第28話 暗い森を抜けて、いざ…新天地へ。
みぃの館から出て、しばらく歩き続ける。
「とりあえず…森を抜けましょう。森を抜けた先に馬車道があります。まずは…そこを目指しましょう。」
マリアはそう言って歩いて行く。ただ歩いているわけではなく、周りを警戒しながら歩いているようだ。腰にかけられている剣の鞘に手を添えている。だけど、大げさに周りを見たり動揺したりする素振りを見せていない。
「森を出た先にある馬車道って…まさか、ルマルド平野の馬車道か!?」
アンリが馬車道と言う単語を聞いた瞬間、わかりやすいほど大げさに驚いた。
「はい。アンリ様の反応を見るに、知っているようですね。」
マリアがそう言うと、アンリがすぐさま言葉を返した。
「そりゃあ…アタシ達商人の間では有名だぜ!なんせ、あの馬車道はしっかり舗装されていて、割れ物注意の物を安全に運べるからな!アルブミル山岳の方面に向かう行商人はみんなその道を使うんだぜ!……ただ、そのせいか、あの道は賊が狩場に使っているんだぜ。アタシ達商人は…蛮族の道って呼んでいるんだぜ。」
アンリの解説を聞いたマリアは、どういう訳か安心したような表情で相づちを打った。
「なるほど…今でも変わっていないようで安心しました。」
「安心っておい…!騎士レベルの護衛を付けないと命を落とす危険地帯なんだぜ!?」
「だからこそなのですよ。…あの道を通る行商人の方は、強い護衛を欲しています。ただ護衛を雇うのには当然、お金がかかります。しかも騎士のような力量を持った者となると…安くて金貨15枚ほどでしょう。…普通なら。」
マリアの言葉に、アンリはピンと来ないようで困惑している。私は何となくマリアの考えていることがわかったから、アンリの反応が少し面白く感じた。
「騎士に相当するわたくしが無料で付き添う…と言えば、理解のある行商人の方がわたくし達を乗せてくれるはずです。わたくしは並大抵の賊程度でしたら…軽くあしらえますので。」
マリアは無表情だけど、誇らしそうな顔で言い切った。
ドヤァ!
…て、変な効果音がどこからか聞こえた。…気がした。
「そ…そうなのか。そう言われても…アタシはマリアの実力をあまり知らないから…どう反応すればいいのか………」
「……そう言えば、アンリちゃんは…マリアの強さを…知らないんだった…。」
私はマリアの強さをこの目で見たからこそ知っている。けど、アンリはみぃといたから、マリアの戦闘技術の高さがわからないのだろう。
「一応は、みぃから少し聞いたぜ。ただまあ…実際にこの目で見ないとよくわからないんだぜ。…多分、行商人も同じことを言うと思うぜ?」
アンリは苦笑いしながら、少し申し訳なさそうに言う。確かに、アンリの言い分はもっともだ。いきなりメイド姿の少女達が「騎士並みに強いから雇って!その代わりアルブまで連れていって!」と言っても行商人の人達は困惑するだろう。冷やかしに来た子供だと思われて追い返されるのがオチだ。
「……。…確かにアンリ様のおっしゃる通りです…。………。…着くまでに考えておきます。」
マリアは少しだけしょぼくれたような声でそう言い、小さくうなりながら歩く速さを若干遅くする。
「そ…そうか!まあ…森を抜けるまで時間があるからな!ゆっくり考えるんだぜ!…アタシも一応、作戦を考えておくぜ!」
そう言いながらアンリは腰に縛り付けられている袋をいたわるように撫でた。ジャラジャラと重みのある音がするのを察するに、多分財布だろう。マリアの作戦がダメだった時に、アンリはお金の力を使って、私達を行商人に運んでもらうつもりなのだろう。
そうなったら…私も…出そうかな?
