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第一章 四発の原爆

1945年 7月17日 0950時

ワシントンD.C ホワイトハウス

 

 

今日は朝から大統領も出席する会議が催されることになっている。内容はやはり昨日の原子爆弾の実験の事だ。恐らく、私は昨日の実験の結果などの報告を命じられるだろう。

 

だが、私は昨日の事をどう説明すればよいのか分からなかった。

 

昨日の実験で私の信頼のおける部下が一名亡くなった。

 

彼は原子爆弾に最も近い観測所におり、観測所の外で観測機器のチェックをしていた。この観測所は彼一人しかいなかった。彼がここで犯したミスのは無線機を持っていなかった事だ。

 

原子爆弾を起爆するまでの時間は逐次無線で知らされる。

 

しかし、彼は無線機を持たずにいた。彼は地球上に第二の太陽が現れるまで作業を続けていたのであろう。なぜ、この時彼が無線機を持たなかったのかは、もうその本人は亡くなってしまったので定かではない。

 

実験終了後、各観測所からの点呼をとった時、彼の観測所からは何も応答は無かった。

 

私は初め無線の故障と思い、特に動揺を見せず、陸軍のジープに乗って彼の迎に赴いた。だが、観測所の中には誰もいなかった。

 

観測所の中にあったのは、各観測機器と書類、飲みかけのアイスコーヒーに、どこの異常の見られない無線機だけだった。

 

観測所内はなんとも静まり返っており、一万度の熱にも耐える耐熱強化ガラスに小さい罅が無数に入っていた。この観測所は外部からの一万度までの熱に耐えることができる。

 

私は彼を観測所内をくまなく捜したが、彼の姿は無かった。

 

私はこの時になってやっと嫌な予感がした。

 

私は部下になんと言ったか細かく覚えていないが、外で彼を捜すように大声で怒鳴り散らしたのを覚えている。

 

私はまたこの時、今までにない物凄い勢いで頭に血が上り、鳥肌が一斉に立ち、自分の感情を理性で抑えられなかったということも覚えている。

 

私たちが観測所の外を探していると観測所の屋根に備え付けられている観測機器付近を捜していた陸軍兵士のひとりが叫んだ。

 

「所長…」

 

彼は私のことを呼んだだけだった。たった一単語だけだったのだが、その声は震えていた。

 

「どうした?」

 

私は彼の元へ走りながら問いたが、彼からの返事はなかった。

 

私が観測所のラッタルを一歩ずつ登っていき、顔を屋根に出し彼の後ろ姿を見ると、彼はただ一点を見つめ、肩がガクガクと震えていた。

 

私はその姿を見て最悪の結末を予見した。

私はラッタルを登りきり、そっと一歩ずつ陸軍兵士のもとへ足を踏みしめて行った。

 

そして、彼の視線の先に私はゆっくり目を移していった。

 

その先には、服が焼け、皮膚がただれて、眼球が飛び出し、腹から内臓が飛び出した機器に寄りかかる変わり果てた彼の姿があった。

 

私は隣にいる陸軍兵士と同じ顔つきになった。目の前にいる彼の姿は私の考えた最悪の結末以上に無惨な姿であった。

 

私と陸軍兵士は三分間くらいの間、一点を見つめ固まっていた。それからやっと私の脳が再び回転し始めた。

 

「彼を運んでくれ。」

 

私は静かに言った。

 

「は、はっ!」

 

この時になってやっと陸軍兵士も動き始めた。

 

彼は下にいる他の兵を上に呼び出し、私は機器に寄りかかる彼を水平に寝かす為に焼けただれた彼の両足を引っ張った。

 

すると、彼の足は肉が裂ける音と共に足の骨から肉が離れ、白い骨が見えた。私はとっさに手を離した。

 

困った私は彼を背中から抱きかかえて運んだ。彼の体重は私よりも重いはずなのだが、体中の水分が蒸発した彼の体は子供の様に軽かった。

そして、私は軽くなった彼の体を脆くなった観測所の鉄筋コンクリートの上に横たわらせた。

 

ちょうどその時、担架を担いだ男達が先ほどの陸軍兵士に連れられて、ラッタルを登ってやって来た。

 

私の前に横たわる彼を見た瞬間、その男達は化け物でも見たかのようなうろたえた表情になり彼から顔を背けた。

 

「後は頼んだぞ。」

 

私は陸軍兵士の肩をポンと軽く叩いて言った。彼は、はい。と静かに言い、私はその場を後にした。

 

 

そう、あの時、彼をあんな所に配置しなければ、部下に無線機は常に常備するように強く促していれば。私は今頃になって後悔の念にとらわれた。

 

私は大統領を待つ張り詰めた空気の会議室の中で回想をしていた。

 

私は部屋に掛かっている金の装飾が施された時計を見た。時計の針の長い方は12を通り越し、1を指している。

 

会議は十時から始まる筈である。大統領がいないのでは会議を始めようにも始まらない。トルーマン大統領は「ヒーローは遅れてやってくる」とでも思っているのであろうか。もし、そうだとしたらこっちにとってはいい迷惑である。

