第0話 僕、三日月海はあっけなく死にました…。
「…。-ーー。…朝か。」
重い体を動かし、ベットから出る。
僕の名前は、三日月海。不幸な男子高校生だ。
僕には悩んでいる事がある。それは、周りの人から酷い扱いを受けている事。
家族からは毎日罵詈雑言と暴力を浴びせられ、学校ではクラスメイトからいじめられている。
実際に僕が声をかけても必ず無視され、そのままどこかに行ってしまったり、購買部の出している店で昼食の弁当や授業用のノートを買おうと近づいた瞬間に閉店したり、部活動の顧問や先輩達からは無理難題を押し付けられたりしている。
これらのことを担任や教頭、校長に相談した…が、まともに対応してくれなかった。
だから僕は児童相談所や警察にも相談した。
けど、誰もまともに聞いてくれずそれどころか、嗤われた挙句に追い出された。
自分が呪われてるのではないかと思い、祓ってもらおうとお祓い屋に連絡しても他を当たれと言われた。
最終的にどう考えても詐欺師であろう自称占い師に何とか占ってもらった。
占いの結果、僕はただただ嫌われているだけらしい。
このたった一言だけで、僕の財布から福沢諭吉が5人もいなくなってしまった。
「…はぁ。」
思い出しただけで気分が悪くなった。今日一日、自室でずっと引きこもっていたかった。
けど周りの人がそれを許すわけがない。そんな事をすれば、僕は父親から雨のような蹴りと拳を受けることになるだろう。
憂鬱な気持ちで学校の制服に着替えた僕は、置いてあったパンを口に詰め込んで、さっさと家を出た。
学校に向かっている道中、同じ学校の女子グループと遭遇。女子達は小声で何かを話している。
どうせロクな事でないだろう。正直聞きたくないが声がかすかに聞こえてくる。
「ねえねえ知ってる?最近ここらへんでさ…」
「あ…それ知っているよ!確か通り魔が出たんだって…」
「そうそう!それで犯人が捕まってないんだって…」
「うわぁ…マジ?」
「そそ、マジマジ!!」
「えーーそれはやばたにえん!」
「やばたにえんっていつの言葉よ!!」
「それな!あはは!」
どうやら、女子達はここらへんで起きた通り魔事件の噂をして盛り上がっているようだ。
少し気になる。…が、僕には関係ない。
そんなことを気にしている余裕など、この僕にはない。
そんなことを考えながらゆっくり歩いていると、後ろのほうから変な音が聞こえた。
タッタッタッと、まるで…急いで走っているような軽快な音だった。
「え?!な…なに?」
「ねえ…あの人が持っているものって…」
「え!嘘?!やばたにえん!!!」
さっきまでひそひそ話していた女子達が、急に騒がしく話し始めた。
「…?」
振り返って後ろを見ると、そこには黒い女性がいた。
女性は真っ黒なレインコートを着てフードを深く被っている。そして手には…
紅く錆びた包丁が握られていた。
その女性は震える唇を動かして、乾いた舌で言葉をツギハギにつないで言った。
「やっと…みつけた…こ…こんどこそ…」
女性はガクガクと震えながら濁った目を向ける。
その目は悪意や憎悪などの穢れた感情がグルグルと怪しく渦を巻き、化学物質やヘドロが溜まった泥沼のような黒く濁った不快な色をしている。
…この目は!僕を陥れた者達と同じ目だ!
「あ…ああ…」
やめろ、その目で見るな!その目だけはどおしてもダメだダメなんだ。
「こここ…こんどこそ…このてで…」
黒い女性がじりじりと近づいて来る。
早く走って逃げないといけないのに、まるで足の裏が地面に縫い付けられたかのよう錯覚をする。
「来るなこっちに…来るな!」
誰か!誰か助けて…
「し…ししし…しね」
黒い女性が包丁を向けて突進してきた。
グサリと、鈍い音がした。同時に下腹部に激痛が走る。
「あは…は はははははははあははははは!!!!!」
黒い女性が笑いながら包丁を引き抜く。
痛い…痛い痛い痛い苦しい!!ぼ…僕は刺された部分を押さえ地面にうずくまる。
「ぐ…」
血を止めなければ…そう思い傷口をさらに強く押さえる。けれど血は止まらない。止められない。どうすることもできない。死んでしまう、このままでは死んでしまう。それだけはダメだ。僕は人生に満足していないし、やりたいことも夢も目標も達成していない。なのに、こんな…こんな終わり方なんて
認められない死ねない死にたくない!!
