第22話 ご主人様、見てて…みぃは頑張ります!
昼も夜も真っ暗なこの森の中、耳と鼻そして目を極限まで研ぎ澄まして歩いている。
この場所は強力なモンスターの生息地だから、いつ襲われるかわからない。
気を引き締めないと命が危ない。
私はさらに集中して、察知範囲を広くした。
…小さな虫の血の流れる音、ネズミの息づかい、近くに居るアンリちゃんの心臓の動く音。普段なら聴こえない音を聞き分ける。
…土に埋もれているミミズの臭い、腐った葉っぱの臭い、アンリちゃんの体からする13種類の薬草の匂い。日常生活では嗅ぐことのないにおいを嗅ぎ分ける。
…かなり先の所で飛び回っている虫の羽の動き、葉っぱの血管が脈打つ動き、動き回るネズミの目の動き。基本的には見ることのない動きを見分ける。
「………。………。ここら辺にはモンスターは、いない…と思う。」
いつも通りの声の大きさで普段通りの速さなのに、自分の声ではないように聞こえる。
あれ?耳の感覚が上手くいかない…やっぱり集中って難しいや。
私は、普段の感覚に戻した。一瞬だけくらっとめまいがしたけど、たぶん大丈夫。
「そうなのか?…やっぱ、みぃってすげえんだぜ!…ちょっと羨ましいぜ!」
「…そうかなぁ?私よりもみんなの方がすごいと思うよ?」
実際の所、みんなの方がすごいように感じる。
例えば…ミカちゃんは、あのレベルでHPがすごく高い。
アンリちゃんは、重い荷物を持っていても素早く動ける。
マリアは、レベルが高くてしかも戦い慣れていてすごく強い。
「私のこの力は、あくまで種族的な力だから…自分の力を持っているみんなの方がすごいよ!」
私の発言に、アンリちゃんは少しだけ黙った。3秒程経ってアンリちゃんは口を開いた。
「…アタシのこの力は、自分の力ではないんだぜ。……。……狐人の持つ力でも、それはみぃ自身の力だぜ!!だからみぃもすげえんだぜ!!」
アンリちゃんは、何やら意味深な事をすごく小さな声で呟いて、私の事を褒めてくれた。
耳が良いからアンリちゃんが呟いたことが聞こえてしまった。内容を察するに多分独り言だ。
………呟いた内容は、触れないほうがよさそう…?
なんとなくだけど、私の勘がそう言っている。私はこの事を頭の片隅に置いといた。
…それよりも、アンリちゃんから褒められて、私は素直に嬉しかった。
「…ありがとう!でもやっぱり、みんなすごいよ!」
「にへへ……まあ、ありがとうだぜ!」
アンリちゃんは頭を搔く仕草をしながら笑った。
私もアンリちゃんの笑顔に釣られて、笑った。
アンリちゃんは、不思議な子だと思う。子供っぽいところもあって大人みたいな雰囲気をしている。私の方が年上のはずなのに、アンリちゃんが大人に見えるときがある。
私も年上として、みんなをエスコートしなきゃ!
私は、はりきってモンスターを見つけることにした。今回は見える距離と範囲にのみ重点を置いて、集中した。耳と鼻は普段通りにして、目のみ研ぎ澄ました。
…先の先にある景色が見えた。ボロボロになった古い建物が並ぶ場所に人の姿が見えた。ただ体のところどころの肉が腐り落ちていて、普通の人ではないように見える。おそらくモンスターだ。
「ここからまっすぐ行った場所に、モンスターがいっぱいいる!」
「わかったのだぜ!にしし…腕が鳴るぜ!」
私とアンリちゃんは走ってその場所に向かった。
………。
………………。
「こ…これは、結構な数だな…。」
アンリちゃんは若干上ずった声を漏らした。それもそうだ、モンスターの数が尋常ではない。パッと見て40体はいるんじゃないかな?
