第25話 劣傷の呪い。
大量のモンスターと交戦を終えた私とマリアは、足元に転がる大量の戦利品を集めた。
マリア曰く、【ケイヴストーカーの毛皮】はかなり貴重な素材らしくできる限り集めておきたいらしい。
私は、焼け焦げていないケイヴストーカーの亡骸を持てるだけ持ってマリアに渡した。
「マリアさん…亡骸をいっぱい…持ってきました…。」
「ありがとうございます。…あ、ナイフお借りしますね。」
マリアは手慣れた手つきで、亡骸の解体を始める。
全ての解体が終わるまでに、なんと30分もかかった。
けどその間に、マリアがいろいろなことを教えてくれたため、暇ではなかった。
マリアが教えてくれた事で特に印象に残ったのは、器用値の事だ。
器用値は、幸運値とも呼ばれるステータスで、極めて重要なものらしい。
マリア曰く、器用値が高ければ複雑な作業が成功しやすくなったり、相手から受けた攻撃が致命傷にならずに済み、逆に自身の攻撃が相手の致命傷になりやすくなるという。
マリアが教えてくれたこの知識は、今の段階ではほぼ誰にも知られていないものとのこと。
一般的に知られていない事を知れるってかなり良い気分。
「教えてくれてありがとう。」ってマリアにお礼を言ったら、とても嬉しそうだった。
マリアの話を聞いていたら、あっという間に時間が過ぎていた。
私は【ケイヴストーカーの毛皮】を入るだけ鞄に詰め込んで、運ぶことにした。
「あ…意外と軽い…」
【ケイヴストーカーの毛皮】がパンパンに詰まっているのに片手で持てる。
確かにこの軽さの毛皮なら、貴重なのもうなずける。
自分で納得したは私は、マリアの前でしゃがんだ。
「………?ミカ様…何をなされているのですか?」
「おんぶ…おんぶします…!」
マリアは私の意図に気付き、どういう訳か顔を少し赤らめて口元を隠した。
「も…もう大丈夫です!…呪いは聖水を飲んだことでとっくに浄化されました…!だから、ミカ様がお手を煩わせる必要はありません!」
マリアの声がちょっと大きくて、私は軽くびびってしまった。
「ご…ごめんなさい…!い…嫌…ですよね…!私…マリアさんの…気持のこと…よく考えていません…でした…!」
「い…いえ…!べつにミカ様を拒絶しているわけでは………ただその…えっと…」
マリアは口をパクパクさせて言葉を探しているようだ。
どうしよう。私が変な反応をしたせいで、マリアが困っている…。
「と…とりあえず…戻り…ましょう…?」
「そ…そうですね…」
私とマリアは、とりあえずみぃの館に戻った。
道中、気まずくてずっと無言だった事は、記憶に残った。
………。
………………。
館に戻ると、アンリが扉を開けて出迎えた。
「アンリ様、先に戻られていたのですか?」
「そうだぜ!…ちょっと問題が起きて、先に戻らせてもらったぜ…!」
「……問題って…?」
何やら不穏なことを言ったアンリに確認をした。
どういう訳か、アンリの態度はよそよそしく落ち着きがない。
「あ~…じ…実は…みぃが怪我を負った。それで…ちょっとマリアが必要なんだぜ…!」
アンリは首にかかっている金色のペンダントを構いながら、そわそわした態度で言った。
「…わたくしですか?」
「ああ!……とりあえずこっちだぜ!」
アンリはみぃが休んでいる部屋まで案内をする。
移動中、私を含め全員が緊張した。みぃの怪我が深刻なものではないかと嫌な予感いっぱい頭に浮かんできた。
「みぃ!言われた通り、マリアを連れてきたぜ。」
「アンリちゃんありがとう。…マリアも怪我をしているの?」
みぃは椅子に座って応急処置をしている最中のようで、机には包帯や回復のポーションが置かれている。
足元に、ボロボロになった服が落ちている。あの服はおそらくはさっきまで着ていたものだろう。
「いえ…わたくしは平気です。…それよりも、みぃ…その怪我は?」