 

それから十分後。急に部屋の外が騒がしくなったかと思うと会議室の扉が開き奥から我々の待ち人が姿を現した。

「いや〜、遅れてすまなかったね。

諸君。」

 

彼、トルーマン大統領は自分の存在を強調するように我々を見下したような目で言う。

 

つい数ヶ月前、ローズベルト大統領が生きていた時はこんな性格ではなかった。

 

副大統領という地位に立っていた彼は、いつも大統領のそばにいるだけで、特に忙しそうな人ではなかった。だから、それまであまり存在感のない人であった。

 

だが、ローズベルト大統領が亡くなると彼は大統領に昇格した。

 

それまではいい。

 

だが、彼が大統領になると彼の性格は一八〇度性格が変わった。

 

いつも大統領のそばにいてひっそりとしていたトルーマンは、大統領になると自分の存在を誇示するかのように威張り、自分勝手に物事を進めている。

 

今回の件でも、自分は大統領になるまで原爆のことを一切知らされていなかったのに、その存在を知らされた瞬間、目の色を変えて、我々の意見なんか耳にもせず、

「三日後までにそれを完成させろ。」

だの、

「原爆をジャップの島に早くバラまいてやれ。」

だのめちゃくちゃな命令するだけである。

 

私はそんな彼に不信感を抱いてさえいる。

 

トルーマン大統領は、関係者の視線が集まる中、長机の真ん中の席に勢いをつけてドカンと座った。

「さて、オッペンハイマー所長。

 

例の物の実験に成功したというのは本当かね。」

 

トルーマンは嬉しそうに笑顔で聞く。

 

この会議に出席している見慣れた者の視線も私に集まる。

 

「はい。昨日、アラモゴードの砂漠での原爆の実験は成功しました。実験結果は、皆さんの手元の資料の通りです。」

 

私が言うと、皆手付かずだった机の上に置いてある資料を捲り始めた。

 

その資料には、原爆の起爆前後の温度変化や風の変化、検出された放射能の事などが載っている。

 

「数値だけ私に見せられても何も分からないのだがなぁ。」

 

アーノルド陸軍総司令官が困ったような口調で言った。

 

よく見渡すと彼だけでなく、トルーマンも含めみんな分からないようである。

 

だが、私はこんな質問を予期していた。

 

私のような科学者でも、実験の数値を見ただけでは何も分からない。分からなくて当然なのだ。

 

「はい、そう仰[オッシャ]るものと思い、実験の一部始終をフィルムに撮ってあります。そちらをご覧下さい。」

 

私はそう言うと私の席の後ろで立っている部下に目で合図を送った。

その部下は合図を受け取ると、静かに短い歩幅で歩き出し、予[アラカジ]め設置されていた投影器を操作し始めた。彼の準備が終わると、彼は周りを取り囲むガードマンにカーテンを閉めるように言った。

 

すると、カタカタとローラーが回る音と共に部屋の白い壁に長方形の光が当てられた。

 

そして、一面砂漠の白黒画像が白い壁に映し出された。

 

「…十秒前。」

 

つい昨日聞いた研究員の震えた声と同じ音がスピーカーを通じて聞こえてきた。

 

その時から、この部屋にいる者たち全てがその投射された映像に目を向けていた。

 

「…5、4、3、2、1…ファイア」

 

その音声が流れ切ると、部屋にいる何人かがビクッと反応した。

 

その秒読みの音声が流れた直後、昨日と同じ轟音がスピーカーを通して聞こえ、昨日と同じように砂がピキピキとカメラを打ち付ける音が聞こえた。

 

その後、地平線にキノコ雲が見えた。

 

それを見ると、部屋にいる者たちから感嘆の声が上がった。

 

そこで映像は切れた。

 

「これだ!こいつをジャップの島に落としてやるのだ。」

 

トルーマンは興奮し声を張り上げて罵った。

 

周りの者も原爆の魅力に取り憑かれ、それに賛同するように頷く。

 

「確か二発はもう海軍の方でテニアンに護送中だったなかね?」

 

トルーマンはゆっくり

 

トルーマンはゆっくり席に着くと興奮を抑えたいつもの口調で聞いた。

 

「ウランニウム爆弾とプルトニウム爆弾一発ずつあります。

 

一週間後にまたウランニウム、プルトニウムが一発ずつ完成します。」

 

私は彼の質問に答えた。

 

「そうか、ではキング君。既に完成している原爆はテニアンかな?」

 

トルーマンは海軍作戦部長のキング提督の方を振り向いて聞いた。


「いいえ、大統領閣下。現在、その二発は巡洋艦インディアナポリスで昨日サンフランシスコを出ました。


その艦は現在ハワイとの間、北東太平洋上を全速力で航行中です。


今月末にはテニアンに着く予定です。」


キング提督の報告を聞くとトルーマンは不気味ににやついた。


「よし、ならば日本が26日に我が国とイギリス、中国から発せられるポツダム宣言を受諾しなければ、こいつを落としてやろうではないか。

 