モンスターは人型…いや正確には元々は人だったのだろう。モンスター達はそれぞれ似ているけど若干違うボロボロの服を着ていて、錆びた剣やら熊手やら木こり用の斧やらを持って歩き回っている。
ジーっとモンスターを見つめ続けたら、モンスターの名前がわかった。
どうやらこのモンスターは≪ラフィンコープス≫って言うらしい。名前通り体が腐っていて、顔が笑っているように見える。
「アアア…オオオオオオ……」
モンスター達は、私達を見つけたとたん、ぎこちない動作で向かってくる。
私は剣を鞘から抜き取り、構えた。
「おお…みぃの持ってる剣ってもしかしてドゥームシリーズか!?マジですげーぜ!!」
「ドゥームシリーズ…?アンリちゃんそれって…すごいの?」
アンリちゃんは興奮している。この剣は確かに性能がすごいけど…そんな興奮するほどすごいのかな?
「すごいんだぜ!どうすごいかって言うとだな…!!」
「アアアアアア…!!!」
アンリちゃんが説明しようとしたら、熊手を持った死体が襲ってきた。
「アンリちゃん危ない!!(遠吠え一閃)!!」
私は剣に組み込まれている技を発動させ、アンリちゃんに危害を加えようとした死体の距離を縮めた。
「アアアア…アウ?」
「やあ!」
私は死体の下顎を剣で貫き、思いっきり殴り飛ばした。死体は抉れた顔から血を煙のように噴き出しながら倒れた。
「お…おお。サンキュー…油断したぜ。」
「話してる途中でごめんね!…後でいっぱい聞くから、それでいい?」
私はアンリちゃんに提案した。アンリちゃんの話は結構気になる。でも今は長々と聞いている余裕がない。アンリちゃんもそれを理解したようで、頭を上下に振った。
「そうさせてもらうぜ!じゃあ…さっさとこいつらを始末させてもらうぜ!」
アンリちゃんは鞄の中から武器を取り出した。
この武器は、お城を守る兵隊さんが持っている武器だ!
確か名前は石弓っていうやつ。本とかではよく見るけど実物は初めて見た。
…って!今は戦闘中だ!…後でアンリちゃんに見せてもらおう。
私は気持ちを切り替えて、剣を構える。
笑う死体の集団が、波のように押し寄せるように向かってくる。
体があんなにボロボロなのによくこんな早く動けるな~。
私は剣で攻撃を受け止めて、思いっきりはじいた。攻撃をはじかれた死体は、よろめいて隙を見せた。その隙を逃さずに、私は死体の胸を突き刺した。
「ゴポッ…ゴ…アアアアアア…」
「うやぁ!!」
剣が刺さった死体を蹴り飛ばし、引き抜いた。その間にも死体達は、私に襲い掛かってくる。左右から短剣を持った死体が来た。私は体をねじるように回転させて、その遠心力で剣を振った。これは、ご主人様が私に教えてくれた技で、名前は(回転斬り)っていう。
「「グギャッ!」」
攻撃を受けた死体は、お腹から腐った血を噴き出しながら倒れた。
「魔の雷よ、今一度アタシの為に具現化し、敵を倒す力をこの物に宿せ。(ライトニングウェポン)!」
後ろから魔法を詠唱する声が聞こえた。それと同時に何かが空を切る音が、私の耳に入った。
振り向くと斧を振り上げた大柄の死体が、真後ろにいた。
「アガ…?!ガガガガガ…!!!」
大柄な死体は奇妙な声で呻き、硬直していた。私は大柄な死体を斬り伏せた。
「…これは…!…アンリちゃんありがとう!」
私はアンリちゃんにお礼を言った。大柄の死体の背中に、電気を帯びた矢のようなものが刺さっていた。
「にへへ!アタシがサポートするから、みぃは自分の事に集中するんだぜ!」
アンリちゃんは親指を立てて、ウィンクをした。
「わかった!じゃあ…行くよ!」
私は剣を構え、ある死体に注目した。その死体は露出の激しいボロボロのドレスのような服を着た女の人だ。他の死体と違って腐り落ちている部分がなくて、清潔な印象を受ける。だけど、体は青白く目は真っ赤に輝いていて、普通の人ではない。
それに何か嫌な気配がする。
早く倒したほうが良いと判断した私は、一直線に向かった。
他の死体は通り過ぎる合間に斬り捨てていった。この技もご主人様が教えてくれたもので(辻斬り)という技だ。私はその女の人に剣を振るい、斬り伏せようとした。
「………。甘い。」
女の人は剣で、私の攻撃をはじいた。私はすぐに後ろに下がり、警戒した。女の人が持っている剣は赤色のレイピアで、普通の剣とは違う気配がする。掠っただけでも危険な気がする。
「おいおい…あれって…銀製の武器を持ってくればよかったぜ…」
アンリちゃんが呟いた。この女の人を見て、銀製の武器を持ってくればよかったって言っていたから、やっぱりこの女の人もモンスターだろう。
「……。おまえ、獣人だな?こんな所で何してる?」
女の人は見た目とは裏腹に、子供のような声で私に訊いてきた。
人の言葉を使える?もしかしてこの女の人は、人なのかな?
