第30話 暗い地下牢…です?
前回がほのぼのとした話でしたので、今回はずっしりとした重い話にしました。
(ミカがこの世界に現れた時。)
「救いを求める人々に、ライフは癒しの力を使い助け続けた。救われた人々は、ライフを称え敬い感謝の意を示した。…ライフは感謝されるたびに笑顔になった。それと同時に、少しずつ…ライフに変化が表れ始めた。…ライフの治癒物語第十節。」
日の光も届かない地下牢の部屋の隅で、私は神話の暗唱の練習をしています。
ここは[カタコンベ]と呼ばれる古い遺跡を改築して作ったとか…そんなことを3週間前にゲイル青色信徒が教えてくれました。他にも、祈りを続けていないと悪しき魔物が寄ってくると忠告してくれました。
「ある時、ライフの頭に光の環が浮かび上がった。それにより、癒しの力がより強力なものとなった。……ライフは…天使と呼ばれる存在へとなった。この日から…ライフは≪癒しの天使≫となり、傷付いた者を癒し…困窮した者へ恵みを与える≪生命と救済の神≫と崇められ………天繋の塔に祀られた。………ライフの治癒物語第十一節。」
神話を暗唱した私は、「ふぅ」と息を小さく吐き出して床に寝ころびました。
少しだけ詰まってしまいましたが…上出来です!
自己評価をした私は、錆びた鉄格子の隙間から外を覗いてみました。
「カシャラ…カシャララ…」
ボロボロの修道服を着た≪プレイヤスケルトン≫が、足音と骨の擦れる音を響かせながら徘徊していました。
プレイヤスケルトンは、元聖職者の魔物です。邪悪な魔物でありながら、私達が使う祈祷魔術を使うことができるため、私達、生命の信仰者は子供の時から忌むべき敵と教えられています。
ここは元々、死者を埋葬する地下墓地であったため、たくさんのスケルトン系の魔物が棲み着いています。力を蓄えるため神聖騎士の皆さんがよく訪れて、魔物を屠って行きます。
ここは罪人を閉じ込める牢獄でもあり、神聖騎士達の修練所でもあるのです。
「カシャ?カラシャシャラララ!」
私の存在に気付いたようで、プレイヤスケルトンが恐ろしく速い動きで向かってきました。プレイヤスケルトンは鉄格子を掴んで激しく揺らします。当然、この程度で鉄格子は壊れたりしません。ここに居れば安全だと、2週間前の私は思っていました。しかし、プレイヤスケルトンは急にバラバラになり崩れてしまいました。そして…何と骨が一つ一つ鉄格子の隙間から入り込んできたのです。…あと、服が引っかかった骨も入ってきました。
「ガララ…カシャカシャ!」
牢の中で骨が合わさっていき、元の形に戻りました。プレイヤスケルトンは私に跳びかかってきました。
「生命と救済の神よ、悪しき者を射止める、聖なる光の矢を放ちたまえ!(ホーリーアロー)!」
私は素早く祈祷の詠唱をして、聖なる光の矢を放ちました。光の矢はプレイヤスケルトンの頭に直撃して、プレイヤスケルトンの頭蓋を砕きました。
「ガギャッッ!!!」
頭が弾け飛んだプレイヤスケルトンは、元の屍へと戻り神の下に逝きました。
「……ふう…。あ、神のご慈悲に感謝しなさいです。」
こんな風に邪悪な魔物が襲ってくるため、ここには重罪を犯した者しか連れられません。ゲイル青色信徒がここに連れてきたと言うことは、やはり私を心の底から憎んでいるという事でしょう。
正直…悲しいです。
私は目を閉じてお母さんの姿を思い浮かべました。優しいお母さんは、伝説のような人でした。≪蒼白なる祈り姫≫と呼ばれたお母さんはとてもすごい人だったのです。青色信徒だったお母さんは、とても優しくて優秀な回復祈祷師でした。あと、質が良い【碧の聖水】を作れました。
私はお母さんに憧れて、青色信徒になったのです。
難しいお勉強をして、たくさんの教えを覚えて、強くなるために魔物を屠りました。
そして、10歳の時、私は青色信徒に任命されたのです。レベル37でありながら、魔法回復力と精神値が1000を超えていた事が、上層部に気に入られたみたいです。
その時が、人生で最も輝いた瞬間だと思っています。
それから今日までの3年間。青色信徒として勤勉に、祈りと碧の聖水作りに励んでいました。それなのに、私は灰色信徒に降格されたうえ、地下墓地の牢に閉じ込められたのです。
私は…シルミア=エレフィーレは、何を誤ったのでしょうか…?
