第16話 私に…できることは?
「えっと…ええ?」
私は一瞬だけ思考がフリーズした。
こんなにも動揺したのは、異世界に来て自分の姿を見た時ぶりだ。
あの大きくて立派な屋敷が…みぃの家?
起きたばっかりで眠かったのに、今の一瞬で目が冴えた。
オドオドとしながらも私はみぃを軽く一瞥した。
ふわふわした感じのおっとりとした雰囲気だ。
狐の耳と尻尾が相まって、小動物に見える。
…本当にみぃの家なのか?
そう思ってしまうほど、みぃの雰囲気にそぐわない。
あんな感じの屋敷に住んでいる人って、厳格な感じのお金持ちの男の人っていうイメージだ。
…一瞬、あの変態騎士が脳裏に浮かんだけど、すぐに消し去った。
「………みぃって…貴族か何かなの……?」
「ううん。私は貴族じゃない。……この家は、ご主人様の家…だったんだ。」
ご主人様と言う言葉に私は反射的に身震いした。
サディに飼い殺しにされていた時、さんざん言わされていたからだ。
あの悪女の自尊心を満たさせる為に強制させられたあの屈辱は忘れられない。
私が不安になっていることに気づいたみぃが私を宥めてくれた。
「大丈夫だよ。ご主人様はとっても優しくて、立派な人だから…それにもう………ご主人様は…」
「………?みぃちゃん?」
一瞬、みぃの顔が暗くなった。
「…………。ううん。何でもない。…ご主人様は怖い人じゃないから…安心して。」
「…………。わかった…。」
みぃはゆっくり歩きながら鼻歌を歌う。
3分が経過して、ようやく屋敷の入り口が目に入った。
かなり広い庭だけど、庭園って感じでもない。
ただただ広くて殺風景な庭だった。
「よいしょ…っと。」
大きな扉の前に着き、みぃは私をひょい…と両手で持ち上げて優しく地面に下した。
みぃがドアノブを握り、ガチャリと扉を開けて中に入った。
「…ただいまー。」
「おかえりなさい。」
淡いピンク色の髪を後ろにまとめ、エプロンドレスとホワイトブリムを身につけた少女がみぃを出迎えた。
距離があって正確な容姿までは判別できなかったけど、それでもかなり小柄に見える。
「そちらの方たちは?」
「えっとね森で出会って仲良くなったの。…ちょっと事情があってここで匿うことにしたの。」
「そうですか…初めまして。わたくし、マリアという者です。この屋敷で仕えるメイドです。以後お見知りおきを。」
マリアと名乗る少女はスカートの裾を軽くつまみ、上品に一礼をした。
メイド服姿に違わない、品のある立ち振る舞いだった。
「…ミカ……です。ええと。ちょっと………訳があって…みぃちゃ…みぃさんとご一緒させてもらって…ます。」
「初めましてだぜ!知る人ぞ知る名店[旅人の通り道]の店長の娘のアンリだぜ!同じく訳あってみぃと一緒に行動させてもらってるぜ!」
私は聞き覚えのある声と、声の主の名前にドキッとした。
それは異世界に訪れてかなり最初のころに出会ったあの少女の声にそっくりだったからだ。
アンリって………あの時の!?
アンリとは前に会って親しくなった私の数少ない信頼のできる人だ。
みぃって呼び捨てにしているあたり、みぃと仲が良いんだろうか。
何時…みぃと出会ったんだろう?