みぃの右肩は、肉が抉られていて血があふれ続けている。あまりにも酷い怪我に、私は吐きそうになった。
みぃの前で吐くのは嫌だったので、死ぬ気で我慢した。
「えへへ…ちょっと失敗しちゃって、怪我をしちゃった。」
「みぃ!…ポーションを飲んで早く回復してください!その傷を放置してはいけません…腐って……二度と使えなくなりますよ…!」
マリアは青い顔で、みぃに回復をするように促した。
だけど、みぃは近くに置いてあるポーションや包帯に触れなかった。
「あ~……実はな、みぃが受けた傷はどうやら普通じゃないようなんだぜ。」
「どういうことですか?」
アンリは金色のペンダントを構いながら、説明を始めた。
「みぃが受けたのはただの傷じゃないぜ。…劣傷の呪いだ。この呪いを受けた者は、どんなに小さな怪我や傷だろうと自然に塞がれる事はなく、どんなに強力な回復ポーションや回復魔法を使っても決して癒える事ができない。だからつまり…どんなに回復のポーション飲んでも……意味が無いんだぜ。」
アンリの淡々とした解説は、絶望そのものだった。
私はぺたんと地面に座り込んでしまった。
「な…何とかできないのですか?!まさか…このままみぃを見殺しに…しろと言うのですか!?」
「だからだ。何とかするために、マリアを呼んだんだぜ。マリア、確か【碧の聖水】を持っているんだよな?劣傷の呪いを解除してみぃを癒すには、【碧の聖水】が必要なんだぜ。」
それを聞いて私はすがるように、マリアの方を見た。だけど…
「も…申し訳…ございません…。…【碧の聖水】は…先ほど……全て使い切ってしまいました………!」
マリアは言いたくない残酷な事実を、絞り出すような声で紡いだ。
それを聞いた私達は…みぃ以外は全員暗い顔になりうつむいた。
この様子を第三者が見たら…きっとこう思うだろう。
絶望的だ。
みぃを助ける方法はないのかと、私は必死になって考えた。
私を助けてくれたみぃに……死んでほしくない…!
その一心で私は足りない頭を動かし、思考を巡らした。
けど…足りない頭を動かしても、意味はない。
私はただでさえ無知なのに、異世界の難病のようなものの解決策など…思い浮かぶはずがない。
私がどんなに考えても、私がどんなに泣いても、意味が無い。
絶望的な…この現実を受け入れたくない…。
私はただただ現実逃避をして、怪我を負って苦しむみぃを見つめるだけ。
みぃと目が合い、私は泣きそうになった。みぃは何か考えるような仕草をして口を開いた。
「マリア、【碧の聖水】が無いんだったら…新しく買うっていうのは…どうかな?」
「……【碧の聖水】は、生命の信仰者と呼ばれる者にしか所持が許されていない。…だから、買うってことは…たぶん、無理だぜ。」
みぃの提案をアンリが苦しそうな表情で否定した。
本当にもうダメかと、思ったその時。
「いえ…!そうです!買えばよいのです!………なんでこんな当たり前のことが思いつかなかったのでしょう……」
マリアが天啓を受けたように、突然希望的なことを言った。
「か…買うって…マリア…!聞いていたのか!?【碧の聖水】は、市場に出回っているような物じゃないないって!…まさか闇市を使うとか…言わないよな?……それともマリアは…生命の信仰者なのか…?」
「いえ…そうじゃありません。…この際だからすべて説明します。」
マリアはそう言って、昔話をする老婆のような雰囲気で説明を始める。
「…わたくしマリアは、ある事情で強力な呪いを受けています。…この呪いは決して浄化できないもので、少しずつこの身を蝕んでいます。わたくしの御主人、クレイン様がわたくしに慈悲をかけてくださり、蒼き生命の信仰者達と…ある契約を交わってくださったのです。」
「ある契約…?それはどういったものなんだぜ?」
