第24話 数百の悪意を超えて…得たものは?
怪我を負ったマリアを右肩で支えながら、私はみぃの館まで歩き続ける。
「ごめんなさ…。……ミカ様の…お手を煩わせてしまい…申し訳…ございません…。ーっ!!ぃたい…!」
私に27回目の謝罪をしながら、マリアは涙を浮かべ、唇を嚙んで痛みに耐えようとする。
「大丈夫…です…?……もし…歩くのが…きつかったら、言って……」
「だ…大丈夫です…!……このくらいの痛み、レッサーワイバーンに嚙まれた時の痛みに比べれば……ーーーっ!!?いたいいたいいたい!!!」
マリアは涙を流し、その場に座り込んだ。肩を組んで支えている私も、その場に座った。傷ついた部分を押さえて、声を押し殺している。マリアのスカートにポタポタと涙が落ちていく。…相当痛いのだろう。
「あの…大…丈夫…じゃない…です……よね?」
「………。」
私の言葉に、マリアは泣きながらこくこくと頷いた。
「………おんぶ…私が、マリアさんを…背負って…運ぶのは……どうでしょう…か?」
私の提案を聞いたマリアは、10秒程固まった。
「………お願い…します…。」
とてもか細い声でマリアは答えてくれた。私はマリアの前に立ってしゃがんだ。マリアは手を私に肩において、背中に乗った。
「はわっ…!?…あ!……ご…ごめんなさい…!」
私はつい反射的にマリアに謝ってしまった。
「…?なぜ…謝るのですか?」
マリアは困惑しているようだ。私は恥ずかしさのあまり赤面し、うつむいた。
だって…だってモロに当たっているんだもん…
背中に当たるフニッとした柔らかい感触、耳元までとどく小さな少女の息づかい、おんぶする為に持っている少女の脚とかの感触。
やむを得ないとは言え少女と密着するのは、ザ陰キャの男子高校生だった私にとって刺激が強すぎる。
マンガとかなら鼻血出して卒倒するレベルだ。
「いえ…その…なんでもない…です…」
私は荒ぶる感情を落ち着かせて、歩き出した。
一歩…二歩……三…歩…!
ちょっと危なっかしい足取りだけど、ちゃんとおんぶして歩くことができた。
私とほぼ変わらない大きさの怪我人を運べるか不安だったけど、この感じなら大丈夫そう。
私はゆらゆらと揺れながらもマリアを背負いながら歩いた。
モンスターが襲ってこないか不安で、辺りを見まわし警戒をする。
きっと、マリアから挙動不審な人だと思われているだろう。もしくは、臆病な子だと思っているかもしれない。
「……あの…ミカ様…」
「はいっ!!……なんで…しょうか…?」
耳元で声をかけられて、私は一瞬だけ、声が裏返った。
「警戒するのは良い事ですが…魔物達に怯えていると…思われています。……もう少し堂々と歩くことを…強くお勧めします…。」
マリアに言われて私はこっそり周りを確認した。
いる……草むらや、木の上、岩の影からモンスターが見張っている。
そのモンスターは、灰色の毛におおわれた猿の子供のような姿をしていて、緑色に光る目でこちらを見続けている。
「あれらは…≪ケイヴストーカー≫と言う魔物です…。弱った生き物を狙い…集団で襲う危険な魔物です。……おそらく、わたくし達を見定めているのだと、思われます………」
「み…見定めている…?!………ど…どうすればいいの……ですか…?」
「魔物達に…弱くないと…思わせれば良いのです…。堂々と…歩けば…襲ってこないと思います。」
マリアの進言を聞いた私は、きょろきょろと周りを見ず、まっすぐ前を向いて堂々と歩く。
ケイヴストーカー達の視線を気にしないフリをして、一歩一歩大げさに歩いた。
傍から見れば、さぞ滑稽に見えるだろう。これで本当に襲われないのか不安だ。
心臓が激しく音を立てて、足が震えそうになる。ストレスのあまり、胃の中の物を吐きそうになる。
けど、今ここで震えたり吐いたりしたら、無残に殺されるだろう。
そうなったら私は、仲間を巻き込んで死んだ臆病者と言う烙印を押されるだろう。
それだけは…絶対に嫌だ!!
