第27話 遠出の準備…と、これまでのあらすじ。
自室で荷造りを終えた私は、ベットに寝転がり目を閉じて軽い休憩をする。
私の名前はミカ。名字は無く、生まれた家もこの世界には存在しない異世界転生者の元男子高校生。
男子高校生どころか…もう男ですらないのだけどね…。
私は別の世界で三日月海と言う名前の普通の男子高校生だった。…いや、訂正しよう。私は普通ではなかった。私はかつて、父親から度が過ぎた体罰を受け、母親からは冷笑を受けていた。しかもそれだけではない。私は通っていた学校でもあまり良い扱いを受けて無かった。
あの高校の名前は…確か天霄高校だったっけ…?
私はその学校で、陰湿で地味な嫌がらせを受けていた。内容があまりにも地味すぎたために、先生達は無視。定期的に来るスクールカウンセラーの人も呆れて笑うほどだった。思春期特有のオーバーな被害妄想と私のアレな性格によって、私のメンタルはヘラヘラになってしまった。
それで、メンタルヘラヘラな状態がピークだった時に、私は錯乱した通り魔に刺されてしまい苦しみながら死んだ。
ただ…幸福なことに私は、ライフと名乗る不思議な少年によって、新しい人生と、ミカと言う名前とこの真っ白な身体…そして膨大なHPが与えられた。
これで輝かしい人生の始まりだ!
……と、心を躍らせていた時が私にはあった。その夢は転生してすぐに砕かれてしまった。どうやら、私はHPだけは馬鹿みたいに高いのに、攻撃力やMPとかHP以外のステータスが1とか10とか恐ろしいほど低かった。しかも、どういう訳かナイフとかの武器を使っての攻撃ができない。しようとすると何故か外れたり、不思議な力が働いて弾かれたりしてしまう。
異世界モノでよくあるチートステータスで俺マジつっえ!!ができない事に、私はショックを受けた。ただ、その後そんな事がぬるく感じるほどの最悪な展開が起こった。
実は異世界に来てすぐに私はとある二人と出会って、何故かすぐに打ち解け仲間になった。ただその仲間だと思っていた二人はとんでもない奴らで、なんと私にあらぬ罪を着せ、意味の分からない強引な判決で真っ暗な牢屋に投獄したのだ。
…そこで、私は地獄を体験した。
今でもよく憶えている。あの炎のように赤い髪と、深紅の鋭い目を持つ女。サディと言う名前の悪魔が、私に毎日毎日八つ当たりで拷問と危険な実験をした。
ある時は真っ黒な棍棒で滅多打ちにされて…ある時はサンドバックのようにされて…ある時はよくわからない薬品を全身に投与されて…ある時は呪われた鞭で叩かれた。
尊厳と身体を文字通りボロボロにされた私は、何とかあの地獄の牢屋から脱出した。逃げている途中、疲労によって気絶した私をみぃが拾って介抱してくれた。
みぃは狐人と呼ばれる人種で、稲穂色の長い髪と狐の耳と大きな尻尾がとっても印象的な女の子。本人曰く23歳らしい。頭に目を模した髪飾りを付けていて、大切にしているようで髪飾りを手で撫でる癖があるらしい。
みぃには頼りになる仲間が二人いる。そのうちの一人は私と顔見知りの人で、その子の名前はアンリと言う。オレンジ色の髪とガラスのように透き通る水色の目を持ち、頭に青いバンダナを付けている。アンリは天真爛漫と言う言葉が似合うほど、表裏が無くて元気いっぱいな性格をしている。女の子なのだけどまるで少年のようなアンリは、近くに居るだけで私まで楽しくなる。
