第9話 破滅の鼓動
コツコツと私の足音が暗い地下で木霊す。壁や床には大量の紙が貼り付けられていてとても不気味、自分の家の下なのにまるで別世界だ。
…やっと着いた。
私は立ちふさがる巨大な扉に向かって手をかざした。
「厄災を退けし、守護の壁よ。私、みぃが命ずる。その守りを一度だけ解き、私を中に入れたまえ。」
私はこの中に入るための合言葉を小さな声でつぶやく。
…誰かに聞かれたらいけないから。
ここには私しか居ないし、この近くには私の友達しか居ないから、気にする事は無いのだけれど、ここに来る時だだけはどうしても過剰に気を付けてしまう。
考えていると、扉は私の意志に答えるように、淡い光を放ちゆっくりと開いた。
「……。」
私は素早く中に入る。
私が入ったと同時に扉が勢いよく閉まる。
「ーっ!!?!」
刹那、私は全身の毛が逆立つのを感じた。
汗がだらだらと垂れてきて、呼吸も上手くできなくなった。
「なんで…」
私は動揺した。
今までもこの場所に足を運んできたが、こんなことは初めてだからだ。
「…!まさか!」
嫌な予感がして、私は奥へ向かって走った。
…急がなくちゃ。急いでアレを確認しなくちゃ!
私は追い立てられるように足を速めた。
「ーっ!?ゲホッゲホッ…はっ…はっ…はっ……。」
私は締め付けられるような痛みによって立ち止まってしまった。
焦りすぎていて、息をするのを忘れてしまっていた。視界がくらくらする。
頭の中で「休んで!」という言葉がグルグルと回る。
「はあ…。…あ!」
息を整えて私は奥についていたことに気が付いた。
目の前には先ほどと同じ扉がある。
だけど…その扉の奥から何か禍々しい気配を感じる。
「厄災を退けし、守護の壁よ。私、みぃが命ずる。その守りを一度だけ解き、私を中に入れたまえ。」
さっきと変わらない合言葉をぼそりとつぶやいて、中に入った。
「…。」
ここはかなり広く、大型のモンスターが何体でも入りそうなほどだ。
私はこの場所の中央にあるソレに目を向ける。
ソレは、虹色に輝く黄金の砂時計だ。
大きさはかなり大きく、光のリングと虹色に輝く黄金の翼が装飾されていて、中の砂がインクよりも真っ黒だ。神々しいが禍々しい。
ドクンと鼓動のような音がするたびに、中の砂が黒く光る。
物なのにまるで生きているみたい…。
「ーー!!!!」
気が付いたら私は息をのみ、ぺたんと座り込んでいた。
ガタガタと背を這う恐怖により震えた。
…私は気づいてしまった。
この砂時計…【宿命ノ砂時計】はこんな鼓動のような音は出していなかった。
それに…上で止まっていた黒い砂が落ちてきている!
「う…そ……。」
私は何度も自分の目を疑った。
【宿命ノ砂時計】が起動しているからだ
。…不意に記憶がフラッシュバックする。
これは…14年前のあの時の…。
私はみぃ、9歳の女の子。
ある時、ご主人様が私を呼び出した。
どうしてご主人様をご主人様と呼ぶのかと言うと、ご主人様は廃棄された奴隷である私を拾ってここまで育ててくれたからだ。
私にとってお父さんのような人だ。
ご主人様と言う言葉は、そんな大切な人への敬称…?だから私はそう詠んでいる。
ご主人様は私を見ると、いつも優しく微笑みながら頭を撫でてくれる。
だけど…今日のご主人様は違った。
「…ついてきなさい。」
ご主人様は何処か思いつめたような暗い声で言った。
「え…えっと…」
この時私は、ご主人様を怒らせることをしたかもしれないと焦った。
「話をするだけだから大丈夫だよ。ただ…ちょっとここでは話せないから、話せるところまでついてきてくれないかな。」
オロオロと立ち止まっていた私の手を優しく引いてくれた。
…よかった。怒っているわけじゃなかった!
