第20話 お腹いっぱい食べられる幸せ。
朝の日に照らされた広い廊下を歩きながら、私はきょろきょろと周りを見渡した。
「……どうしたんだぜ?虫でもいたか?」
「あ………えっと…ご…ごめん…なさい。……な……何でもない…から。」
私は反射的にアンリに謝った。
どうやらアンリは、私の行動を変に思ったようだ。…実際に自分でも変な行動だと思っている。
この行動は私の悪い癖の一つで、緊張したりすると無意識にあたりを見渡したりしてしまうのだ。
…この癖のせいで中学生の時、クラスメイト達から気味悪がられていた気がする。
アンリは少し考えるそぶりをしてから、ニカッと裏表もなさそうな笑顔を私に見せた。
「アハハハ…なるほどな!…謝る必要なんてないぜ!癖だったらアタシも似たようなの一つや二つあるから、ミカの癖を馬鹿にしたりしないぜ!」
「……!………。」
アンリの反応は正直意外だった。てっきりネタにして笑い飛ばすのかと思ってた。
…もしかして私が気にしている事を考慮してくれたのかな。
もしそうだとしたら、私はアンリに気を使わせてしまったのかな。
あんまりおどおどしないようにしなきゃ。気を使われてばかりでは、いざという時に役に立てない。
「……あ…ありがと。…お腹すいたから……早く行こ?」
「おお!そうだな…早く行こうぜ!」
私とアンリは食事処まで走った。
途中、履き慣れない靴のせいで何度か転んだけど、その度にアンリが起こしてくれた。
またしても私に気を遣わせたことへの申し訳なさと、アンリの優しさへの尊敬で胸がいっぱいになった。
………。
………………。
食事処に着いた私とアンリは、マリアに椅子に座って待つように言われた。
長細いテーブルにお洒落な椅子が並べられている。部屋の雰囲気は…ロココ様式って言うのかな?なんとなく、貴族達が食事会をしているイメージがあるけど…これは偏見かな?
椅子に座って5分ほど待っていると、何やらおいしそうな匂いがしてきた。
ガチャリ
多分キッチンに繋がっている扉が大きく開かれた。ちょっと古臭い雰囲気のワゴンを持った稲穂色の少女と、銀色のトレーを持った小さなメイドさんが、何やら満足したような表情で出てきた。
ワゴンには料理がいっぱい乗っていて、トレーには花の絵が描かれたティーポットと人数分のティーカップがきれいに乗っている。
「お~うまそうだな!早く食べたいんだぜ!」
「えへへ…ご主人様が好きだった料理を久しぶりに作ってみたんだ。みんなの口に合うといいな…て、ミカちゃん!?」
みぃが、まるで信じられないものを見たような様子で驚愕した。
「な…なに?…私の顔に…何か……付いている…?」
「か………」
「か…か?…みぃちゃん…どうしたの…?」
「か…かわいいー!!」
突然、みぃが私をひょいっと持ち上げる。私の目線からだとみぃを見下ろしている状態になった。
あれ?これって遠目から見れば、たかいたかいをされている子供みたいに見えるのでは?
正直ちょっとだけ恥ずかしい…。でもそれより、みぃが何やら聞き捨てならない事を言っていた気がする。
「え…えとえっと…か可愛い…?……私が…?」
「うんそうだよミカちゃん!ミカちゃんかわいい!超かわいい!!メイドさんの服とっても似合ってるよ!!絵本に出て来る精霊さんみたい!!」
みぃは早口で、これでもかと褒め始めた。
早口なのによく聞き取れるのは、みぃの滑舌が相当良いからだろう。…ちょっと羨ましい。
「そ…そう…かな…?………っ…ん…」
褒められる事がすごく嬉しくて、ついほんわかと緩い表情になってしまった。
自分で言うのは難だけど、可愛く転生することが出来て良かったと心の底から思った。
………やばいかも…今の私、すごくキモい。
「…あ………えっと、その…ご飯…早く食べよ…?」
「あ…ご…ごめんね!ミカちゃん、お腹空いているもんね!」
みぃは気を切り替えて、私を椅子に座らせた後に、料理を机に並べ始めた。
並べられた料理はとっても洋風だった。
柔らかそうなスクランブルエッグに、人数分のパン、みずみずしいサラダ…シンプルな献立だけど、美味しそう。あと、マリアがお茶を淹れてくれた。
不思議な香りがする。これは紅茶…いやハーブティーかな?