「それは…【碧の聖水】を買う権利です。…【碧の聖水】は本来、生命の信仰者にしか所持が許されない物です…それをクレイン様が自身の権力をお使いになって、わたくしが生きている限り【碧の聖水】を購入できるようにして下さったのです。わたくしはこの通りまだ生きております!ですので、まだ契約は続いているはずです!」
マリアの説明を聞いたアンリの顔は、私が今まで見た笑顔よりも明るい顔に変化した。
「マリアの言っていることが本当なら、【碧の聖水】をすぐに用意できるかもしれないぜ!…よし!早速【碧の聖水】を買いに行こうぜ!…で、どこに行けば買えるんだぜ?」
「………生命の信仰者達の町、アルブで購入ができるのですが…ここから馬車で4日かかります。…それで、アルブに着いたら手続きで1日使い、蒼き生命の信仰者から受け取るのにまた1日使い…馬車を使いここに戻るのに4日使います…。道中、蛮族や魔物との遭遇を考えると、もっとかかる可能性もあります。……試練が始まる前に……いいえ、それ以前にみぃの怪我が悪化して、腐り落ちる前までに間に合うかどうか………」
マリアの説明を聞いた私は、またうつむいた。
つまり…怪我したみぃを十日間も放置しないといけない……
あの痛々しい傷で放置されるなんて可哀想すぎる。
同じように…いや、それ以上に酷い怪我で何日も放置された私だからこそ、心の底から可哀想だと思う。
…みぃが怪我をして苦しんでいるのに、私…自分の事を棚に上げている…
自分の心の汚さに、気持ち悪くなった。
最低な私と違う、みぃなら…こんな時なんて言うのだろう…。
「…マリア。苦労を掛けてごめんね。…みんな、今からすごく身勝手なお願いをするけど…いいかな?」
ずっと静かに聞いていたみぃが、突然、私達に真剣で優しい口調で話し始めた。
「…みんなには、私のためにアルブまで行って…【碧の聖水】を買って来て欲しい!私は…ついて行っても足手まといなだけだから…お部屋の掃除でもして……ううん。安静にして待つことにする。」
「みぃ………ならこれを!」
そう言ってアンリは首にかけていた金色のペンダントを外して、みぃに渡した。
「アンリちゃん…これって大事な物なんじゃないの?」
「ああ…まあ、そうだけど……みぃに…預かって欲しいんだぜ!…実はな、このペンダントには強力な加護がかかっているんだ。だから…もし何かトラブルが起こったら、これを使うんだぜ!」
アンリは真剣な表情で伝えて、みぃは静かにうなずいた。
「よし!じゃあ…さっさと【碧の聖水】を買いに行って呪いを祓っちまおうぜ!」
アンリは明るい声と裏表のない笑顔で、私達のやる気を奮い立たせる。
まるで物語に出る勇者のような…勇ましさを感じる。
マリアも、使命が宿った目と凛とした表情になり、やる気に満ちている。
その立ち姿は、まさしく淑女のようだ。
二人を…正確には私達三人を見守るみぃも、物語に登場するお姫様のようだ。
三人とも…かっこいいな……私も、頑張らないと…!
私はうつむいた顔を上げて、みぃをしっかりと見た。
「私も、みぃちゃんを絶対に助けるから…!!」
ちょっと身に合わないようなセリフを言ってしまい、自分で恥ずかしくなった。
だけど、恥ずかしさとは違う謎の達成感のようなものも湧き出たような気がする。
まだ何も達成してないのに…何でだろう?
私はそんな疑問を頭の隅に置き、気持ちの切り替えをした。
深呼吸をして窓を見ると、薄っすらと自分が映っていることに気が付いた。
…何度見ても、頼りなさそうな私だけど、牢にいた時より幾分かマシって感じだ。
まだ主人公って感じじゃないけど…いつか絶対に…主人公のようになって見せる!
私はそう心に誓って、誰にも気づかれないように…静かに微笑んだ。
窓に映った私は、ほんの一瞬だけ…輝いて見えた気がした。
第一章はこれで完結しました。
次の第二章≪蒼白なる聖女≫はしばらく後に投稿されます。