私は小さく安堵のため息を漏らした。
「………。」
ご主人様は暖炉の奥に手を入れた。
ガチャッと音がして、暖炉の中の壁が開き、隠されていた階段が現れた。
ご主人様は高い身長を低く屈んで、暖炉の中にある階段を下りた。
私も服と尻尾に灰がつかないように注意して階段を下りる。
「ここは…?」
階段を下りた先はまるで別世界だった。
暗い地下室…というよりは長い廊下のような場所で、暗い色をした石の壁や床には何かが書かれた紙がびっしりと貼られている。
不気味だけど何故か空気が澄んでいる気がする。
「……。」
私は無意識にご主人様の服の裾をつかんだ。
……暗いところは苦手だ。
「怖がらなくても大丈夫だよ。」
ご主人様は私の頭を優しく撫でてくれた。
「…?ご主人様?」
私は困惑した。
ご主人様の手が震えているからだ。
「……すまない。私も…怖いんだ。」
ご主人様は不安に満ちた目で私の目と合わせる。
「いいか?みぃ。私はこれから…君に重大な役目を与える。」
「役…目?」
「それは…この先にある【宿命ノ砂時計】を試練から守ることだ。」
「試練?」
「試練は、モンスターが大量に出現する災害のことだ。試練の時、モンスター達は【宿命ノ砂時計】を破壊するためにこの場所を襲撃する。【宿命ノ砂時計】が破壊されたら……この世界は消滅する。」
「………!」
「だから、私達はずっとこの場所を守り続けてきた。そして…これからも守り続ける。だが…私はいつか戦えなくなる。いや…なってしまう。みぃ、いいか?私達は年を取れば、1人で立ち上がることもできない体になってしまう。私はもう年だ。だから……みぃ、私の代わりにこの場所を守ってくれ。」
「私が…」
「そうだ。………本当は君に普通に生きてもらいたかった。だが…私はそうさせることができない…。」
「………………。」
「…ごめんな。みぃ、君を不幸にしてしまう私を許してくれ………。」
ご主人様はうずくまるように頭を下げる。
私はこんなご主人様を…こんな生まれたての子鹿のように怯えるご主人様を今まで一度も見たことがなかったから心の底から驚いた。…けど
「…大丈夫だよ、ご主人様。」
「--っ!!!……みぃ…君は…いいのか?」
「うん!だって…ご主人様の頼みだもん!……私は、ご主人様が拾ってくれたから、ここにいるの。この命、この体はご主人様のためにあるもの。だから、大丈夫…。」
私はご主人様の体を抱きしめた。
小さく震えていたご主人様の体は少し冷たかった。
まるで、冬のドアノブのように…。
きっと、ご主人様の心は試練への恐怖と、私を試練との戦いに参加させてしまったことへの自責の念によって疲れてしまったのだろう。
…だから、私はご主人様の疲れを癒すために、抱きしめる。
「……。…ありがとう。」
ご主人様はいつもの笑顔に戻って頭を撫でてくれた。
「ん…。」
よかったと心の中で安堵した。
「私、頑張る!たとえドラゴンが来ても私が倒して見せるから!」
「はは…そうか…そうか。ああ…それは頼もしい。でも今のレベルでは勝てないから、まずは強くならないとね。…明日から特訓をしよう。」
「特訓!ご主人様も一緒?」
「ああ。私も一緒だよ。」
「本当!?!!」
私は嬉しくなって尻尾を振った。
ご主人様と一緒に特訓ができるなんて、もう一生ないだろう。
だから、これからのことを考えるとワクワクする。
懐かしく温かい記憶から冷たく残酷な現実に引き戻された。
「………。」
私は涙が零れないように顔を抑える。
ご主人様がいたらきっと慰めてくれた。
けど…ご主人様もういない。
ご主人様は4年前に私たちを残して他界した。
…優しかったご主人様の死は私の心に大きな傷跡を残した。
私はあの日以来、ご主人様のことを思い出すたびに胸が苦しくなり涙を流してしまう。
泣くことによって気が楽になるから。
だから、今も気が済むまで泣き続けたかった。
だけど…私には役目が…大好きなご主人様の残した遺志がある。
私はその遺志を継ぎ、試練に対抗しなくてはいけない。
「………。」
私は涙を拭き、立ち上がる。
「ご主人様…私、頑張るから。」
私は意識を集中させて自分のステータスを確認する。
【みぃ Lv24】
HP 720
MP 340
器用値 20
速度 65
攻撃力 356
魔法攻撃力 123
魔法回復力 65
【防御力 178】
次に装備品と効果を確認する。
【みぃ Lv24】
頭 無し
上着 【革の鎧】【丈夫な服】【丈夫なパンツ】
下着 【青いボクサーパンツ】【青いスポーツブラジャー】
足 【冒険者の革靴】
装飾品 【理解の賢眼】
武器 【鋼鉄のブロードソード】
【革の鎧】(防御力 100)
(《打撃耐性》 この装備で打撃攻撃を受けた時、受けたダメージを30%カットする。)
(《斬撃緩和》 この装備で斬撃攻撃を受けた時、受けたダメージを10%カットする。)
(《貫通弱点》 この装備で貫通攻撃を受けた時、受けたダメージが10%増加してしまう。)
【丈夫な服】(防御力 25)
【丈夫なパンツ】(防御力 25)
【青いボクサーパンツ】(防御力 5)
【青いスポーツブラジャー】(防御力 5)
【冒険者の革靴】(防御力 15)
【理解の賢眼】(防御力 3)(魔法攻撃力 10)(《裁定の眼》 察知能力がわずかに上昇)
【鋼鉄のブロードソード】(攻撃威力 120)
最後に私は【宿命ノ砂時計】に触れた。
すると視界に試練までの残り時間が表示された。
残り時間はあと20日と23時間。
今の時間は18時。
つまり2週間と6日後の17時に試練が発生する。
それまでに強くならないと、今の私ではモンスターの大群を対処できない。
だから、試練までの間に、モンスターをたくさん倒して、強くならないと…。
「…よし。」
とりあえず、強い装備品を買ってこよう。
道中でモンスターと遭遇したら積極的に倒していく。そんなことを考えながら私は、この場を後にした。