疑念
エレナの放った言葉に、そこにいた全員が固まった。
「ど、どういうこと?」
ソフィがなんとか声を絞り出し、エレナに尋ねる。すると
「捕まってる間、邪教徒の人が教えてくれた」
「そいつ、どんなやつだった?」
「ええと、私を抱えて逃げようとした人」
あいつか。でも、なんで教えたんだ? なにか教えることによって、得することがあるのか?
「…… どうする?」
「まあ、気になるし、行かないわけにはいかないだろ」
「罠の可能性もあるにゃ」
「ここまで追い詰められた邪教徒が、オレたちにできることがなにかあるか?」
相談を聞きつつ、思考を巡らす。すると、変な引っ掛かりを覚えた。だが、すぐそこまで答えが出てきているのだが、それがなにかわからない。もどかしいな。
「それで、それはどこなんだ?」
「私たちの新しい拠点って言ってた」
「なら、そこを見つけて、数の暴力を仕掛ければいい訳だ」
「勇者パーティのみで来いっても言ってた」
となると、軍は動かせないか。
人質として取られている分、後手に回ることになってしまう。これもまた歯がゆい。
「とにかく、まずは拠点を見つけないとな」
『見つけるって言っても、なにか情報はないと動けないわよ?』
未だに聖剣状態のジュリアに言われ、情報がないことに気がついた。
情報、情報…… そうだ、ひとつだけあった。
「タイマー少佐、地図ってあります?」
「地図はあるが、見せられないぞ」
「見せなくても構いません。ある程度の位置関係だけ教えてください」
俺は紙とペンを取り出して、少佐に位置を聞いて、だいたいの縮図を作った。
「地図でなにするの?」
「エレナを抱えていた男を追って行く」
「…… そんなことできるの?」
「逃げていった方向を調べていけば、必ず痕跡があるはずだ」
逃げていった方にあるのは森。つまり、足跡や折れた枝、踏み潰された草などの様々な情報が手に入る。
これをたどっていけば、いずれは発見できるはずだ。
「その痕跡を地図に書き込んでいけば、たいたいの予想はつけられると思う」
「…… 早速、探索する?」
「いや、今日は休もう。少なくとも、俺はいろいろと限界だ」
身体的疲労は少ないが、精神力を大きく削られた。もう眠くて仕方がない。
「アル君、今日は頑張ったもんね」
「そういうことだ。明日の朝に出発にしよう」
✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽
次の日、俺は朝日で目を覚ました。これは習慣になっているが、昨日は寝るのが遅かったせいで、まだ眠い。
俺は横にいる二人と、別の部屋に泊まっているみんなを起こした。
「ふわぁ…… さすがに早すぎないか?」
アレックスがそんな愚痴をこぼすが、なるべく早めに行って悪いことはない。
「今になって、痕跡を消されてないか心配になってな」
「…… 消すなら、もうやってると思う」
「早く出て、鉢合わせしたらラッキーだろ?」
そんな希望的観測を本気で頼りにしているわけではないが、要は気分の問題だ。なんとなく、今日は早く宿を出た方がいいと思ったのだ。
俺たちは宿を出て、森に向かおうとした。すると
「待って」
エレナが起き出してきた。
「どうした?」
「私も連れて行って」
「だめだ。連れて行くのは危険すぎる。お母さんが見つかったら戻ってくるから、大人しく待ってろ」
「嫌」
「嫌って…… お前なーー」
「いいよ」
「ソフィ!?」
「お母さんに早く会いたいっていうのは当然のことだし、だめかな?」
そうやって、少し上目遣いで言われると、真っ向から否定できない。
「いや、でもな……」
「いいんじゃないか?」
「アレックスまで……」
「アルフレッド一人ならともかく、これだけ人数がいれば、危険は少ないだろ?」
「確かに、それもそうだが…… まあいい、エレナ、ついてこい」
「うん!」
こうして森に行き、全員で痕跡を探す。すると、驚くほど簡単にそれは見つかった。
血の跡と足跡。それははっきりと、一定の方向に伸びていた。
『あっさり見つかったわね』
「…… ラッキー」
やはり、明らかにおかしい。ラッキーというレベルではない。
あの男が、エレナに居場所を教え、絶対に消すはずの痕跡を残した理由。誘っているようにしか見えない。
だが、エレナのお母さんを取り戻せるチャンスが目の前にある以上、これは引けない。たとえ罠でも、ここで帰る選択肢はないのだ。
なぜなら、俺は、子供が泣いてる姿を見たくないからな。
俺たちは血と足跡を追って、森の中を進んだ。すると、少し大きな川に出た。幅はだいたい十メートルくらいで、かなり流れが速い。
その川には、一本の石橋がかかっていた。そして、その石橋の上には、一人の女性と昨日俺から逃げた男が待っていた。