魔王の力 〜魔王〜
一日。たった一日で第二軍は敗戦した。
「やはり、私の予想を超えられないか」
バレンタイン軍は強かった。帝国と組んでいるのだから当然なのだが、バレンタイン元伯爵の士気の上げ方は見事なものだった。
人間の士気の高さに精神をやられ、数で押されと、名将にはなれなかったようだな、カルロ。
「やはり、こうなりましたか……」
「当然の結果ですね」
セルジオは、カルロの散々な結果に頭を抱え、ナディアは白い目をしていた。
「つまらんものだな。もっと善戦するのを期待していたのだが、そこまでの器ではなかったか」
「どうするのですか?」
「私が直接出よう。この結果は、出撃を許した私の責任でもあるーーなお、反論は認めん」
ナディアを見て、口を開きかけていたところに一言を加えた。
ナディアはそれを聞いて、苦い顔をしながら引き下がった。
「馬を用意いたしましょうか?」
黙ってしまったナディアに代わり、セルジオが話を進め始めた。
「いや、馬はいらん。イービルヒート、背中に乗せろ」
「我はお主の味方ではないぞ?」
「だが、魔族が滅び、私が死ねば、貴様の使命も果たせなくなる。それを考えれば、ここで私に協力することは問題ないのではないか?」
「……わかった。お主を乗せていこう」
勇者を元に戻すには、私の特異魔法が必要不可欠になる。イービルヒートはそれがないと、役割を果たせなくなるのだ。
私は外に出て、黒竜となったイービルヒートの背中に乗った。
「それでは、ここから西の戦場へ向かおうか」
『振り落とされないように捕まっておれ』
イービルヒートは、翼を羽ばたかせて空に浮かび上がり、バレンタイン領へ高速で移動を開始した。
「さすが、竜は速いな」
『その竜の背中に仁王立ちできるとは、魔王の体はどうなっているのだ?』
「魔王とは偉大なものだ。この程度ができなくてどうする?」
戦場は、アバークロンビー領から馬で三時間程度で到着する近さなのだが、竜の場合は十分程度で着きそうだ。それに加え、背中の乗り心地も悪くない。これはいい乗り物だな。
数分ほどで、肉眼でも確認できるほどに戦場が近づいてきた。
第二軍は撤退戦を開始しつつ、被害を最小限に抑えようとしている。だが、バレンタイン軍はそれを許そうとせず、猛攻を繰り出していた。
「やはり、酷いやられようだな」
『どうするのだ?』
「このまま戦場のど真ん中へ飛び込む。そこまで運べ」
『了解した』
イービルヒートは言われた通りに飛んでいき、私は第二軍とバレンタイン軍のちょうど境目辺りに飛び降りた。着陸と同時に強い衝撃が足から全身に響くが、この程度は問題ない。
私が落ちてきたことによって、両軍の動きが完全に止まっていた。
「魔王だ……」
という声がバレンタイン軍の方から聞こえ、それによって指揮官が再起動した。
「ま、魔王を討ち取れ!!!」
その言葉に呼応するかのように、バレンタイン軍は動きを取り戻し、私に剣や杖を向けた。
「対応が鈍いな。魔王とわかったなら、すぐにかかってくるべきだろうに。〈クリスタルレーザー〉、〈エリアヒール〉」
私が魔法を発動すると、辺りの光が私の手のひらの上に集まり、周辺が夜のように暗くなった。そして、その光はみるみる手のひらの上で圧縮されていき、正十二面体の白いクリスタル状の物体となった。
私は、そのクリスタルをバレンタイン軍に向ける。そして、レーザーを横薙ぎに一線。それだけで人を焼き、地を焼いた。
その逆の方向。つまり、第二軍側には範囲回復魔法を使って、魔族たちの傷を完全に癒した。
魔族の兵は私の登場で士気を取り戻し、人間の兵は、私の登場で士気がドン底まで落ちた。これで勝負ありだ。
「さあ、第二軍よ!バレンタイン領を占領せよ!」
魔族の士気が、雄叫びとともに最高潮に達し、次々にバレンタイン軍へと突撃を開始した。
対して、バレンタイン軍は撤退戦を開始。逃げながら第二軍と応戦し始めた。だが、私の軍は全く止まることなく、バレンタイン軍を引き裂いていった。
「カルロ、これが魔王だ」
私は、未だ唖然として動けないカルロに声をかけ、バレンタイン軍へ突撃している魔族たちに〈ヒール〉を使い続けながら前進を開始した。
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《クリスタルレーザー》
周辺の光を手のひらに集め、圧縮することで、強力な光線を発射する光魔法。圧縮したあとの形がクリスタルに見えるという理由で、ナディアが名をつけた。
光を集めるスピードが早く、広範囲に及ぶため、一瞬夜になったかのような暗闇を作ることができる。
だが、それでも光りを溜めるために、十秒ほどの時間が必要になる。しかし、溜めがある分、その威力は絶大。