二手に別れて
俺たちは、支部の情報を手に入れるため、冒険者ギルドへと戻ってきた。
「あ、勇者の皆さん、先日はありがとうございました」
「気にしないでくれ、当然のことをしたまでだ」
こういう友好関係を築く場合、アレックスに任せていれば、だいたい大丈夫だ。
逆に俺は、いつも隅っこの方で黙って過ごしている。
「ところで、もう一つ頼みごとがあるのですが……」
「なにかあるのか?」
邪教徒の本部を潰したということで、軍関係者以外からの風当たりは良くなってきていた。受付嬢も、例外ではないようだ。
「ここから東へ行った山脈に、竜が出たというのです」
「なに!? それはほんとか!?」
竜は基本的にはSランクよりも上の魔物で、滅多に目撃されない。その発見数の少なさから、竜を見たら厄災が起こるとまで言われている。
そんな竜が現れたとなると、放っておくわけにはいかない。
「任せても大丈夫でしょうか?」
「もちろんだ! というか、他の人を近寄せないでくれ!」
「わ、わかりました」
アレックスのあまりの喧騒に、若干引き気味な受付嬢さんだった。
それにしても、邪教徒の次は竜か。勇者パーティに入っているからってのもあるだろうが、面倒ごとが次から次へと舞い込んでくるな。
「さて、竜がいるらしいがどうする?」
「みんなで行った方がいいのにゃ」
「そうだが……」
全員の視線が、エレナに集まった。
「こいつの面倒は、俺が見ておくよ」
「…… アルフレッドは、竜退治行かないの?」
「俺がいなくても大丈夫だろ?」
「…… ふ〜ん」
戦力的には、俺がいなくてもSSランクくらいには余裕で勝てる。なんなら、ジュリアを使いさえすれば、SSSランクでも余裕で倒せる。
「じゃあ、二手に分かれるのにゃ?」
「そうなるな。俺はこの子の親を探して、お前らは竜の方に行ってくれ」
街中でテロが起こっても、俺が魔法さえ使えば無傷で済む。つまり、俺がエレナの近くにいるのが最も安全なのだ。
竜の方へ連れていけない時点で、俺とエレナの二人で行動をするのが一番良いだろう。
「エレナちゃん、この人怖くない?」
ソフィ、そんな質問して怖いって言われたら、俺はどうしたらいいの?
「………… 大丈夫」
俺の顔をじっと見て、長い間考え込んでいたが、なんとか大丈夫らしい。
はぁ、よかった。結構ホッとした。
「それじゃあ、エレナは俺に任せとけ」
「…… アルフレッド」
「どうした?」
「…… まさかロリコーー」
「違う」
なんでそんな誤解を受けているんだ。少し預かるだけだろうが。
「…… 私は、アルフレッドを信じてる」
「おう、信じてろ」
「オリヴィア、ロリコってなに?」
「…… ソフィ、なんでもない」
ソフィは、完全に頭にハテナを浮かべている。
俺は子供は嫌いじゃないが、断じて性的に見ているわけではないぞ。
「竜の方は頼んだぞ?」
「任せとけ」
「さっさと終わらせてくるわ」
仲間の頼もしい言葉を聞き、俺はエレナの手を引いて冒険者ギルドを出た。
✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽
「ええと、エレナの家はここで、支部はこことここと、あとは……」
俺はギルドを出たあと、軍への聞き込みを強行し、帝都内の支部の情報を掻き集めた。
軍は、明らかに俺たちを嫌っていたが、それでも自分たちのできなかった、邪教の本部を壊滅させるという実績を目の前にして、割とあっさり情報を話してくれた。
俺は、エレナの家とその周りの支部を、できるだけ正確に書いた地図の中に、ひとつひとつ点を打っていった。
ちなみに、正確な地図といっても簡単な物で、縮小サイズだけ合わせて、それ以外は基本は適当に書いている。
ダンジョンでの地図作りの経験があっても、絵は決して上手くならないのだ。
点を打ち終えると、支部の中でも、特に近い場所は三つあるということがわかった。
とりあえずは、この三つの中に生贄がいる可能性があると、軍に手紙を出しておこう。もちろん、アレックスの署名でな。
なぜかって、こっちの方が信用があるからだ。
「よし、こんなもんだな」
「お母さん、助かる?」
「まだわからんが、可能性はあるぞ」
「そっか」
母親が助かるかもってのに、結構そっけないんだな。俺の言い方が少し悪かったか?
まあ、子供はなに考えてるのかわからんからな。あんまり気にしないでおこう。
俺は軍宛に手紙を書いて、それを届けに行った。下っ端兵に渡しても、はたして届くかどうかわからないため、自分で行くことにしたのだ。
エレナは宿に留守番させておいた。年齢の割に、妙に落ち着いてる子だ。もしかすると俺も、子供の頃はあんな感じだったのか?