アンリとの出会いは、サディ達と仲間だった時に入った路地裏にある店の中だ。アンリはその店、[旅人の通り道]の店長の娘らしく、そこでいろいろ物を買った事で仲良くなった。当然最初は客人と店員の関係だったのだけど、ついさっきお風呂…間違えた。行水場で一緒になって、私が悩みを打ち明けた事で、少し親密になった…気がする。
アンリちゃんの話はいったんおしまい。…次の話に行こう。
もう一人のみぃの仲間はマリアと言う名前の少女。…背丈は私と同じくらいの大きさかな。落ち着いた桃色の髪を後ろに纏めて、ホワイトブリムやエプロンに紺色のドレスを着て、ザ・メイドさんの格好をしている。凛とした淑女の振る舞いをしていて、顔がほぼ無表情で感情を表に出さないところがあって、実は…私はマリアに苦手意識を持っていた。けど…話してみると意外と優しくて、感情もちゃんとあって苦手意識はすぐに無くなった。助け合った事で、お互いに信頼できる仲間という認識になったと思う。
私は、酷い目に合ってたくさん傷ついたけど…こうして信頼できる仲間ができた。この仲間達と一緒に気楽な人生を送ることが出来たら、どんなに素晴らしい事だったのだろう。
けど…やっぱりというか…現実は甘くなかった…。
この世界はどうやら、危機的な状況にあるらしい。試練と呼ばれる、大量のモンスターが【宿命ノ砂時計】を破壊しに襲ってくる災害があるらしく、【宿命ノ砂時計】の砂の色によって試練の種類と壊されたときの被害が変わるらしい。
難易度と危険度が低いモノから書いていくと、白、黄、赤、黒となっていて色によって名称がある。
一番簡単で、壊されたときの被害が一番少ない白色の砂は、黎明と呼ばれる。
二番目に簡単で、壊されたときの被害が黎明よりもある黄色の砂は、白昼と呼ばれる。
驚異的で一番厄介で、被害が大きい赤色の砂は、黄昏と呼ばれる。
難易度は黄昏よりも低いが、壊されたときの被害が世界滅亡と笑えない黒色の砂は、闇夜と呼ばれる。
みぃ曰く、この館の地下に黒色の砂の【宿命ノ砂時計】があるとのことだ。私達はこの場所とこの世界を守るために、闇夜の試練に挑む事になった。ただ…今のままでは力量不足のため、挑んだとしても負ける可能性が高い。レベルアップによるステータス値の増加を求め、私達は二手に分かれて、モンスターを狩ることになった。
結果を言うと…確かにレベルはたくさん上がった。
だけど…私とマリアは傷を負い、みぃは何者かによって深い傷を負わされ、さらに劣傷の呪いまで掛けられてしまった。私達はレベル上げをいったん止めて、みぃの呪いを解除することができる【碧の聖水】を求めて、アルブと呼ばれる聖職者の街に向かう事となった。
今さっき終わった荷造りは、そのためのものだ。
さてと、充分休んだし……そろそろみんなの所に行かないと…!
休憩と少しの回想を終えた私はゆっくり目を開けて、ベットから起き上がろうと体に力を籠めた。
「……?…あれ?」
どういう訳か、体が動かない。ただ目は見えるし、目と瞼は自由に動かせる。それなのに、首から下が動かない。
「……!…く…!…う…うごか…ない…!」
どれだけ力を籠めても微動だにしない。明らかにおかしいと感じて、大声を出そうと息を吸った…次の瞬間!
「ダマレ…シャベルナ…」
突然、地震のような重みのある声とともに、真っ黒な手が私の口を塞いだ。
「むぐ!!…んん?!んーー!!!」
急に口を誰かに塞がれ、私は混乱した。周りを見たが、自分と口を押さえつけている不気味な手以外何もいない。周りには助けてくれる人はいない…助けを呼ぶこともできない!恐怖と不安が膨れ上がっていくのを感じた。
恐い…誰か助けて…!
