魔王の正体 〜魔王〜
私は日が暮れるのと同時に、一度軍を引いた。ジンであれば、ここで撤退するだろうと見越してのことだ。
そのついでに、アバークロンビー領を囲むように魔族を配置しておいた。斥候の役割と、領内の人間を逃がさないためだ。
翌朝、私の予想は見事に的中し、日が昇る頃には帝国軍は消えていた。
もちろん、アバークロンビー領の人々は置いていかれていた。元王国の住民に用はないらしい。
「占領せよ! なお、人間を殺した者は、私が直々に殺してやる!」
土地があったとしても、人がいなければ意味がない。食料が尽きてしまったら、戦う以外の選択肢がなくなるのだ。
まあ、周辺の魔物を狩ればある程度はマシになるが、魔物は不味いため、進んで食べたいという者は少ない。いないことはないが、少数派だ。
なにやら、生ぬるい血の感触が好きらしい。私にはさっぱりわからん。
「魔王様、アバークロンビー領主との対談の準備が整いました」
「ご苦労」
「お供いたします」
「警護はいらん。私が死ぬことはない」
「承知いたしました」
ナディアの申し出を跳ね除け、私は館へ向かった。
少し老朽化の進んだ廊下を通り、応接室へ入る。するの目の前には、アバークロンビー領主とその妻が、身を寄せるようにして立っていた。
そして、私を見て目を見開いた。
「アル…… なのか……?」
「いかにも。私が第十一代目魔王、アルフレッドだ。久しいな、父上、母上」
「魔王……」
「安心しろ。領民に手を出すつもりはない。食料を分けてもらうだけだ」
「重課税ってことか?」
「いいや、対価は払おう」
私は、ポケットから大きな金を取り出し、机に置いた。
「魔王城付近は、発掘されていない炭鉱が数多くある。私はこの炭鉱をいくつも掘り進め、大量の金銀を手に入れた。食料をもらう代わりに、これを受け取れ」
「交易などできると思うか?」
アバークロンビー家領主は、私を睨みつけながらそう言った。
やはり息子であっても魔王は許せんか。
「表の市場に出さなくとも、裏の市場に出せば売れるだろう?」
闇取引などをやっているところに頼めば、魔王に支配されていようが関係ない。やつらは危険を犯してでも、金の成る場所に集まる。
「では、この金銀で頑張ってくれたまえ。我々、魔王軍のために」
私はそう言って、部屋を出た。
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私は、アバークロンビー領の中でもそれなりに良い建物を借りた。
そこを魔王の部屋として、その建物の周りにテントを立てる。これで魔族の居住区の完成だ。
私が館から帰ってくると、周りの魔族が頭を下げた。その顔は喜びに満ちていた。念願の勝利を手にしたのだから、当然だろう。
私は借りた屋敷に入り、自分の部屋に向かった。すると、ナディアとステラが廊下で話していたようで、声が聞こえてきた。
「ナディアって魔王様に、ベッドに連れて行かれてるよねー。やっぱり、してるの?」
「そうですね」
「いいないいなー! 私もやりたい!」
どうやら、そういうことらしい。
私は二人に近づいていく。すると、私に気がついたナディアが頭を下げた。それを見て、ステラも頭を下げる。
「ステラ、私と一夜を共にしたいと言っていたな?」
「そ、そうなんですよー。ぜひ連れて行ってくれないかなあ、なんて……」
「私はそれでも一向に構わん。だが……」
私は、片手でステラの頰を鷲掴みにして、強制的に頭を上げさせる。そして、顔を覗き込むように近づけた。
「ひっ……」
「そうやって私に恐怖心を抱いているのなら、一生その願いは叶わんだろうな」
ステラの膝は完全に笑ってしまっていて、顔色もどんどん悪くなっていく。どれだけ私が怖いか、それがよくわかるな。
私は、頰を掴んでいた手を離してやる。すると、ステラはへたり込んでしまった。
「ナディア、私の部屋へ来い」
「承りました」
私は部屋の椅子に座り、窓から外を眺めて待っていると、扉が三度叩かれた。
「入れ」
「失礼します」
扉を開けたナディアは、私の前まで歩いてきて、一礼をした。
「なにか御用でしょうか?」
「ナディア、貴様は私が怖くはないのか?」
ふと思った疑問だ。ステラにあんなことを言っておいてなんだが、なぜナディアが私を怖がらないのかがわからない。
「私は、窮地を救っていただいた魔王様に、忠誠を誓っておりますので」
「それだけか?」
「はい」
確かに私は、魔物に襲われていたナディアを助け、五年で軍団長になれるまでに育て上げた。
だが、それだけのことで私に恐怖しなくなったのであれば、その精神力はなかなかのものだ。
今思えば、帝国軍の将兵のこともためらいを見せずに焼き殺していた。どうやら、私の見込みは間違っていなかったらしい。
「それなら、これからも私のために精進するがいい」
「はい」
「それと、兵の管理はセルジオにやらせろ。やつは熟練者だからな」
「承知いたしました」
「以上だ」
「失礼します」
ナディアは部屋を出ていった。
私は部屋から遠ざかる足跡を聞きながら、元王都に攻め入るための作戦を考え始めた。