黒竜
今回はアレックス視点となります
アルフレッドが、エレナのお母さんをするために残り、残りのメンバーで竜のいる山脈へと向かう。
『アレックス、私、竜斬るの得意だからね』
「はいはい、ジュリアを当てるように頑張りますよ」
空にいようと地上にいようと、雷魔法で麻痺させさえすれば、聖剣を当てるはできるだろう。というか、それができなかったら勇者に選ばれるわけがない。
教国には、俺よりも剣が上手いやつはそれなりにいたが、魔法や体術を含めた、総合的な戦闘力で俺に勝るやつはいなかった。
だからこそ、アルフレッドに負けた時は悔しかったものだ。なにせ、魔法も剣も近接格闘も負けていたのだから。
今でも、格闘と剣術では勝てる気がしない。というか、勝てるビジョンさえ見えない。
あいつ、どんだけ体術極めてんだよ。
「アレン、作戦はどうする?」
「ソフィアの隣に、オリヴィアを置くだけでいいんじゃないか?」
俺たちのフォーメーションは、基本的にはひし形になっている。ランベルトを先頭に、左後ろと右後ろには、俺かターニャのどちらかがいる。真後ろにはソフィアだ。
今回はオリヴィアがいるため、そのソフィアの真横に置くことにする。
少し前衛が足りない感はあるが、ランベルトの防御力なら大丈夫だろう。
俺たちは、半日かけて目的の山に到着し、頂上まで登った。すると、一匹の黒い竜がそこにはいた。
その竜は、光さえ飲み込んでしまいそうな黒い鱗が身体中に纏うようについており、鱗の間には、赤黒い光が怪しく輝いていた。
俺は、竜を少し見ただけなのに、なんとなく強さがわかってしまった。おそらく、ジュリアを全力で使った時の俺と同等か、もしくはそれ以上だ。
なんという化け物。こんなのやつがいると知っていたら、アルフレッドを連れてきていたところだ。
俺以外のメンバーも、その強さをなんとなく察しているのだろう。誰もが岩陰に隠れて、そこから動こうとしない。
黒竜は、丸くなって寝ていた体を起こすと、そのままグッと背伸びをし、俺たちの方をゆったりと向いた。
『そこにいるのはわかっているぞ』
そして、唸るような低い声を、俺たちの脳内に直接響かせた。
竜のドスの効いた一言に、俺たちは誰一人として動けなかった。ただ一人、人じゃないやつを除いては。
『あ! イービルヒートじゃない! 久しぶりね!』
『ぬ、その声はジュリアか?』
『ええ、そうよ! 五百年ぶりくらいかしら?』
『五代目魔王の時以来であるな。懐かしき顔だ』
その会話を聞いて、次は違う意味で動くことができなかった。
『みんな、紹介するわ。こいつは黒竜イービルヒート。私の盟友よ』
ジュリアは、剣の状態でひとりでにふわふわと浮きながら、イービルヒートという竜を紹介した。
『紹介に預かった、イービルヒートだ。お主らはジュリアの仲間か?』
そこまで聞かれて、俺はよくやく口を開けるようになった。
「あ、ああ、そうだ。俺は勇者のアレックス。こいつらは俺の仲間だ」
『ほぅ、お主が勇者か。では、こうして出会えたということは、我も役目を負うことになるな』
「役目?」
そういえば、さっきジュリアが盟友だとか言ってたな。それと関係があるのか?
『我の役目は、道を外した勇者を正しき道へ戻すことだ』
「というと?」
『お主が勇者ならざることをした場合、我はお主の前に立ちはだかるだろう』
『あ、ちなみにその時は、私もイービルヒートの味方に回るから』
なんというか、まったく勝てる気がしないな。まあ、道を外さなければいいわけだ。
「そうか。じゃあその時は、よろしく頼む」
『任せておくがよい』
イービルヒートは、一度鼻を鳴らしながら、自慢げに言った。
これからは、いっそう勇者という自覚を持たなければ。
この竜が、自分たちに敵対している存在ではないことがわかり、全員が岩陰から出てきた。それでも、未だに警戒は解いていないようだ。
「…… 本当に敵じゃない?」
オリヴィアが警戒心を前面に出しながら、イービルヒートに問うた。
『むしろ味方である、と言っても信用ならないであろうから、これだけは言っておこう。魔王は我の敵である』
「…… なら、信じる」
それを聞いたオリヴィアは、ようやく警戒を解いた。こうやって相手を見定めて、信用するかを決められるのが、オリヴィアの長所だな。あまり認めたくはないが。
「じゃあ、協力してくれるのにゃ?」
『いや、我はあくまで中立である。ただ、勇者が道を外さないようにする役目があるだけなのだ』
となると、戦力としては見られないわけだ。
だが、ただ戦わないだけで、心理的にはこちらの味方だろう。さっき自分で魔王は敵と言っていたし。
「なら、ここから早めに出ていってもらうことはできるか?」
『できるが、なぜだ?』
「帝国では、竜がいると騒ぎになっている。あまりここに長居されると、討伐隊が組まれるかもしれない」
そして、俺たちは竜を追い払えなかったという、低評価にも繋がる。つまり、お互いに良いことがないのだ。
『なるほど。そういうことなら移動しよう。だが、お主らの動向はいつも見ておるぞ。この目でな。では、さらばだ』
イービルヒートはそう言い残し、背中についている翼を広げ、宙に浮くと、山脈の奥の方に飛んでいった。
姿が見えなくなるまで見送り、俺は口を開いた。
「帰るか」
こうして、俺たちは一度も戦闘をせずに帝都に戻った。
半日かけて戻ってきた時、帝都からは、いくつもの火の手が上がっていた。住民は火から逃げるように避難し、兵士が次々に火の手が上がっている方へ向かっている。
俺たちも兵士に続いて行こうとするが、目の前で、黒いローブを着た人が、魔法を発動させようとしているのを見つけた。
「やめろ!」
俺は、そいつにタックルをして魔法を中断させ、取り押さえた。
すると、取り押さえられたローブの邪教徒と思われる人間は、いきなり赤く輝き始めた。
『アレックス! そいつから離れなさい!』
俺の危機察知能力が危険信号を送ったのと、ジュリアの叫びによって、俺は後ろに飛び退いた。
すると、赤く輝きを放ち続けている邪教徒は、体の内側から破裂した。
その破裂の衝撃で、石造りの道路が割れる。それなりの威力があるみたいだ。
「今のは一体……」
「アレン! 他にもいっぱいいるにゃ!」
その言葉を聞いて周りを見渡してみると、黒いローブを着た邪教徒が、街のあちこちで魔法を放っていた。
「みんな、各自で邪教徒を止めろ! 破裂するから、倒したら離れろよ!」
「「「「「了解!」」」」」
俺の命令で、全員が別の方向に散っていく。
俺も、近くにいる邪教徒を斬るために走り出した。
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《竜種》
ランクがつけられてはいるが、魔物ではなく、竜と呼ばれる種族。
食事は、魔力の摂取を行う事もあるが、基本的には肉食である。
竜種であるというだけでランクがS以上になるほど、人間に恐れられている存在。また、魔族からも同様に恐れられている。