第8話 毒に侵された私の心は黒色に染まる。
「これより裁判を始めます。」
真っ黒な法服を着た瘦せた男…裁判官が開廷を宣告する。
「この裁判では被告人の意見を全て無効とします。」
「は?」
この裁判官…今とんでもないことを言わなかった?私の意見を無効?冗談じゃない。
法廷勝負に意気込んだ私を裁判官の第一声が、たったの一撃で挫いてきた。
「ちょっと待ってください!なんで私の意見を無効にするんですか?理由を言ってください!!」
私は声を荒げた。
それはそうだ。被告人の意見を無視する裁判なんてそれはもはや裁判ではない!
「理由?何を愚かなことを言っているのですか?被告人…貴女は殿下を騙した。貴女は人を騙すような者の虚言に耳を傾けますか?」
「な…。」
裁判官のあっさりした物言いに、私は言葉を失った。
だけど…ここで私が黙るわけにはいかない。私は反論をする。
「た…確かに言いたいことは分かります。ですが…私がそうだという証拠はどこにあるのですか?」
そう…証拠だ。
証拠がないのにこの裁判官は私を犯罪者と決めつけた。
彼の発言は到底裁判官が発する言葉ではない!
あれが裁判官と言うのなら、この国は終わっている。
……こんなの一方的な誹謗中傷だ。
決して許されるような行為ではない。
だけど…裁判官は顔色一つ変えない。いや…訂正する。
裁判官は確かに表情を変えた。
その表情は狩人が自分で仕掛けた罠に獲物が引っかかり喜んでいるときの顔のように、残忍で悪辣な表情だった。
「証拠?くふっ!ふふふ…くはははははははははははははは!!!」
裁判官は不快な笑い声を高らかに上げる。
裁判官であろうモノが公の場でこのような振る舞いをしているのに、何で誰も気にした素振りをしていないのだろうか?
周りをよく見てみると、傍聴席に立っていたのは鎧を着た騎士達ばかりであった。
一般市民っぽいのはみんな本を読んでいたり、居眠りをしていたりと、まるで聞いていない。
「証拠など…どうでもいいじゃないですか。」
「は。」
一瞬…裁判官が言った言葉の意味が分からなかった。
どうでもいい?じゃあ何のための裁判なの?
「これは貴女に与える罰を決めるための裁判ですよ。貴女の罪を決めるわけではありません。」
裁判官の言葉を聞いた瞬間、私は理解した。
この裁判官は…いや…みんなが私を陥れようとしている。
せめて2人だけは…。
最後の希望に縋りつくように私はダストとサディの方に目を向ける。
嗚呼、サディがあの目をしていた。そして、ダストが口パクで私にこう言った「ざまあ」と。
私の目に映ったのは…残酷な現実だった。
「そ…んな…」
私は…こみ上げてくる吐き気を抑えるためにうずくまる。
信じて…いたのに。
私はこの理不尽な裁判よりも…………2人に裏切られたことが何よりも苦しかった。
悲しい、何でこんなことに…私は…私は…!
許せない!
2人に裏切られたことへの悲しみから理不尽なこの現状への怒りに変わった。
そして…その怒りさえも変わり、ある感情になった。
憎しみ。
「ふざけないで!私を…私を嵌めて何がうれしいの!!!こんなふざけたことが何で許されるの!?!!」
気づけば私は声を荒げていた。
私自身こんなにも感情的になれるなんて今の今まで知らなかった。
「嵌める?いったい何のことですかな?」
「とぼけないで!」
「…鬱陶しいですね。よし。ではこうしましょう。貴女には発言の権利などありません!黙って寝ていなさい。」
裁判官はしわだらけの手のひらを私に向ける。
「内なる力よ、今一度私の為に具現化し、この者を眠らせ。」
「な…何をす…」
「(スリープ)」
裁判官が放った淡い光のモヤが私の顔にぶつかった。
その瞬間、私は急な眠気に襲われた。
「おや?眠そうですね。大丈夫ですか?」
裁判官はニタニタと下品に顔を歪める。
…ふざ…けるな……!
私は殺意を込めて裁判官を睨みつけた。
「……。…………。」
裁判官が話しているけど、何を言っているのかわからない。
…意識が遠のいていく。
………。
………………。
目が覚めるとそこは暗い石造りの小さな部屋だった。
微かに錆びた鉄の臭いがして、足元にボロボロの毛布が雑に敷かれている。
錆びた鉄格子の先に…サディがいる。
「おはよう。罪人さん。牢屋での目覚めはいかがかかしら?」
「………。」
「思っていたよりも静かね…つまんないわね。もしかしてだけど…まだ仲間だと思っているつもり?」
「……。…何でこんなことをするのですか………」
私は声を絞り出して、サディに問い詰めた。
「…遊びよ。………特に理由なんてないわ。」
「な…!」
私は絶句した。
私との出会いや過ごした時間もサディにとってはただの遊び…最初から嵌めるつもりだったんだ。
今思えばいろいろとおかしいことが多かった。見ず知らずの私を仲間に誘うなんてするはずがない。それに2人は「間に合わない」とか「急いでいる」と言っていた。…疑うべきだった。
「ふざけないで!私をここから出してください!」
「出さないわ。アナタはね、これからずっと私の奴隷よ。」
「はあ!?ど…奴隷?!」
「そうよ。奴隷よ。」
サディがクスクスと笑いながら牢屋の中に入って私に近づいてくる。
「な…何です…」
ドガッとサディが私のおなかを強く殴りつけた。
「ーっ!?!!!!?!??!!」
私はあまりの痛みに声にならない悲鳴を出した。
痛い!こんな痛み…初めて…。
サディが体勢を低くして、うずくまる私の顎をもって無理やり視線を合わせさせる。
「アナタはこれからずっと…この私に痛めつけられるのよ?わかった?」
「……!」
私は今までで一番恐怖した。
こんな奴らのせいで私はまた人生を滅茶苦茶にされる。
そんなの嫌…。
「そう!その顔が!その顔のその表情が見たかったのよ!!もっと私を楽しませて…!」
サディが目をキラキラと輝かさせた。
その輝きはナイフの刃のような物騒なモノだった。
「アハハ!良いわね!良いわね!アハハハハハハハハハハハハ!!!」
暗い牢屋の中でサディの狂気に満ちた笑い声が響き続ける。
私は…生まれ変わっても虐められるの?
なんで?なんでみんな私を虐めるの?
私は…私は…!
もう…嫌だ。……嫌だよぉ…。
私の心はこの牢屋の暗闇よりも黒い絶望に染まった。
新しい人生への期待という名の毒に侵された、私の末路は……奴隷として暗い未来を歩むしかない。
私は…ファンタジー小説に登場する主人公などではなかったんだ。