私は恐怖心を無理やり抑え込み、前へ進んだ。
不気味な視線が進むたびに増えていき、キシキシと不快な笑い声が聞こえ始めてきた。
心の中で、「怖くない怖くない…!!」と繰り返しながら、足を動かす。
「アーーーー!!!アーーーー!!!」
「ひ…!」
甲高い悲鳴のような叫び声を上げながら、1匹のケイヴストーカーが跳びかかってきた。
マリアに言われた通り、堂々と歩いているのに…襲ってきた?!
頭の中で、「どうして?」と言う言葉がぐるぐると回った。
パニック寸前になり、頭が真っ白になった…その時!マリアが魔法の詠唱をした。
「内なる力よ、今一度わたくしの為に具現化し、目の前の敵を貫け…(マジックアロー)!」
無色の光る矢が、襲ってきたケイヴストーカーの胸に刺さり、撃沈させた。
「マ…マリアさん…?」
「気にしないでください…!ケイヴストーカーは…獲物が怯えているか確かめる為に…弱い個体に襲わせる事があります……安心…してください……わたくしが…ミカ様をお守りします………ミカ様は堂々と…前に進んでください…!」
マリアの声は、若干震えていた。死ぬかもしれない恐怖と、傷の痛みで余裕なんて無いだろうに…マリアは我慢して、私を勇気づけてくれた。
「………はい!」
返事をした私は前に進んだ。
さっきまでの滑稽な歩きではない、本当に堂々とした歩きで前に進んでいく。
傷ついたマリアがこんなにも頑張っているのに、私が恐怖に震えていたら駄目だ。
私は、みぃに…みんなに信用されたいんでしょ?!だったら…信用されるような人にならないと!!
自分自身に強く言い聞かせ、恐怖心を心の底にしまい込んだ。
絡まるような不気味な視線が、私を注視する。ケイヴストーカーが、「キーーキーーー」とヤジを飛ばすように奇声を上げてくる。
ケイヴストーカー達は、さっきの比にならない程、強力なプレッシャーを私達にかけてきた。
「そんなことしても、全然怖くない…から!」
私はケイヴストーカー達に向けて言った。私の言った言葉の意味を理解しているのか、ケイヴストーカーが怒ったような奇声をあげながら、私に襲い掛かった。
「内なる力よ、今一度わたくしの為に具現化し…目の前の敵を貫け!(マジックアロー)!」
「キッ!!」
マリアの放った光の矢により、ケイヴストーカーは絶命した。
それを見た他のケイヴストーカー達は、まるで会話をするかのように、小さな鳴き声を出し合っている。
構わず前に進み続ける。いちいち気にしていてはケイヴストーカーの思う壺だ。
「あと………少しで…着き…ます……!」
みぃの館が見え始めたので、マリアに報告をした。
「………そう…ですか……わかりました…。…ところで、ミカ様。精神値を…回復させるアイテムを…持っていないでしょうか……?」
「え…精神値…って………何ですか…?」
「MPとも呼ばれている能力値…失礼、ステータスのことです…。」
私は鞄の中に手を入れて、青い飴玉が入っている袋を取り出した。
この飴玉は確か、MPを回復させる効果があったはず。
私は、飴玉の入った袋をマリアの手に握らせた。
