆笑した。
「あっはははははぁ~!照れてるミカたんも可愛いね~♡」
「だ…だって…こんな風に触られた事…あんまり無かったから…」
私は頬を膨らませて、小さく呟いた。ただ実際に思い返すと、今のように体を触られた事は結構あった。例えば今日の朝、行水所でアンリに裸で抱き着かれた。数時間前に、マリアと抱擁し合った。さらに思い返せば、みぃを抱きしめたりもした。あと、あまり思い出したくないけど…あの変態騎士団長にも裸で抱き着かれた。
あ…あれ…?……意外とある…?
思っていた以上に多くて困惑した。前世ではハグした事もされた事も記憶にないのに、なんでこんなに抱きしめられるのだろう?可愛い女の子の体だから?それともここには挨拶として抱きしめる文化でもあるのだろうか?
私が原因を考えていると、コロロのお腹からキュゥゥゥゥ…と、可愛らしい音が鳴り響いた。
「あ…あっはははぁ~!お腹鳴っちゃった~♡」
「そ…そうなんですか。…私も…お腹がすきました。」
「アタイも~お腹すいた~!…ちょっと早いけど、おじ様に頼んで~夕食にしちゃおうか。」
そう言うとコロロは私の手を引いて、早歩きをした。
それはまるで、夕食を楽しみにして走って帰る小学生のようだ。
コロロといると、まるで小学校の時のような不思議な懐かしさと温かさを感じる。
ただ無邪気で、人間の悪意も社会の闇も知らない…あの頃に戻れた気分だ。