第18話 不気味で美しい砂時計。
「厄災を退けし、守護の壁よ。私、みぃが命ずる。その守りを一度だけ解き、私達を中に入れたまえ!」
みぃが合い言葉を言い終えたと同時に、文様が描かれた鋼のような材質の大きな扉が、淡く発光して重々しい音を響かせながらゆっくりと開いた。
「…すぐに閉まっちゃうから、急いで入って!」
私達は早足でその中に入った。全員が入ったと同時に、その扉は勢い良く閉まった。
一歩前に進んだ。…その瞬間!
「………っ!!?」
身体中に、冷たくて湿気を帯びたような空気が纏わりつく。
心臓が直接圧迫されるような重いプレッシャーが私に……いや、この場にいる全員に襲い掛かる。
「……っ!…!?……??」
呼吸がうまくできない…!足が…膝がガクガクと震えだして、全身から嫌な汗が噴き出してきた。
「…っはぁ…はっ…はっ……はっ…」
隣を見るとアンリが膝をついて、ガタガタと震えていた。
みぃが手をつないでなかったら、私は叫びながらこの場から逃げ出していただろう。
みぃの手も……若干だけど震えていた。
「……みんな…大丈夫!?」
「………っ!!…あ……ああ。…だ、大丈夫だぜ…。」
アンリはダラダラと汗を垂らしながら、右手で親指を立てた。
「すみません。…わたくしとしたことが、取り乱してしまいました。」
マリアも表情にこそ出てないが、かなり緊張をしているようだ。
「こ…この先に……な…何が………ある…の?」
「この奥に…【宿命ノ砂時計】があるんだけど………以前ここに来た時よりも……もっと、嫌な感じになってる…気をつけて…!」
みぃは固唾を呑み、先に進んでいく。
わ…私も……行かないと…。
恐怖で止まっていた足を、少しずつ前にもっていく。
コツ…コツ…コツ…
ペタ…ペタ…ペタ…
みんなの足音と私の足音が鈍い音となって木霊す。
…なぜ、みんなと私の足音を分けたのかと言うと。
…実は私だけ靴を履いておらず裸足だ。
だから、私の足音だけみんなと違う。
今更だけど、足の裏が少しひんやりする。
……靴下とか欲しいな…。
後でみぃに頼んで靴下とか借りよう!ついでに新しい服や下着も込みで!
…こんな感じに能天気な事を考えれば、この空間を満たしている重苦しいプレッシャーにも耐えられそうだ。
少し先にみぃが立ち止まっている。目の前にはさっきと同じ形の扉が固く閉じている。
「厄災を退けし、守護の壁よ。私、みぃが命ずる。その守りを一度だけ解き、私達を中に入れたまえ!」
合い言葉を言い終えた直後、扉は淡く発光しながら開いた。
ドクン…ドクン…
鼓動のような、何かが脈打つ音が一定の間隔で空間を歪ませる。
扉の先は広くて、真っ白な空間だった。大きさを表現するとしたら東京ドーム並みの広さだ。
そして、真ん中にあるナニカ以外…他の物は何も無い。
そのナニカは一言でいうと、羽が生えた虹色に輝く黄金の砂時計だ。
大きさは3メートルくらいある。天使の翼のようなパーツがクルクルと時計回りをしていて、インクのような濁った黒色…いや、闇色の砂が底の部分に少しずつ溜まってきている。
全部落ち切った。……と思ったら、砂が上に向かって逆流し始めた。上に溜まった瞬間、また下に落ちていく。それを繰り返している。ドクン…ドクン…と重い音がするたびにナニカは虹色に輝く。
人が美しいと感じる要素を無理矢理詰め込んで作ったような気持ち悪いデザインの砂時計だ。
啞然とした様子で砂時計を見ていると、みぃが話し始めた。
「これが、【宿命ノ砂時計】。これを守ることが私たちの…私の役目なんだ。」
「これが……【宿命ノ砂時計】…?」
想像してたのとはだいぶ違う。守るものだから…もっと神聖そうなものだと思っていた。だけど、この砂時計は神聖なんかじゃない…!
…悍ましい何かだ。
私は一歩だけ砂時計に近づいた。
「***********」
身の毛がよだつような、何か声に似た音が聞こえた。なんて言っているのかよく聞き取れない。恐怖よりも好奇心が勝ち、私はさらに近づいた。
「*イ******」
まだ聞き取れない…もっと近づこう。
「***ト****ウ**」
聞こえない。けど何か言っている気がする。私は砂時計に軽く触れた。
「ホノオノケモノ…レッカシタヨウセイ…イカイノマヨイビト……ケガレノナイウツワ……タリナイ……タリナイ……」
夢で見たあの奇妙な声が…いや、夢で見た時よりも遥かに悍ましい声が頭の中で反響する。
「ひっ……!!」
びっくりして私は手を離した。よろよろと後ろに下がりバクバクと鳴り止まない胸を抑える。
今…今の声は?…なに?