「ア…アンリさん!?」
「え!?アンタ…まさかミカか?!」
どうやら相手も動揺しているようだ。
それもそうだ。たまたま辿り着いた先に顔見知りの人がいれば、誰だって驚く。
こんな奇跡みたいな展開に本来は喜ぶべきだろう…。
「どうしてここに…いるの…ですか?!」
「それはこっちのセリフだぜ!と言うかミカ…その恰好は………」
私の姿を見てアンリは言葉を詰まらせた。
だんだんと顔が蒼白になっていく。
信じられないモノを見るような、凄惨な物を目の当たりにしたような目で、アンリは口元を押さえながら一歩後ずさっている。
………それはそうか。
何故なら…今の私は囚人服姿で、全身傷や痣だらけだ。
髪の毛もぼさぼさで、顔が少し隠れるほど伸びている。
最初に出会った時とはまるで別人のようになってしまっているから、きっと困惑しているのだろう。
本当にそれだけなのかな?ひょっとして気味悪がっているのかもしれな…
…いやそんなはずがない!…アンリはサディ達とは違う。
一瞬頭に浮かんだ疑念を振り払い、私は若干乱れた息を吐き出した。
…これ以上考えるのは…やめよう。
「………。」
「…。………。」
私とアンリはお互いに何も言えず、気まずい沈黙が広がった。
「………お疲れのようですね。部屋へ案内いたしますので…わたくしについてきてください。」
マリアが喋ったことによって、この重苦しい地獄のような間は強制的に終わった。
まだ会ったばかりだけど、空気を読んでくれた彼女に感謝をして、ペコッと軽く頭を下げた。
「………そうだな。疲れたし…寝かせてもらうんだぜ。」
「………。…。うん。わかった。」
「…じゃあ。…2人のお部屋に案内してあげて。おやすみ。ミカちゃん、アンリちゃん。」
「………おやすみ…。」
私は挨拶を終え、マリアの方に目を向けた。
「こっちです。」
マリアはくるりと私に背を向けて、階段を上り始めた。
私とアンリは無言でついていく。
その間も居心地の悪さを感じていて、しばらく互いの顔を見合わすことは無かった。
………。
……………。
それにしてもかなり広い。階段を上ってから3分ほど歩き続けている。
3分って文字にすると大したことないように感じるけど、実際はかなり歩いている。
遠目から見た時から巨大な屋敷だったけど、これは想像以上だ。
みぃのご主人様はかなりの成金…訂正、お金持ちなんだろう。
そんなことを思い浮かべながら歩いていると、マリアが急に立ち止まった。
な…なに?まさか失礼なことを考えていたことがバレた?
慌てて頭の中にいる豚を擬人化したようなご主人様(想像)を消去した。
失礼なのはわかっているけど、私は前世からの偏見によって、成金は気取った姿と膨らんだ容姿だとイメージで固定されているんだ。
だから、こんな想像をしてしまっても、しょうがない事だから…!
への字のような口と鏡のように綺麗な目で、マリアはこちらにくるりと体を向け、その小さな口をゆっくりと開いた。
「…こちらが今日からお住まいになってもらうミカ様のお部屋になります。そしてあちらがアンリ様のお部屋になります。」
…ただの案内だった。
見透かすような視線に怯えて、いらぬ杞憂をしていた。
私は軽いため息をした。
とりあえずついたようだ。
すぐにでも休みたいという願いを込めて、私は若干埃の被ったドアノブに手を伸ばす。
「なあミカ…その……また後でな。」
「………。」
アンリが何かを言おうとしたけど、彼女はすぐにその言葉を飲み込んで、かわりに軽い言葉を投げかけた。
私はコクリと頷き、重い足取りでヨタヨタと部屋に入った。
「……!」
中の様子に息をのんだ。
部屋が広い!そして綺麗!
15畳はあるんじゃないかな?
ベッドもあって棚や、机までもがある。
足元にはシンプルなデザインの絨毯えっと…ええ?」
私は一瞬だけ思考がフリーズした。
こんなにも動揺したのは、異世界に来て自分の姿を見た時ぶりだ。
あの大きくて立派な屋敷が…みぃの家?
起きたばっかりで眠かったのに、今の一瞬で目が冴えた。
オドオドとしながらも私はみぃを軽く一瞥した。
ふわふわした感じのおっとりとした雰囲気だ。
狐の耳と尻尾が相まって、小動物に見える。
…本当にみぃの家なのか?
そう思ってしまうほど、みぃの雰囲気にそぐわない。
あんな感じの屋敷に住んでいる人って、厳格な感じのお金持ちの男の人っていうイメージだ。
…一瞬、あの変態騎士が脳裏に浮かんだけど、すぐに消し去った。
「………みぃって…貴族か何かなの……?」
「ううん。私は貴族じゃない。……この家は、ご主人様の家…だったんだ。」
ご主人様と言う言葉に私は反射的に身震いした。
サディに飼い殺しにされていた時、さんざん言わされていたからだ。
あの悪女の自尊心を満たさせる為に強制させられたあの屈辱は忘れられない。
私が不安になっていることに気づいたみぃが私を宥めてくれた。
「大丈夫だよ。ご主人様はとっても優しくて、立派な人だから…それにもう………ご主人様は…」
「………?みぃちゃん?」
一瞬、みぃの顔が暗くなった。
「…………。ううん。何でもない。…ご主人様は怖い人じゃないから…安心して。」
「…………。わかった…。」
みぃはゆっくり歩きながら鼻歌を歌う。
3分が経過して、ようやく屋敷の入り口が目に入った。
かなり広い庭だけど、庭園って感じでもない。
ただただ広くて殺風景な庭だった。
「よいしょ…っと。」
大きな扉の前に着き、みぃは私をひょい…と両手で持ち上げて優しく地面に下した。
みぃがドアノブを握り、ガチャリと扉を開けて中に入った。
「…ただいまー。」
「おかえりなさい。」
淡いピンク色の髪を後ろにまとめ、エプロンドレスとホワイトブリムを身につけた少女がみぃを出迎えた。
距離があって正確な容姿までは判別できなかったけど、それでもかなり小柄に見える。
「そちらの方たちは?」
「えっとね森で出会って仲良くなったの。…ちょっと事情があってここで匿うことにしたの。」
「そうですか…初めまして。わたくし、マリアという者です。この屋敷で仕えるメイドです。以後お見知りおきを。」
マリアと名乗る少女はスカートの裾を軽くつまみ、上品に一礼をした。
メイド服姿に違わない、品のある立ち振る舞いだった。
「…ミカ……です。ええと。ちょっと………訳があって…みぃちゃ…みぃさんとご一緒させてもらって…ます。」
「初めましてだぜ!知る人ぞ知る名店[旅人の通り道]の店長の娘のアンリだぜ!同じく訳あってみぃと一緒に行動させてもらってるぜ!」
私は聞き覚えのある声と、声の主の名前にドキッとした。
それは異世界に訪れてかなり最初のころに出会ったあの少女の声にそっくりだったからだ。
アンリって………あの時の!?