私達は森を抜けるまで、ほぼ会話をすることなく歩き続ける。歩いている間、マリアがずっと「うーん…むぅ…」と大型動物のいびきのような唸り声を小さく上げていた。その声を聴きながら、アンリは静かに考え事をしている。たまにアンリが「一人、聖銀6枚で乗せてくれるか?」と不安そうに呟くのが聞こえてきて、アンリとアンリの財布が心配になった。
………。
………………。
あれからだいぶ歩いたおかげで、森を抜けることができた。森を抜けた先はのどかな草原で、日光が眩しくて風が心地よい。
「ここが……ルマルド平野?…だっ…け?アンリ…ちゃん。」
地平線が見える程、広大な草原を見渡しながらアンリに確認をした。
「ああ!そうだぜ!」
「…危険って…言っていたけど…見た感じ…のどかな平原って感じだ…よ?」
「あ~…まあ、ぱっと見、そう思うかもだぜ…!ただ…ほら!アレを見るんだぜ!」
アンリは少し先にある石を指した。私はその石に近づいてよーく見た。
「…。…ひ…!」
私は小さく悲鳴を上げ、後ろに下がった。なぜなら、それは石ではなかったからだ。それは…土に汚れ、植物に侵食された人の頭蓋骨だった。頭蓋骨の近くには、大小さまざまな骨が散らばっており、いくつかの骨には鋭い石の矢じりのような破片が刺さっている。この骨になった人が弓矢を使う何者かに射殺された事がわかる。
「このルマルド平野には、殺しを何とも思っていない奴らで溢れてるんだぜ。これで、ここを通る行商人が騎士レベルの護衛を雇う理由がわかったかぜ?」
アンリは亡骸の前でしゃがみ、手を組んで祈りを捧げる。私もアンリのマネをして亡骸に祈りを捧げた。
「…………。これで…この人は弔われた……かな?」
「さあな…。まあでも、誰にも気づかれる事無く朽ち果てるよりかは…マシだと思うぜ?」
そう言ってアンリは、私の頭を優しく撫でて安心させた。
「さて…森は抜けたが、結局、何か良い作戦は思いついたかぜ?」
アンリに訊かれて、マリアは「はっ…そうでした。」と我に返ったような反応をした。
「…そうですね。あそこの馬車道で、通りがかる行商人の方に声をかけていきます。…もしかしたら誰かがわたくし達を雇うはずです。」
「…さっきと変わっていない気がするんだが…まあ、マリアに任せるぜ!」
さり気なく財布を撫でるアンリは、右手の親指を上に立てる。何となく顔には不安の表情が張り付いて見える。…気のせいかな。
「私も…マリア…さんに、任せる…。」
「ありがとうございます。…あそこまで移動しましょう。」
そう言ってマリアは先にある馬車道を指さした。
「……わかっ…た!」
私達はその馬車道まで移動した。その途中、白骨化した亡骸がいくつかあったけど…私は見なかったことにした。心の中で簡単にお祈りをして、マリアについて行った。
「さてと…では、行商人の方が通りがかったら、わたくしが声を出します。皆様は手を振って全力でアピールしてください。」
「……。わかった…。…本当にそれだけ…です?」
あまりにも簡単な内容に、私はマリアに確認をした。マリアは無表情で、「はい。」と言いながらうなずいた。…正直言って、マリアの作戦は不安しかないけど…何も考えていない私が、異を唱えるわけにはいかない。ここはマリアの作戦に賭けよう。もしかしたら成功するかもしれないし。
…私って、他力本願なんだな…。
自分の本性が垣間見え、自己嫌悪と弁解の言葉で頭がいっぱいになる。温かな日の光と対照的な私の心の闇に一人で悩んでいると、マリアが声を出した。
「来ました!…ミカ様!アンリ様!お願いします!」
「わかったぜ!」
「あ…うん…わかった…。」
私は気持ちを切り替えて、少し遠くに見える馬車に向かって手を振った。
「………ーー…ー……ー。」
マリアは、目を閉じて祈るように手を組み声を出した。その声はまるで、歌のような透き通る不思議な声だった。何をしているのか私には理解できなかった。だけど、意味のある行為だったらしく、馬車は速度を落とし、私達の前で止まった。
「わしを呼び止めたのは、お前らかの?」
白い無精ひげを生やした初老の男が、手綱を握りながら私達を一瞥する。この男の人は青い色をしたコートを着て、頭に大きめの帽子をかぶっている。
特に声を出していなかった気がするのに、この男の人は私達の声を聴いたらしい。多分マリアが何かしてくれたのだろう。何もわからないので、このままマリアに任せよう。
「はい。そうです。」
「名は何というかの?」
「マリアです。」
マリアが名乗り、私とアンリが続いて名乗る。
「アタシはアンリ!家名は…アマレットだぜ!」
「あ…ミカ…って…言うます。…か…家名…はありません…。」
打ち合わせをしていない完全なアドリブ状態のため、頭が真っ白だ。とりあえず、アンリのマネをして言ったけど…よかったかな。
そう言えば…アンリの家名…初めて聞いたかも。