「し…に…たく…な…」
死の恐怖を最後に僕の意識は暗闇に飲まれ、そして…
僕、三日月海は死んだ。
「…おーい…おーい。」
誰かの声が聞こえ、僕はゆっくりと目を開けた。
「あ…やっと目が覚めたようだね。」
僕の目の前には少女…いや違う、少年が顔を覗き込んでいる。
何故性別を間違えたのかと言うと、その少年は女の子に見える程…とても華奢な体格だったからだ。
その少年は深みがあるエメラルドグリーンの目が特徴的だ。白銀色の髪をボブっぽい髪形にしており、白っぽい空色のポンチョみたいなダボダボな服を着ていて、右手で赤い紅茶のようなものが入っているティーカップを持っている。
目が合うとあどけない笑顔を送ったり、手を振ったりする仕草からは子供特有の無邪気さを感じる。
…それにしてもここはどこだろう?
辺りを見渡しても少年が座っている椅子以外何もない真っ白な空間で、間違いなく病院とかではない。
…じゃあここはどこ?
…一人で考えていても答えは出ない。僕は勇気を出して少年に訊くことにした。
「あの…ここは、どこですか?」
出来るだけ丁寧に聞いてみると、少年は「うーん」とわざとらしく悩み応える。
「えっとわかりやすく言うと…ここはボクのプライベートゾーンで…自室みたいなものだよ。」
「自室…そんなところに何故僕はいるんですか?」
少年は僕の疑問にすぐ答えた。
「え?だって君…死んじゃったからだよ。」
「…え?」
とんでもないことを告げられ動揺する。
それはそうだ、こんなあっさりと僕が死んだことを言うのだから、動揺しないはずがない。
「嘘…何でわかるんですか?!」
「だってボク…君たちの世界でいうところの神様だから。」
少年のあまりにもあっさりしたカミングアウトに言葉を失う。
僕の知っている限り、こんな神様は知らないし、聞いたこともない。
「あ…自己紹介がまだだったね。ごめんごめん!」
少年は紅茶を飲み干し、高らかに名乗る。
「ボクはライフ!君のいた世界とは別の世界で、≪生命と救済の神≫って崇められているよー!」
ライフと名乗った少年は「えっへん!」と胸を張る。
「で…君が何故、ここにいるかなんだけど…」
ライフはジーっと僕を見つめる。見つめて来る目が何となく猫の目を連想させた。
「…何ですか?」
「君…異世界転生モノって好き?」
「え…まあ好きと言えば好きですけど…」
ニヤニヤしながらライフは僕に耳打ちをする。
「実はねボク、君を生き返らせるためにここに呼んだんだ。」
「-!」
「しかも!ゲームのようなファンタジーな世界にとっても強い状態で生き返らせてあげるけど…どう?」
「…お願いします!」
まるでファンタジー小説にありそうなライフの提案に僕は即答する。
こんな怪しい勧誘みたいなものに返事をするなんて、ばかばかしいと思うかもしれない。
けど、本当に異世界に転生出来たら…きっと僕は輝かしい人生を謳歌することができる。
1度目の人生は地獄でしかなかったけど、2度目の人生なら間違いなく成功する。
確証なんてない希望であり願望だ。
「わかった!じゃあ2度目の人生…頑張ってね!」
僕の返答を聞いたライフは、手を振りながら右手にあるティーカップを傾けた。
すると足元に真っ赤な紅茶が広がっていき、僕の膝のあたりで止まった。
「-!?」
足元が抜けたかのように僕は勢いよく沈み…
そのまま意識ごと闇に飲まれた。
目が覚めてすぐに、辺りを見渡した。正直、ライフに…いや、生まれて初めて神様に感謝した。
そこは、本当にファンタジーな世界だった。
周りの建物はレンガなどの石造建築、周りの人達は基本的に茶髪でファンタジー小説などに出てくる感じの綿の服だ。喋っている言葉は元居た世界と同じ現代風の日本語。
「…本当に異世界に転生したんだ!」
歓喜のあまり、つい声を漏らしてしまった。
「…。…?」
そこで異変に気付いた。
どういう訳か声が高く、少し幼く聞こえた。…私の声じゃない!
…私?どういう事?一人称は僕だったはず。
なんと、一人称が私に代わっている!それに視界が少し低い。
頭一つ分背が低くなったような気がする。
「…?…???」
嫌な予感がして、私は近くの噴水を覗き込んで自分の姿を見た。
透き通った薄灰色の目に真っ白で艶のある長い髪、日の光に照らされて眩しい白い肌、そして体はとても華奢だった。
文字通り、真っ白な少女が写っていた。…。もしかしてだけど私、女の子になっちゃった?
「え…え?えええええええええ!!!?!!」
悲鳴に近い私の声が、この異世界中に響いた気がした。