アンリとは前に会って親しくなった私の数少ない信頼のできる人だ。
みぃって呼び捨てにしているあたり、みぃと仲が良いんだろうか。
何時…みぃと出会ったんだろう?
「ア…アンリさん!?」
「え!?アンタ…まさかミカか?!」
どうやら相手も動揺しているようだ。
それもそうだ。たまたま辿り着いた先に顔見知りの人がいれば、誰だって驚く。
こんな奇跡みたいな展開に本来は喜ぶべきだろう…。
「どうしてここに…いるの…ですか?!」
「それはこっちのセリフだぜ!と言うかミカ…その恰好は………」
私の姿を見てアンリは言葉を詰まらせた。
だんだんと顔が蒼白になっていく。
信じられないモノを見るような、凄惨な物を目の当たりにしたような目で、アンリは口元を押さえながら一歩後ずさっている。
………それはそうか。
何故なら…今の私は囚人服姿で、全身傷や痣だらけだ。
髪の毛もぼさぼさで、顔が少し隠れるほど伸びている。
最初に出会った時とはまるで別人のようになってしまっているから、きっと困惑しているのだろう。
本当にそれだけなのかな?ひょっとして気味悪がっているのかもしれな…
…いやそんなはずがない!…アンリはサディ達とは違う。
一瞬頭に浮かんだ疑念を振り払い、私は若干乱れた息を吐き出した。
…これ以上考えるのは…やめよう。
「………。」
「…。………。」
私とアンリはお互いに何も言えず、気まずい沈黙が広がった。
「………お疲れのようですね。部屋へ案内いたしますので…わたくしについてきてください。」
マリアが喋ったことによって、この重苦しい地獄のような間は強制的に終わった。
まだ会ったばかりだけど、空気を読んでくれた彼女に感謝をして、ペコッと軽く頭を下げた。
「………そうだな。疲れたし…寝かせてもらうんだぜ。」
「………。…。うん。わかった。」
「…じゃあ。…2人のお部屋に案内してあげて。おやすみ。ミカちゃん、アンリちゃん。」
「………おやすみ…。」
私は挨拶を終え、マリアの方に目を向けた。
「こっちです。」
マリアはくるりと私に背を向けて、階段を上り始めた。
私とアンリは無言でついていく。
その間も居心地の悪さを感じていて、しばらく互いの顔を見合わすことは無かった。
………。
……………。
それにしてもかなり広い。階段を上ってから3分ほど歩き続けている。
3分って文字にすると大したことないように感じるけど、実際はかなり歩いている。
遠目から見た時から巨大な屋敷だったけど、これは想像以上だ。
みぃのご主人様はかなりの成金…訂正、お金持ちなんだろう。
そんなことを思い浮かべながら歩いていると、マリアが急に立ち止まった。
な…なに?まさか失礼なことを考えていたことがバレた?
慌てて頭の中にいる豚を擬人化したようなご主人様(想像)を消去した。
失礼なのはわかっているけど、私は前世からの偏見によって、成金は気取った姿と膨らんだ容姿だとイメージで固定されているんだ。
だから、こんな想像をしてしまっても、しょうがない事だから…!
への字のような口と鏡のように綺麗な目で、マリアはこちらにくるりと体を向け、その小さな口をゆっくりと開いた。
「…こちらが今日からお住まいになってもらうミカ様のお部屋になります。そしてあちらがアンリ様のお部屋になります。」
…ただの案内だった。
見透かすような視線に怯えて、いらぬ杞憂をしていた。
私は軽いため息をした。
とりあえずついたようだ。
すぐにでも休みたいという願いを込めて、私は若干埃の被ったドアノブに手を伸ばす。
「なあミカ…その……また後でな。」
「………。」
アンリが何かを言おうとしたけど、彼女はすぐにその言葉を飲み込んで、かわりに軽い言葉を投げかけた。
私はコクリと頷き、重い足取りでヨタヨタと部屋に入った。
「……!」
中の様子に息をのんだ。
部屋が広い!そして綺麗!