涙が零れてきて、ガチガチと歯と歯が合わさる音が聞こえてきた。
「ソウハクナルセイジョヲヒキイレロ…ケガレノショモツヲヨメ…マモノドモヲカリチカラヲウバエ…サモナケレバ…オマエハワタシタチニノミコマレルダロウ…」
どこからか不気味な声が囁いてきた。頭に響くその声は何か言っているようだけど、うまく聞き取れない。
「クロキホシハマダソラニノボラズ…フカキトコロカラ、オマエヲミツメル。」
重い地響きのような無数の声が聞こえたと思った瞬間、***達が姿を現して私を取り囲んだ。
***達は真っ黒なモヤのような体で、虚ろな目のような紋章が描かれた白い仮面をつけている。***達は何かをブツブツと呟きながら、黒い不気味な手を私に向かって伸ばした。
「んーーー!!!んんん!!んーーー!!!!」
私は必死になって、もがいた。だけど、体は動かず口は塞がれているからか、何をしても***達は気にする様子は無い。***達は感情を一切表すことなく、恐怖に震える私の首に手をかけた。
「いやあああああああああ!!!!!!!!」
絶叫とともに私は飛び上がり目の前のものに、ゴチン!と思いっきりぶつかった。
「ーーっ!!…はぁ…!はぁ…!はぁ…!はぁ…!……!」
私は体が自由に動く事に気が付き、そっと自分の首を触って確認した。
「……。………夢…か。…よかった…。」
首に妙な違和感がなくて私は「はぁ…」とため息をついた。
どうやら、私は休憩のつもりでベットに横になって、そのせいでうっかり寝てしまっていたようだ。部屋にかかっている壁掛け時計を見て、私が10分も居眠りしていたことが分かった。
「いけない…!早くみんなの所に行かないと…。」
私はポーチを肩にかけて、ベットに置いてあるボロボロの暗い緑色のローブを着て立ち上がった。
「……!…ええ!?…マ…マリアさん…!」
私は急いで足元に座り込んでいる桃色髪のメイドさんに近づいた。
「ぅ…ぃたい……」
マリアは額を両手で押さえながら涙目になって呻いている。足がちょっと開いて座っているため、スカートの中が少し見えちゃっている…。
「あ…えっ…と…大丈夫…です……か…?」
私はマリアに失礼が無いように配慮して、マリアの上半身のみを見ながら声を掛けた。
マリアは手でスカートを押さえて目をこすりながら私を見た。少し怒っているような表情でマリアは口を開いた。
「遅かったから呼びに来たら…ミカ様が寝ていて、起こそうと思って顔を覗き込んだら…ミカ様がいきなり悲鳴を上げてわたくしに頭突きをなさったんじゃないですか…。」
「あ…あわ…ご……ごめん…なさい…!」
私はジト目でこっちを見て来るマリアに、頭を下げて謝った。
ぶつかったのが物ではなくて…まさかのマリアだったとは…
不運な偶然とはいえ、マリアに怪我をさせてしまった。そのことがかなりショックで、起きて早々私の気分は落ち込んでいった。マリアはジト目を止めて起き上がった。
「ワザとではない事はわかりました。…それよりもミカ様、お出かけの準備は整いましたでしょうか?まさか…寝ていたとは言いませんよね?」
マリアは再びジト目になって私に確認をした。私は手でポーチを触って準備が終わっているかの最終確認をした。
「……大丈夫…です。準備はもう…出来て…ます…。」
「左様ですか。…ではエントランスに来てください。そこでみぃに一声かけたら…行きましょう。」
マリアはくるりと扉の方に体を向けて、部屋から出た。私もマリアの後ろを追いかけて部屋から出た。
………。
………………。
エントランスについた私は、みぃの近くまで歩いた。みぃは肩から血を流しながらも私達のことを見送ってくれるようだ。
「みんな…気をつけてね!私はおとなしく待っているから…!」
みぃは優しい表情で、だけどちょっと心配そうな声音で私達を見送った。
「…行ってきます。」
私はみぃに一言だけ伝えた。上手い言葉が思いつかずぶっきらぼうに聞こえたかもしれない。語彙の乏しい自分が嫌になりそう。
「…みぃ。倉庫の奥に、増血効果のある薬草の葉があったはずです。一日一枚の頻度で食べれば、恐らくは持つはずです…。ですが、治るわけではないので…あまり無理をしないでください。」
マリアがそう伝えるとみぃは静かにうなずいた。マリアは一呼吸してから口を開いた。
「では…行って来ますね。必ず聖水を持ち帰って見せます。」
マリアはそう言い残して、扉を開けて外に向かって歩き出した。私達もマリアの後についていく。
「…じゃ!行ってくるぜ!何かあったらそのペンダントを使うんだぜ!」
アンリがみぃに手を振りながら扉をゆっくり閉めた。扉が閉まったことでみぃの姿が完全に見えなくなった。
「みぃちゃん…行ってきます!」
私はもう一度呟いて、マリアの隣後ろまで歩いた。
これから、私の…私達の冒険が始まる。
「評価してくれる人がもうちょっと増えてくれたら…やる気が出るかも」ってたまに思うかも。
…今の忘れても良いです。御狐は読者がいるだけで幸せです!