「これで…いい…ですか…?」
「はい。…ありがとうございます。………これで…ギリギリ足りるはず………」
マリアはトントンと私の肩を軽くたたいた。
「はい…なんでしょうか…?」
「ここで降ろしてください…今から…この魔物達を追い返します。」
「え…?お…追い返す?」
私は、マリアの発言の意図が分からず困惑した。
それを察して、マリアは説明をするべく口を開いた。
「魔物達は…わたくし達を獲物だと判断している可能性があります。このまま御屋敷に戻っても…魔物達は諦めない…と思われます。………最悪、御屋敷を襲撃される可能性もあります。そうならないように…ここで魔物達を…排除しなければなりません。」
説明をするマリアから、試練に挑むみぃの覚悟に似た、強い意志のようなものを感じた。
マリアの考えを理解した私は、ゆっくり降ろした。
「ありがとうございます。……ミカ様は、先に戻られても構いません。」
「わ…私も、マリアさんと戦います……!一人より二人って……よく言います!」
私の発言を聞いたマリアは、ほんの一瞬だけ、柔らかな表情を見せた。
みぃやアンリの明るい笑顔とは違う、どこか悲しそうな…過去を懐かしむような不思議な顔だ。
「…ありがとう。………危なくなったら…わたくしに構わず逃げてください。…ではいきます!ミカ様は、わたくしが倒し損ねた者を狙ってください…!」
「は…はい!」
私とマリアは、戦闘態勢に入った。
無数のケイヴストーカーが私達を取り囲んでいる。見えているものだけでも、数十体はいる。
「魔の炎よ、今一度わたくしの為に具現化し…」
マリアは、何かの魔法を詠唱し始めた。直後、空気がピリピリして、視界が若干歪んだ。
マリアの方を見ると、体からオレンジ色のオーラのようなものが出ていることに気づいた。
「…敵を灰にする爆発を起こせ!(エクスプロージョン)!!」
高らかに魔法のスペルを宣言したマリアは、銀色の枝をケイヴストーカー達に向けた。
するとケイヴストーカーのいる場所にオレンジ色の火球が現れ、なんと大爆発を起こした。
「「「キャアアーーーー!!?!」」」
爆発に巻き込まれたケイヴストーカーは燃え上がりながら、木や岩に激突して砕けた。
余りの凄さと衝撃に、言葉を失った。
エクスプロージョン…ファンタジー小説をある程度、読んだ者なら聞き慣れたお馴染みの魔法だ。
魔法があると知った時から、この魔法もあると思っていた。
けど、ここまで凄いとは思っていなかった。
やっぱり、ゲームみたいな世界だけど…現実なんだな…。
私は改めてこの世界が異世界だと実感した。
そんなことを考えている私を、ピリつく空気が現実に引き戻した。
マリアは、今の魔法をまた放つようだ。
「…具現化し、敵を灰にする爆発を起こせ!!(エクスプロージョン)!!」
呪文通り、敵を灰にする威力を持つ爆炎がケイヴストーカーを襲う。
ケイヴストーカーは枯れた悲鳴を上げながら、絶命していく。
マリアは、青色の液体が入った瓶を取り出し、一気飲みをした。
あれって確か…【碧の聖水】だっけ?
