裏切り
ようやく裏切りですよ
俺たちが石橋の上に乗ると、男が話しかけてきた。
「ちゃんとお前らだけで来たみたいだな」
「ああ、さっさとエレナのお母さんを返してもらおうか」
アレックスが少し前に出て、男との交渉を始める。
「いや、その必要はない」
だが、その交渉は一言目で終了した。
そして俺は、橋の反対側の木の陰に、誰かが隠れているのを発見した。
その男は、なんらかの魔法の発動準備に取り掛かり始めた。俺はそれを魔眼で捉え、パーティ全体を囲むように〈シールド〉を発動させた。
「なに?それはどういうーー」
アレックスは、俺が〈シールド〉を使ったことにより、安心して交渉を再開する。だが、その信頼を裏切るかのように、俺の魔法は一瞬で壊された。
「な!?」
俺は思わず、驚きの声を出してしまった。ケルベロスのブレスでさえもガードした、俺の盾が一瞬で破られたのだ。
その魔法は、今までに見たことも聞いたこともないものだった。もちろん、受けたこともない。
その魔法は、俺たちを、上から押しつぶすかのような圧力をかけるものだった。その力により、俺たちは地面に押し付けられ、動きを封じられてしまった。
「なんだか、こんなに簡単に事が進むと、拍子抜けですねぇ」
そして、木の陰から長身の男が出てきた。
その男は、全身白いスーツに身を包み、白いハットをしていた。顔には四角い眼鏡をかけており、まさに紳士のような格好をしていた。
男は、その眼鏡をかけ直しながらこちらに歩いてきた。
「ぐっ、何者だ……?」
「私ですか?私は、そこの少女の兄ですよ」
男はそう言って、オリヴィアの方を指差した。
すると、全員の視線がオリヴィアに集まった。
「……知らない」
「これはこれは、忘れてしまいましたか。前世では、あんなに世話をしてあげたのですがねぇ……」
前世だと!? まさか、こいつも転生者なのか!?
「それとも、初めから‘‘ジン’’と名乗ればよかったですかねぇ?」
「………… に、にぃさん……」
オリヴィアは顔を上げ、ジンと名乗った男の顔を見て、唖然としていた。
その瞬間、オリヴィアにかかっていた魔法が解けたようだ。ふっと体が楽になったように、オリヴィアは立ち上がった。
「……みんなも離して」
「それはできませんねぇ」
「……どうして?」
「それをしてしまうと、私が今までやってきたことが、すべて無駄になるからです」
「……なら、どうすればいい?」
「そうですねぇ……あなたが、ここにいる勇者たちを洗脳したら解放してあげますよ?」
「ふざけるんじゃねぇ!」
それを聞いたアレックスは、ついに怒りを爆発させ、ジンを怒鳴りつけた。
「今に見てろ!こんな魔法、すぐに解除して、お前をぶっ飛ばしてやる!」
「うるさいですねぇ。今は大事なお話し中ですよ?」
ジンは、アレックスのことを鬱陶しそうに見て、指を振った。すると、アレックスにかかっていた魔法の威力が、急激に上がった。
「ぐあぁっ!」
「そうそう、そのままじっとしていてください。では、話を再開しましょうか」
もちろん、俺も見ているだけではない。
さっきから、複数枚の〈シールド〉を同時に発動し、魔法の効力をうち消そうとしている。だが、一瞬で〈シールド〉は破られてしまい、まともに立つこともできなかった。
「そうだ。エレナ、こっちに来なさい」
「はい、ジン様」
エレナは、ジンの側に駆け寄っていった。
「くそ! そういうことか……」
「今頃気がついたんですか? 遅いですねぇ」
エレナは、最初からジン側の人間だったということか。俺たちに接近して、こちらの動きを操作するためのスパイ。優秀な人材だな、くそったれ。
今思えば、エレナに母親の居場所を教えてくれた人を聞いた時、抱えて逃げようとした人って言っていたな。でも、やつに抱えられていた時、エレナは気を失っていた。
その時点で気がつくべきだった。教えてもらうこと自体はおかしいと思っていたが、エレナの方に目を向けていなかった。
それに、エレナの家の場所も自分で確かめるべきだった。スパイであるエレナからしか聞いていなかったから、きっとこれも騙されていたのだろう。
おかげで、まんまと罠に引っかかったって訳だ。
「…… 洗脳……」
「オリヴィア! そいつに魔法を撃て!」
自分の魔法では、なにもできないと悟った俺は、オリヴィアに向かって叫んだ。
「まったく、どいつもこいつもうるさいですねぇ」
ジンは、俺にかけている魔法の威力も上げ、俺はさらに押し潰される。だんだん、石橋にヒビが入ってきた。
「今世ではオリヴィアと言うのですねぇ。今世もよろしくお願いします」
「……」
「安心しなさい。悪いようには使いません。ただ、協力してもらうだけですよ」
「……ほんと?」
「私が約束を破ったことは、今まで一度もなかったでしょう?」
「ぐぅ! オリヴィアぁぁ!」
「……アルフレッド、ごめんなさい……〈ブレインハック〉」
オリヴィアは、俺に一言謝ると、最上級の闇魔法を発動させた。
頭の中を、別の誰かに直接触れられるような嫌な感覚が、俺を襲う。おそらく、みんなもこうなっているのだろう。
その証拠に、ジンの魔法が解除されたにも関わらず、全員が頭を抑えてうずくまっていた。
魔法の効力で、俺の意識は徐々に沈んでいく。だが、不思議と気分は悪くない。これが愛するオリヴィアの意思だと思うと、それに従ってもいいかと思えてきた。
オリヴィア……