15畳はあるんじゃないかな?
ベッドもあって棚や、机までもがある。
足元にはシンプルなデザインのカーペットまで敷かれていた。
窓の外を覗けば外の景色も見えるし、しっかりとカーテンまでかけられている。
ベットの近くの小さな机には燭台とロウソクの束が入った小さな木箱まで置かれていた。
こんな豪華な部屋に住めるなんて…この世界もまだ、捨てたもんじゃないかもしれない。
「……!!」
私は右手でガッツポーズをとった。
…そこでふと気が付いた。
手が全然痛くない。それどころか痣も薄くなっていた。
「もしかして……治った?」
言葉にして私は馬鹿らしいと思った。
だって…私は、腕の骨が砕かれていたんだよ?
数か月たって治ったとかなら、まだわかる。
けど…あれからまだ1~2時間しかたっていない。
骨の怪我がこんなにも早く治るものなのだろうか?
「……。有り得ない……。」
あそこまでの怪我がそう簡単には治らない。
それは毎日サディから拷問をされていた、私がよく知っている。
じゃあ…治った理由は?
私は自分の口に右指で触れて、映画の探偵のような立ち姿で考え込む。
気取っているわけではなく、考え事をするとき無意識にこうなってしまう癖のせいだ。
「……。」
【生命の液薬】みたいな強力な回復アイテムを使ってくれた?
…有り得ない。あのレベルの回復アイテムは金貨10枚もするらしい。
そんな高価なもの、私なんかには使わないだろう。
…回復魔法をかけてくれた?
それこそ有り得ない。
回復魔法が回復するのはHPと外傷だけだ。
…砕けた骨を治すことはできない。
やっぱり自然に治った?
馬鹿か私は!?それはないってさっき否定したばかりだ。
…そもそも始めから腕など砕かれてなかった?
…いや。あれは…あの痛みと感覚は本物だった。
神様が…治した?
…………有り得ない。それだけは絶対に無い。
「はあ………。」
結局わからなかった。
どれだけ考えてもわからないものは、わからない。
けど、怪我が治ったという事実だけはわかった。それだけで充分かな。
「ふぁ…ぁあ…。」
あくびをして、目をこすった。
眠い。…とっても眠い。
私は壁に掛けられている時計に目を向けた。
短い針が4の辺りをさして、長い針が5らへんを指している…つまり4時25分くらいかな。
…………。
………私はこの世界が、中世ヨーロッパに近い世界だと思っていた。
だから、この世界に壁掛け時計があることに今、かなり驚愕した。
時計ってもっと文明のレベルが高いときに作られたものだったはず…。
何であるんだろう?
この世界の文明レベルがよくわからない。
それにしても…私がこんな、どうでもよい事を考えるなんて……。
心に余裕ができてきたのかもしれない。
良い事…なのかな?
みぃが私を助けてくれたおかげで、私は正気に戻ったのかも。
もしもあのままあの場所にいたら、私はどうなっていたのだろう?
正直考えたくもない。
…私は、みぃを信用している。
でも、実は心の奥底では、まだ疑っている。
もしかしたら裏切るんじゃないか?って………
最低だと自覚している…。
けど…一度生まれた疑念は、なかなか消えない。
一度味わった捨てられる恐怖は、決して忘れられない。
私は多分、一生人を真に信用することは、できないかもしれない。
だけど…私はみぃに信用されたい…!
ワガママで、すごく自分勝手だと自分でも思う。
けど…それでも私はみぃに信用されたい。
そのために私は何をすれば良いのか…。
どんなことをすれば、みぃは私を信用してくれるのか…。
「私に…できることは?」
ごろりと、ベットに寝転がりながら考える。
…ダメだ、何にも思いつかない。
それも…そっか。
私はまだみぃと出会ったばかりだ。
私にはみぃがどんなことを望んでいるのか、まだわからない。
私はまだみぃのこと、よく知らない。
私にできることは、みぃのことをよく知ることかもしれない。
そのためにもっとみぃと仲良くならなくちゃ。
「ふぁ……ぁ…。」
モスキートトーンのようにか細いあくびをしながら両目をこすった。
………とりあえず、早く寝ようかな。
私は毛布に包まり、息をゆったりとしたテンポにした。
そうしてゆったりと私の意識は、ゆっくり深い眠りの闇に沈んでいった。