復讐者 〜魔王〜
私は、突然魔導人形が現れたことと、その魔導人形に乗って二人が逃げたことに驚き、反応が遅れてしまった。面白い逃げ方をしたな、オリヴィア。
ちなみに、〈リペル〉の効果範囲は自分を中心として半径五メートルだ。そのため、離れると効果を望めない。
おかげで二人を逃してしまったが、まあいい。まずは勇者どもだ。
「あの二人はまた今度にしてやろう。今はこいつらに集中しなければな」
操られているとはいえ、先代魔王を倒した勇者だ。気は抜けない。
「さあ、かかって来い」
私のその言葉を合図に、四人は陣形を組んで構えを作った。ひし形の陣形、懐かしいな。
私が陣形を見ていると、突然後ろに殺気が現れた。
体を捻り、突き出された短剣を避ける。ついでに陣形の方を見てみると、ターニャの姿が消えていた。
「さすが、闇魔法は厄介だな」
その余裕も束の間、次はアレックスの剣が私を襲った。
私は剣を鷲掴みにして止め、アレックスの腹を蹴って吹き飛ばそうとする。だが、それはランベルトに止められ、逆に盾で弾かれた。
こうしてできた隙を見逃すはずもなく、ソフィが魔法を発動させた。
「〈ビックバンブラスト〉」
発動したのは、火の最上級魔法。私は、その炎に包まれる前に〈リペル〉を使う。
だが、勇者の猛攻は終わらない。
魔法が消えた瞬間、ターニャとアレックスは私に向かって連撃を繰り出してきた。
私はその剣を、手の甲で受け流しつつ、一瞬の隙を突いてアレックスの腹に蹴りを入れた。すると、くの字に曲がりながらアレックスは吹き飛んだ。
そのまま一人になったターニャの顔面を掴み、壁に向かって思いっきり投げる。
勢いよく飛んでいったターニャは、猫の獣人よろしく体を捻って、着地ならぬ着壁をした。
私はこの隙にソフィを狙おうとしたが、ランベルトが目の前に立ち塞がってきた。
ランベルトは、片手剣を振って私を牽制しつつ、盾で行く先を塞ごうとした。だが、部屋の壁が突然破裂し、その破片がランベルトに当たったせいで体勢が崩れた。
私はランベルトを飛び越え、ソフィを攻撃しようとする。だが、これはターニャの魔法によって防がれた。
「〈ダークネス〉」
死角からの魔法。さすがの私でも、これを受ける前に無効化はできなかった。
私は自分にかかった暗闇を、すぐに〈リペル〉で無効化し、次の攻撃に備えた。
すると、ターニャとアレックスが吹き飛ばされている最中だった。
「魔王様、私は勝手にこいつらを貰うわよ?」
「エマか……」
この場所は誰にも伝えていないのだがな。勇者たちへの復讐の執念で見つけたのか? そうだとしたら、なかなか面白い。
「それにしても、魔王様って体術できないんじゃなかったの?」
「技術がないだけで、体を動かすのは苦手ではない」
「ふぅん、じゃ、そっちはよろしく」
エマは、真っ直ぐアレックスの方へ突っ込んだ。
私は変わらずソフィの元へ走った。
ソフィは〈ニブルヘイム〉を発動させて私を止めようとしたが、私は〈リペル〉を使い、無理やりソフィに接近した。
そして、ソフィの顔面に向かってパンチを繰り出したが、ランベルトが前に出て、私の拳を受け止めた。
しかし、私の拳は、ランベルトを盾ごと吹き飛ばし、ついでにソフィを掴んでランベルトの所へ投げた。
ランベルトは壁に寄りかかりながらソフィを受け止めると、盾をソフィの前に構えた。
私はそこに向かって拳を振りかぶり、全力で盾を殴った。
拳の形に凹む盾に、盾ごと壁に埋まるソフィとランベルト。私が拳を退けた時には、二人は既に気を失っていた。
私は振り向き、エマの状況を確認する。すると、ボロボロになった二人と、頭と体が切り離されたエマがそこにはあった。
「執念は認めるが、実力が見合っていなかったか。残念だ」
アレックスとターニャは私の方を向き、剣を構えた。まだまだやる気はあるようだ。