このタイミングでマリアが飲んでいるって事は、あれはMP回復アイテムなのだろう。
マリアが飲んでいるところを、ケイヴストーカーが襲い掛かった。
「…あ。…内なる力よ!今一度私の為に具現化し、目の前の敵を貫け!(マジックアロー)!」
私は魔法を使い、ケイヴストーカーを攻撃した。
ただ私の魔法が弱いせいか、殺すことはできなかった。けど、怪我を負ったケイヴストーカーは狙いを私に変えて襲ってきた。
「内なる力よ、今一度私の為に具現化し、目の前の敵を貫け!(マジックアロー)!」
魔法を詠唱し、襲ってきたケイヴストーカーに放った。
「キキーーー!!!アーーー!!!」
だけど、ケイヴストーカーは身をひるがえして、私の攻撃を避けた。
鋭い牙をむいて、私に飛びついてきた。
「えい…!」
私はこぶしを握って、ケイヴストーカーに目掛けて右手を突き出した。
「キッ!!?」
運良く、ケイヴストーカーの顔面に綺麗に命中した。
相変わらず、ダメージは1しか出ない…
私のか弱い攻撃によって、鼻血を出したケイヴストーカーは、顔を押さえながら逃げた。
その絵面がちょっと面白くて、クスッと笑った。
「どうしたのですか…?何か面白い事でも…?」
「あ…いえ…なんでも…ありません……。」
聖水を飲み終えたマリアに指摘され、ちょっと恥ずかしくなった。
「魔の炎よ、今一度わたくしの為に具現化し、敵を灰にする爆発を起こせ!(エクスプロージョン)!」
マリアが魔法を放つたびに、無数のケイヴストーカーが燃えながら吹き飛んでいく。
ただ何体かのケイヴストーカーは避けて生き延びる。
「内なる力よ!今一度私の為に具現化し、目の前の敵を貫け!(マジックアロー)!!」
マリアが倒し損ねた者を、私が攻撃して倒す。
これを繰り返し、ケイヴストーカーは着実にその数を減らしていった。
………。
………………。
…気がつけば周りは焼け焦げ、マリアの足元には空っぽの瓶がいっぱい転がっていた。
マリアは私が渡した飴玉を3つ口に放り込んで。ガリガリと嚙んで飲み込んだ。
「魔の雷よ…今一度わたくしの為に具現化し…敵を一掃する波動を創れ…!(ヘビーインパルス)!!」
衝撃波が無数のケイヴストーカーの体と戦意を吹き飛ばした。
マリアの体は、震えていた。度重なる疲労と傷の痛みによって、体が限界なのだろう。
対する敵は、まだたくさんいる。
……あれだけ吹き飛ばし、あれだけ倒したのに、まだいっぱいいる…。
マリアの方に目をやると、マリアは首を横に振った。
どうやら、もうMPもMPを回復するアイテムも無いようだ。
マリアは、鞭を取り出して構える。
私も、いつでも魔法を使えるよう警戒する。
実を言うと、私も魔法を多用してMPがほとんどない。けど、私の場合、使っている魔法の消費MPが少ないおかげで、枯渇するよりも自然回復の方が速かった。
さあ……どこからでも…かかってこい…!
私はケイヴストーカー達を睨んで、威圧した。
「………!」
「キキ…キィ………!」
私達とケイヴストーカーは、互いに睨み合った。
おそらくは、ケイヴストーカーの方も、緊張しているはずだ。
こんなにも同胞を焼き殺されれば、嫌でも警戒するはずだ。
どっちが先に、音を上げるか…
私達とケイヴストーカーの根競べ合戦となった。
しばしの間、この場は沈黙が支配した。
互いに攻めず、逃げず、ただ睨み合うだけの膠着状態が続いた。
「アーーーーー!!!!!」
先に動いたのはケイヴストーカーの方だった。
唐突に森の奥から、大きな叫び声が響いた。
すると、ケイヴストーカー達が蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ出した。
「………。」
「………いなく…なった…?」
私はマリアに尋ねた。
帰ってきた答えは、予想にもしなかったことだ。
マリアは、今にも泣きそうな顔で私に抱き着いてきた!
「え…えっと…………」
私は混乱した。…混乱してしまった。
確かにこの場面は、互いに抱き合って喜ぶ場面だろう。
だけどそれは、フィクションの中だけの物!…実際にされると…恥ずかしい…。
ただ…されて嫌なことでは…ないかも…
私はまだ少し混乱しながらも、マリアを見た。
…マリアは、ただ何も言わず抱きしめている。
涙も見せず…泣き言も言わず…ただ無言で抱きしめている。
「死ななくて…よかった……」
私は、ぽつりと呟いた。
この言葉が…自分自身に対してなのか、マリアに対してなのか、自分でもわからない。
そんな事、後で考えればいい。…今は死ななかったことを喜び合おう。
数百の悪意を超えて…私は大切な仲間を得た。
どんなに貴重なお宝や、絶対的な力よりも、ずっとずっと大切なモノ…。