「………喋れるの?」
「質問してるのは妾だ。答えろ。この場所で何をしている?」
女の人は鋭く睨み、威圧する。
恐ろしいほどのプレッシャーに気を失いそうになる。威圧だけで気絶しそうになるなんて、この女の人はただ者ではない!
「…モンスターを倒して、レベルを上げているだけだよ。」
噓偽りのない返答をしたと同時に、女の人は斬りつけてきた。
「ーっ!!」
私は剣で防御をして、身を守った。剣に来た衝撃が強い…。この女の人は危険だ。
「ちぃ……今のを防御したか…それなりに心得があるようだな。」
「…話している時に攻撃するのは、ちょっとずるくない?」
「噓を言って逃れようとする輩を斬りつけて何が悪い?」
いきなり噓つき呼ばわりする女の人に、私は反論した。
「私は噓なんてついていない!」
すると女の人は私を睨みつけた。睨まれているだけなのに、首を絞められているように錯覚する。
「妾を誤魔化そうとしても無駄だ。目を見ればわかる。お前たちは、この場所にある【穢れの書物】を狙ってきた者だな。…我が主が言っていた、邪魔をするモノは排除しろ…とな。」
私は女の人が言っている内容を理解できなかった。だけどこれだけはすぐにわかった。
この女の人は、モンスターではない。だけど…勘違いで、私達に敵意を向けている。
話での説得はたぶん無理だ。…ここは戦うしかない。
覚悟を決めた私は剣をしっかり構えた。
「魔の炎よ、今一度私の為に具現化し、敵を倒す力をこの物に宿せ!(ファイアウェポン)!」
魔法の詠唱を終えたと同時に、持っている剣の刀身がオレンジ色に発光した。
「ここで妾にうち滅ぼされる者よ、名を何というか?」
女の人は上から目線でまた訊いてきた。
答えないと多分斬りつけられるだろうから、私は素直に答える。
「…みぃ。…あなたの名前は何?」
「妾の名は、ペコラ=シノウーニャ=スカーレットだ。シノウーニャは昔の名だから憶えなくていい。ペコラと崇高なるスカーレットの名だけ憶えろ。」
お互いに名前を知った所で、その場の空気が一気に張り詰めた。
間違いなく、あのペコラという名前の人は強い。本気で行かないと殺されるだろう。
「ご主人様、見てて…みぃは頑張ります!」
強敵と戦う時に必ず言うおまじないを小さく呟いて、私は走り出した。
最近、小説とかの書き物は、アイデアがあるうちに書いたほうが良いという事を学びました。
2022/12月29日15:09 修正と文章の追加。
「回すように剣を振った」を「その遠心力で剣を振った。」に変更。
技が今までは《辻斬り》だったのを(辻斬り)に変更。
「覚悟を決めた」の文章を追加。