「その傷では動くのも限界に近いだろう。すぐに楽にしてやる」
二人は私に急接近して来るが、その動きにはキレがなかった。見切るのもたやすく、剣を避けて腹に掌底を入れて、二人を気絶させた。
私がこの四人を未だに殺さない理由。それは…… 絶望を味合わせたいからだ。
私には〈リペル〉という魔法を無効化する魔法がある。だからこそ、これができる。
私は四人を同じ場所に固め、〈リペル〉を使って〈ブレインハック〉を解いた。
すると、四人は目に光を取り戻し、ハッとした表情を浮かべた。
「気分はどうだ? 勇者諸君」
「洗脳が…… 解けたのにゃ?」
「アルフレッド、俺たちは……」
「自分でも少しは記憶が残っているだろう? 私と貴様らの今の状況も、わからないとは言わせんぞ」
〈ブレインハック〉にかかっていても、記憶のすべてを操れるわけではない。多少の改ざんはできたのしても、〈リペル〉によって元に戻るはずだ。
「オレたちは洗脳されて、魔王を倒して……」
「そのあと、王国を滅ぼしたにゃ……」
「しっかり覚えているようだな。では、私の目的はわかるか?」
「俺たちへの…… 復讐」
「その通りだ」
その瞬間、四人の顔はどんどん青くなっていき、次第には真っ白になった。顔には絶望という二文字が貼り付けられているようだ。
「ふふふ…… そうだ、その顔だ! その顔が見たかった! 絶望に打ちひしがれた顔! 自分たちの過ちを嘆く顔! あぁ、実に気分がいい! 最高だ!!」
「アル君……」
「さあ! まずは誰から死にたい? 順番くらいは選ばせてやろう!」
「「「「……」」」」
四人は顔を伏せ、黙り込んでしまった。
ああ、この状況でさえも心地よく感じる! さあ、もっと私を愉しませてくれ!
「やはり、全員は酷か? なら、一人だけにしてやる。一人が死ねば、他の三人は助けてやろうではないか」
人情の厚い勇者には、この質問は辛くて仕方がないだろう。
私の予想は当たっていたようで、三人は苦虫を噛み潰したような表情で、更に顔に影を落としてしまった。
そんな中、一人だけ顔を上げた者がいた。
「じゃあ、私が死ぬよ」
「ほぅ、貴様が私の復讐を終わらせてくれるのか、ソフィ」
「うん。それでアル君が楽になれるなら、私が死ぬ」
死への恐怖か、私への愛か。真っ直ぐに私の目を見て、涙を流しながらソフィは言い切った。
「な!? ソフィア! 考え直せ! アルフレッドも、自分の恋人を殺すつもりか!?」
「アレン、アル君は本気だよ」
「愛も恋も、私が復讐者となる前の感情だ。今の私の気持ちは一つ、貴様らへの復讐心のみでできている」
「クソ! なら、俺が死ぬ! 仲間を死なせるのは嫌だ!」
「アレン、ここは私に死なせて。せめて最後くらいは、アル君のところにいたいの」
「ふざけんな! そいつはソフィアを殺そうとしてんだぞ! そんなやつのところにいかせてたまるか!!」
「そうにゃ! ソフィアが殺されるくらいなら、私が死ぬにゃ!」
「いいや、オレだ! アルフレッド、オレを殺せ!」
ギャンギャンと喚き、全員が涙を流す。くだらない茶番だ。こんな感動劇を見るために、一人に絞ったわけではないのだがな。
「少しでも、自分が死にたくないと思った貴様らに用はない。私はソフィの決断の早さに畏敬の念を込め、安らかに殺してやろう」
「うん、お願い。もう怖くないから」
ソフィは胸元を私に差し出した。
私は心臓に近い方の手である左手の爪を立て、魔力を込めてソフィに突き出した。
「「「やめろぉ!!!」」」
勇者三人の声が重なった瞬間、突き出した私の左手は、肘のあたりからなくなっていた。斬り落とされた腕は、放物線を描くように宙を舞っていた。
「ギリギリで間に合ったな」
『私がいなかったらヤバかったわね』
そして私の前には、聖剣を振りかざした、フクロウの仮面を被った男がいた。