今までにない経験
エレナを連れ去られた俺は、兵士に連れられて、帝国軍基地まで連れてこられていた。
基地の中は意外と清潔にされており、一つの部屋に案内された。その中で待っていたのは、中肉中背の四十代くらいの男だった。
「私は、帝国軍少佐のテスターという者だ。早速だが、手紙は読ませてもらった。邪教徒が生贄を捕まえてるというのは本当か?」
上から目線で、こちらを見下ろしながら話しかけられた。
「ええ、エレナという子のお母さんが捕まっています」
「その子はどこに?」
「…… 邪教徒に連れ去られました」
「そうか……」
テスターは、少し考え込むように手を顎において俯き、すぐに顔を上げた。
「生贄を取り返すための情報はあるか?」
「エレナの家の近くに、三つの支部がありました。ここにいる可能性は、高いと思われます」
「よし、わかった。協力してくれるな?」
「もちろんです」
それから、テスターは部下に指示を出し、今夜遂行される作戦会議を始めた。
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兵士たちは、邪教の支部を囲むようにして陣形を組む。まるで、ここから一人も逃す気はないと言っているようだ。
俺は、支部から少し離れたところに待機していて、火矢を放とうとしている兵士たちを見渡した。
すると、テスター少佐が近づいてきた。
「アルフレッド君、君の言っていた手練れは任せたよ」
「ええ、わかってます」
テスター少佐は、俺の顔を確認すると、命令を出すために右腕を上げる。
「放てぇ!!!」
その言葉と同時に腕を振り下ろし、兵士たちは皆、火矢を放った。
この光景は、今、帝都内の三箇所で見られる。もちろん、エレナの家の近くの三つの支部で行われているものだ。
俺の役割は、エレナを攫ったあの男の確保、もしくは討伐だ。既にここにいることはわかっている。
どうして、ここにいるってわかるのか。それは魔眼があるからだ。俺は、一度見た魔力は忘れない。
火矢はどんどん支部に向かって放たれていき、ついには建物に火がついた。
そして邪教徒たちは、ついには耐えきれなくなり、建物の中から続々と出てきた。それを兵士たちが次々に捕らえ、縄で縛っていく。
だが、ここで異常事態が発生した。なんと、捕らえられた邪教徒たちが破裂し始めたのだ。
その衝撃に巻き込まれた兵士は、死にはしないものの、倒れて動けなくなっている。
邪教徒が、いきなり不気味に破裂し始めたことと、中から出てくる数があまりにも多かったため、兵士たちは混乱し始めた。それにより、街の方に逃げていく邪教徒も出てきた。
「まずいな……」
止めに行きたいのは山々だが、まだあの男は出てきていない。この目標を達成しない限り、俺はここから動けないのだ。
火の手はどんどん強くなっていき、暗い夜が明るく染まっていく。
そんな中、建物から一人の男が飛び出した。兵士が混乱して、注意力が低くなっているのをいいことに、逃げるつもりらしい。
俺はそいつの所へ全力で走っていき、後ろから追いつく。次は逃がさない。
「ちっ」
男は右手にエレナを抱えており、そのせいで逃げる速度が明らかに遅くなっていた。
俺が剣を引き抜いて臨戦態勢に入ると、男は俺に向かってナイフを投げてきた。おそらく、昼にくらった爆発するものだろう。
俺は、心臓に一直線飛んでくるナイフを指で掴み、男に投げ返した。驚きで、男は動きが一瞬止まる。その隙を突き、俺は男の右腕を切断した。
「ぐっ!」
男は、右腕とともにエレナを落とし、慌てて逃走を開始した。
俺は袈裟懸けに剣を振り、男の背中を斬りつけた。ぎりぎりで擦りはしたが、致命傷には程遠い傷を与えた。
だが、攻撃後の一瞬、隙のできた俺にめがけてナイフが飛んできた。
俺は、それを〈シールド〉で防ぐ。すると、当たった瞬間に爆発し、砂けむりが舞った。
砂けむりが落ちた頃には、男の姿はなかった。
「逃げるのだけは上手いやつだな」
俺は、気を失っているエレナを肩に抱えながら、賞賛を送った。
だが、ひとつだけ凡ミスをしている。それは、足跡と血だ。やつの痕跡は、真っ直ぐ森の方へと続いていた。
エレナを保護したからといって、この騒ぎが鎮まるわけではない。なんなら、まだエレナのお母さんは見つかっていないし、邪教徒も暴れっぱなしだ。
俺は、支部の中を魔眼で見てみるが、邪教徒以外はいなかった。なので、エレナを軍に一度預け、邪教徒を捉えに向かった。
街中を走り回り、魔法を発動させている邪教徒を見つけた。
俺はそいつに姿勢を低くして近寄り、首に向かって剣を振った。だが、俺の剣は邪教徒の肩に当たり、体の途中で止まってしまった。
俺は急いで剣を引き抜き、後ろに飛ぶ。すると、邪教徒はひとりでに破裂した。
「はぁ…… はぁ……」
心拍数が急に上がって、呼吸も苦しくなる。そして、手が震えて上手く剣を持てない。
俺は魔物を何千匹も斬ってきた。人型の魔族も殺した。たが、それでも…… 人を斬るのは、キツい。
例えそれが、死ぬことに恐怖しない人間だったとしても、人の命を奪うのは気が引ける。ここら辺は未だに、日本人的な感覚を受け継いでいるのだろうか?
俺は、壁に寄りかかるようにして立ち、深呼吸をして一旦落ち着いた。
すると、近くにいた邪教徒が、こちらに向かって来た。その手には短剣を持っており、こちらを殺す気でいる。
俺は剣を構え直し、邪教徒に向き合った。
すると邪教徒は、俺の頭めがけてナイフを振り下ろしてきた。
俺はそれを横に移動して避け、剣を振ろうとしたが、俺の腕は一向に上がってくれない。
「くそ……」
仕方なく、攻撃を蹴りに変えて、邪教徒の腹を蹴り上げた。
すると、邪教徒は、あっさりと腹を蹴り破られて死んだ。
俺は、倒れこんだ邪教徒をじっと見つめていると、死体は赤く輝きだす。それがなんなのか考えられなくなり、俺は破裂に巻き込まれて、壁に背中を打ちつけられた。