首にかけた灰色のロザリオを握りしめて、虚空に向かって尋ねました。けれども、誰も私の質問に答えてくれません。私は自身の声が反響する音を聞きながら、床に寝転がりました。
瞼をゆっくり閉じて、またお母さんの姿を思い浮かべました。そして私は、そのまま眠りにつきました。
………。
………………。
誰かの足音が少し先の方から聞こえてきました。魔物かもしれないと思って、私は目を開けて起き上がりました。
「ごきげんよう。エレフィーレ殿。牢の中での暮らしは慣れましたか?」
「ゲイル青色信徒…」
鉄格子の先にゲイル青色信徒が目だけ病んだ笑顔で立っていました。その笑顔がどういう訳か、かつて見た時以上に陰湿に見えました。
「その様子から察するに、もう慣れたみたいですね。」
ゲイル青色信徒は左手に持っている袋を、鉄格子の隙間に押し込めました。袋の中を確認してみますと大量の固焼きパンが入っていました。
「これは…パン…です?」
「1週間分はありますから、餓死することはないでしょう。…フッ…良かったですね?」
「…お気遣いありがとうございますです。」
私は一礼をしてパンに齧り付きました。パンはとても固くほとんど味がしませんでした。まるで干からびたバイトボールの肉片をそのまま齧っているような気分です。
美味しさなど無く、ただ空腹を逃れるためだけの食物。それでも、私にとっては大切な栄養なのです。
「ふん…意地汚く食べますね。これをテレジア様が見たら…いったいどう思うのでしょうねぇ?」
ゲイル青色信徒がある人の名前を言ったことで、一瞬だけですが、私は硬直してしまいました。ですが、私は気にしていない素振りでパンを咀嚼します。するとゲイル青色信徒は病んだ笑みを浮かべて続けました。
「そうでした。テレジア様はずいぶん前にお亡くなりになりましたね。ですから…その無様な様子は見れませんねぇ?これは失敬。」
「……。…。」
「そう言えば、テレジア様はどうしてお亡くなりになったのでしょうねぇ?まだ若く健康でしたのに…不思議ですね?」
「………。……。」
「ああ!そう言えば、噂がありました!…テレジア様は心身を病んで自ら命を絶った…その理由は一人の魔女の呪縛から逃れるため。…実際、テレジア様のご遺体には無数の呪詛痕がありましたしね?」
「…………。……。」
ゲイル青色信徒は口角を釣り上げて、濁った目で私の顔を覗き込みました。私は自然と体が震え始めました。
「その魔女は………貴女ですね?シルミア=エレフィーレ殿?貴女がテレジア様を呪い…殺した。」
体がガタガタと震えだして、視界が歪みます。底から恐怖と慟哭そして、憤怒の感情が込み上げてきました。
なんで、ゲイル青色信徒はこんな酷い事を言うのでしょうか?なんで…今言うのですか?