正直、俺は落ち着いているだけでなく、変に魔道具とか作っていたし、それを見られていたらおかしな子だと思われていただろうな。王宮魔道具師並みの実力を、あの頃で既に持っていたわけだし。
「またお前か……」
「どうも、さっきぶりですね」
基地の門番を務めている、ジャーンさんだ。
「今度はなんの用だ?」
「手紙を渡して欲しいんですよ。勇者からのお願いってやつです」
「そうか。上の者に届くには少し時間がかかるが、いいな?」
「なるべく早く届けてもらえれば、それで構いません」
時間がかかるとは言っても、さすがに三日以内には届くだろう。なにせ、勇者からの手紙なのだ。
邪教徒たちは、俺たちが本部を倒してからというもの、テロを強行してきている。きっと、支部のやつらが活発的に動いているのだろう。
それに、俺たちにあいさつしに来た、あの男も少し気になる。本部の中にあいつはいなかったのだ。
俺は、次になにをするか考えながら宿に帰っていた。すると、不思議な物が目に入った。
「お! お兄さん、目の付け所がいいね! そのペンダント、愛してる人にプレゼントすると、その人を守ってくれるって言われてるんだ!」
「ほぅ、愛する人を守るペンダントか…… 二つ貰おう」
「お! まいどあり!」
俺は銀貨を二枚支払って、ペンダントを購入した。
そのペンダントには、小さな魔石が装飾具としてついてあった。
これのなにが不思議なのかというと、魔石が小さすぎるのだ。明らかにFランクのものよりも小さい魔石。まあ、Fランクの魔物の子供とかだろうな。だが、これを入手するのはかなり難しい。
まず、魔物というのは魔力を食べて成長するので、他の生物に比べると異様なほどに成長が早い。
元々異様な速度で進化しているのだし、今更成長が早くて驚かないかもしれないが、注目すべき点はそこではない。
結論から言うと、成長が早いせいで幼体に出会えないのだ。
しかも、このサイズの魔石となるとほとんど価値がなくなるため、ギルドでも金にならない。
つまり、こんな物がよく商品として売られていたな、と思ったわけだ。
ほとんど流通しない物が流れてくる。こんな不思議な事も、たまにはあるんだな。
俺はペンダントをポーチに入れて、宿に戻った。
そして、エレナのいた部屋に入ってみると、そこには誰もいなかった。
「エレナ? いないのか?」
一応声を出して反応があるか確かめるが、なんの応答もない。
俺が出かけている間に連れ去られたか?
俺のそんな考えは、ドアが開いたことで消え去った。
「アルフレッドさん、帰ってきてたの?」
「なんだ、いたのか。どこにいってたんだ?」
「お花を摘みに行ってた」
なんだ、トイレか。少し心配性過ぎたな。
「私、お腹減った」
「じゃあ、なんか食べに行くか」
俺は、エレナを連れてレストランへ行く。
ここら辺で有名な食べ物と言えば、まずソーセージが挙げられる。ソーセージが食べられる店に行こう。
王都でもソーセージはないことはないが、出している店が多くなかったので、結構楽しみだ。
「なんでも頼んでいいからな」
「ありがとう」
俺は、ソーセージとパン、イモを存分に使ったスープを頼んだ。
このイモのスープ、かなりとろみが強く、シチューと言っても差し支えないほどのものだった。そして、量が多いのも特徴の一つだ。
エレナも、俺と同じものを注文した。スープを飲みきれるか心配だな。
しばらくすると、料理がどんどん運ばれてきた。
「おお、美味そうだな」
「食べるの初めてなの?」
「まあな。というか、帝国に来たのも初めてだ」
エレナに帝国についていろいろ聞いたり、逆に、王国について教えたりしながら食事をした。
「帝国の兵隊さんが陣営を組んで、Sランクの魔物を撃退したこともあるんだよ!」
「ほぉ、それはすごいな」
「他にもね……」
意外にエレナはお喋りで、俺への恐怖もいつのまにか消えているようだ。
食べるペースが俺の方が早かったため、食器を横にずらして話を続けた。
エレナは、次第に笑顔も見え始め、雰囲気も少し柔らかくなったような気がした。
だが、楽しい会話は唐突に終わりを告げた。レストランの天井が、突然爆発したのだ。
爆発の衝撃でテーブルや食器が吹き飛び、天井が落ちて来たことで埃が舞う。
俺は、エレナのいた所に〈シールド〉を張り、俺の周りにも作ろうとする。だが、時間が足らず、天井に押し潰された。
俺は、急いで自分の上に乗っている邪魔な天井を跳ね除け、エレナの安全を確認しようとする。
だが、俺の〈シールド〉の中には、エレナはいなかった。
「くそ!」
俺は魔眼を使って店を見渡した。すると、小さい子供を抱えている大人の魔力が見えた。
「待て!」
その魔力を追うように、俺は店を飛び出した。
俺が追ってきたのを知った男は、大通りの人混みを利用して逃走する。
だが、俺には魔眼があるため、一度見た魔力を逃すことはない。スピードも、なにも持っていないこちらが有利なので、追いつくのに時間はかからなそうだ。
男は、俺が近づいてきたのを悟ると、裏路地に逃げ込んだ。俺もそれを追って、裏路地に入る。
すると、一本道の細い通路のはずなのに、そこには誰もいなかった。
俺は慌てて顔を上げた。そこには、両側の建物の壁をキックをして、屋根まで登っていく男の姿が見えた。
俺は、男の真似をして壁キックで壁を登り始める。
男は、俺が登ってきているのを確認すると、ナイスを一本投げてきた。かなり正確な狙いで、真っ直ぐ俺の心臓へと飛んでくる。
俺は、それを両手で挟むように取った。すると、男の顔が嬉しそうに歪んだ。
そこで気がついたのだが、あいつ、宣戦布告してきたやつだ。それにしても、なんでエレナを狙うんだ?
そう考えていた束の間、ナイフがいきなり赤に輝きだした。
俺は危険だと思い、ナイフを投げ捨てようとする。だが、それは叶わず、手の中で爆発を起こした。
「うお!?」
俺はその衝撃で空中へ投げ出され、大通りの方へ吹き飛んだ。
地面につく瞬間、上手く受け身を取って衝撃を和らげる。そのまま地面を転がり、体を捻って立ち上がった。
そして、急いで屋根の方を見た。だが、そこには既に誰もいなかった。