なぁ〜に。心配する事はない。あの国は負け方を知らない国だ。奴らは絶対にこれを受諾しないだろう。」

 

トルーマンは、白い歯を見せにやつきながら言った。

「我々は日本が宣言を呑まなかったと言う理由でそれを日本に落とすんだ。

 

我々とて、本土に上陸したら我が国も多大な犠牲者が出る。犠牲はジャップだけで十分だ。」

 

トルーマンは冷酷に言った。私は昨日の実験で死んだ彼の姿を思い出した。そして、大都市にあれが落ちたときの光景を想像した。

 

地獄だ。

 

私は背中を刺すような強い寒気に襲われた。

 

実際は私の想像するものを越えるだろう。

 

私があれを作るのにかけた時間、苦労、目的…そんなの関係ない。これ以上、あれによる彼のような死者を出してはならない。

 

私は強い衝動的な正義感に心が燃えた。

 

「ところで一週間後に完成予定の原爆はいつ運び出せるかね?」

 

トルーマンはキングの方を向いて聞いた。

 

「はあ、そちらは早くて8月3日に巡洋艦でテニアンに輸送できます。」

 

「そのスケジュールでいくといつテニアンに着くのかね?」

 

「それでいきますと、3日にサンフランシスコを出て、5日にパールハーバー、13日にはテニアンに着きます。」

 

私はキングが言うそのスケジュールを誰にも気付かれないようにメモをとった。

 

「なるほどな。ではその方針でいこう。今日はこれで会議を終わりにしよう。何か意見のある者は?」

 

トルーマンは聞いたが誰も意見を出さなかったので会議が終わった。

会議が終わるとトルーマンを始め各軍トップは立ち上がった。

 

私はメモを懐に入れ、全身にかかっていた力を抜き立ち上がった。

 

お偉いさん方が先に会議室のドアをくぐり、中でも最も地位の低い学者である私は一番最後に部屋を出た。

 

私は階段を下り、ホワイトハウスから出た。

 

外にはお偉いさん方を待つ車と私の帰りを待つ車があった。幸い格の低い私の送迎車とお偉いさん方の車は変わりない。だがそれはどうでもよいことだ。

 

私は心地よい風に吹かれながら送迎車までゆっくりと歩いた。その途中で昨日死んだ彼の姿が頭をよぎった。

 

原爆についての罪悪感と恐怖心は随分前からあったが、ここ最近(昨日の実験の時から)、それが強くなってきた。

 

昨日は眠りに就く度に彼の姿が出てきた。お陰で私は一睡もすることができなかった。

 

あの偉大な物理学者アインシュタイン博士も、ローズベルトに原爆製造を建言しておきながら、今は私と同様、原爆の罪悪感に悩まされているようだ。最も彼は私より軽傷のようだが…

 

私はやっとの思いで送迎車まで辿り着いた。

 

私は送迎車に乗り込み、そこから車で空港まで移動し空路でニューメキシコ州のロスアラモスまで飛び、そこから車で砂漠地帯を三時間かけてロスアラモス研究所に行く、私はその間仮眠を取った。この時幸い私の眠りを害するものはなかった。

私は研究所に着いた後、真っ先に自室に向かった。

 

そして、紙と万年筆を用意し、懐から会議中にメモした紙を取り出しそれを参考にしながら万年筆を走らせた。

 

手紙の内容は四発の原爆の事である。そして、近い内に対面しないかと私なりに複雑に文章を暗号化して書いた。

 

暗号化するのは軍による手紙の検閲があるからである。

 

宛先にトム ワタナベと書き、その住所を書いた。

 

トム ワタナベとは私が大学時代の親友であり日系人だ。そして、日本の諜報員でもある。私はその事を知った時、大きなショックを受けたが親友と言うことで告発はしなかった。今はカリフォルニアでひっそりと暮らしている。彼は数学が得意だ。だから、私の暗号も難なく解けるだろう。

 

私は手紙を封筒に入れ、研究所内のポストに入れた。

 

私はこの時になって少しだけ体の重みが取れた気がした。

五日後、朝の青い空の下、私はニューヨークの公園を散歩していた。辺りには人気が少なく、辺りはランニングをしているがたいの良い男が私をじろじろ見ながら走っているだけである。

 

実はこの男はアメリカ連邦捜査局、いわゆるFBIと呼ばれる者だ。

 

彼は私の護衛と監視の任に就いている。ロスアラモス研究所の者は外出する時は必ずFBIがついてくる。常に自由を剥奪されているのだ。

 

私は公園の一角にあるハンバーガーの露店でハンバーガーを一つ注文した。

 

すると、店の男に二ドル請求された。私は代金を男に渡した。だが、実際に手渡したのは二ドルだけでなく、二枚の一ドル札の間に原爆の事を書いた小さな手紙とその写真のネガが挟まれている。

 

そう、彼こそがトム リクルドだ。

 

私と彼は表情一つ変えずに取引を済ませた。

 

彼が私の情報を信じるかは彼次第だが、私は彼を信じてその場を後にした。


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