考えようとしてその声を思い出す。だけど…思い出そうとすると何故か呼吸がうまくできなくなる。
まるで誰かに首を絞められているような…不自然な呼吸になる。
く……苦しい…息が…!
私のことを心配してくれたのか、みんなが私のもとに駆け寄ってきた。
「ミカちゃん!大丈夫?!」
「おい!!大丈夫か!」
「顔色が悪いですね…すぐにこれをお飲みください。」
マリアが青色の液体が入っているガラス瓶を渡してくれた。
「あ…ありが…と………」
私は震える手でガラス瓶の蓋を開けてグイッと一気に飲んだ。
ほんのりと甘みがあってサッパリしている、ソーダに似た不思議な味だった。
全部飲み干した瞬間、スーっとしてきて憑き物が離れたような気分になった。
「【碧の聖水】です。飲むと心が落ち着きます。……ミカ様、大丈夫でしょうか?落ち着かれました?」
「はぃ…あ…ありがとう……ござい…ます。少し………落ち着き…………ました…。」
深呼吸をして、みぃの手をつないだ。みぃの手をつなぐと、ちょっとだけ安心する。
「みんな!聞いて…今から2週間と5日後に試練が起きて、大量のモンスターがここに向かって来るの。いくら厳重に守られていても、モンスターがいっぺんに押し寄せてきたらそれまで…だから、今から私達はモンスターと戦う準備をするの!時間はあるから、少しずつ…少しずつ準備していくの!準備さえちゃんとできたら…もしかしたら、何とかなるかもしれない!」
みぃは演説をするかのように言葉一つ一つに感情をこめて語っている。私たちのやる気を上げるつもりだ。
アンリが右手をあげて「はいはーい!質問だぜ!」と声を上げた。
「みぃが言う準備って何をするんだぜ?…もっと具体的な説明を頼むぜ!」
「あ…確かにそうだね!……えっとね、この森にいるモンスターを倒してレベルを上げたり、街に行って必要な物を買ってきたり、とにかく…いろいろ対策とかをしようかなって考えてる。」
「なるほど、理解したぜ!それって今からなのか?」
「うん。できれば今すぐ備えたい!」
みぃはやる気満々のようだ。…それもそうだ。この砂時計を守らないと世界が滅ぶ。
だから…真剣になっているんだ。
みぃは私たちの緊張を和らげるために明るくふるまっているのだろう。だとしたら、みぃはとてもできた人だ、少なくても私よりも。
私も…頑張らないと…。
「………。………」
言葉を言おうとして私が口を開いた…その瞬間。
クゥゥゥゥ……
「はぅ…」
私のお腹の底から子犬の鳴き声のような気の抜ける音が鳴り響いた。ビクッと飛び上がりそうになるのをこらえながらお腹を押えた。
「「「………?」」」
3人が私の方に目を向けた。
「………。…………。………お腹…すいた…だけ……です。」
私は恥ずかしさと気まずさで、顔を赤らめ目線を床に向けてモジモジと自分の服の裾を構った。
「…そっかぁ。じゃあ…まずはご飯にしようね。その後にしよっか。」
「ああ。そだなー。腹が減っては何とかって言うしなー。……なんか…アイツを思い出すぜ…」
「わたくし、先に戻ってお食事の準備をしますね。少し時間がかかりますので、行水所でお体を洗ってお待ちしててくださいませ。」
赤面する私を、ほんわかした温かい笑顔でこっちを見る3人がこの場を後にした。
「…生理現象なんだから………仕方ないこと……だから…」
言い訳を小さく呟いて、3人についていく。
………。
…そういえば、あの悍ましい声はタリナイって言っていたけど…何だったのかな?
砂時計がある場所から出て、暗い道を歩いていたら急に思い出した。
聞こえた内容が意味深で、少し気になった。
あの声は、何か重要なことを言っていたような気がする。
けど…私には…きっと、関係無い。
…この時の私は、何故かそう思い込んでこの事を忘れてしまった。
もっと深く考えて仲間に相談していれば、こんな最悪にはならなかったのかもしれない。
嗚呼 黒い星が空に昇る 悍ましき破滅がやってくる。
遅くなってしまい申し訳ございません。




