ミカの悪夢 絶望の始まり。
暗い…太陽の光が届かないこの場所が私の世界…。
冷たい床に伏せ虚空を見つめているとサディが私の顔を凝視している事に気が付いた。
とても苛立った様子で、棍棒をぎりぎりと握る力を強ていた。
「その顔…気に食わないわね。これから面白いことをするんだから…もっと人間らしく振舞いなさいよ!怖がったり…喜んだり…怒ったり…!何で人形みたいに無反応なのよ!!」
喚き散らすサディが容赦なく私を蹴り飛ばした。
「う…」
「つまらない…」
サディは私を踏みつけるけど、そんな事を無視して、小さく縮こまって痛みに耐える。
「つまらない…!」
どかどかと踏みつける力を強くする。
それでも私は悲鳴を上げずにただ耐えた。
…あの時みたいに。前世の時と同じように。
「つまらない…!つまらない!!つまらないつまらないつまらないつまらない!!!!なんで…なんで人形みたいに無機質なのよ!!なんで怒らないの!私は!!この国で一番偉いのよ!!!なのに…なんで無視するの…?お前も…あの馬鹿な大臣共も…欲張りな国民共も…この私を無視して…勝手に悪政を望んで、それで失敗して…!責任を私に押し付けて!私をまるでいい道具のように扱って!!!!!!」
サディはギャアギャアとわめきながら理不尽に暴力を与える。
その姿はまるで言いたいことを聞いてもらえずに癇癪を起した小さな子供のようだ。
「ああ!!!!イライラする!!!」
サディは怒りに任せて、思いっきり私のお腹を蹴りつける。
あまりの強さに私は吹き飛ばされて、牢の壁に背中を打ち付けた。
「うぐ…あう…うう…」
HPが減っていく恐怖と不条理な痛みに耐えきれず、ついには声を漏らした。
その反応はとても小さく目立たないモノだったのに、サディはまるでネズミを見つけた猫のような目を向けた。
「あら?やっと人間らしい反応をしたわね!なるほど…なるほどね!」
一人でヘラヘラ笑うサディが私の足を思いっきり踏みつけた。
ハイヒールのかかとの部分が刺さって、太股から全身にかけて耐え難い激痛が走った。
「あああ!!!!!!!」
私は悲鳴を上げ、のたうち回った。
私が苦しむ様子を見て、サディはとても満足そうに微笑んだ。
「そう…そうよね。痛めつければ、嫌でも私を意識するわね!何で忘れていたのかしら?あははは。だったら…」
サディは手に持っているものを私に振り上げた。
それは黒いゴム製の棍棒だった。
あれで殴られたらひとたまりもない。
大けがをしてしまう。いや…それだけじゃない。
下手したら私…死んじゃうかも。
「-!!」
私は両腕を顔の前で交差して、自分が出来る最低限の防御態勢でサディの攻撃を受ける。
パァッンと鋭くも鈍い音と重い衝撃が両腕の骨にまで伝わる。
サディは一瞬だけ驚愕したが、すぐに邪悪な笑顔に戻った。
「この私に抵抗するなんて、なかなか面白い反応をしてくれるわね!」
嬉しそうなサディが、黒い棍棒で私を遠慮無く滅多打ちにする。
殴られるたびにサディは恍惚とした笑みを浮かべた。そして殴る力も強くなっていく。
「あははははははははははは!!!!!」
サディは棍棒を大きく振り上げた。
私はビクリと体を震わせ目を強く閉じた。
「お止めください!殿下!」
声とともに現れたのは、鎧を着た護衛の男だった。
今までずっと黙視して待機していた彼は、断りも無くサディの前に立ちはだかった。
「何?ただの騎士風情が王女であるこの私の前に立った理由を聞かせてもらうわ。」
「これ以上攻撃したら死んでしまいます!」
「別にいいでしょ?この子は私の私物なのよ。生かすのも殺すのも私の自由よ。」
「しかし…」
騎士とサディが言い争っている?一体何が…
私が困惑していると、ダストが檻に入ってきた。
手には黄緑色の液体が入っている瓶が握られている。
私に近づき、瓶の中身を私にぶちまけるとHPがじわじわと回復していく。
ほんのりと甘い香りがするその液体は、どうやら医薬品か何かのようだ。
「ちょっとダスト君?!なんで【生命の液薬】を使ったのよ?!」
「ん?こいつが死にそうだったから使っただけだぜ?別に良いだろ?」
「良くないわよ!そのまま死なせればよかったじゃない!こんなクズ…!」
「いや…ダメだろ。サディ…忘れたのか?」
ダストが野良猫が唸るように少し低い声でサディに訊く。
すると流石のサディもバツが悪そうにダストから目線をずらし黙った。
「そう…それでいいんだぜ!サディ!せっかくだしこの後、街でデートしようぜ!」
「………はあ。全く…。ダスト君…私が忙しいのわかって言っているわよね?」
「サボっちまえよ。やりたくないんだろ?」
サディは苦笑して首を振った。
「そんなことしたら…あの大臣が黙っていないわよ。」
「それもそうだな!じゃあ明日にでもするか?」
「考えとくわ。」
サディとダストは私への興味を失ったのか、牢屋から出てそのままどこかに行った。
「………。」
私をかばった騎士も牢屋から出ようと出口の方へ足を動かした。
「待…って……助け…」
私は騎士の足に手を伸ばした。
しかし、騎士は私を無視して出ていってしまった。
「………。………………。」
誰も私を助けてくれない。
誰も…私を人間だと認識してない…!
「………!!!ああああ!!!!」
私は拳を握り締め、地面に思いっきり叩きつけた。
…痛い。
「なんで…なんで!!なんで私を虐めるの?!私が悪いの?私はただ、異世界生活を楽しみたかっただけなのに…なんで…なんで前と同じ目に合わなくちゃいけないの?…なんで…」
激しい感情と言葉が、願望が、嫉妬が、憎悪が、溢れ出る。そのいずれも全て、あるセリフに返還される。
「なんで…私がこんな目に?」
私は牢獄の天井を見つめる。
天井は重い黒色の闇が支配している。
何もなかった…。死んで生まれ変わっても…何もなかった。
期待をしたのが間違いだった。
私は嫌われ者だ。
どこに行っても、誰かに出会っても…私は排斥される。
だって…私は嫌われ者なのだから。
空気を読めず相手の顔色を見てびくびくする、ドブネズミのような臆病者なのだから。
サディ達が私を裏切ったのも、私のことをウザいと思ったからだろう。
同じだ。…あいつらと同じだ。
結局、私は物語に登場する勇敢な主人公などではなかった。
それを断定する証拠はこの現状。
私は…ただの脇役だ。
表舞台に出ることが許されない…日陰者だ。