何故、男の人に家名を明かしたかは知らないけど。多分、商人界の掟的なものだろう。もしそうだとしたら、やっぱりこの男の人は商人なんだろう。男の人は…行商人の人は顎を搔きながらマリアを見る。
「ふむ。そこのピンク髪のお嬢ちゃん。」
「マリアです。」
「……マリア嬢がわしに声をかけたのかの?乗せてくれって言っておったが…どこかに行きたいのかの?」
「はい。…正確には雇ってくださいとお伝えしたつもりです。」
マリアの発言を聞いて、行商人は眉を寄せた。
「……わしはただの行商人じゃよ?…メイドの仕事をしたいのなら…街に行って、成金にでも声を掛ければ良いのじゃないかの?」
「いえ。メイドとしてではなく、護衛としてです。わたくしはこれでも騎士程度の実力がありますので。」
マリアの自信満々な発言…悪く言えば傲慢な発言を聞いた行商人は、さらに困惑したような表情になる。
「う…む?そうか…それは…すごいの。ただ、わしにはもう専属の護衛がいるから…バカ高い金を払ってまで雇う事はないの。…すまんが他を当たってくれ。」
行商人は追っ払う時の手の振りを「しっしっ…!」と、小さく言いながらしてみせた。明らかに私達のことを下に見ていることがよく分かる。マリアは態度を変えることなく続けて言う。
「お金は要りません。ただ…わたくし達はアルブに行きたいだけです。そこまで連れて行ってくれさえすれば…貴方の安全を保障します!」
「ふむ…そう言って、ただ乗りしたいだけじゃろ?わしはお人好しではない…商人じゃ。荷物を増やすわけにはいかん…ただでは…な?どうじゃ?一人、聖銀貨13枚で乗せてやろう!」
行商人はケタケタ笑いながら、お金をせびる時のジェスチャーをしてみせた。唐突に商売の話に持っていくとは…凄い精神だ。
「ちょ…ちょっと待て…!一人、聖銀13枚は高すぎるぜ?!普通は、聖銀5枚くらいのはずだぜ!!」
静かに聞いていたアンリが異を唱える。すると調子に乗ったのか、行商人は高笑いしながら指差した。
「嫌なら他を当たれ!もっとも、アルブミルに向かう者は少ないがの!さあ、10秒だけチャンスをやる!では、10~9~」
「ど…どうする…?この人は…諦…める?」
「いえ…まだ諦めません。…本当に安全を保障します!どうか、わたくし達を連れて行ってください!」
「……5~4~」
「ああもう!わかった…払うぜ!だけどアタシ達、お金が無いんだぜ!…頼むから3人合わせて聖銀15枚で手を打ってくれだぜ!!」
「25枚じゃの。それなら全員乗せてやろう。さあどうする?」
「う…地味に足りない…な…なあみんな、どれくらい持ってる?」
私はポーチの中に入っている小さな袋を取り出してアンリに渡した。
「こ…これくらいしか…ない…ごめん…」
「あ…ああ、ありがとう。…後、聖銀貨4枚と銀貨4枚ほど持ってるやつはいないか?!」
「……すみません。わたくし、聖水を買う分のお金しか持ってきていません。そのため、銅貨1枚も使うことができません。本当に申し訳ございません。」
「まじか…。……!なあ…おっちゃん!聖銀貨20枚と銀貨6枚で手を打ってくれな…」
「話にならんな。…ではわしらはもう行く。お嬢ちゃんたちも元気でな!」
そう言って行商人は手綱を振ろうとした。もうダメかな…と諦めた。…その時。
「まあまあ~おじ様~。別に乗せても~いいんじゃないかな~?」
馬車の荷台の中から、声が聞こえた。耳に残るほど甘くて高い不思議な声だ。頭の中で小さな少女がイメージされた。
「な…コロロちゃん…?!何を言っておるのじゃ?!こんな奴らを連れていく必要なんてないのじゃ!」
「え~?でも、おじ様~。護衛は~たくさんいたほうが~いいと思うよ~?それに~」
狼狽する行商人を後ろから褐色の小さな腕が抱きしめた。派手な刺繍がされたフードを深く被った頭が、行商人の耳元に近づいて囁いた。
「アタイ~優しい人が大好きだよ♡」
「はぅ…そ…そうか。コロロちゃんが言うなら仕方ないの!…気が変わった!お嬢ちゃん達を乗せてやろう!もちろんただじゃ!」
行商人の態度の変化に、私達は動揺した。だけど、乗せてくれるのなら…良いのかな。
「あ…ありがとうございます!行商人の方、それとコロロチャン様!わたくし、皆様の安全を保障します!」
「コロロ、だよ~!ちゃんはおじ様が勝手に使っているだけだから~!…あ、ちなみに、おじ様はハローって言うからね~。覚えてあげてね!」
「わかりました。では、ハロー様、コロロ様、皆様の安全をこのわたくしが保障します!よろしくお願いいたします。」
私達は何とか、乗せてもらうことができた。作戦が成功した時のマリアの顔は、とてもやる気に満ちていた。アンリの顔は、若干困惑しているけど安心した表情だ。
私達は馬車の荷台に乗り、コロロという名の不思議な者と一緒に相席させてもらった。