溢れる質問の言葉と感情を何とか押さえつけながら、ゲイル青色信徒の目を見つめます。目は深い夜の闇のような黒が渦巻いています。そこに、誰かの顔が映り込んでいました。白銀色の長い髪をした緑色の目をした少女の絶望した顔が、はっきりと映っていたのです。
「さあ…答えてください。エレフィーレ殿…いや、≪魔女≫シルミア!」
「…違います。違います。違います!私ではありません。お母さんは…病気で亡くなってたまたま池で溺れただけで私が原因ではありません。そもそも私が原因と断言できません証拠も何もありません呪術も使えませんしその時は簡単な祈祷術ですら使えませんでした神に祈ることだけしか神話を読むことだけしかできませんでしたし呪うなどできるはずがありません第一貴方の発言は噂ですから根拠がありません噓です噓なのです作り話そうです作り話ですそもそもその時の私はまだ5歳ですから難しい事なんて理解できませんだから呪術などできないですそれに呪術の存在も青色信徒になってやっと耳にしただけですから呪いなんて絶対にできませんゲイル青色信徒が私を嫉妬して妬んで陥れるために付いた噓なのですだから私は魔女なんかじゃありません!!!!」
混乱した私はただ思いついた言葉をそのまま吐き出していきました。ゲイル青色信徒が何か言う前に言って、聞きたくない言葉を遮ります。言葉の壁です。しかし、私は空気を求めて言葉を止めてしまいました。するとゲイル青色信徒が人を見下す目で、私を見て言いました。
「おやおや?何かの呪文でしょうか?さすが魔女…」
「うるさいです!!!!!」
私は怒りに任せて吠えてしまいました。その声があまりにも大きすぎて、近くを徘徊する魔物達に気づかれてしまいました。4体のプレイヤスケルトンが私達に近づいてきます。牢の外側にいるが故、ゲイル青色信徒は4体のプレイヤスケルトンから狙われてしまいました。
「ーーーーーーーー、ーーーーーーーー、…」
4体の中、1体だけ跳びかからずにゲイル青色信徒から距離を開けて顎を動かしています。恐らくは攻撃祈祷術を詠唱しているのでしょう。すぐにでも詠唱中のプレイヤスケルトンを倒すべきです。しかし、3体のプレイヤスケルトンが襲ってきているため、それができません。
このままでは…ゲイル青色信徒が危険です…!
「ゲ…ゲイル青色信徒…!」
私は能動的に、攻撃祈祷術の詠唱をしようとしました。…その瞬間です。ゲイル青色信徒は、素早く手を横に振って呪文の一部だけを宣言しました。
「…神よ、…厳然なる光の刃を放ちたまえ。(グリムエッジ)。」
すると、光り輝く巨大な刃がプレイヤスケルトン達に向かって飛んでいきました。
「「「ギャシャッッ!!」」」
「ーーー…(ーー……ギャシャン!」
3体のプレイヤスケルトンを刎ね飛ばした光の刃が、詠唱中だったプレイヤスケルトンを屠ったのです。
「な…!…え…?」
これにはさすがに驚きました。いくら高位の攻撃祈祷術であるグリムエッジとはいえ、詠唱短縮をしたため、威力が半減以下になっています。それなのに、たった一撃で4体のプレイヤスケルトンを屠ったのです。
「ふん…勝てないと踏んで、魔物をけしかけましたか…さすが魔女ですね。」
「……そんなつもりは…!」
「本来ならば、この場で射殺すところですが…残念ながら貴女は、まだ審議中です。よってこのゲイル…寛容な心で許します。」
ゲイル青色信徒は手をヒラヒラとさせて微笑みました。当然ですが、目は病んでいます。
「あ………あの…私…!」
ゲイル青色信徒が魔物に襲われた事への衝撃で、少しだけ落ち着いた私は謝ろうと口を開きました。
「貴女といると、碌な事がありませんね。はあ…ゲイルは忙しいので、これで失礼させてもらいます。」
ですが、ゲイル青色信徒は聞くことなく、私に背を向けて出て行ってしまいました。きっとこれが、ゲイル青色信徒と話せる最後の機会だったのです。
私は一時の感情で、その機会を自ら捨ててしまった…と心の底から悔やみました。
2022/1/4 若干の修正をしました。
《蒼白なる祈り姫》を≪蒼白なる祈り姫≫に修正。MPを精神値に修正。