「ふふ…こちらのお茶は、【サファイアハーブティー】といいます。わたくしの故郷でしか出回っていない大変貴重なものですので、良く味わってくださいませ。そして感想をお願いします。」
「あ………そうなの……ですか…」
貴重と言われると緊張する。私はティーカップを手にとって口に近づけた。深みのある青色の液体が私の舌を撫でて、のどを通って行った。爽やかな香りが頭を軽く刺激させる。
「……!美味しい…です!」
頭に浮かんだ称賛の言葉をそのまま伝えた。
「…うん!美味い!…爽やかで、なんか気分がすっきりしたぜ!」
アンリも本当に良い笑顔で、素直な感想を述べた。
「そうですか。…フフッ。…失礼。率直なご感想にわたくし、感銘を受けました。」
一瞬だけマリアが笑ったような気がする。すぐにクールな感じの表情に戻ったけど。
「マリア、美味しいお茶ありがとう!…さっ!いただきます。」
みぃが手を組んで、祈るような仕草をして食事を始めた。
ほぇー…異世界にも食べるときの挨拶とかがあったんだ。
私も、みぃに習って祈るように手を組んだ。
「い…いただきます。」
前の世界の習慣とは、似ているけど若干違うからちょっと違和感がある。
朝の行水もそうだけど、この世界には前の世界とは違う習慣が多い。
こればっかりは、少しずつ慣れていくしかないかな。
まあ、生活していけばいつか慣れるかな。
そんなことを思いながら、自分のパンに手を伸ばした。
「わあ…ふかふか…」
掴んだ感触が思っていたよりも、柔らかでもっちりとしていた。
「ぁ…はむっ……ん…」
大口でパンに嚙みついて、味わいながら飲み込んだ。
頭に砂糖とかとは違うパンの甘味がほんのりと伝わった。
実を言うと私自身、あまりパンが好きではない。そんな私でもおいしいと心から感じた。
次に私は、スプーンでスクランブルエッグを掬い取った。まだ若干湯気がほのかに立ち上っており、その匂いだけでお腹がすいてくる。早速食べてみた。
「あ…これもおいしい…!みぃちゃん…とっても美味しい…よ……!」
ちょっと行儀が悪いけど、私は食べながらみぃのことを褒めた。
「こりゃーうまいぜ!スクランブルエッグなんて、久しぶりに食べたんだぜ!」
アンリも右手の親指を立てて、グッジョブ!みたいな仕草をした。
「えへへ…みんなの口に合ってよかった~。まだまだあるから、いっぱい食べてね!」
「うん…!いっぱい食べる…!」
私はちゃんと味わいながら満足いくまで食べた。
………。
………………。
三皿目にいったあたりで、私はお腹いっぱいになった。
三皿分の料理なんて本当に久しぶりに食べた。
「お腹いっぱい食べられる……ふぁああ…幸せぇ…」
今回のことで、みぃへの好感度が上がった。今の私にはみぃが神様に見える…。
これから…こんな素敵な毎日があるなんて…なんて幸せなんだろう…
あの地獄の日々が噓のようだ。サディとダストと変態騎士団長もいない。拷問も実験もされない。こんな優しい世界に私を連れてきてくれたみぃの役に立ちたいと、改めて思った。
みぃ達は2週間と5日後に来る試練に対抗するために少しでも戦力が欲しいはず。だからそれまでに、私も十分強くなって戦力の一つになる。
私は武器を持って戦うことはできないが…幸いにも魔法は使える。MPが少なくて不安だけど、レベルが上がれば、MPとか攻撃力とかが上がるかもしれない。レベル上げを手伝ってくれる仲間はいる。
…よし!私も頑張るぞ!
意気込んだ私は【サファイアハーブティー】を飲み干した。
爽やかなミントのような香りで口の中がいっぱいになった。
人生で初めての食事描写です。
自分の中では、かなり頑張りました。